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闇に舞う蛇  作者: 梨乃 二朱
第三章:シルヴィア・バートリーの憂鬱
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一話:出会い頭の怪奇

《コラム16》

 シルヴィアは引っ込み思案。

 こんな光景、生きている限り二度は見たくないだろう。それは人間であろうと『闇者』であろうと同じだと思う。

 シルヴィア・バートリーは休暇の初日を、八阿木怜心との二人きりのショッピングに費やしていた。厳密には怜心の腰に携えた『闇具』の黒剣『ティソール』の姿で、姉のクロエ・バートリーが一緒ではある。けど、昼間の彼女は眠っている為、実質的には二人きりと言って過言ではない。


 いつも休暇になると昼過ぎまで眠っている怜心だが、今日はどういう分けか、朝早くから目覚めてぼんやりと外を眺めていた。

 まだ日も昇らぬような明け方に、一人ベランダに立ち東では無く西側の空を眺め、物思いに耽ていた。マンションの構造上、西側にベランダが造られていたからでもあるが、何処か故意に東側ではなく西側を眺めているように見えた。


 その背中に声を掛けられたら、どんなに良かっただろうか。また、背中に体を委ねる事が出来れば、ただ抱き締める事が出来ればどれほどの幸福を感じることが出来ただろうか。

 けれど実際は、ただ背中を見詰めているだけで、幸せを感じてしまう不甲斐ない女だった。昔から、まだこの大地に光が降り注ぐより以前の時代から、何億という時が経ってもそれは変わらない。人が生まれ持った性質は、ただ時間を費やすだけでは変わらないらしかった。


 やがて東の空に太陽が顔を出し、西側の空も明るみかけた。

 それを見届けた彼は、徐にこちらを振り返ると「おはよう」と優しく挨拶をするのだった。

 そしてシルヴィアが挨拶を返すのを待ってから、「今日は天気が良い。お出掛けしようか」と思わぬデートの誘いを受けたのだった。


 朝食を取り、家事を済ませ、準備を整える頃には十時を回っていた。町が目覚めるには、まだ少し時間があった。

 それを指摘すると、彼は「ゆっくり歩いていれば丁度良くなるよ」とシルヴィアの手を取った。

 手を繋ぐのは久し振りだ。姉のクロエがシルヴィアの役割を横取りしてからは、手を繋ぐどころか触れ合う事すら少なくなった。少し前までは、彼の剣として彼と共に戦場に立つのはシルヴィアの役割だったというのに。

 けど、今日は独り占め出来る。彼の方からシルヴィアの手を取ったのだから。


 なんだけど。独り占め出来た筈なんだけど!


「あ! 敬語の人!」


 人通りの少ない路地を歩いていた時だった。勿論、手を繋いで他愛の無いお喋りを楽しみながら。

 角を曲がった先、道の真ん中にポツンと佇んでいたのは、シルヴィアと怜心にとっては少し因縁の深い少女だった。腰まで垂らした銀髪に右が紅、左が翡翠のオッドアイ、白地に桜の描かれた紬を纏った美少女は、怜心を見付けるや否や指を差して手を振った。

 とても元気な素振りとは裏腹に、とても元気とは思えない状態だった。これには多少の事では動じない彼も唖然としていた。


「陸瀬さん、その……何をしてるのですか……?」


「いやぁ、ちょっとね。悪いんだけど、これ引っこ抜くの手伝って」


 本人は小石にでも躓いた程度に言っているが、何処から降ってきたのか二メートル弱程の鉄の棒を指差す姿は、見るに堪えない痛々しさがあった。

 何せ陸瀬優季は今現在、鉄の棒が左の鎖骨から胴体を貫いて右の骨盤を砕き串刺しの状態になっているのだ。

 本来なら即死していても可笑しくないというのに、何故か優季はヘラヘラと笑っている。口元から血を垂れ流しながらもその笑顔には苦痛の色は全く見えず、余裕すら感じさせる美しい笑みだった。











