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闇に舞う蛇  作者: 梨乃 二朱
第五章:魔女の企て
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五話:不満と嫉妬

《コラム30》

 『闇者』と『闇石使い』の間に主従関係の契約は無いが、何故か『闇者』が従者となる事が多い。

 既に何十と刃を交わしながら、光風空と鴉の両名には疲労の色どころか汗一つとして浮かんではいない。

 閑静な廃都から始まった死闘は、打ち合う毎に互いに場所を選ぶように移動をし、今では機械を全て撤去した廃工場の屋内で対峙していた。

 鴉としては人目を避ける為に、空としてはユキの再生を妨げない為であった。


「やれやれ、愚直な闇者だぜ。何をそう死人に拘るかねぇ……」


 毒々しい紫の斬馬刀を肩に凭れ掛け、鴉は呆れたように溜め息を吐く。

 対する空は得意の右片手平刺突の構えを取り、機会を窺っていた。


「わっかんねぇ。全くわかんねぇ。少なくとも俺には、この私闘に意味があるとは思えねえんだが?」


「貴様に無くとも、こちらには意味がある。さっさと降参してくれると嬉しいんだがね?」


「そりゃこのまま帰れるなら喜んで降参でもするさ。けど、そうはいかねえだろ?」


 「愚問だな」と答えるが早いか、一足の下に距離を詰める空。

 鴉は迫り来る刺突を斬馬刀の刀身で受け流しながら、カウンターを狙って、その禍々しい紫色をした刃を振り下ろした。

 地面にクレーターを作る斬馬刀。空は舞い上がった土煙に乗じて、一気に腕を切り落としにかかる。が、それは幾度も繰り返した技であった為に、簡単に回避されてしまった。


「ったく、やんなら殺る気で来いよ! 白けるにも程があんぜ!?」


「あぁ、全くだよ。殺してはいけない戦いというものは、とかく面倒なものだ……」


 空の目的は鴉の捕獲だ。

 故に殺したくとも、殺せないのだ。名誉の為に断って置くなら、殺害するだけなら『闇石使い』程度にこうも手こずらない。


「本当に面倒だよ……!」


 苛立ち紛れの一撃は、予想外の隙を作ってしまった。











 書類仕事はほとんどシルヴィア・バートリーが受け持ってくれている。

 怜心もクロエも現場主義というか、事務職に全くと言って良いほど向いておらず、一度怜心が書類を纏めた時は、なかなか終わらずに困り果てた事があった。


 事務仕事が苦手なのは怜心だけでは無い。第16独立特殊部隊『ロイヤル・ロード』の部隊長、神原晋太郎大尉は筋金入りの現場主義で、いつも提出書類や報告書等を溜め込んでは、司令の瑞原雫少佐にどやされている。悪いことに、神原隊長と契約している『闇者』も完璧現場主義で、お互いに書類を押し付けあって時間が過ぎて行く有り様だ。

 実戦では右に出る者は居ないとまで言われる凄腕の指揮官なのだが、神は二物を与えずというところか。


 そんなわけで、八阿木怜心とシルヴィア・バートリーのコンビは、まさに理想的な組み合わせと言えた。

 頭より体を動かす方が得意な完全アドリブ主義の怜心と、体より頭を使う方に才能を見出だすサポート型『闇者』であるシルヴィアのコンビを前にして、不可能と呼べる事など有り得ないのだ。


