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闇に舞う蛇  作者: 梨乃 二朱
序章
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零話:ゼロサムゲーム

《コラム0》

 この場では、登場人物のちょっとした情報を紹介します。

 それは何の前触れもなく訪れた。

 平日の帰宅ラッシュ時のスクランブル交差点。信号待ちをするサラリーマン、OLに混じり、学生の姿もちらほらと見受けられる。

 その中に、女子高生が三人居た。バイト帰りとは違う、友人達と楽しそうに会話する様子から、学校帰りに寄り道でもしたのだろう。

 三人が三人共、間違いなく美少女の部類に入る。可愛くて大人びた魅力の持ち主だ。内一人は、読者モデルとして雑誌に何度か写真を載せていた。


 そんな美少女三人が夜の町を歩いていて、悪い男に声を掛けられないわけがない。

 この日も、明らかに下心丸出しの青年達に、半ば強引に誘われていた。

 三人の内二人はこういった場面に慣れているのか、脅される筈が声を上げるなどし、その場をやり過ごそうとしていた。しかし、青年達も目前の獲物を逃すまいと、しつこく食い下がる。


 そんな最中、異変は起こった。

 女子高生三人の内一人、強引な勧誘に怯えた様子の少女が、青年に腕を乱暴に掴まれた瞬間に苦しみ出した。

 頭を抱え、過呼吸になり、崩れ落ちるように地面にうずくまった。


 友人の一人が心配して声を掛けたその時、うずくまっていた少女が狂ったように笑い始めた。

 友人二人と青年達はおろか、見てみぬふりをしていた通行人達も、少女の異変に気を取られた。


 その時点で逃げていれば、被害は最小限に留められただろう。けれど、誰もが一瞬だけでも足を止めてしまった。

 その好奇心が自身の命運を決めたとは気付かぬまま、足を止めた人間は例外無く、少女の体から生えた幾つもの触手に絡め取られ、一気に咀嚼されていった。











 空になったマガジンを排出しながら、八阿木怜心は室外機の影から移動する。

 『闇石』という太古に滅んだ文明から授かった霊石を納めた右目は、常に触手の塊と化した少女だった者を捉えて動向を窺っていた。


「コントロールよりアストレイへ、部隊の撤退は完了しました。このまま“欠片”の注意を惹き付け、南南西へ一・三キロ、誘導お願いします」


 イヤホン型無線機から聞こえる女性の声に「了解」と返しながら、『M4A1』カービンライフルの銃口を化け物へ向ける。

 怜心が現場に到着するより以前に、『闇舞蛇の欠片』と交戦し甚大な被害を被った警視庁警備部SWAT部隊の生き残りの後退の支援が、作戦の第一目標だった。


 ここからは第二目標。

 気合いを入れ直し、トリガーへ掛ける指に力を込める。フルオートに設定された銃身から“強装弾”が矢継ぎ早に放たれ、化け物の触手を貫いては千切って行く。

 しかし、銃弾は触手を傷付ける事は出来ても、本体たる辛うじて人間の面影を残す女の体には傷の一つも付けることは出来なかった。命中したと思った矢先、体外へ排出されるのだ。

 触手にしても、貫き千切ると同時に即時再生していく。


 人工的にしか強化していないライフル弾で、『闇舞蛇の欠片』は倒せない。まして一斉射撃ならまだしも、たった一人の攻撃でどうにかなるわけがない。

 これは敵の注意をこちらへ向けさせる為だけの攻撃だ。今回の任務は、『闇舞蛇の欠片』を指定ポイントへ誘導する事。倒してはいけないのだ。


「全く、厄介な任務だ」


 スクランブル交差点の中央を陣取る『闇舞蛇の欠片』の真正面に立ち、ひたすらトリガーを引き続ける。

 全長二メートルの二足歩行、濃緑色に黄色い斑点の模様が浮かぶ触手に埋め尽くされた体躯は、最早、元の美少女だった女子高生の面影など残していない。

 三文ホラー映画に出てくる怪物然とした醜悪な化け物は、ゆっくりと、しかし確実に怜心を狙って動き始めた。


「獲物はこっちだぜ。さぁ、来い」


 苛立つほどの緩慢な動きだが、一度狙われれば後は簡単だ。

 カービンライフルをシングルショットへ切り替え、牽制射撃に移る。銃弾の節約だ。


 後退と牽制を続けながら、予定ポイントに『闇舞蛇の欠片』を誘導する。

 時折、繰り出される触手の攻撃は距離が離れている為、大した脅威では無い。それでも常人なら回避どころか視認すら難しい高速の攻撃は、『闇石』がもたらす高度な認識能力をもってすれば回避など容易い。


