あ、天使出てきた。
一応主人公である少年、櫨村 誠がお手本のようにとっても綺麗な形で一目ぼれをしたのと時を同じくして。
おそらくこれから物語の主要ステージとなるであろう県立奈津野高校・・
の上空数万メートル。
富士山も、飛行機も、大気圏よりも上。
つまり宇宙ってことになるが、うーん・・。それもちょっと違う。
そこには、雲があり、その上には、文明が栄えている。
我々一般人の常識からは少しかけ離れるが、まあそれでもこの情景を説明するならば、いわゆる「天国」のようなものを想像してくれればいい。
とは言っても、ここに死んだ人間の霊が成仏してくることはないし、生前にいい事をしたからってここに来れるわけでもない。
この「天国のようなところ」で生活しているのは、
およその形は人間とほぼ同じ。
しかし、我々にはない、特殊なステータスを、いくつか持ちえている者たちが暮らしている。
頭に金色に輝く輪のようなものを浮かせ、背中には白い羽。
服装は皆まったく同じ、白いスカーフのようなものを全身に巻いている。
つまり、天使である。
天使には、家庭という概念はない。つまり結婚という概念も無ければ、恋愛という感情そのものを持ちえていない。つまり、血縁というものは、天使の世の中には存在しない。
みな、独り身。
そして、天使は、腹が減らない。一生飲まず食わずで生きてゆける。
だから、天使の世の中には、レストランも、自動販売機もない。
しかし、天使には、使命がある。
それは全ての天使に例外なく課せられている、重要な使命。
と同時に、彼らの存在意義でもある。
より多くの人間を、幸せにすること。
このただ1つの使命を成すために、天使は生誕し、そして、その重責を立派に果たした天使は、どこへともなく、消滅する。
その繰り返し。
誰が始めたのかもわからない、ずっと前から、この終わりなき、少なくとも人間が滅亡するまでは、終わらないであろう繰り返しは、続いている。
当の、人間たちには知られないまま。
ではどうやって、この天使たちは、我々人間を、“幸せ”にするのか?
それは、人間1人1人がもともと複数持つ“運命”と呼ばれるものに関係してくる。
それに加え少し複雑な契約だとか、取引などが絡んでくるのだが・・・・
これは後々物語のなかで語られることになる。
・・え?
いや別に実は考えてないとか、今書くのめんどくせぇとか、そんなんじゃないよ?
そんなよこしまな考えは一切もってな・・いやホントだから!
ホントに後々本編で説明されるから!・・多分!
とまあさておき、
天使は、より多くの人を幸せにする、という使命を持っている。
そこまではいい。
では、天使自身に、その使命を果たすメリットはあるのか?
残念ながら、無い。
「いや、でも僕たち、清らかな心をもった天使なんで、別に見返りとか利益とかあんま気にしないですよ~♪人々が幸せになって、世界が平和になればそれで十分ですっ」
とかいう天使ばかりならなんとかなるが
天使だって意思はある。
「いや正直めんどくさいね。人間幸せにしたって何の利益もねえし?
いやマジなんでこんなことしないといけないのか意味分かんないっすよ。
だるいわ~」
とかいう天使が実質ほとんどである。
でも、彼らはきちんと自らの仕事、つまり使命を果たしている。
なぜか?
答えは簡単。暇だから。
天使たちが住む雲の上の世界。通称“天空地”。
広さは北海道と同じくらい。結構広い。
が、何もない。ほんとになにもない。
限りなく広がる雲の大地。見渡す限りの白い地平線。
その中に、点々と四角い建物があるが、それは、天使達が自分たちの仕事を管理するための事務所のようなもの。
つまり“天空地”には娯楽は何一つない。
暇な天使達は、仕方なく与えられた仕事に向かうのである。
それに、自らのノルマを達成した天使は、消滅していく。
つまり、具体的な量はわからないが、十分に人々に幸せを与えた天使は、この面倒で暇な生活から消え去ることができるのだ。
それを目指して、仕事に明け暮れる天使も少なくはない。
そう、この男も、その例外ではない。
「じゃあ、行ってくるわ。仕事。」
“天空地”西地区エンジェル街3-2番地“人間界行き特急エレベーター”北口。
文字通り、真下にある人間界に行くための巨大エレベーターに乗るための入り口である。
ちょうど、駅のプラットホームのような感じだ。
人間界に降りようとしている天使たちと、その見送りにきている天使たちが、入り口前に列を作っている。
みな頭には金色の輪、背中には白い羽。顔つきはそれぞれさすがに違うが、全く同じ格好をしているので、見分けはつきにくい。
が、その中でひときわ異彩を放つ天使がいた。
「忘れ物ないですか?アルトさん前回の仕事んときも連絡用GPS忘れましたよね?」
「だーいじょうぶだって!ちゃんと確認したし。それに、前回も忘れ物はしたけど、しっかりノルマ果たしただろ?」
「・・まあ、そうですけど・・。」
エレベーターの列の最後尾で会話する2人の天使。
片方の背の低いほうは、まあ普通。
異彩を放っているのは、もう片方、アルトと呼ばれている男だった。
まず体がでかい。肩幅も広く、周りの天使達より頭1つ抜けている。
そしてなにより、髪型。
中にハムスター一匹は飼えるんじゃないのかっていうくらい巨大なアフロ。
そして目にはいかついサングラス。
背中の羽と、天使っぽい服装がなければ完全にヤクザの幹部である。
「で?今回担当する人ってどんな人なんですか?確か、アジアの若い男の人間でしたっけ?」
背の低い、アルトの付き人のような天使が、質問した。
「コイツだよ。」
そういって、アルトは手に持っていた資料を渡す。
「えーと、国籍は日本の・・・学生ですか。名前は、えーと・・何て読むんですかこれ。」
「はぜむら まこと。」
「・・へー・・。」
「天空時刻27時348分発、人間界・日本行きエレベーター、まもなくホームに到着いたします。お乗りのお客様は列の順番を守り・・・・。」
アナウンスがホーム内に流れる。列をつくっていた天使達が、搭乗の準備をはじめた。
「じゃ、がんばってくださいね、アルトさん。」
「おお。元気でなゲオ。」
レンタルビデオ店のような名前のアルトの付き人が、列から離れた。
それとほぼ同時に、プシュー・・・という鈍い音とともに、巨大エレベーターが昇ってきた。
扉が開き、ぞろぞろと列がエレベーターの中へ消えてゆく。
最後尾だったアルトが最後に乗り、その数秒後、ドアが閉まった。
「このたびはご搭乗誠にありがとうございます。人間界到着は、天空時刻43時12分を予定しております、安全のため、シートベルトをしっかりとしめ・・・」
物語の歯車が、ゆっくりと動き出した。