「だから機嫌直してよ、シルヴィア」


「別に怒って無いもん」


 相変わらずご機嫌斜めなシルヴィア。

 怜心はあれやこれやとフォローを入れてみるが、全く効果が無い。

 彼女は機械的にパソコンのキーボードを叩き、せかせかと書類を纏め上げて行く。その手際たるや、一流企業に勤めるキャリアウーマン並みである。


「あの、別に俺は胸の大小に拘るような質じゃないよ。それは君が一番良く分かってるでしょ?」


 苦し紛れとも取れる弁明に、はたと手を止めたシルヴィアは、「よくもそんなことを」とジトッとした瞳を怜心に向ける。


「一昨日の夜、海猫さんの胸であんなことやこんなことやらをやってらっしゃったのは何処のどなたやら?」


「いや、それは……」


「大きくて気持ち良かったそうですね?」


 言葉に詰まる怜心。

 決定的な証拠を押さえられていた。まぁ、同じ屋根の下に居れば、嫌でも分かってしまうのだろう。


「男の人ってどうしてこうも胸の大きな女の人が良いんだろう? ねぇ、レイ?」


「あの、シルヴィアのは可愛いと思うし……」


「嫌味ですか? それともバカにしてるのですか?」


 地雷を踏んでしまった。爆発して倒れた所の、もう一個の地雷を爆破した感じだ。

 よくよく考えれば、シルヴィアが怒る理由が今一つ分からない。


 整理して考えるなら、彼女が気に食わないと感じる事は、ユキと仲良くしている状況だ。

 しかし、それはあくまでも兄妹としての行為であって、決して男女の仲に発展して欲しいとは微塵も思ってはいない。


 それに仲良くしている女性なら、他にも数人と居るのに、どうしてユキとの関係にだけ過敏になるのだろうか?

 確かに陸瀬優季とは少なからず因縁というかトラブルはあったが、既に怜心の義妹たる優季はこの世界から消え去った。故にそこまで過敏に反応する必要は無いと思うのだが……?


「とにかく、胸の小さな私はお仕事の途中です。邪魔しないで」


 プイッとパソコンの画面に顔を戻したシルヴィアは、またリズミカルにキーボードを叩き始める。

 怜心にはもう、お手上げの状態だった。


 取り敢えず分かったのは、彼女は別に胸の大小に怒りの矛先を向けているわけでは無いということだ。

 どうやら怜心がユキの胸に惹かれていると勘違いしているだけのようで、本当に気に入らないのはユキと仲良くしている怜心らしい。


「シルヴィア、抱き締めてくれる?」


「――ッ!? ちょっ、何を言って!?」


 何と無く口走った言葉が、思わぬストライクを弾き出した。

 この機を逃すまいと、怜心は畳み掛ける。


「言ってるだろ? 俺は君以外に甘えられる人がいない。君に素っ気ない態度を取られるのは、正直心苦しい。だから、抱き締めて欲しいなって」


「あ、の……そんな都合の良いことを……」


「ダメなの?」


「うぅ……その目は反則だよ……」


 予想だにせぬ陥落。

 シルヴィアは顔を真っ赤にして、「ちょっとだけだよ……?」と呟き立ち上がった。


「八阿木怜心は居るか?」


 それとほぼ時を同じくして、怜心とシルヴィアが使っていた特別棟四階の旧化学準備室の扉が開き、人間体の光風空が現れた。

 シルヴィアが凍り付いたように固まったのも束の間、肩をわなわなと震わせ始めるのを怜心は見逃さなかった。


「うちのユキが――」


「何で貴方はそうタイミングが悪いのですか――ッ!?」


 普段は内気で物静かなシルヴィアからは想像出来ない怒声に、光風空は踏み出した足の倍の数だけ後ずさったのだった。











 

《闇者との関係性》


 闇者と付き合うに当たって、あくまで協力関係という距離を保つ事を推奨する。

 それ以上近付くことも、それ以下に蔑む事もしないようにするべし。間違っても友人、家族、恋人と言った人間的な感情を抱かない事だ。


 闇者は一見すれば人間らしい生命体に見えるが、その実は人間の脅威と成りうる怪物であり、ましてや生命ある存在ですらない。

 特に恋愛感情は抱かない事、抱かせない事だ。

 人間と闇者の間に恋愛は成立しない。よしんば成立した所で、子孫繁栄に貢献することは不可能である。


 今一度言おう。

 闇者とはあくまで協力関係である事を貫き通す事だ。利用し、利用されていることを心得た上で適切な付き合い方を考えよ。

 決して心を許してはならない。





――――私刑により殺害された権威ある学者の論文より抜粋

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