 「いやぁ、ごめんねぇ」なんて笑いながら、抜けたばかりの鉄棒を片手で弄ぶ優季。

 傷口は驚くことに、棒が抜けた瞬間に塞がってしまった。これは“自己回復能力”というより、最早“時間の逆行”に近い所業だ。再生したビデオを巻き戻すが如く。

 何にしても、到底人間業には思えない。例え『闇石使い』であろうと、だ。


 それはそうと、当初は“119番”に連絡を入れようとしていたシルヴィアだったが、意外な事に怜心がそれを止め、彼は徐に鎖骨側の棒の端を掴むと一息に引き抜いたのだった。

 普通は警察か救急に連絡を入れるところ、何故あえて一歩間違えれば殺してしまうような行動に出たのか、シルヴィアには理解出来なかった。


「ちょっとニャンコ探してうろちょろしてたら、いきなりこんなのが降ってくるんだもん。グサリだよ、グサリ。痛いの何のって、チョー焦ったぁ。一回死んじゃったし。しかも、この辺り人通り少なくて、困り果ててたんだよね。自分じゃ抜き辛くて。本当、ナイスなタイミングで通り掛かってくれたのだ」


 申し訳無さそうに語る優季に、シルヴィアは違和感を覚えた。先ず、喋り方が記憶にある優季とは違っている。彼女はもっと淑やかに、遠慮がちに語る娘だったと記憶している。

 というか、今さらっと“一回死んだ”と言わなかった?


「敬語の人、えっと……レミだっけ?」


「レイ、とお呼びください」


「あ、惜しかった。じゃあ、レイさん。どうも助かりました。ありがとうございます。この借りはいずれ何等かの形で返させていただきますね」


 本当に何があったのかは分からないが、全く印象がガラリと変わっている。

 サバサバした雰囲気が、シルヴィアとは裏腹で少し苦手意識を感じた。


「お礼なんて、そんな気を使わなくても。――それより、教えて貰いたい事があるのですが」


 怜心はそんな彼女の態度に兼ねてから何かの予想を立てていたのか、「貴女は、一体誰ですか?」と口調こそ丁寧だが鋭い語調で問い掛けた。

 彼女は一瞬キョトンとしたが、直ぐに弾けるような笑みを浮かべて「もしかして、私と知り合いだった?」なんて問うのだった。


 この二人のやり取りから、シルヴィアには何も見えて来なかった。

 もしかすると彼女は記憶喪失か何かかと予想を立ててみたが、それにしては怜心の“貴女は誰ですか?”という問い掛けが不自然だった。もし、本当に記憶喪失なら、“誰ですか?”ではなく“ご自身がお分かりですか?”と言った具合に質す筈だ。

 では、彼は何故、“誰ですか?”と問い掛けたのか。その言葉を意味するところによると、彼女が外見は優季だが中身が全くの別人という事になる。


「んじゃ、とりあえず初めまして! 私はこの世界とは別の世界からトリップしてしまった魔女、ユキと言います」


「なるほど。名前はユキで変わり無いととってよろしいでしょうか?」


「うん、良いよ。ユキでも優季でも好きに呼んで。あ、ファミリーネームは無くしちゃったから、陸瀬って呼んでくれても全然構わないから。それから、これは重要だから言っておくけど、魔女だからって『ウィッチ』っていうのはやめてよね。私は『ウィッカ』って呼ばれる方が好きだから」


「何が違うのですか?」


「厳密には違わないよ。『wicca』ってのは古代英語の魔女を意味する言葉なんだけど、『witch』っていうと中世辺りの“魔女狩り”とか連想しちゃうじゃん? だから『ウィッカ』って呼んで欲しいの」


 何か話が先へ先へと進んで行くが、どうやら優季が別人というのは本当だと見て間違いは無さそうだ。

 何故、彼女が『魔女』だの『ウィッカ』だのと名乗るのかは不明だが、この発言こそが彼女を別人だという証拠とみて間違い無いだろう。

 学園二位の実力を持つ彼女を、妬む輩が冗談半分、皮肉半分に『魔女』と呼ぶことがあった。しかし、彼女は『魔女』と呼ばれる事を嫌っていた。何か邪悪な感じがして嫌だと言っていた。


