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闇に舞う蛇  作者: 梨乃 二朱
第五章:魔女の企て
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四話:カラスの襲来

《コラム29》

 ユキは褒められると伸びる。

 学園からの帰り道。

 やはり和服に比べて制服は動きやすい。和装より洋装の方が性に合っているのだな、とユキは思った。


「ところでユキ、作戦は成功したのか?」


 ユキの隣を歩く白ニャンコ、光風空が徐に尋ねてきた。ユキは右の拳を突き出して、「完璧なのだ」と宣言した。


「お兄ちゃんって呼ぶことを認めさせたよ」


「ふむ、そうか。私としては遺憾ではあるが、まぁ君の好きなようにすれば良い」


 素っ気ない態度の空へ笑顔を向けるユキ。

 彼の言う作戦というのは、名付けて『家族仲良し作戦』である。陸瀬家と八阿木怜心との間に出来た溝を、僭越ながらこのユキが埋めちゃいましょう、という目論見だ。


 怜心が陸瀬家と、そして陸瀬優季の義兄であると鈴峰弥生から教えられたユキは、何故、彼だけ別の苗字を名乗り別の家で暮らしているのか光風空を問い詰めた。

 最初は悪態を吐くのみでなかなか理由を口にしない空だったが、あまりにしつこく質すユキに根負けして、過去に起こったという事件についてざっくりと教えて貰った。


 それは成人にも満たぬ少年が引き起こしたとは思えない内容であった。およそユキの居た世界において、十代の学生が体験するとは思えない事件の数々。

 この世界の過酷さをまざまざと思い知らされると共に、八阿木怜心という人生に同情を禁じ得なかった。


 しかし、だからと言って家族が簡単に家族を見放す理由にはならないと、ユキは思った。どんな理由があれ、最後まで味方で居続ける事が家族というものだと。

 そういうわけで、『家族仲良し作戦』を発案したのだ。


 作戦は極めてシンプル。

 先ずはユキと怜心との仲を構築し、そこから陸瀬家との仲を取り直す。話によれば、鈴峰弥生とは仲が良さそうなので、そこから突破口を開くという作戦もある。

 とにかく、最終目標は家族でわいわい仲良くご飯を食べることだ。


「取り敢えず第一目標は達成かな。お兄ちゃんはクウちゃんが言うような堅物じゃ無さそうだったよ?」


「そうかな? 奴は単純を装っているが、実は複雑な神経の持ち主だ。君はまだ、怜心という男を知らなすぎる」


 唾棄するかのような言い種だが、ユキはふとあることに気が付いた。


「クウちゃんってさ、もしかしてお兄ちゃんの一番の理解者だったりする?」


 素朴な疑問。

 空はそんな疑問に虚を突かれたように目を丸くしたが、直ぐに鼻で笑った。


「一番では無いが、私は危険と見なした人間の事を何も知らぬまま、近くに置いたりはしない。奴の事について詳しいのは、単に敵を調べたが故の話だ」


「フフン、そうなんだ?」


「何だ? その意味深な笑みは?」


 不適な笑みを浮かべるユキを、横目で見上げる空。

 ユキは思った。多分、このお節介な白猫は、怜心の事が心配だったのではないか、と。


「私さ、最初から思ってたけど、クウちゃんって意外と…………え?」


「――――ユキ!?」


 死はいつも音も無く忍び寄る。


 少し思い付いた皮肉は、口をついて出るより早く突如として頭上より振ってきた青年の大剣の刃によって、喉から両断されて潰えた。

 空の言葉は何処まで聞こえただろうか。

 横一文字に振られた禍々しい紫色の刃は、ユキのか細い首など容易くはね飛ばしてしまった。胴体と生き別れとなった頭部は、中空を舞うと、ボールのように地面を跳ねて転がった。











 首無しとなったユキの体が倒れるより早く、人間体に変身した光風空は、薙刀『アルギュロス・ケイ』の漆黒の刀身を、斬馬刀を振り切った青年の首筋目掛けて振るった。

 しかし、寸でのところでバックステップを踏んだ青年の首は跳ねられること無く、「危ないねぇな。今のは驚かされた」と軽口を叩く。

 空の隣で、首無し死体の倒れる音が虚空に響く。


「貴様、何者だ?」


(カラス)、とだけ名乗って置こうかね。真名は過去に捨てて来ちまったからよ」


 『鴉』を名乗る青年は、なるほど確かに全身に黒一色の衣装を身に纏っている。

 黒いパーカーにジーンズ、革製のブーツまで黒い。しかし、服装とは対照的に肌の色は青白く、刈り上げた頭髪も真っ白だ。右側だけ開いた瞳の赤い事から、青年は“色素欠乏症”の可能性が窺い知れた。


