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闇に舞う蛇  作者: 梨乃 二朱
第二章:禁忌の実験
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七話:蠢動する雛

《コラム12》

 レイは猫被りである。

 重たい。凄く重たい。

 そして真っ暗だ。瞼を開けているのか閉じているのか、それすら分からない。

 土に埋められたか?

 それともコンクリート詰めにでもされたのか?

 どっちにせよ、早くこの重たいのを退けないと、窒息死してしまいそうだ。

 とはいったものの、これはどうやって退けたものか。


 暫く体を小刻みに動かし、詠唱出来るようスペースを作っていると、途端にのし掛かっていた物が軽くなった。

 それと同時に、ガリガリ、バリバリと嫌な音が鼓膜を震わせる。物凄く嫌な予感がする。


 次の瞬間、四肢や身体を何かが大量に這いずり始めた。

 それは一斉に牙を立て、身体を咀嚼し出した。鋭い痛みが全身を貫く。

 それに抗う術は無い。上に乗っかる何かが邪魔をして、体を動かせないのだ。


 それは身体に群がると、今度は穴という穴から内部に浸入し始めた。

 最初は耳と鼻を塞がんばかりに殺到する。息が苦しくなって口を開けると、そこからも進入し粘っこい尿のような汚臭が口内に広がる。が、それも束の間、舌は瞬く間に喰い尽くされた。ぎゅっと閉じ合わせていた瞼は、喰い破られ眼球が咀嚼される。

 侵入は下腹部にもあった。

 膣口、肛門の両方からもそれは潜り込み、更には尿道にも夥しい数が群がる。


 それに嫌悪感を抱くことは無かった。

 いや、抱く暇が無かったのだ。最初に耳や鼻から入ってきたそれは、瞬く間に脳髄まで辿り着き、喰らい尽くしたのだ。


 こうしてユキは、この世界に来て三度目の死を迎えた。

 それは一度目、二度目よりも辛い最期であった。











 前を歩く八阿木怜心の背中を見詰めながら、先程習ったばかりの『強化魔術』について復習する。

 意外にも簡単な手順だった。

 銃の構造を頭に浮かべ、発射に必要な箇所の強化と銃弾の強化を行う。それは腕から魔力を注入する事で、簡単に出来た。

 『闇石』の為せる技か。魔力も魔術も、全て『闇石』が供給してくれる。

 後は実戦で焦らずに行えるかどうかだ。手順が簡単なだけに、その心配は無いだろう。


 心配と言えば、怜心だ。

 彼は先程から黙りこくったまま歩いているだけで、調査らしい調査を行っていない。

 大丈夫なのだろうか?


「八阿木くん――」


「あ、私の事は“レイ”とお呼びください。家族、友人、上司、先輩、後輩他、多数の方からそう呼ばれてますから」


「そ、そう、じゃあレイくん。何処に向かってるの?」


「“闇の者の囁きに導かれるままに”、ってね」


 何か上手くはぐらかされた気もするが、「ここで良いんだね?」と廊下の突き当たりのドアの前で足を止めた。


「ここは?」


「えっと、表記を見る限り、院長室ですかね?」


 答えながらドアノブに手を掛け回してみるが、どうやら開かないようだ。


「鍵が掛かっているみたいだ」


「というより、鍵が壊れてますね。老朽化でしょうけど、ここで引き下がる程、私は楽観的ではありません」


 「離れて下さい」怜心は一歩下がり、深呼吸を一つする。

 何か嫌な予感がし、言われた通り数歩下がる。

 次の瞬間、「ハッ!」と掛け声と共に木製のドアを蹴りつけた。ドアは激しい音を立て、鍵と蝶番を壊して倒れた。


「よしっ、開きましたよ!」


「開けたと言うか壊したという方が適切だ。――いつもこうなの?」


「まさか。いつもはもっと紳士的に、ピッキングをしますよ」


 ピッキングが紳士的かどうかはこの際置いておいて、意外と力押しが好みの少年のようだ。

 学園の調査員が、それで良いのだろうか?


