一話:白猫
《コラムその1》
ユキは光風空に何故か気があるのだ。
青年は過去に四度、一人の美少女を殺した。
最初は単純な口論から、少女の体にナイフを突き刺して殺した。謂わば事故のような殺人だった。
青年は悔いた。しかし、同時に殺人が露呈することが恐くなり、少女の体を山中へ捨てた。
一週間後には何事も無かったかのように、青年の前に姿を現したのだった。
その事実に恐怖した青年は、今度はほぼ衝動的にナイフで体を滅多刺しにした後、四肢をバラし地面に埋めた。
一週間後には何事も無かったかのように、青年を呼びつけ体に付いた泥を拭わせた。
次は四肢を切断するだけでは無く、指の一本に至るまで解体し、そしてあらゆる手を尽くして日本列島各地にそれぞれを捨てた。
一週間後には何事も無かったかのに、青年の前にメイド服を着て現れた。
最後の手段と言わんばかりに、粉砕機に死体を放り込んだ後、細切れとなった肉片にガソリンを振り掛け火を点けた。燃え尽きるまで見届けた挙げ句、灰を地下深くに埋めその上をコンクリートで固めまでした。
一週間後、寝床に着こうとした青年の前に、我が物顔で青年のベッドの中で眠りこけていた。
もう考えうる手のほとんどを尽くした青年は、偶然知り合う事の出来た魔術師に全てを委ねた。
魔術師は少女の死体を、まるでクリスマスにオモチャを貰った子供のようにはしゃぎながら受け取ると、そのまま姿を消した。
一週間が立った。遂に少女は姿を現さなくなり、青年はようやく安心出来た。
しかし、その頃の青年の生活は廃人もかくやと言うほど廃れたもので、その精神も完全に壊れ最早、一般社会への復帰は望めない状態だった。
そして更に一週間経ったある日、新聞の片隅に青年の変死体が発見されたという記事が小さく載せられた。
青年は気付かなかった。
少女を殺しているつもりが、いつの間にか少女により社会的に殺されていたと言うことに。
そして殺したと思っていた少女が、のうのうと生きている事も、知る由はなかった。
真っ暗な世界の中にいた。
闇だけが支配する、何も無い世界。
上も下も分からない。立っているのか、浮いているのかさえ曖昧だ。
全てが闇で、何も無くて、何もかもが曖昧。自分さえも見失ってしまいそうな世界。けれど、不思議と不安は無かった。
何か、無くしてしまった大切なモノが、この闇の世界には直ぐ身近にあるような安堵があった。
――ずっとこの世界に居たい
そう、本気で思っていた。
ここでなら、何も考えなくて良い。
一人きり、自由に、安息の中、過ごしていられる。
しかし、そう上手くは行かない。
いつも、後少しで世界と同化出来そうという所まで来ると、何処からともなく爆発的な閃光に見舞われ、現実の世界へと引き戻される。
まるで世界から追い立てられるように、容赦なく光の濁流に呑み込まれ、眩しくて瞳を閉じれば開いた時には、全く知らない身に覚えのない場所で横たわっている。
この日は、慣れない布団に体を横たえ、見慣れぬ天井を見上げて――――
「起きたか、ユキ? 規則正しい君が寝坊とは珍しい」
真っ白なニャンコが語り掛け…………って、え?
ネコが、語る? 喋るネコ?
「何だ? 化け物を見るような目をして?」
座敷布団の傍らにちょこんと座る白いニャンコは、くりんとした目でユキを睨む。
「な、んだ……?」呻くように、ようやく出た言葉がそれだった。
「何だとは何だ。――いや、成る程。そういう事か」
何か納得した様子のニャンコは、ユキに近寄るとすんすんと鼻音を立てる。臭いを嗅がれた。
「やはりな。――いや、参ったな。自分の才能には全く困り果てる。天才で有る限り悩みは尽きぬという事か?」
随分と上昇思考なニャンコだ。
いや、いや、そんな事よりも――――
「こんな、こんなのって…………」
体が、無意識にワナワナと震える。
もう、自分ではどうにもならない。
「ん? あぁ、そうか。君にとっては私は些か以上に異質な存在のようだな。混乱は当然か。よかろう、こうなってしまったのは私にも責任がある。まず、君の置かれている状況から説明を…………」
「メッ、メッチャ可愛いんですけど!」
「な、何だァ――!?」
ユキは布団から飛び起きると、白いニャンコを両手でしっかりと捕獲し抱き寄せた。
そして三十分程、白いニャンコを堪能した。
滅茶苦茶怒られた。
「いやぁ、ゴメンゴメン。ネコ好きが発症して、つい……」
「つい、で絞め殺されてはたまらんわ! 馬鹿者!」
白いニャンコはユキを警戒してか、うん、ユキを警戒して部屋の隅に置かれた机の下に逃げ込んでしまった。
ちょっと残念。
それはそうと、ユキの中ではある疑問が生まれていた。
「ところで、何でネコが喋ってんの?」
「今更だな!? 君は馬鹿か!? いや、君は馬鹿だろ!?」
「口の悪いニャンコだなぁ。んで、誰?」
「くっ、何と能天気な……。この私がこんなのを喚び寄せてしまったとは……」
先程と打って変わって、ニャンコの声は落ち込んで聞こえた。何か、ニャンコのプライドを痛く傷付けてしまったようだ。
一応、謝っといた方が良いのかな?