「さて、あんたが光風空だな? 優秀な闇者だって聞いていたが、なるほど良い殺気を放ってやがる」


 色素欠乏症の青年、鴉は快活に語る。

 そこには嘲笑う色は見えず、むしろ飄々とした心地好ささえあった。


「俺の仕事はここで終わりだ。対象は殺したしな。――あんたの主人は、突っ込んじゃいけねえ藪に手を突っ込んじまったんだよ」


「なるほど、ユキの殺害が目的だったか。いずれは訪れる殺し屋も、案外早く来たものだ」


 恐らくこいつの雇い主は、ユキと空で捕まえた黒い影のような人物の関係者だろう。関係者というのは、奴の思想に共感を抱く信者だ。

 何かは出ると思ってつついた藪からは、とんだ蛇が出たものだ。


「白昼堂々、お前にとって暗殺はパフォーマンスか何かか?」


「ハッ、俺の趣味じゃねえよ。俺の主の指示だ。まぁ、人気の無ぇ場所を選んだのは俺だがな」


 鴉は毒々しいまでの紫色をした斬馬刀を軽々と持ち上げ、肩に凭れ掛けると「んで、どうするよ?」と問い掛ける。


「もう死んだ奴を守る義理は無いだろ? それとも主人の仇討ちでもするかい?」


 斬馬刀を構える鴉の言葉に、空は首無しとなったユキの遺体を一瞥し、そして不適に笑んだ。


「貴様の目は、どうやら節穴のようだな?」


「あ? どういう意味だよ?」


「分からんか? なら、結構。先程の貴様の問いだが、私は前者を取ろう。こう見えても律儀なものでね。一度守ると約束したからには、それを反故には出来ん」


 この答えに、色素欠乏症の白い鴉は困惑の色を深くした。


「おいおい、お前に守る主人は居ねえだろうがよ?」


「それが節穴という事だ」


 言葉を言い終えるが早いか、一足の内に鴉の懐に入った空は、寸分違わぬ平刺突を斬馬刀の担ぐ右腕の付け根に繰り出す。

 それは容易くかわされたが、間髪入れぬ横薙の一撃には虚を突かれたようで、漆黒の刃と紫の刃が衝突する甲高い金属音が、人気の無い廃都の道路に響き渡った。











 少女の首無しの死体があった。

 銀色の長髪が巻き付いた首は、目をカッと見開き、両目で色の違う瞳を虚空に向けて生き絶えている。

 ハッキリとした驚愕の表情で固まった顔を見る限り、恐らくは自らの死を実感する暇さえ無かったように思う。

 胴体の方は仰向けに倒れ、傷口から迸ったであろう鮮血に濡れて赤く染まっていた。


 即死だった事は傷口を見れば分かる。

 意外と言われるが、首を断ち切るには相当な力と技術が必要だ。頸骨や筋肉、動脈等が密集する首は、プロでも無ければ一息に切り捨てるなんて事は難しい。が、この遺体は何か鋭利な刃物で一息に両断されている。

 犯人は恐らく、遠くの方で響く剣戟の音を鳴らす二人の内の一人だろう。音は徐々に遠ざかっている事から、最適な場所に移動しようとしているのだろう。

 計らずも意見が一致したと言ったところか。


 それにしても、偶然とは言え子供の死を見るのは辛い。

 やりきれない気持ちを紛らす為、懐からシガレットケースを取り出し、お気に入りの銘が入った煙草を一本取り出して口にくわえる。

 そしてジッポライターで火を点けようとした瞬間、「あの、ちょっと手伝って貰えます?」と足下から声がした。

 驚きくわえた煙草は口を離れ、慌てて下を見ると、「体が上手いこと動いてくれなくて」と首だけとなった少女が申し訳なさそうに苦笑していた。











 

《ブランド》


 一般に“裏”と呼ばれる世界において、鳥類の名前を語る人間は暗殺者である可能性が極めて高い。

 彼等はあらゆる暗殺技術、戦闘技術、魔術を教え込まれ、戦うためだけに生きる。そして彼等が唯一信じるものは、自身の腕だけである。


 故に、その腕に見合うだけの報酬を提示すれば、味方に着けることは容易い。それが法外であれば、現在の主を裏切る事もある。

 しかし、注意すべきは彼等は人間性を捨てていないという事だ。それは催眠による作用を軽減しない為であるが、現在の主に忠誠を誓っていれば裏切らせる事は不可能に近い。





――――鬱陶しい闇の行商人の説明より抜粋

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