「えっと、そっちの静かな子は?」


 不意にシルヴィアへ話題が振られ、慌てて頭を下げて自己紹介をした。


「へぇ、シルヴィアちゃんかぁ。闇者なんだね? あ、闇者と言えば、白ネコを見なかった? クウちゃ……いや、光風空っていう古臭い口調のラブリーなニャンコなんだけど」


 話の展開に着いて行けていない気がする。

 このユキという子は、どうやら相当なマイペースらしい。怜心からの報告で、洞窟で発見した時も、『雛』を倒すついでに氷で各都道府県のゆるキャラを造っていたと聞いた時、何かの冗談かと思ったが、嘘偽りなんて無さそうだった。


「光風さん、ですか? いえ、そう言えば最近は見ていませんね」


 光風空と言えば陸瀬優季と契約している『闇者』で、やたらと怜心に皮肉をぶつけてくる嫌な奴だ。彼は気にしていないようだが、シルヴィア、クロエのバートリー姉妹は共に敵視している。

 そんな空はいつも優季にべったり着いていて、二人が別行動をしているとは珍しい。行方不明なのか聞いてみると、救助されて家に戻ってみれば既に居なくなっていたそうだ。家の者に聞いても知らぬ存ぜぬで、こうして町に出て捜しているのだという。


「まぁ、丁度外に出たかったし、町中も楽しめてるからラッキーなんだけどね」


「心当たり、と言っても分かりませんよね?」


「うん、さっぱり。取り敢えずネコが行きそうな場所は探ってみたけど、変な連中に絡まれたりで収穫はゼロ」


 「因みに返り討ちにしてやったのだ」と女性的な胸を反らし、誇らしげに語る優季。

 そんな彼女を他所に、怜心は「あの神社はどうですか?」と問う。


「あの神社って?」


「貴女方二人がよく利用している、舞蛇神社ですよ」


「あぁ、そう言えばそんな所もあったねぇ。全然気にしてなかったよ」


 あはは、と憎めない笑みを見せる優季に、怜心は「よろしければ、ご一緒致しましょうか?」と協力を申し出た。それに一番驚いたのは、他でもないシルヴィアだった。

 とは言え、主人たる怜心が決めた事に逆らう事はしたくなかった。


「助かるよ。一回しか行ったことないから、場所あんまし分かんなくて」


「いえいえ。私も光風さんには聞きたいことがありますし」


 そして怜心はシルヴィアへ顔を向けると、「ちょっと寄り道になるけど、良いかな?」と問う。

 既に胸中で決意を固めていたシルヴィアは、折角のデートが短くなる事に少し残念な気持ちはあったが、そんな感情など顔には決して出さずに快諾した。











 

《ユキちゃんとレイくん》


「魔女と言えば悪魔崇拝のイメージがありますけど、陸瀬さんも悪魔と繋がってたりするんですか?」


「私は『魔女宗』だから、信仰してるのは『古代の女神』だよ。悪魔崇拝の宗派もあるにはあるけどね」


「ほう? 魔女にも宗派が存在するのですか?」


「そりゃもう、色々とね。結社もあって、『黄金の夜明け団』とか『銀の星』とか」


「その、魔女宗とはどのような宗派なのですか?」


「えっと、古の神々って言っても旧支配者みたいな邪悪なものじゃ無くて、『ディアナ』や『アルディア』等の前キリストにあったような神々を崇拝して、自然や宇宙と一体化することを目的とした宗派だよ。良いことであれ悪いことであれ、自分の行いは三倍になって帰って来るっていうのを倫理にしてるんだ。『三倍返しの法』って言うんだよ」


「それは良い倫理ですね? 生きていくに役立つ教えです」


「えへへ、そうでしょ?」


 自分の事のように嬉しそうにするユキ。

 そんな彼女を見て、レイはふと思った。

 『三倍返しの法』と言うが、何度も死ぬような目にあっている彼女は一体何をしたのだろうか、と。

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