二話:チーム・アストレイの戦い
《コラム22》
個人プレーが多くとも、しっかり給料分の働きはして見せるのが王道部隊。
数体の女性型をした『尋常ならざる仔』が死するリビングへ退避し、海猫は『レミントン M700』の銃口を廊下から狂ったように迫り来る『尋常ならざる仔』へ向け、その頭部へ『.30-06 スプリングフィールド弾』を撃ち放った。
奴等は人間とそう変わらぬ体構造をしている為、当てどころを間違えなければ一撃で葬る事など容易い。
ボルトハンドルを引き薬莢を排出し、再度ハンドルを戻して次の『尋常ならざる仔』を狙う。が、素早く飛びすがってきた化け物はライフルを弾き退け、その異様に伸びた爪を海猫の首筋目掛け突き立てる。
しかし、その程度でやられるようでは彼のサポーターは勤まらない。
迫り来る爪を紙一重でかわすと脇腹へ膝を突き入れ、怯んだところへ銃床をこめかみへ力の限りぶつけた。
連続した打撃攻撃に身を横たえた『尋常ならざる仔』の眉間に銃口を突き付け、何も感じぬ空虚な心境を維持したまま引き金を弾いた。
「おぉ、死んでる死んでる。町から離れてて良かったってところか?」
八阿木怜心は左にクロエ、右にシルヴィアを置きながら、ぼやくように呟いた。
三人が山奥に建てられた別荘を訪れたのは、稼働試験を兼ねて別行動を取らせていた海猫から、『闇舞蛇の欠片』に憑依されていたのが被疑者としていた医者ではなく、その妹だと知らされたからだった。
海猫は予想通り、その役割を果たしてくれた。『尋常ならざる仔』を八体相手にとって遅れを取らなかったのは、流石元暗殺者といったところか。
医者の両親を救えなかったところはマイナスだが、そこには目を瞑るとしよう。
そしてその妹は、覚醒してしまったらしい。いや、既に覚醒はしていた。
病院内で起こった連続失踪事件の真相は、『闇舞蛇の欠片』として覚醒した妹である看護師が、無意識の内に捕食していて回っていたに過ぎない。夜勤が多かった看護師なら、そのチャンスは幾らでもあったろう。
けど、『ロイヤル・ロード』が被疑者と定めたのは、ここ最近、奇行癖が出たという兄の方だった。
当然と言えば当然だ。『闇舞蛇の欠片』に憑かれた人間が奇行に及ぶことは、そう珍しくは無い。あらゆる観点を見れば、当然の見解と言えた。
結局、奇行が何だったのかは分からない。本当に気が触れていたのか、それとも妙な宗教にでも感化されたのかは、本人が惨殺された今、知る術が無い。
「欠片は何処へ行ったか?」
「この血の跡を辿れば、いずれは見付かるかと」
クロエが腰を屈め、ベランダから鬱蒼と木々が茂る森の中へ続く血痕を指差す。
「よし、狩の時間と行こうか。――シルヴィア、力を貸してくれ」
「は、はい! 精一杯、努力します!」
怜心がシルヴィアの手を取った瞬間、彼女の体が眩いばかりの光に包まれ消失すると、右手に白銀の刃に黄金の鍔に束を備えた長剣が現れた。
かつてスペインの“レコンキスタ”の英雄が持っていたと言われる宝剣『コラーダ』と同じ名をした長剣は、クロエの『ティソール』と二対一体でありながら真逆の属性を備えた剣である。
「クロエ、水先案内をしてくれ。その夜目、頼りにしてるよ」
「了解です。お任せを」
クロエは仰々しくお辞儀をすると、夜の闇に包まれた森の中へ飛び込んだ。怜心もその後に続き、白銀に光る長剣を片手に森へ挑んだ。
木々の間を縫うように迫り来る自律特攻兵器に翻弄され、八阿木怜心は思わぬ苦戦を強いられていた。
『闇舞蛇の欠片』は思いの外、直ぐに見付かった。が、見付けるが早いか、突然の攻撃に合い、怜心とクロエは即座に散開。
出来の悪い人間の醜悪な戯画のような姿の『闇舞蛇の欠片』は、体表より林立させた棘とも角ともつかぬ刺突武器を飛ばし、怜心を間断無く襲う。
道なき道に敷かれた木々を利用すれば避けられると踏んだ当初の予想は早くに裏切られ、自律特攻兵器はまるで一つ一つが意識のある生物のように、立ち並ぶ樹木を巧みに避け、またその地形を巧みに利用して、怜心だけを執拗に狙う。
「こいつら、一機一機が尋常ならざる仔ってか……!?」
「レイ! 手を、私を使って!」
短剣で特攻兵器を叩き落としながら、クロエが怜心の左手を掴んだ。
その瞬間、彼女を暗いの闇が呑み込むと怜心の左手に漆黒の長剣『ティソール』が現界した。
怜心は白と黒、光と闇の長剣を器用に振るい、特攻兵器を斬り裂いて行く。
この兵器は、間違いなく『尋常ならざる仔』を応用した“生物”だ。人を妬み襲う奴等の特製だけを受け継いだ兵器は、どんなことがあっても怜心を襲うことを止めないだろう。
