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闇に舞う蛇  作者: 梨乃 二朱
第五章:魔女の企て
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七話:蠢く思惑

《コラム32》

 オトツグは女として見られることについて、特に何も思わない。

 私立探偵の仕事は極端だ。

 仕事があれば睡眠時間を削らなくてはならないほど極端なまでに忙しいのだが、仕事が無ければ極端に暇だ。


 雨田音嗣は暇していた。

 ここ数日はいつにも増して暇だ。

 浮気調査は希だが、迷子のペットの捜索も引っ越しの手伝いも無く、現在不在の所長席で転た寝していても何の不都合も無い日々が続いていた。


 縷々井探偵事務所の所長にして音嗣の上司である縷々井藍那は、一度帰って来たかと思うと何処かに電話を掛け、あの大きな旅行鞄を持って出ていった。

 それ切り何の連絡も無く、今、何処に居るのか全く分からない。


 多分、また行き着けの酒場で煙草を吹かしているのだと思うが、そんな職務怠慢を今さら注意する気にはなれない。それが日課のようなものだし、仕事が無いのに事務所に居られては、暇潰しに特訓と称して何されるか分かったもんじゃない。

 外に居てくれた方が平和だと理解したのは、この事務所で働き始めて二日目の事だった。


「それにしても、平和だな……」


 もう何度目になるのか、意識の消失から覚めた音嗣は、窓外のオフィス街を眺めながら呟いた。

 縷々井探偵事務所はオフィスビルの二階を間借りしていて、窓からはオフィス街が一望出来る。

 平日の午後でも道路の人通りは多く、皆忙しなく動いている。そんな人達とは対称的に退屈な時間を過ごしている事に申し訳無い気持ちになりながら、音嗣はまた眠気に襲われる。

 高校という慣れない環境に相当緊張していたらしく、体が休息を欲しているようだった。


「人来る気配なんて無いし、ちょっと位なら良いかな……」


 呟いて瞼を閉じる。

 抗い難い睡魔は直ぐに音嗣の意識を直ぐに呑み込み、眠りの彼方へと誘った。


 次に音嗣が目覚める切っ掛けとなったのは、強烈な第三者の視線を感じ取った事だった。

 藍那が帰宅したのかと思い、徐に重たい瞼を開けてみると、予想外の人物と目を合わすこととなった。


「おはようございます。ドリームランドへは行けましたか?」


 申し訳無さそうにハニカム青年を改めて認識した音嗣は、「ひぇあぁっ!?」と普段では考えられない女性的な悲鳴を上げて椅子から転げ落ちた。同時に椅子も倒れてしまい、やかましい音がオフィスに響いた。

 青年はゆっくりとした動作で来客用のソファーから腰を上げると、デスクの影から顔を覗かせた。


「おやおや、気を付けて下さいね? 怪我でもしては一大事ですから」


「な、な、何で!? って言うか、いつから!?」


「つい三十分程前ですかね」


 音嗣は慌てて立ち上がり、必死に状況を呑み込もうと努力した。

 三十分も人が訪れた事に気付かず寝ていたなんて、普段の雨田音嗣としては有り得ない事だった。しかし、有り得てしまった。


 恐らく青年は気配を消していたのだろう。それはやましい感情からではなく、眠りこける音嗣に対する全く迷惑極まりない気を使っての事だろう。

 しかしそれでも、青年、八阿木怜心の来訪に気付かなかったのは、下手をすれば一生の不覚である。


「起こしてくれたら良かったのに……!」


「いえ、あまりに気持ち良さそうに眠ってらっしゃったので、邪魔をするのは忍びないかと」


「三十分もの間、何をしていたんだ?」


「特に何も。オトツグくんの寝顔を拝見していた次第です。意外と可愛いのですね? 年相応の女の子と言いますか」


 終わった。

 これを一生の不覚と呼ばずして、何と呼ぼうか。


 屈託の無い微笑みを浮かべる直属の上司の顔を、思い切り殴り倒したいと思った瞬間だった。

 しかし、そんな事をする程テンパってはおらず、ただ顔を真っ赤にしてしゃがみこむ音嗣なのであった。


 そんな羞恥心に埋もれる音嗣の元へ、新たな来客がタイミング悪く訪れた。

 アルミ製のドアをノックする音が聞こえたかと思うと、「失礼します……」と恐る恐るといった具合に顔を覗かせたのは、何と肩にモモンガを乗せたポニーテールの少女、五月女桜だった。