 そして目標ポイントである、片側二車線の建設途上の大橋が見えて来た時だった。

 突如、『闇舞蛇の欠片』がもがき苦しみ始めた。


 これは来るな、と直感するが早いか、触手の束が開け、黒々としたブラックホールのような穴が出来た。その中から吐き出されるかのように、少女の姿を模した肉塊がコンクリートの地面を転がった。

 一糸纏わぬ裸体の少女の柔肌は青白く変色し、所々にひび割れがあり、濡れて解れた石鹸のようにドロドロと滑り光っている。濡れそぼった黒髪は肌にピッタリと張り付き、眼球は無く、代わりに青く蠢く鉱石が嵌められ、それが哀しみに満ちた光を携え怜心を見詰める。

 少女は二、三度咳き込むと、体を反らせながらゆっくりと立ち上がり、この世のものとは思えない金切り声の雄叫びを上げた。


「アストレイよりコントロールへ。“欠片が仔を産んだ”。繰り返す、欠片が仔を産んだ」


 怜心が状況を報告する内にも、一人、また一人と『闇舞蛇の欠片』は自身の分身たる『尋常ならざる仔』を産んで行く。

 そして瞬く間に大通りを埋め尽くさんばかりの裸体の少女が産まれ、それぞれが雄叫びを上げ、苦悶に満ちた呻きを漏らしている。


 あの“生きる屍”のような者達は、元はただの人間だ。『闇舞蛇の欠片』が咀嚼した、不運な人間の成れの果て。

 『闇舞蛇の欠片』に人間に戻ろうとする衝動が生じると、自身が取り込んだ人間の肉片を繋ぎ合わせ、化け物となる前の人間の姿を模した怪物となって体外へ排出される。

 そして人間に戻りたい怪物は、人間を捕食する『尋常ならざる仔』と成る。


 この場に於いて、人間はただ一人。

 獲物を定めた『尋常ならざる仔』等は、一斉に怜心目掛け駆け出した。

 人間と内部構造が酷似したその化け物は、人間以上の身体能力に耐久力を有していないが、何せ数が数だ。ライフルでは対応のしようが無い。


「こちらコントロール。状況を確認。“闇具”の使用を許可します。欠片の殺傷に注意を」


「了解。――クロエ、出番だ!」


 マガジン内の銃弾を撃ち尽くした『M4A1』カービンライフルを地面に放り捨て、怜心は頼れるパートナーの名前を叫んだ。

 瞬間、一際濃密な闇が怜心を包み込み、一迅の刃が飛び掛かる『尋常ならざる仔』の胴体を一刀の下、両断に斬り裂いた。


 闇は忽ち人の形を成して行き、怜心の眼前にダークバイオレットの髪を肩口で切り揃え、凛々しい面持ちに黒い骸の面で目元を隠した美少女が、黒く淀んだ片刃の剣を両手に構えて『尋常ならざる仔』を睨み据えていた。


