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闇に舞う蛇  作者: 梨乃 二朱
第五章:魔女の企て
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十一話:緊急シークエンス

《コラム36》

 ユキは基本的に不真面目に見えるが、魔術や魔法に対しては常に真摯な態度で臨んでいる。

 次から次へと現れるのは、異形の怪物ばかりだった。

 ユキはまだ本調子の出ない体を圧して、精一杯の反抗を繰り返しつつ、徐々に施設の深みへと誘われていく嫌な感覚に囚われていた。


 リネン室を出て暫くすると、警報がけたたましく鳴り響き、ユキを殺害すべく謎の生命体が送り込まれた。

 見た目は犬を醜悪に戯画化したようなもので、体は黒く皮膚は爛れ、頭は二つあって世間一般に知られる犬とは似ても似つかぬ容姿をしている。

 恐らくは魔術師が使役する『使い魔』の類いのそれは、貪欲にユキの柔肌に食らい付いては、体の内側から溶かさんと毒を注ぎ込んで来る。


 そんな毒は解毒魔法で無効化することが出来、傷も大したモノでは無い。が、塵も積もれば何とやら。

 連続して攻撃を食らえば、いずれ回復が間に合わなくなるだろう。


「せめてウィッカナイトの力が使えれば良いんだけど……」


 何処かの室内に飛び込んだユキは、扉を固く閉ざし未だに不調の取れない体に舌打ちをする。

 形態変化を行うだけの『魔力』は十二分にあるというのに、それを使う精神力が戻らない。それが歯痒くて仕方が無かった。


「……ここは何処だろう?」


 息を整えたユキは、自身の入り込んだ室内を見渡し首を傾げた。どうやらこの部屋には、あの化け物は入って来れないようだった。

 部屋は無機質な灰色に赤い非常灯の灯った薄気味の悪い色合いをしており、中央付近にはステンレスか何かの銀色に鈍く輝く寝台が三つほど並べてあった。そのいずれにも、流し台と水道設備が整えられており、およそ生きた人間が使うような寝台とは思えなかった。

