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闇に舞う蛇  作者: 梨乃 二朱
第四章:狩の時間
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四話:影には光を

《コラム24》

 人は完璧な嘘を吐く時、意外と目を逸らすことは無いらしい。

 怜心が目を覚ましたのは、もう日も傾きかけてきた夕時になってからだった。

 およそまる一日眠りっぱなしだったというのに、寝起きの彼はまだ眠たげにシルヴィアの隣に腰を下ろし、膝の上に頭を預けてきた。

 突然の行動に驚くシルヴィアを他所に、彼は膝に乗せた頭を擦り付けるようにして甘える。


「ど、どうしたの?」


「うん、別に何も……」


 何も無いというわりには、一向に離れようとしない。普段の彼にはあるまじき行動に、シルヴィアは思わず胸をときめかせた。

 おかげで彼に言おうとしていた言葉が出て来なくなった。


「シルヴィア、君に何があったとか、君が何者かとかそんなことは俺にとっては大した事じゃ無いんだ。それについて君がどれ程の悩みを抱えているか知らないが、正直に言って取るに足らない事だ」


 怜心は静かに語り始めた。

 シルヴィアはその言葉に耳を傾け、胸の内が締め付けられるような感覚に苦しくなった。


「どうしても話したいなら、話せば良い。約束するが、それによって俺が君に対して態度を変えるような事はしない。絶対に」


 嬉しい。本当に嬉しい言葉が、彼の口から発せられた事が、更に嬉しい。

 けど、それは無理な約束だ。彼は本当に誓っているのだと思う。その言葉に嘘偽りは微塵も感じない。

 しかし、シルヴィアの事を知った時、きっと彼は態度を変える。変えたくなくても、変わってしまう。


 シルヴィア・バートリーは引っ込み思案で大人しい女の子。戦いが苦手で臆病な『闇者』。

 彼の中では、シルヴィアはそういう風に見えてしまっているのだろう。

 間違ってはいない。けど、足りない。決定的な部分が欠けている。

 それは彼の想像を絶するモノであり、そしてそれを知った彼は、シルヴィア・バートリーを、殺してしまうだろう。


「シルヴィア、俺には君が必要だ。ずっと一緒に居てくれる君を、どんな時も傍に居てくれる君を本当に必要と感じている」


「あ……の…………」


「だから、どんなことがあっても、君を離したくない。たとえアビリティを使ってでも、君を離さない」


 そして彼は体を起こして、シルヴィアの体を抱き締めた。力強くて、それでいて優しく温かい。

 けれども、その温もりがどうしようもなくシルヴィアを苦しめた。


 それでも、シルヴィアは彼の背中に腕を回した。


「私は、罪深き女です。その罪は死して尚、私を離さず私に責め苦を与えています。きっと私はこの罪からは逃れられないのでしょうね……」


 彼は何も言わなかった。

 ただ黙ってシルヴィアの独白に耳を傾けていた。


「けど、約束します。貴方がいいと言うまで、決して貴方の傍から離れるような真似はしません」


「シルヴィア……」


「それに、貴方は私が居なくちゃ、朝一人で起きる事も出来ないんだから。心配で心配で、目を離すことなんて出来ないわ」


「はは……手厳しいがごもっともだね……」


 自嘲するように笑う彼は、体を少し離してシルヴィアの瞳を見詰める。ダークブラウンの瞳は、不安にかられて少し湿っぽくなっていた。


「大丈夫だよ、レイ。貴方の傍から離れるなら、もっと前に消えてるし。だから、泣かないで……」











 影が揺らめき、招かれざる来訪者の到来を告げた。

 蝋燭の火のみが仄かに照らす本堂にて、アスラ・エイプリルは背を向けたまま、その来訪者に語り掛ける。


「ここには二度と来ないと思ったのだが、どうやら奴は使えなかったという事か?」


「たわけ、貴様は知っていたのだろう? 八阿木怜心が従える闇者が何者であるのかを。知っていて何故、私にその事を黙っていた?」


「おいおい、自ら下調べを怠った事を私のせいにする気か? それに言った筈だ。準備は十全に、と」


 アスラ・エイプリルは嘲笑いながら振り返ると、影は苦悩が消えなくなった顔に多少の怒りの念を露にし、「手駒を二つ無くした」と悔しそうに呟いた。

 それを思い切り笑ってやった。


「はっ、欠片を二つもぶつけた上でほふれなかったと!? 侮ったな!」


「黙れっ! 貴様があの時、優季を殺してさえいれば、今頃は彼の邪神を復活せしめたというものを――!」


「策を労することしか出来ぬ雑魚が、何を言っている? 学園五位の謳い文句に惑わされた挙げ句、駒を無くしたのは全て迂闊に事を運んだ貴様の責任であろうが」


 影は反論の口を開きかけた所で、不意に我に帰った。


「まぁ良い。次はしくじる事はない。必ずや我が悲願を叶えて見せよう」


 冷静に立ち戻った影は、捨て台詞を吐いて暗闇へ同化しようとする。「次があれば、な」と影へ言い放った刹那、強烈な閃光が薄暗い本堂の細部に至るまでを照らし出した。

 暗闇もまた同じで、照らし出された影は闇の中から放り出されて木造の床の上に転がった。


「そう簡単には逃がさないのだ。みっちりしっかり、吐いてもらいまっせ」


「くっ……ユキか…………」


 障子を開けて入ってきたのは、お茶目に笑みを浮かべる紬姿の少女、ユキであった。










 

《断罪者》


 私は嫌いだ。

 全てが嫌いだ。

 この真っ暗な世界も嫌いだ。

 真っ暗な人間も嫌いだ。

 真っ暗な母も嫌いだ。

 姉が嫌いだ。

 私自身も嫌いだ。


 こんな世界、全部無くなればいいんだ。

 生きてるモノなんか、無くなっちゃえばいいんだ。






――――『アストレイ』と呼ばれる青年の夢の中の光景より抜粋

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