二話:必殺キック
《コラム17》
シルヴィアは料理好きだが中華は苦手。
『舞蛇神社』へはそれほど距離は無かった。
先程、優季と思わぬ邂逅を果たした場所からは、歩いて十分も無い。ちょっとした雑談をしていたら、直ぐに麓まで辿り着いた。
「この山を登ったら、神社は直ぐそこですよ」
「人の気配がまるで無いね?」
「まぁ、ただでさえ寂れた神社なのに、その上、人避けの結界まで張ってますから」
そんな会話をしながら山へ入る二人の後ろに、シルヴィアが続く。
結局、彼の隣は獲られてしまった。彼の興味までも奪われた。本人にそんな気は無いのだろうけど、なんとも言えぬ思いはあった。
「ところで、陸瀬さんはこちらへ来てから、一体何度命を落とされたのですか?」
「うおっ!? ド直球な質問だね!?」
全く不躾にも程がある、とシルヴィアも思った。
石段が目視出来る距離まで来た時、怜心が徐に投げ掛けた問いだった。
「えっと……、こっちに来てから初日に殺されて、何か変な病院で右目を取り出された時に何故か死んで、真っ暗な洞窟で蟲っぽいのに食い殺されて、昨日町歩いてたら轢き逃げにあって死んで、さっき棒が突き刺さって死んだから、合計五回だね」
正直に答える方も答える方だ。よくもそんな短期間の間に、そんなに死ねたものだとシルヴィアは呆れた。最早、体質的不運の持ち主としか言い様が無い。
怜心もどういう感情を表して良いものか分からぬようで、「自分の命は大切にしなさいよ」なんて言っていた。
「一体、その体はどういう仕組みになっているのですか?」
「うん、よく聞かれるんだけど――」
「それは私にも教えて貰いたいものだな」
不意に掛けられた第三者の声に、三人は周囲に視線を巡らせる。
そして石段の上から颯爽と降りてくる黒い影を認めた。怜心とシルヴィア、そして何より優季にとっては馴染み深い人影は、石段の入り口に立てられた鳥居の上に飛び乗り、優季を見下し黒い刀身をした薙刀『アルギュロス・ケイ』を構える。
優季が息を呑む様子が、後ろ姿からも分かった。
「何故、君は死なないのか? ユキ?」
「お前、何でここに……?」
「降りてこい、このナルシスト野郎! あのわけわからんヴェールの野郎と一緒にブッ飛ばしてくれんよ!」
何とも威勢の良いことに、ユキは鳥居の上に立つアスラ・エイプリルに向かってジャブを打つ仕草をして挑発している。
面白い奴だ、とアスラはほくそ笑む。
本当に面白い。
あれは最早、人間や『闇石使い』という括りでは収まり切れない。それでいて、あくまで人間として活動を続ける彼女は、果たして何者なのか非常に興味がある。
「相手ならいつでもなってやろう。が、その前に再度問う。――何故、君は死なないんだ?」
「知るかそんなん! 私が聞きたいくらいだ!」
やはり彼女自身、不死身の仕組みを理解していないか。
そんな気はしていた。彼女の場合、気絶した時には回復魔法の発動は見受けられなかった。体が元に戻ったのは、死んでからだ。つまり、故意に不死の能力を発動出来るわけでは無いという事だ。
「元の優季にそんな力は無かった。という事は、ユキという魂に不死の能力があるとみて間違い無さそうだな」
「コラァ! ぶつくさ言ってねぇで降りてこいってんだ!」
「ちょっ、陸瀬さん落ち着いて下さい。光風さんと何かあったのですか?」
いきり立つユキを、傍らに立つ八阿木怜心が宥める。
珍しい二人組だ。バートリー姉妹も含めれば、四人組と称すべきか。
「おやおや、誰かと思えば“軍の犬”に成り下がった妾の坊主ではないか。仕事に溢れ、神頼みにでも来たのか?」
「生憎、私には女神が二人も傍に居るものでして、その必要はありませんよ。――それより、陸瀬優季の精神、霊魂を追い出しユキさんの魂を脱け殻となった肉体に入れたのは、光風さん、貴方ですね?」
「ほう、流石は“王道部隊”の中で“邪道”の名を与えられるだけはある。そんな分かりきった事を改めて確かめないと分からないとは、愚鈍にも程があるというもの」
「ち、ちょい待ち! 着いて行けてないからちょっと待って!」
ユキが慌てた様子に、二人の会話に割って入った。それにより、何かを言い掛けていたシルヴィア・バートリーの言葉が遮られる形となったが、ユキの知るところにはない。
「えっと、えぇっと…………あ、そだ! あれがクウちゃんって、どういうこと?」
「気付いて無かったのですか?」
「気付くも何も……ぅえっ!? マジか!?」
そう言えば、ユキにはまだ光風空という白い猫とアスラ・エイプリルが同一人物であることは漏らして無かったか。
彼女が気付かなかったのも無理はない。彼女と対峙している時は、ずっと自身に“隠蔽の魔術”を掛けていたのだから。
「ユキ、君には死んで貰うつもりだった」
アスラは鳥居から飛び下り、地面へ降り立つ。その頃には人間としての姿を消し、白ネコの剥製となっていた。
ユキの顔はいよいよ驚愕の色に染まる。
「貴方の目的は何か、語ってくれると取って良いでしょうか?」
「君に語る義理は無い。――ユキ、また本堂で話をしよう」
その呼び掛けに答えるように、しっかりとした足取りで空の傍まで寄ってくる。
「聞き分けの良い子だ。さぁ、行こ――――」
「必殺・シャイニングキーック!」
突如叫んだかと思うや否や、言葉を遮られたどころかボールよろしく林の中へ飛んでいく空。木の幹に顔面からぶつかり衝撃に視界が霞む。
怜心は唖然としている傍らでシルヴィアの口元が妖しくつり上がっていた事は、さして関係の無い事だ。
「ユ、キ……一体……な、んの……つもりだ……?」
「黙らっしゃい! この私が自分を殺された輩に着いていくほど軽い女と思ったかバカめ!」
腕を組んで仁王立ちになるユキに、ごもっともと怜心とシルヴィアが首を立てに振っている。
更にユキは指を虚空に振ると、空気中の水蒸気が凍り付き、空の体を拘束した。
「さて、語って貰おうかな? クウちゃん?」
まるで体の自由が利かず、人間体へ変身することも敵わない状況にあっては、最早観念する他には無かった。
流石は『魔女』を名乗るだけあり、氷は一筋縄では溶けそうに無い。
《必殺技》
説明しよう。
《シャイニングキック》とは、右足に溜めた魔力を聖属性の力に変換し、光を纏った足で跳び蹴りを放つ技である。
本来はコンクリートの壁だろうと容易く破壊してしまう技だが、今回はかなり威力を落として放った。