「ようやくですか? レイ?」


「そうむくれないでよ。命令なんだからさ。ね?」


 そうフォローするように語り掛けるが、「いえ、別にそれについて意見などは……」と睨み付けながら呟かれた。

 本部の作戦に最初から不満を抱いていた『闇者』の少女、クロエ・バートリーは、この状況を憂いているのだろう。


「私とレイが最初から本気を出していれば、あんな雑魚にここまで苦戦することは無かったでしょうね。こんな回りくどい事などせずとも」


「うん、まぁそうなんだけど……」


 クロエの言うことも尤も故に、言い返す事は出来なかった。が、今はそれどころでは無い。

 まさに後悔先に立たず、だ。


「成ってしまった事は仕方が無いよ。今、俺達に出来ることは――」


 クロエの隣に立った怜心は、「全力を持ってして敵を殲滅する事だ」とそっと彼女の左手に自身の右手を重ねた。


「手を貸してくれるか?」


「それが命令であるのなら」


「命令なんて……。言ってるだろ? 俺と君は友人だ。強制なんてしないよ」


 怜心の言葉に溜め息とも付かぬ吐息を漏らすと、クロエの体はどす黒い霧に包まれ消失した。

 「あの汚物を倒すのであれば、幾らでも力を貸しましょう」霧が晴れると、怜心の手には柄尻と鍔が黄金で出来た漆黒の刀身の長剣が握られていた。

 長剣の名は『ティソール』。その名は『燃える剣』を意味する。

 かつて“レコンキスタ”の真っ只中にあったスペインにて、英雄と呼ばれた男が所持していた刃と同じ名をした刀剣は、『闇者』クロエ・バートリーが『闇具』として武具化した姿だ。


「作戦を優先するよ。本部の考案には興味があるからね。けど、最終的に奴には死んで貰う。――さて」


 怜心は『ティソール』を左手に構え直すと、刀身を包む禍々しいオーラを払うように虚空を一閃する。


「アストレイよりコントロールへ。これより、尋常ならざる仔の殲滅を開始する」


 そして唱えるは、一撃必殺の魔術。


【この黒剣は討たれし猛将の怨念宿る剣なり】


 ゆっくりと『ティソール』を上段に構え、駆けるように迫り来る『尋常ならざる仔』を睨み据える。


【燻る想いあらば、我が声に答え紅蓮の炎となりてその無念を晴らせ】


 詠唱が進む度、刀身を纏う禍々しいオーラは勢いを増して行く。

 そしてそれが臨界に達するまで、そう時間は掛からなかった。


【さぁ、戦場を駆けよ。ティソール――!】


 『尋常ならざる仔』が怜心の体を、異様に伸びた爪で切り掛かったその時、『ティソール』の闇色の刃が振り下ろされた。

 瞬間、凄まじい熱量の業火が戦場を迸った。

 鼻先の『尋常ならざる仔』の体を一瞬にして蒸発させた怨念から成る業火は、扇状に広がり後ろに続いていた『尋常ならざる仔』を一撃の下に葬り去った。


「ま、大体こんなもんかな」


 『ティソール』の刀身を肩に凭れ掛けさせながら、産み落とされた『尋常ならざる仔』が殲滅された公道を見渡す。

 残された『闇舞蛇の欠片』は、やはり緩慢な動きで怜心を追う。


「さぁ、ラストスパートだ」


 『ティソーン』を腰だめに下げ、右足首のレッグホルスターから『コルト・パイソン カスタム』リボルバー拳銃を抜き放ち、牽制射撃を始めた。











 そうしてTAC Name『アストレイ』こと八阿木怜心は、『闇舞蛇の欠片』を予定ポイントまで引き込んだ。

 オペレーターは即座に『アストレイ』へ退避命令を出す中、作戦本部は『MLRS(多連装ロケット発射システム)』に搭載された特殊爆弾を発射。

 この時、八阿木怜心の退避が完了していない事を、オペレーターを除いて誰も確認する者はいなかった。


 対欠片用に改良された特殊爆弾は目標上空にて、霧状の化学物質“酸化エチレン”を散布。瞬時に爆発。

 高熱、爆風、衝撃、電磁波によって『闇舞蛇の欠片』はもちろんのこと、建設途上の大橋を中腹から焼き尽くした。

 威力を限定的にさせた特殊爆弾『FAE(気化爆弾)』は、大橋以外、街に被害を出す事は無かった。


 今回の戦闘では人類側の勝利に終わった。

 しかし、『闇舞蛇の欠片』一体に対して人類側が出した被害は、死者百人近くと都市の損壊等、決して軽くは無かった。


 それでも、『FAE』を用いた戦術の有用性を実証出来た軍部は、各メディアに大々的に取り上げさせた。

 “『闇石使い』に頼らぬ新戦術の構築”、と――――。

 今回の戦闘、最大の功労者たる八阿木怜心という『闇石使い』の存在について、一度も触れられる事は無かった。それどころか、作戦終了後のごたごたに圧殺され、彼の戦士の安否は最後まで確認される事はなかった。










 

《後書きについて》

 この場では、後日談やちょっとした解説等、本文の延長線として様々な情報を載せます。

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