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闇に舞う蛇  作者: 梨乃 二朱
第二章:禁忌の実験
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十話:解決……?

《コラム15》

 レイは女好きだが、女に頭が上がらない状況になることが多い。

 事の顛末を語った音嗣へ、縷々井藍那は疑問を投げ掛けた。


「結局、死んだと思ってたのが生きてたんだろ? なら万々歳じゃねぇか? 何を落ち込む事がある?」


「だから、別に落ち込んでなんて無いって。ただ、気掛かりなだけであって……」


「何が気掛かりなんだよ?」


「それは…………」


 それは、少女を救出した後の話だ。

 少女、陸瀬優季というのだが、その優季と対峙した八阿木怜心の様子が、目に見えて可笑しかった。

 顔見知りの筈だが、彼女が知らぬ顔をしたと分かるや、怜心もまるで他人のような態度を取るようになった。会話も事務的で、それまでの緩く優しげの雰囲気は鳴りを潜めてしまっていた。


 迎えのヘリコプターが来るまで、その息苦しさは無かった。

 事務的な態度を崩さない怜心、本当に初対面のように彼へあれこれ質問する優季、そんな二人に板挟みとなった音嗣。

 苦しい時間だった。


「――――まぁ、そんな感じで、あの二人の間には確実に何かあるんだけど、それが何なのか気にかかってしまって……」


 話終えた音嗣を、藍那は何も言わずぼんやりと見詰めていた。かと思えば、不意にハッと何かを思い付いたような顔をし、音嗣の発達途上の胸を両手で揉み始めた。


「ち、ちょっと、ルル姉!? 何を!?」


「ンフフ、私より小ぶりだけど、こんだけありゃあ十分だ」


 胸を抱えるように身を捩る音嗣に、藍那はニヒヒと不適に笑う。


「何が十分なのさ!?」


「お前、今度は女の格好してみろよ。あ、おっぱい強調すんの忘れるなよ? お触りは、焦らしてからな?」


「何の話しだ!?」


「そしたら、その怜心っつうガキも、ちったぁなびくだろうさ」


 何だかよく分からないが、何だかよく分からない方向に話が進んでいる。


「それにしても裸ってのは芸がねぇよなぁ。やっぱ見えそうで見えないってのが、想像力を掻き立てて効果抜群だぜ!」


「オッサンか! あんたは!?」


「何だよ。せっかく、妹分の恋路を手助けしてやろうと、色々と考えてやってんのに……」


「いや、違うから! 恋とかそんなんじゃ無いから! て言うか、楽しんでるだけでしょ!?」


 すっかり年相応の女らしくなった音嗣に、男らしく笑う藍那。

 これが縷々井探偵事務所の日常。

 あぁ、帰って来たのだな、とこの時ようやく実感する事が出来たのだった。











 廃病棟の屋上に胡座を掻き、八阿木怜心は周囲の鬱蒼とした森の中に入っていくSWAT隊を見守っていた。

 『緋色の軍団』と名乗る謎の軍事組織は、十中八九、この森を退路に選んだ可能性が高い。

 『地母神』と呼ばれる『旧支配者(グレート・オールド・ワン)』が産み落とした忌み子、『雛』が蠢動する地下はまともに通れるとは思えないし、空路は下手をすれば怜心の呼んだ援軍と鉢合わせするかも知れないし、ヘリコプターなんてものを飛ばせば追跡される可能性もある。

 この『ティソール』の力を、僅か数合打ち合っただけで見抜いた老兵だ。それだけの予測は、簡単に立てられるだろう。


 既に遅いかも知れない。

 いや、既に遅いだろう。もうあの軍勢は、我々の手が届かない場所に逃げてしまっただろう。


「深刻な顔付きですね、我が主?」


 黒剣『ティソール』から人間体に戻ったクロエ・バートリーが、甘えるように背中に凭れ掛かってきた。

 柔らかい淫らか感触が、背中に押し付けられる。が、それよりもドキリとしたのは、耳元に吹き掛けられる声の冷ややかさだった。


「……クロエ、なんか怒ってる?」


「いいえ、別に。男装少女と行動を共にしてあまつさえ面倒とか言いながら最後までお付き合いなされて随分とお楽しみになられてましたね、なんて事は思っていませんよ?」


 何だかよく分からないが、滅茶苦茶怒ってる事は理解出来た。

 そっと耳たぶをあま噛みされる。


「それに、資料とか言って回収なされた女の方の裸体が載った書物についても、別に何とも思ってませんから」


 キィ、と金属の擦れる音が肌を撫でる。

 つぅっ、と嫌な汗が頬を流れた。


「い、いや別にさ、あれは……」


「それに――――」


「まだあるの!?」


「美少女の裸体を随分としっかりマジマジと目に焼き付けておられた事なんて、微塵も気にしていませんよ」


 うっ、と息が詰まる。

 美少女、陸瀬優季が何故、あの場に居たのかは分からない。そして何故、一糸纏わぬ裸体だったのかも分からない。

 いや、それよりも気にかかるのが、何故、彼女は怜心の事を知らぬ振りなんてしたのだろうか?