 そして壁には引き出しのようなものが幾つもあって、一つ辺りが大きく人一人は余裕で収納されそうだった。


 ユキは壁際にポツンと置かれたデスクに近付き、机を探った。出てきたのは、ノートパソコンだった。

 少し躊躇ったが、起動ボタンを押しパソコンを立ち上げる。数秒でデスクトップが開き、その中で重要そうなファイルを開いて見た。

 その内容を見て、ユキは愕然とした。


「不老不死の研究、世界崩壊の計画、最強の軍隊……。何なの、これは?」


 ファイルの中には、到底理解出来ない内容のものばかりだった。

 どうやらこの施設では、人体を外科的に、または魔術的に改造することによって、『不老不死』足らしめようとしているようだ。

 そして『不死身の軍隊』を造り上げ、世界征服を企んでいるともある。

 『不老不死』となった者を神と崇める理想国家、独裁社会を、地球規模で築き上げる馬鹿げた計画だ。


 その為の研究が、この施設では行われているらしい。

 その歴史は深く、古くは幕末の時代から行われて来ているらしい。


「不老不死なんて、どうして人間は自らに呪いを掛けようと必死になるんだろう?」


 首を傾げながら、更にファイルを開いて行く。すると、どうやらこの部屋は検視室だと分かった。

 ならば壁に並んだ引き出しの中身は、自ずと理解出来る。


 ユキはパソコンを閉じると、徐に腰を上げ引き出しへ足を運んだ。

 何が入っているかは検討が付くが、この目で何が行われていたのか確かめなければ、気が済まなかった。

 恐る恐る引き出しの一つに手を掛け、力一杯引っ張った。

 がらがらと車輪の回転する音と共に、引き出しは意図も容易く引き出せた。


「何て……事を……」


 引き出しはベッドのようなものだった。

 ベッドの上には人間だった者が横たえられており、何かの実験台にされたのか、酷く損傷していた。これではもう、生きてはいないだろう。


「……た……すけて…………」


「――――ッ!?」


 しかし、その予想は無惨にも裏切られた。

 生きていたのだ。

 かつては左腕だった、今では何かよく分からない捻れた物へと変わり果てた腕を懸命に伸ばし、ユキへ命乞いをしている。


 いや、命乞いでは無かった。

 それは口かただの暗い穴か判別の付かなくなった箇所から、掠れて消え入りそうな声で『殺して』と何度も何度も呻き立てていた。


「待ってて、今、楽にするから……」


 本来の力が戻っていれば、念じただけで人を殺すことなど容易だったろう。けど、今は不調であった。

 ユキは皮肉な生者の胸だった箇所に右手の人差し指を這わせ、直線で表される最早誰もが忘れ去った『ルーン文字』を刻んだ。

 すると醜く変異した人間だったそれから、すぅっと潮の退くように魂が抜けて言った。


 ユキは暫く、その亡骸を見詰めていた。

 死に際が穏やかであったかどうかは、表情の判別の出来なくなった顔からは窺い知ることは出来なかった。だが、ユキが看取ってやった事で、少なからず何かは救われた筈だと、思いを馳せる他に無かった。


「愚かな……。本当に、人間という生物は、何と愚かな……」


 嘆くように呟くユキの姿を、もしも誰かが目の当たりにしていれば、居たたまれない気持ちとなったろう。

 何故なら、今の彼女は自由奔放の化身のような、どこまでも明るく天真爛漫な少女とは思えぬ、悲哀に満ちた表情をしていた。しかし、それは哀しんでいるというより、怒り心頭に発するような心境だった。


「一体、何度このような行いをすれば自身の未熟さ、愚かさを学ぶと言うの……!」


 声を荒らげ涙に濡れたオッドアイの瞳で、誰も居ない室内を見渡す。

 瞬間、一つしかない扉を叩く音に身を強張らせた。











 管理室に集まった研究員達に混じり、牝犬魔女の東間小百合は激を飛ばしていた。

 その様子は至極滑稽で、思わず込み上げてくる笑みを抑える事で手一杯だった。


「あの小娘あの小娘あの小娘……!」


 ワナワナと体を震わせ、魔力のオーラを背中から滲ませる様子と来たら、吹き出しそうになるほど可笑しくて仕方無かった。

 彼女のこんな様は、ここ数十年と見たことが無い。


「クソッ! クソクソクソッ! ケロベロスはどうなってんだ!? 何で小娘一人を殺すことが出来ないんだ!」


「ただの小娘じゃ無いって事だ。あいつは私らみたいな偽者じゃ無く、本物の魔女なのさ」


「縷々井、テメェ……!」


 東間はこちらを鋭く睨み付けると、憤慨も露に管理室を飛び出そうと駆け出した。「何処へ行く気だ?」と問い掛けると、頭に血を昇らせたバカ女は「決まってるだろ!」と血走った目を向けた。


「あの小娘を直接私がぶち殺してやらぁ!」


「そうか、気を付けてな」


 その言葉は東間の耳に届いたかどうかは分からなかった。

 「生きていたら、また会おう」この台詞は、届かなかったろう。


 イカれた指揮官の不在に、能動的に動けるようになった監視員及び研究員達は、マニュアルに従って逃亡者の対処に当たり始めていた。

 暫くは放って置いても、問題は起きまいと腹を括った。


「縷々井さん、これを!」


 しかし、その判断は早々に裏切られた。

 監視員に呼ばれ、監視カメラの映し出す映像が流れるディスプレイの一つに目を向ける。そこには検視室の映像が流れており、あの少女が死体保管庫を探っている様子が映し出されていた。


「何をやってんだ?」


「死体に何か魔術を施しているのでしょうか?」


 それはどうだろうか、と首を傾げた。

 彼処に入っているのは、必ずしも死人だとは限らない。


 やがて少女の様子に変化が起きる。

 それは一目見れば哀しみにくれている様でもあり、抑圧しきれぬ怒りの感情を爆発させているように見える。

 何が起こるのかとディスプレイに見入っていたが、次の瞬間に映像は唐突に途切れてしまった。

 それと同時に、全身の肌が粟立つ嫌な感覚に襲われた。とんでもなく強烈な魔力の波動が、全身を駆け巡ったのだ。


「縷々井さん、問題発生です!」


 先程感じた恐怖心が何だったのか確かめる猶予も無く、別の監視員の怒声に「何事だ?」と我を取り戻す。


「侵入者です。男二人、女一人。男の一人は、松原藤一」


「松原が何だって一般人を?」


 地下施設と地上のバーを繋ぐ階段を見張る監視モニターに映る人影は、確かにバーテンダーの松原藤一だった。その後ろに続く二つの人影は、一人は成人女性でもう一人は見覚えのある、八阿木怜心だった。

