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我輩は鳩である。

作者: 遠凪 航

 原稿用紙は何度投げられてもゴミ箱に入らない。それは今の私の状況を的確に表現していた。

 焦っている。ボリボリと豆を食いながらがりがりと頭をかく。時間はとうに昼の十二時を過ぎている。

『先生。絶対に明日までですからね』

 昨日の編集の声が頭にこだまする。それに私なんと返したのか。もちろんできる、などと言わなければよかった。

 部屋にはがりがりと筆の音だけがしていた。スタンドの灯がとてもまぶしくわずらわしい。昨日は徹夜だった。だがおかしい。なぜアイデアが思いつかないのだろう。

 私は文豪、漱石に委嘱することにした。彼の『夢十夜』を手に取りこの本を頼りに書こうとした。この夢十夜という小説は漱石にしては珍しくファンタジックな作品だ。夢中になってそれを読んだ。

 執筆に際し困ることがあると、漱石に頼みことをするように彼の本を読んだ。良くなることもあったが、多くは失敗だった。今回も後手に回った。私が第七夜にさしかかった頃には二時閒ほど経っていた。

「ああ、今回は夢の話を書こう」

 安易な考えだが、これで書き始めよう。終わらせて酒でも飲むんだ。書き始めようにも筆は進まぬ。それでいかんいかんと言いつつまた本棚に手を伸ばした。このままでは作家から一読書家になってしまう。いやそもそも無職だ。

 頭を片方の手で抱えた。そうしながら取った本は『我輩は猫である』だった。これは昔からの友達みたいなものだったのでやったと言わんばかりに頁を開いた。

 読み終えたときには充実感と焦燥感だけが残っていた。腹をくくってこの我輩のようになれたらどんなに楽だろう。筆なんて捨てて旅に出よう。そして誰かに拾われヒモにでもなろう。自由に生きられたらどんなに楽なんだ。

 私は頭の中で逃避行していた。

「作家という職業は楽に思われる。だが現実は別だあああああ!」

 私が叫ぶとばさばさという音とともに鳩の群れが電線から飛び立った。だが一羽だけ残っているのが見えた。

「ほうほう。これは肝が据わっている」

 まじまじとそいつを見る。そいつもこっちを見ているようだった。いやこっちではなく正確にはこっちの豆というべきか。

「これがほしいのか?」

 豆を手に取り手で遊ばす。すると鳩はうなづいた。

「これは珍しい。奈良の鹿と一緒だな」

 私はおもしろくて更に豆を増やした。それを見るやいなや、鳩は窓の出っ張ってるわずかな足場に飛び乗ってきた。窓越しに見る鳩はなぜか勇ましく見えた。

「賢い鳩なことだ」

 鳩はまたうなづくと、窓をとんとんとたたき合図した。だが、ここで私の意地が悪いのが働く。

「うーん、これだけでくれてやるのはもったいない」

 私は思考を巡らせた。そしてまた窓の外に目を移すと、そこにはカラスがいた。

「そうだ。鳩よ、あのカラスを仕留めてこい。そしたら豆をすべてやろう」

 もしかしたらこの鳩ならできるやもしれない。私は期待していた。鳩は沙汰の限りと言わんばかりにこっちをにらむ。それでもお腹が空いていたのか、飛び立ってカラスめがけて体当たりした。

 最初こそカラスは驚いて攻撃を許す。カアと鳴いたが、むき直し鳩に反撃。鳩が肉片に変わるまで三分もかからなかった。負けたのだ。

 私はなぜか萎えた。鳩は結局、鳩でしかなかった。落ち着いた私は鎮魂にその鳩を小説の題材にしようと考えた。そうだ、夢で鳩になる小説にしよう。

「題名、『我輩は鳩である』」

 もう著作権も切れてるしいいか。私は筆を走らせた。


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