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闇に舞う蛇  作者: 梨乃 二朱
第二章:禁忌の実験
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八話:地母神

《コラム13》

 レイはムッツリである。

 『雛』が一ヶ所に群がっていた。

 がさごそとおぞましく嫌悪を抱かずにはいられない音を立てながら、何かに促されるように洞穴の一番開けた場所に集まっていた。


 『雛』達は、その粘性を帯びた吐き気を催すような甲殻類特有の硬質な体をせめぎ合わせ、ギチギチと耳障りに牙を打ち鳴らせている。

 やがて数百、数千という数の雛が集まると、蠢動するのを止め、不気味なまでに静まり返った。


 途端、一匹の『雛』の体が、風船の如く膨らみ破裂した。汚物のような色の血が、辺りに散らばる。

 それを皮切りに、集まった『雛』が次々と膨らんでは破裂し、数千匹分の鮮血が、少し大きい水溜まりを作った。


 静寂が洞穴に痛いほど染み渡る。

 暫くすると、血溜まりの水面に波紋が生まれた。中央から外へ圧し広がるように波が立ち、その起点から銀色の頭頂部がにょきにょきと現れた。


 それは地面から這い上がるように、徐々に人間の形を取っていく。

 銀色の長髪、玉のような白い肌、右が紅く左が翡翠のオッドアイ、同世代に比べて発育の良い体つきをした美少女。それはユキの他に誰でも無かった。

 彼女は二度、三度と噎せ返ると、呆れたように溜め息を吐いた。


「過去、最悪の死に方だわ、こりゃ……。けど、体が変わっても能力は継承されちゃうのかぁ、参ったなぁ、死ねないなぁ……」


 ユキは再生した自分の体を確かめるように、指の一本から念入りに動かす。

 汚物のような気色の悪い血溜まりに立つ彼女だが、彼女だけは神聖で清らかなもののように感じた。もしこの場に僧侶か司祭が居れば、彼女の前に跪き、厳粛な祈りを捧げただろう。


 しかし、この場に居るのは僧侶でも司祭でも、ましてや人間ですら無い。

 ギチギチと忙しなく牙を鳴らし、飛べない羽を羽ばたかせる巨大な甲虫だけだった。


「虫は嫌いじゃ無いよ。人語は話せる? 話せるなら、ちょっと話さない?」


 ユキは巨大な甲虫に臆すること無く、語りかけた。

 甲虫は答えるかのように、鼓膜を切り裂かんばかりの音を何処からか上げる。


「交渉決裂って感じ? まぁ、会話すらしてないか」


 優季は溜め息を一つ吐くと、一糸纏わぬ裸体に白銀に白い紋様が入った鎧を身に纏った。

 次の瞬間、洞穴に猛吹雪が吹き荒れた。












 舗装すらされていない雑な造りの横穴を屈みながら進んだ先には、カビ臭い書類棚が幾つも立ち並ぶ倉庫に辿り着いた。倉庫に窓は無く、電気も通っていないのか真っ暗だった。

 ここに来ると、アンモニアの臭いは幾らかマシになった。


 ホッと一息吐き、ストレッチするように体を反らせる怜心を横目に、音嗣は書類棚にライトを走らせた。

 背表紙から察するに、患者の診察結果を纏めたファイルのようだ。

 それは何と、太平洋戦争より以前の物がほとんどだった。当然の如く、古いファイルはほとんど朽ちて、触るのも嫌煙する程に傷んでいる。


「この施設では、戦時中に様々な実験を繰返し行っていたようですね。何と、事もあろうに、闇舞蛇の欠片を軍事的に利用出来ないかなんていう馬鹿げた実験内容までありますよ?」


 別の書類棚を調べていた怜心が、毒づくように声を上げた。

 どうやら音嗣が思っていたより、この廃病棟の闇は深いようだ。


「ハッ、闇舞蛇を召喚しようともしていたようです。戦後、高度経済性長期の時代ですから、多分、もう政府の手から離れていたのでしょうね。暴走する様子が手に取るような分かります」


 彼に倣い、音嗣も棚から比較的劣化の少ないファイルを手に取った。

 中を検めて、慌てて閉じた。それが物凄い音がしたようで、「そんな酷い内容だったのですか?」と彼が気遣うように声を掛けてくれた。「うん、まぁ……」と答えながら、ファイルを元の場所に戻す。