 何をどう間違って軍人を施設に招き入れたかは謎だが、どうやら脅されて案内しているようでは無さそうだ。松原が自分の意思で、二人を地下へ誘っている。


「どうしますか?」


「マニュアルに従い、侵入者を排除しろ。松原諸とも、駆逐型魔獣の餌食にしてやれ」


 あの二人の腕前は知らないが、松原は魔物程度に殺されて死ぬような輩では無い。

 奴も伊達に百年以上の時を生きてはいないという事だ。


 指示に従い作業を開始する監視員を他所に、まだ映像の回復しない検視室の監視モニターに目を戻す。

 あの少女がどうなったのか。

 もう直、東間と邂逅することになる筈だ。











 狭い廊下を完全に塞ぐ形で、魔獣は怜心達を待ち受けていた。


「犬かしら?」


「狼だろ?」


「ガルムだ」


 名前を呼ばれたからか、魔獣は耳をつん裂かんばかりの咆哮を上げる。灰色の獣毛から覗く二つの紅玉のような瞳に、凶悪なまでに鋭い牙が獰猛に威嚇する。

 松原店主が『レミントンM870』散弾銃を構える様から、どうやらここに居る三人を諸とも駆逐する為に放たれた怪物のようだ。


「貴方のお友達では無いのですか?」


「バカ言うな。あれはお手とかする可愛いげなんて無いぜ?」


「レイ、下がって。ここは私が」


 怜心を押し退けるように、『バレットM82A3』対物狙撃銃を構えた海猫が前に出る。が、例え装甲車撃破を目的としたライフルとは言え、あの灰色の化け物を前にしては玩具も同然だろう。店主の散弾銃にしても同じことだ。

 状況を冷静に判断した怜心は、「ちょいとサービスするか」と腰のヒップホルスターから『コルト・パイソン カスタム』回転式拳銃を抜き放ち、静かに撃鉄を起こす。と同時に、眠りに着く『闇具』を呼び覚ますべく魔力を通わせた。


【炎神撃】


 詠唱と共にトリガーを弾く。

 その瞬間、両手で保持した回転式拳銃から五大属性の内、炎の属性を付与した『.357マグナム弾』が解き放たれた。

 魔弾と化したマグナム弾は、松原店主と海猫の間をすり抜け『ガルム』と呼ばれる魔獣の眉間に命中。弾丸は僅かにも魔獣の分厚い表皮を貫くことも出来ないが、追撃の炎が瞬く間に魔獣を火ダルマとした。


「何だ? 一発で終わりか?」


 残存する魔力を放出する為に、追加装甲の排気口から蒸気を噴き上がらせる『コルト・パイソン カスタム』を片手で弄びながら、怜心は「詰まらんな」と退屈凌ぎに唖然とする海猫の頬を撫でる。

 唖然としたのは松原店主も同じで、「成る程、伊達じゃ無いという事か」と納得したように首を縦に振るのだった。











 

《三つ目の闇具》


 あまり知られていないが、八阿木怜心にはクロエとシルヴィア以外に、もう一人『闇者』を従えている。

 しかし、その『闇者』はとても凶悪かつ凶暴故に、怜心自身が使用を控えている。ともすれば、街の一つや二つは一瞬で破壊してしまう威力を誇ると言われている。


 その『闇者』の名前は知られていない。

 その『闇具』の所在も知られていない。

 しかし、どんな事があろうとも常に肌身離さず従えているそうだ。


 故に、万一『コラーダ』と『ティソール』の姿が見えないとしても、怜心が無防備だと早合点し迂闊に仕掛けない事だ。

 さもなければ、噂に違わぬ非道さを、その総身をもって味わう事となるだろう。





――――裏世界に流れた暗殺指示書の断片より抜粋



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