 『オブスクラム学園』と言えば、日本唯一の『闇石使い』専門学校だ。実戦的で軍部との連携を考慮した授業内容が評価を受け、世界にもその名を羽ばたかせているとか。

 そんな学校から選出された調査員が、こんな適当な事をしていては評価に関わるような気がする。


「雑然としてますね、何か。塵がさほど積もってない事から、荒らされたのは最近の事でしょう。貴重品が一つもありませんねぇ」


 そんな音嗣の危惧を他所に、怜心は院長室内を調べ始めた。

 確かに内部は雑然としていて、本やら書類やらが散乱している。それでいて貴重品が見当たらないということは、焦って荷造りを行ったと推測出来る。

 これでは、大した情報は得られないだろう。


「けど、ここの鍵が壊れていたとすると、中に居た人物はどうやって外に出たのでしょうか?」


 独り言が多いのは、彼の調査方法なのだろう。もしかすると、携帯か何かで録音しているのかも知れない。

 そんな事を考えながら、何の気なしに戸棚に懐中電灯の明かりを向けていると、ちょっとした違和感に気が付いた。


「その疑問、答えられるかも知れない」


 怜心に呼び掛け、戸棚の足へライトを向ける。「おや、これは……」と彼は訝しむように、戸棚に手を掛ける。


「隠し扉ですか。何と手の込んだ……」


 戸棚を真横にスライドさせながら、その後ろに現れた暗い穴を見て、怜心は感嘆の声を漏らす。

 戸棚の足下には、何度か動かしたような擦れた後が残っていた。それに塵や埃にも、不自然に拭き取られた後も見受けられた。

 この程度の隠し通路、見破るのは易い。


「てっきり隣の部屋に続いていると思っていましたが、これ階段になってますよ? 下に向かってます」


 くるりと顔を後ろへ向けると、「ちょっと降りてみますか?」と問い掛けてきた。

 問われるまでも無く、音嗣は降りる気でいた。

 そんな意図を汲んでか、「では、後衛は任せます」と告げると、彼は率先して暗闇のみが支配する空洞の中へ身を投じた。










 暗闇の中に、二つ分の光源が妖しく揺れる。

 穴の先は螺旋階段になっていた。コンクリート造りの無骨な階段だが、おかげで踏み外す心配が無くて良い。

 ただ、その螺旋が酷く広い事が気になった。目算だが、直径が五、六メートルはありそうだ。


 先を行く怜心の背中を追いながら、音嗣は螺旋状の階段を降りていく。

 彼の右手には、回転式拳銃が握られている。既に撃鉄が起こされている事から、この先に武器が必要な状況が待っているということだ。音嗣もそれに倣って、『MP5』を即時発射出来るようにして構えていた。

 不思議に思ったのは、彼が右手に拳銃を構えている点だった。剣を左手で扱っていた事から、てっきり左利きかと思っていたが、どうやら両利きのようだ。そう言えば、包帯を巻いてもらう時も、右利きの動作をしていたか。


 それにしても、改めて見てみると彼の拳銃は少し変わった見た目をしている。

 銃身をダークグレーのフレームで上下を挟み込んだ姿は、既知のリボルバーよりも銃身が四角く少し重そうだ。


「そのリボルバー、不思議な装備だね?」


 どうしても気になった事だった故、思わず声を掛けていた。こういう神経を研ぎ澄ませねばならない場面に於いては、気を散らせるような事をしてはいけないのだが、怜心は愛想良く「特注でして」と回転式拳銃を掲げて見せた。


「ベースはパイソンで、銃身を挟み込むように魔術的に強化した追加フレームを装着してます。フレームは私が学園の設備を利用して作ったんです。メイド・イン・ジャパンですよ。信用に足ります」


「……効果は?」


「威力の強化、銃身の補強、射撃の補正、接近戦への対応、ってとこですかね。どれだけ強化しようと闇具には敵いませんが、これがなかなか役に立つんですよ。まぁ、その分ちょっと重たくなっちゃいましたけど」


 機密事項とか言われてはぐらかされるかと思ったが、意外と質問には事細かに説明してくれた。所々、個人の見解が混じっているが。

 その会話を最後に、どちらとも口をつぐんだ。話に気を割く猶予が無くなったのだ。


 先程までは聞こえなかったが、段数を重ねる毎に鮮明になってくる、何かが蠢く音が鼓膜を震わせ始めた。

 羽虫が羽ばたくようであり、ムカデかゴキブリのような害虫が地面を這うような、とても耳障りな音。規模からして、一匹や二匹ではないのだろう。数十、数百という数だ。

 それと同時に鼻腔を突く、刺激臭。アンモニアのような文字通り鼻の奥を突き刺すような臭いに、息が詰まる。


 恐らく、怜心はずっと以前から気付いていたのだろう。その証拠が、拳銃だ。先程までずっとホルスターに納めていた拳銃を、いきなり抜いたのにはそう言う意味があったのだろう。

 少なくとも音嗣より『闇石』を使いこなしている彼の事だ。視界の制限される場所に入った時点で、視力以外の感覚を強化したに違いない。

 それでいてこの余裕から、数々の調査を成功させてきたという自画自賛は、あながち誇張では無いのかも知れない。


「あ、これはちょっと不味いかも」


 不意に立ち止まった怜心は、階下を覗き込むと呻いた。

 音嗣も同じように階下を見るが、『闇石』を上手く使いこなせていない目には、暗闇以外に何も映らなかった。仕方無しにライトを向けた次の瞬間、耳をつんざくような絶叫が虚空に響いた。それは確かに階下から聞こえた。


「まだ大丈夫ですよ。こっちの明かりに驚いただけです。ライトを消して」


 怜心は冷静に、『MP5』のトリガーを弾きそうになる音嗣を止める。慌ててライトを消す。

 ただ既に遅かった。

 見てしまったのだ。最下層の穴の中を、ヌラヌラと粘性の膜で覆われた体、光る吐き気を催すような色をした甲殻類の小さな生物が、ところ狭しと蠢動している様子を、しっかり目に焼き付けてしまった。


「一体、下には何が居るんだ……?」


「光が苦手な厄介な隣人ですよ。少なくとも、味方ではありませんから、くれぐれも刺激はしないように」


 息を呑む音嗣の問いに答える怜心の声には、何の焦燥感も警戒心も感じられなかった。こういった場面に、慣れているのだろう。


「後、二十七段程降りた所に横穴があります。そこに入りましょうか。いつまでもこんな所に居ては、気が変になります」


 彼の提案に「賛成」と答え、階下を刺激しないように気を付けながら、ライトを点灯する。

 下り始めて暫くすると、本当に横穴が唐突に現れた。少し小さめで楕円形の、明らかに人工的ではあるが整備の施されていない、ただ掘っただけの雑な穴だ。

 彼は穴の中を慎重に確認した後、身を屈めて中へ入った。音嗣もその後に続く。










 

《隠蔽作業》


 『雛』達はよくやってくれた。

 供物となった二十余名の村人を咀嚼し、実験の失敗作をその小さな胃袋に納め、こちらに不都合な証拠一式を有機、無機物問わず喰らい尽くしてくれた。

 これで我々は安泰だ。

 捜査当局の手も、我々に延びることは無い。

 我々は逃げる。そして実験を続ける。

 いつか『闇舞蛇』も『闇者』も、全てを無に帰すその日まで。






――――喰い残されたノートの走り書きより

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