「やぁ、突然呼び出したりしてすみませんね」


「いえ、レイさんのお願いとあらば、いつでもどこでも駆け付けます!」


 ナチュラルに会話を始める二人。と、不意に桜の視線が机の影でうずくまる音嗣の方へ向いた。


「あれ? オトツグさん、どうしたのそんなところで? 顔、真っ赤だけど?」


 音嗣は何も言えず視線をさ迷わせていると、怜心に行き当たった。

 彼はさも愉快そうに、クスクスと腹を抱えて笑っていた。本日二度目、直属の上司で歳上の青年を殴り倒したいと思った瞬間だった。











 揺れる白熱電球をぼんやり眺めながら、もう何度目となる蘇生に嫌気を覚えた。

 ユキは殺された。

 何度も、手口を変えて、より残忍な方法で、何度もこの体を痛め付けられ殺された。


 ユキが元居た世界でも、こうして何度も連続して殺された事がある。

 殺人者は研究者でもあった。

 異端討伐という名目で身柄を拘束されたユキは、たった八千万円という端金で売り飛ばされ、非人道的な組織の下で実験動物となった。それが我等が友人の国家機関であったと知った時、ただただ笑いが止まらなかった。


 その組織では、人間の拷問方法を研究していたようで、様々な方法を用いられ肉体だけでは飽き足らず精神まで何度も殺された。

 やはりその都度、心身ともに蘇生してしまい、二度と苦しみから逃れられないと悟ってしまった。


 そして今、その再現が為されていた。

 ただ目的が違って、今回は大義名分なんて微塵も無く、個人の娯楽の為に傷付けられ殺されている。


 女はユキの蘇生を心底楽しんでいるらしく、生命活動が開始するや惨たらしい道具を用いて殺して行く。

 まるで玩具にでもなった気分だ。玩具だったら、どんなに楽だろうかとも考えてしまう。


「お得意の魔法も、それじゃ使えないだろ?」


 女が最初に言った言葉がそれだった。

 明言通り、魔法は発動すること無く、それどころか指の一本とまともに動かすことが出来なかった。


 ユキが監禁されている部屋には、封印魔法の魔法円が床、壁、天井問わず所狭しと描かれており、この空間では特定の人物を除いて、あらゆる行動が制限されるようだった。

 それでも蘇生出来るという事は、この能力は物理現象の枠の外に存在していると推測出来た。


「お前、自分がこれからどうなるか知りたいか?」


 何度目の蘇生が完了したおり、胸を切り開き心臓を抉り出した女が言った。

 意識が暗転する中、華奢な五指に握られた自分自身の心臓が、紅いルージュの奥に見える乱杭歯に噛み砕かれる様を見た。


 女は魔女だった。

 ユキと同じだが、残忍さではユキを遥かに凌ぐ魔法の玄人だ。

 直接、魔法を見たわけでは無いが、絶世の美貌と残酷な思想を持ち、何より女の言動が同類のように感じさせた。


「全く同情するぜ。私らと同じイレギュラーだってのに、立場が違うってだけでこうも天地を別つ事になるなんてな?」


 蘇生したユキの眼前に、二本の指が突き付けられた。


「お前には二つの道がある。一つは、私らに協力して世界を破壊する道。無抵抗な老人だろうが泣きわめく子供だろうが関係無く、この世の全てを破壊する道だ。そしてもう一つは――――」


 突き立てられた指が、ゆっくりと両目を穿って行く。


「私の玩具として、いつまでもなぶられる道だ」











 

《性別》


 顔を真っ赤にして応接用のソファーに座る音嗣を、桜が不思議そうに見詰めていた。その視線は赤面する顔ではなく、それより下の服装に向いていた。


「オトツグ……さん、だよね?」


「ん? そうだけど、急にどうしたの?」


「いや、どうしたのはこっちの台詞だよ。その格好、どうしたの? 何か男の子みたいだから」


 桜の疑問に、なるほど、と合点がいった。

 そう言えば、怜心のお陰ですっかり忘れていたが、彼女には男装姿を見せるのは初めてだ。まぁ、今日知り合った仲なのだから、驚くのも無理は無い。


「一番機能的な服装を追求していった結果、辿り着いたのが男装なんだ。他意は無い」


「そうなんだぁ。てっきり性別を偽ってるのかと思った。口調とかも、何処と無く男の子っぽいし」


「格好が格好だけに、口調も合わせた方が良いってここの所長がアドバイスをくれたんだ。中身は女だよ」


 まだ不思議そうな桜ではあるが、取り敢えずは納得してくれたようだ。


「折角の美少女が勿体無いですよね? どうです? 今度、女性的にドレスアップしてみては? それで、私とデートをしませんか?」


「な、何を言って……!? 冗談も大概にして!」


「ははっ、本気ですよ私は? あ、ここの所長さんもご一緒に良いですよ。両手に花なんて男の夢ですし、それが美女と美少女となると、もうテンションが上がりまくり――――へぶッ」


 仏の顔も三度まで。

 音嗣は手元にあった資料を怜心の顔に向けて、思い切り投げ付けたのだった。

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