 咄嗟に怜心も調子を合わせたつもりだったが、あれは見知らぬ振りなんかでは無く、本当に初対面といった風だった。知らぬ振りを通すには、鬱陶しい絡みが多かった。

 それに、あの氷の像。

 彼女は魔術に広いが、氷の魔術を好んであれだけ行使するような偏った『闇石使い』では無い。どちらかと言えば、あの場では炎の魔術を使いそうなものだ。

 総合的に考えても、あれは本当に陸瀬優季だったのだろうか?


「禁断の愛的なやつですか、なんて思ってませんから。全く、微塵も」


 いや、今はそんな事を考えている場合では無い。

 この“怒れる美少女”の怒りを、何とか静めねば、命がヤバい。


 背後に揺らめく刀剣に冷や汗をかきながら、方法を画策する怜心。

 正直、クロエは嫉妬深くて困る。


「そ、そうツンケンしないでよ、クロエ。全く、可愛いんだから……」


 冗談めかして振り返った事を、即座に後悔した。

 骸面の奥に潜む黒い瞳が、怒気をたっぷりと孕んでいるのを、間近で直視してしまった。顔は笑ってもいなければ怒ってもいない、全くの無表情であったことが逆に怖かった。


 これは、素直に謝った方が良いのかな、なんて思っていると、足元に置いていた無線機から、「八阿木中尉」とノイズ混じりの声が聞こえてきた。

 思わぬ天恵に感謝すると共に、飛び付くように無線機を取った。


「SWAT隊より、目標のロストを確認したと入電がありました。どうやら、ここから南にある川を、ボートか何かで下ったらしいとの事です。次の指示を」


 相手は第16独立特殊部隊『ロイヤル・ロード』所属の少尉からだった。怜心の呼んだ援軍に相乗りしてきたようで、通信士をやってもらっている。

 因みに、現段階で現場にいる面子の中では、怜心が最高階級となる為、全く遺憾ながら現場の指揮を執るはめになっていた。


「何と、急流下りをやったのですか!? これはたまげましたね。これ以上の追跡はしないよう、SWAT隊の皆さんには引き返すよう通達を」


「了解。それから調査隊より、氷付けになった地母神らしき巨大な生物を発見との事です。生死は不明、指示を求めています。如何いたしましょう?」


「障らぬ神に祟りなし、と。下手に弄って目覚めました、なんて冗談ではありませんから。私が向かうまで、何もしないよう念を押して下さい」


「了解しました。通信は以上です」


 それっきり声の聞こえなくなった無線機を、やれやれと息を吐きながら手放した。


「またもう一仕事あるようですね?」


 機嫌を直したとは思えないが、すっかり仕事モードに入ったクロエ。

 怜心は彼女の手を握ると、「また力を貸してくれ」と頼む。「貴方の為ならば」といつものやり取りを交わし、彼女の体を漆黒の闇が包み込んだ。

 闇が晴れると共に、怜心の手には黒い刀身の長剣『ティソール』が具現化した。


「全く、特別手当てでも出ないとやってられないぜ」


 ポツリとぼやき、怜心は廃病棟の中へ歩みを進めた。










 

《解説:『地母神』について》


 作中に登場した『地母神』のモチーフは、『セヴァン渓谷』の地下の網目状に広がるトンネルを徘徊する『旧支配者(グレート・オールド・ワン)』の『アイホート』です。

 腐ったパン生地のような青白い楕円形の胴体と、楕円形のゼリー状の眼、先端に蹄のついた幾つもの脚を持つ『アイホート』は、『ブリチェスター』と『カムサイド』という閑静な町において、狂った人間達から崇拝されております。

 そして『アイホート』は、小さな虫のような落とし仔たる雛を引き連れており、時として人間の姿を取ることがあり町の人々に紛れ込んでいるそうです。


 今回、モチーフとして頂いた設定は、『雛』という部分だけで、後は概ねオリジナルの『旧支配者(グレート・オールド・ワン)』です。

 姿形も小型から人間を優に越える巨大な大型のクワガタらしきモノであり、『アイホート』とは全く異なる生物です。

 もっとこれを引き立ててやりたかったのですが、そうなると内容が滅茶苦茶になりそうだったので簡潔に片付けさせて頂きました。

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