What is your name? (4)
「えと…気にしてないから。」
目の前にいるあの子は、少し下を向きながら、言った。
おお……。
予想外の一言。
いきなり呼びとめられて、
何を言われんのかと結構びびってた。
「サイテー」
と軽蔑されて、そのまま去って行くんじゃね?とか
「キモいんですけど。」
と軽蔑されて、そのまま俺をビンタして去っていくんじゃね?とか
「金。」
と多くを語らず口止め代を要求されるんじゃね?とか
「死ね。」
と多くを語らずそのまま隠し持っていた銃でバーンと・・
みたいななかなかダークな想像をかましていた手前、
結構ダメージの少ない、というより、悪口ですらないあの子の第一声であった。
怒ってるんじゃないのかぁ……。
内心少しほっとする。
いやでもなあ…。
気にしてない…とはいえ、俺に対してマイナスのイメージ持ってることは確実だし…。
怒ってる怒ってない以前に、うん。まずは謝んないと。
「いや、その…ごめんなさい。」
と一礼。
多分今この瞬間の世界で一番威厳がなさそうな人ランキング第1位は、俺だ。
っていうくらいどぎまぎした謝罪。
「あ、いや、だから、気にしてないよ、私は。うんホントに。」
「あ、はい、ごめんなさい…。」
「え?えーと…だから気にしてないって…」
「…ごめんなさい…。」
「あー、もうだからぁ…。」
いくら気にしてないって言われても、俺にはもう謝るしかない。
ていうか、気にしてないっていうのも多分あれだ。あほな俺に対する同情だよな…。
あーあ、生まれ変わったら何になろうかなあ…。
と、一度謝罪モードに入り、ポンとギアが外れ、一気にネガティブパワー全開だぜ!
と頭を下げながらプライドと生命力を物凄い勢いで失っていく俺。
「いやせっかくあの子が気にしてないって言ってんやから、落ち込んでる場合ちゃうやろがい!せっかく2人きりなんだからもっと別な方向に会話持ってけや!つか何回謝っとんねんお前はコラァ!」
もし横に関西のツッコミ上手な芸人がいたら、そう俺にツッコミ、というか怒鳴っていたに違いない。あれ?前にもなかったけこんな文章?
とにかく…もう限界だった。
あの子との初の会話チャンス?はっ。どうせ相手は俺のこと変態にしか思ってないよ。
すみません皆さん。
ご愛読ありがとうございました。
主人公が精神的限界に陥ったため、今作品
ペ天使-幸か不幸か高校生活-
は今回で終了とし…
なかった。
突然あの子に、がっ、と両肩をつかまれた。
「だから、もう謝らなくていいから。とにかく一回顔上げて。」
そのまま、へりくだっていた俺の上半身を、すっと肩から持ちあげた。
自然と、顔が上がる。
目の前、というより、目と鼻の先には、あの子。
その間隔、およそ20センチ。
目が、ぱっちりと合わさった。
うお…うおおお……。
なんだこれ!?なにこの状況!?
やべ、近いよ顔、つか
やっぱかわいい…。近くでみると、余計…。
…ってまずい。
やべ…。ちょっとガン見しすぎてる…!
これじゃホントの変態になるぞと我に返り、本能的に後ずさりする。
数秒の沈黙。
それを破るように、あの子がコホンと小さな咳払いをした。
「えっと、じゃあ、まず、私の話聞いて。」
「あ、はい…。」
何…?何が始まるんだ一体?
「…えーと、まず、さっきの…その、女子トイレでの、アレは、ホントに気にしてないから。怒ってもいないし。」
「…いや、でも、俺が気にしてます。」
「じゃ、気にしないでいいよ。」
即答。
「ていうか逆に、そんなに気にすることじゃないと思うけどなぁ。
あの、まあわざと女子トイレ入ったんなら確かに…」
「わざとじゃないですっ!」
と、反射的に否定する。あ、なんとなく生命力戻ってきたぞ。
「でしょ?だったら気にしなくていいし、それに…」
つい今まで
(あ、こういう喋り方するんだ…なんか意外かも…)
と感想を思わせるひますら俺に与えることなくテキパキと話を進めていたあの子が、急に口をつむいだ。
?なに言いかけたんだろ?
すると、少し間が空いて、
「…その…私も、あなた達が来る前に……」
と顔をほのかに赤らめながら、あの子が口を開いた。
「間違えて男子トイレの方入っちゃったし……。だからお互い様だし、あなたのこと全然責められないし、気にしないでいいって…うん。」
間違えて男子トイレの方入っちゃったし……
間違えて男子トイレの方入っちゃったし……
間違えて男子トイレの方入っちゃったし……
えええ!!??
あ、何?そういうオチ?
うおおう……。
急に、体の力が抜けるのを感じた。足の力がなくなって、倒れかけた。でも持ちこたえた。なんとか。
マジか…。それもうちょい早く言ってほしかったなあ…。
「だから、絶対さっきのことは他の人には言わないよ。ていうかあの古臭いトイレが悪いんだよ、うん。男子女子で色分けされてないし、ドアも近いし。」
よかったぁぁっぁぁあぁぁぁぁぁ………。
という反応は本当ならもう少し前、気にしてないよって言われたあたりからもうすることはできたが、あの時はもうテンパってたし、正直、ただのあの子のタテマエのセリフみたいなもんだと思ってた。
でも、あの子の、
間違えて男子トイレの方入っちゃったし……
の後の
気にしないで
には説得力がある。うん。
そこらへんの政治家のマニフェストよりある。
そして何より、あの子がほほ笑んで俺に話してくれている。
ホントに気にしてないみたいだ。
それだけで、さっきまでの不安やら、絶望やら、連載終了宣言は、全て心の隅に消えた気がした。
「あ、もう時間結構やばくない?確か20分からLHRだよね?」
「え?あ、そっか」
あの子にさとされ、時間、という意識が脳内に戻ってくる。
「いそご!てか、同じクラスだよね、君、あ、えーっと…名前…」
…ナマエヲキカレテイル!
おおいきなりの急展開キタ!やべぇ、
「あ、俺、櫨村 誠。」
と、精一杯平然を保ちながら、答える。顔は確実にテンパっている。
から、教室の方をむきながら言った。
「ふーん、誠くんか…。よろしくね。」
「あ、うん。」
と、返事を返すものの、なんか違和感を覚えた。
…あれ?こういうときって
「ふーん、誠くんか…。よろしくね。あ、私は……」
と、自分も名乗る流れ、いわゆるギブ&テイクてきな感じになるのが普通なんじゃ…。
…いや。
バカ野郎!そんな受け身な姿勢だから“万年チキン野郎”と呼ばれるんだ櫨村 誠!
“万年チキン野郎”とは一回も言われたことはないが、そんな天の声が聞こえた。
そうだ。
名前くらいちゃちゃっとこっちから聞いちまえ!
櫨村 誠。攻めの姿勢。
「えと、あなたのお名前は…?」