「分が悪いぜ、こりゃあ。一対複数戦は好みじゃ無いんだ」
ぼやきながらも、この膠着状態を打破する方法を必死に考える。『闇者』二人に普段脳の使っていない領域を与えている事で、『闇石』という人間には過ぎたる霊石を最大効果で使用しながら、その処理に頭がパンクすること無く、そして別の事へ思考を割く事が出来ていた。
迫る数十という特攻兵器を未来予測で回避ないし撃破しながら、大本の『闇舞蛇の欠片』を見据える。
「仔より親を叩けって? 無茶を言うぜ、クロエ。けど、それしか無いよな……!」
頭蓋の中に囁くクロエの声に従い、怜心は邪魔となる木々を薙ぎ倒しながら、『闇舞蛇の欠片』へ特攻を仕掛ける。
が、人間のそれより速く動く特攻兵器が、行く手を阻みがら空きとなった背中を狙い殺到する。『闇石』の驚異的な演算能力と、体の主導権を瞬間的に奪ったクロエによって咄嗟の回避を為せた怜心は、右手の『コラーダ』を振るい神聖なる光刃を放つ。光の刃は一団となった特攻兵器を、その聖なる光をもってして纏めて消却して過ぎた。
「くそ、姑息な真似を…………何だ、シルヴィア?」
悪態を吐く怜心を諌めるように、シルヴィアの声が脳裏に響く。その提案に不適に笑んだ怜心は、「やっぱ頼りになる、シルヴィー」と白銀の刃に呟いていた。
次の瞬間、体制を立て直して襲い来る特攻兵器。それに答えるように、下段に構えられる『コラーダ』。
【栄光の輝きよ、聖者を導くべく迸れ――!】
高速で詠唱を紡ぐ怜心。
すると強烈な光が刀身を包み隠し、光球が生成される。
瞬間、特攻兵器が怯んだようにその勢いを衰えさせ、それでも向かい来る幾つかの兵器は、怜心を正確に捉えることが出来ず、先程までの脅威は嘘のように消え去ってしまっていた。
やはり、とシルヴィアが嬉しそうに手を叩く様子が脳裏に浮かんだ。
彼女はある疑問を抱いていた。あの自律特攻兵器は、どうやって怜心とクロエを見分け、怜心のみをあれだけ正確に強襲出来るのだろうか、と。
その疑問への答えは、怜心が放った光刃だった。特攻兵器は光刃が放たれた瞬間、僅かにその挙動を鈍らせた。それは怜心ですら見逃した好機だった。
脅威的な猛威を振るう自律特攻兵器の弱点。それは“闇の者”に共通したものであり、且つ戦術としては基本的なものだった。
それに気付いたシルヴィアを、怜心は思わず抱き締めたくなった。因みに刀剣と化している彼女を抱き締めると、確実に大怪我を負うことになる事は言うまでも無いだろう。
「人間の特性を備えているなら、閃光に目を眩まされるって?」
そう、自律特攻兵器は人間同様、五感を備えているとシルヴィアは推定した。そして先程、光刃に怯んだ様子を鑑みるに、奴等は視覚に頼って怜心を襲っていると考えられた。
彼女の言葉に従った怜心は、『コラーダ』の刀身を発光させ、陽光にも似た光量を持つ光球を産み出した。するとどうだろう、奴等は動きを鈍らせ圧倒的な脅威をすんなり潜めてしまった。
「悪いけど、こっちには女神様が二人も居るんだ。負ける筈があるかっての――!」
瞬く閃光を携えた長剣を掲げ、巨木を薙ぎ泥土跳ねる地を駆ける。左手の黒剣に闇の炎をたぎらせ、必殺の一撃に備える。
『闇舞蛇の欠片』は不気味なまでに沈黙している。自らが攻撃することも無ければ、退却する素振りさえ見せない。
その理由は、間合いより一歩手前に踏み込んだ瞬間に分かった。突如、地面が競り上がりうねり狂う触手が出現した。
それはまるで“食虫植物”のように、わざわざ開けた口に飛び込んできた獲物を捕食するかの如く怜心を襲う。
しかし、その程度で動揺するほど生温い経験を積んできてはいない。
即座に右手に掲げた『コラーダ』の光球を、一息に振り下ろした。狙うは『闇舞蛇の欠片』ではなく、自身の足元。
汚泥を跳ね除け炸裂した光球は、迫り来る触手の尽くを、その聖なる閃光で消失させた。
怜心は止まらない。
後一歩を踏み込んだ瞬間、左手に構えた常闇の火炎を孕んだ黒剣『ティソール』を横薙ぎに振るい、不潔で嫌悪感を抱かせる忌々しい姿形をした体を一文字に斬り裂いた。その直後、漆黒の炎が残骸を焼き、その片鱗すら残さぬよう燃やし尽くした。
《対欠片戦》
『闇舞蛇の欠片』は人間はおろか地球上に存在する生物の全てを凌ぐ自己再生能力を有する。故に一部を破壊する程度では、欠片の活動を止める事は出来ない。
『闇舞蛇の欠片』を葬るには、その肉体の八割以上を破壊すること。しかし、個体によってはそれでも再生する可能性がある為、常に片鱗すら残さぬよう心掛けて対処に当たりましょう。
――――『オブスクラム学園』にて行われる兵科教練のテキストより抜粋