「何が書かれてたんですか?」


「え? っと、おぞましい事が……」


 本当におぞましい物だった。

 というより、こんな物を何でこんな所に置いているのか分からない。一体、誰が何の目的で、こんな…………


「それより、何か役立ちそうな資料はあった?」


「えぇ、そこそこ使えそうな資料が幾つか。この辺りの邪神信仰について詳しく書いてある資料と、ここで行われていた非人道的な実験についての資料です」


 何冊かの資料を持って、怜心は満足げな顔を浮かべた。


「この資料に、さっきの虫について詳しく書かれてますよ」


 そう言って、何かの皮で装丁された辞書のようなファイルを手渡された。


 曰く、ここ一体の地下には鍾乳洞が広がっており、現代の人類が誕生するより以前から生命を育んできた知的生命体が存在するそうだ。

 名前は特に無いようだが、土地の人間は『地母神』と言って崇めていた。この資料では『蟲』と呼称すると書いている。写真は無いが、甲虫に似た生物と記載してある。

 間違いなく『旧支配者(グレート・オールド・ワン)』の類いだ。祖は遥か彼方の星から、この地球に飛来して来たのだろう。


「レイくんの言っていた邪神って、こいつの事?」


「多分、その可能性が高いでしょう。民家にあった真鍮性の像も、甲殻類の昆虫みたいな姿をしてましたから」


 この甲虫は、とかく光を苦手としていたらしい。故に地下深くに潜り、現地の人間に生け贄を求めた。

 生きた人間、家畜を主に求めた。肉なら死体でも構わないとの記載がある。野菜は食べないとも。


 甲虫は両性であり、単体で子を成す事が出来るとある。その子を『雛』と称し、これも崇め讃えていた。

 『雛』は一度に数百も産み落とされ、内たった一匹しか成虫にならない。共食いにより、数が減っていくと。『雛』の大きさは親の千分の一程で、主に集団で行動する。


 甲虫は『雛』に危害を喰わせる者に容赦がないとある。例え何者であれ、『雛』が殺された場合は執拗に襲う、と。

 つまり、あの場であのおぞましい吐き気を催すような色をした虫を撃っていた場合、『地母神』が現れていた可能性があるという事か。


「あの虫については大体分かったけど、どうする気だ? 学園の闇石使いとしては」


「ん? どうもしませんよ? 任務はここで行われていたと言われる邪神信仰の調査、および行方不明者の捜索です。で、たった今、目標は達成されました。虫を始末するかどうかは、上の方が決める事です」


 何かの資料を熱心に読んでいた怜心は、本当に調査以外を行う気はなさそうだった。

 命じられた事以外は、やらないしやる気も無いようだ。良く言えば従順だが、悪く言えば融通が利かないにも程がある。


 それで良いのか、と呆れていると、不意に何処からかギチギチと牙を打ち鳴らすような嫌な音が耳朶を打った。

 彼もその音に気が付いたようで、資料を閉じて回転式拳銃を構えていた。その瞳は、鋭く音嗣達が通ってきた横穴に向けられている。


「ライトを消して出来るだけ後ろへ下がってください。棚を盾にするように、穴へ照準を。合図と共に集中攻撃と行きましょう。――あぁ、弾は節約。無闇に撃たないように」


 指示の通り書類棚を盾にしながら、隙間から『MP5』の銃口を覗かせ、トリガーへ指を掛ける。怜心は隣の書類棚を盾にしている。

 音が徐々に近付いて来る。

 ギチギチ、ガチガチと耳障りな音が大きくなる度、アンモニア臭が強くなる。

 音嗣は手順通り、サブマシンガンと銃弾を強化する。

 それとほぼ同時に、状況は開始された。


「ファイア、ファイアっと」


 合図が出た。凄く緩い感じに。

 音嗣はすかさずセミオートに設定した『MP5』のトリガーを弾き、『9mmパラベラム弾』を発射。隣でも怜心が『.357マグナム弾』を撃ち放ち、二種類の弾丸が穴の中へ吸い込まれていく。

 途端、世にもおぞましい咆哮が闇色に染まる室内に響き渡った。












 

《トレジャートレジャー》


 音嗣が『地母神』について纏めた資料に夢中になっていた時、怜心は手持ちぶさたでぶらぶらしていた。

 目標を達したと言ってもほぼ間違いない状況であるが故に、これ以上の調査はやる気が出なかった。


 ふと先程、音嗣が慌てて閉じた資料が気になった。

 本人曰く、何か恐ろしい内容の資料だったらしいが、見た感じ図太い印象を受ける音嗣が慌てる程の内容というのが、どうにも興味をそそられた。


 何気無く、資料を探す素振りをしながら、音嗣が片付けた資料を手に取った。

 さて、いよいよおぞましい内容とご対面という事で、固唾を飲む怜心。

 興奮に震える指先で、資料を捲った瞬間、雷が落ちたような衝撃が全身に走った。


「…………」


 あくまで平静を装いながら、興奮する内心を抑え付ける。

 いや、これに興奮するなと言う方が無茶な話だ。健全な思春期の少年ならば、これに興奮せねば逆に異常となる。


「何でこんなお宝が、こんな所に…………」


 音嗣に気付かれないよう、静かに呟きページを捲る。

 一言で言えば、凄い。本当に凄い。

 裸だ。裸の女の人が、色んな事をしている。


「これは、持って返って、じっくり検証せねばな…………」


 誰にも悟られぬよう、固唾を飲み込む怜心だった。

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