「……まぁいい。とにかく、現状の説明はしてやろう」
どうやら立ち直りは早いようだ。姿は見せてくれないけど。
「先ずは自己紹介か。私の名は、光風空。光る風に空、で光風空だ」
「ミツカゼ、ソラ? 苗字まであって随分と人間的な名前なのね? ニャンコなのに」
「ネコでは無い。『闇者』だ。この姿は、日の光に耐えるためにネコを依り代としての事だ。本来の姿は、君達人間と大差無い」
「ふぅん。で、アンジャって何? お笑い芸人?」
「お笑い? 闇者とは、まぁ簡単に言えば“超高度先史文明”の成れの果てだ」
「超……高校生……何?」
「超高度先史文明、だ。つまり、現在の人類が生まれるより以前にこの惑星を統べていた文明人の事だ」
「……うん? つまって無いよ?」
「はぁ、予想以上の理解力の低さだな……。これ以上、噛み砕くとなると、そうだな、ふむ、“古代文明人”とでも言えば分かりやすいかな?」
「おぉ、古代人か!」
「理解できたか」
「うん、分かった。けど、何で古代の人が現代で生きてるの?」
「そこは難しいところだな。君の頭にとっては特に。我々、闇者は厳密には生きてはいない。肉体の無い、魂だけの存在だ」
「それってつまり、幽霊的な?」
「ニュアンスとしては間違ってはいないな。我々はかつて、まだこの惑星の大地に光が差さぬ時代に存在していた文明だ。それが、ある“厄介者”のせいで“光の洪水”と呼ばれる現象が起こり、大地に太陽の光が差し、光を浴びた者は例外なくその肉体を焼失してしまった。元々、光の無い世界に生きていた我らには、光に対しての耐性が無かったのだよ」
「ヴァンパイアみたいだね」
「しかし、我らは滅びの運命から必死に逃れようとした。死にたく無かったのだ。そして考え付いた方法が、肉体が焼け尽きる前に魂だけを肉体から切り離し、“厄介者”がその強大な力で作り出した異界へと逃げ延びるという手だ。光の届かぬ、闇の世界だ」
「闇の世界……」
ふと、ユキは夢で見た世界の事を思い出した。
一点の光も無い闇の世界。
全てが曖昧な、安息の在る場所。
このニャンコの言う世界と、もしかしたら一緒かも知れないなんて思ってみた。
「結果、その方法は見事、成功した。今にして思えば、滑稽にも程がある。我々を巻き添えにした忌々しきアレにしか、我々は頼る他無かったとは。裏を返せば、そうまでして死から逃れたかったのだが、果たしてこれが生きていると言えるのかどうか」
何処か憂いの色を帯びたニャンコに、ユキは「後悔してるの?」と問い掛けた。
「後悔、か。どうだろうか。……そうだな、私個人としてはあのまま死んでしまっていた方が、自然の摂理としては正しいと思う。太古に滅んだ文明人が、こうしてこの現代に過ごすこと事態からして大きな誤りだ」
何か、自分に言い聞かせているような口調だった。
ユキにはよく分からないが、闇者という古代人であるニャンコは、現代人に何かしら後ろめたさを持っているのかも知れない。
「ところで、さっきから厄介者とかアレとか言ってるのって、何?」
「ふむ、それはだな――」
と、語り出そうとした時、バタバタと廊下を走る足音が部屋の外で聞こえた。
《後れ馳せながらの謝辞》
先ずは本作のページに立ち寄って頂き、大変感謝しております! 大感謝! ありがとー!
この小説は、ラブありバトルありミステリーあり、の賑やかファンタジーものを目指してます。
バトル要素は私が今まで読んできた、又は見てきた小説、コミック、ドラマ、映画等からヒントを得ております。何か知ってるぞ、と思われるシーンがあれば、深く追及せずに、フッとほくそ笑みながらお読み下さいな。ね。
ミステリー要素の一つとして、『クトゥルフ神話』の『異形の神々』の方々に、サブ的に出演して貰っています。
あくまで、メインは『闇者』に『闇舞蛇』、『闇石』と本作オリジナルの“異界の者達”と、ユキを筆頭とした愉快な仲間達です。なので、クトゥルフ的な要素はメインでは登場しません。いや、場合によっては? そして若干、オリジナリティな解釈を踏まえておりますので、おや? と思われる部分もあるでしょう。悪しからず。
他にも神話に纏わる何かを登場させる事が出来ればな、と思っています。
ではでは、引き続き、本作をお楽しみ下さい!