二章 初動
「と、とにかく救急車を」
三山さんが、天音さんの肩に乗っけているのと逆の手で、携帯を取り出します。
「待った」
それを啓介は制止しました。多少は動揺していますが、冷静です。
「なんでよ! 早く呼ばないと、麻子が」
三山さんが啓介の方に顔を向け、声を荒げます。しかし、啓介は気にとめず、生死を確認するため、床に倒れている女性のそばに行ってしゃがみました。首筋に指を当て、続けて目をいじります。瞳孔を見ているのだと思います。もっとも、そんなことをしなくても、彼女の開かれた目を見れば、どんな状態かは察しがつきます。私もさっき一目見て、はっきりとそうだと思いました。
「もう死んでる。救急車も別に呼んでかまわないが、呼ぶなら警察だな」
彼女はやはり、すでに死んでいました。
「そ、そんな」
三山さんは、後ろから見ても分かるくらいはっきりと、肩を力なく落としました。天音さんは、まだ固まっていました。私も、ただ立ちすくんでいました。
私たち女性陣の動きが止まっている間に、啓介は現場を観察し始めました。手始めに、死体の首に巻かれた延長コードを見ます。いじると、あとで警察の人に何を言われるのか分からないので、あくまで見るだけみたいですが。
「くぅ……」
その間になんとか踏ん切りをつけたようで、三山さんが喉の奥から絞り出すような唸りを上げて、電話をかけました。たぶん、警察に。
啓介は彼女に一瞥もくれず、続けて全身を眺めました。どうやら特別目立った部分はなかったようで、すぐに顔を上げます。次に、キョロキョロと首を動かして辺りを見回しました。すると、何かを見つけたらしく、一度止まりました。それから、他のところにも注意を向けていましたが、特別目を引くものはなかったようで、立ち上がりました。私の方へ戻って来ます。
「どうだった?」
私が尋ねると、
「死体はだいたい見たとおりだ。たぶん、絞殺での窒息死。首筋に残った痕を調べれば、凶器があの延長コードだって確定できるだろう」
啓介は淡々と報告してくれました。
「抵抗した様子はあった?」
「いや、なかった」
「なかった?」
「ああ。本当に、何一つ見当たらなかった」
首をひねりました。普通、絞殺のような相手が死ぬまでに時間がある方法の場合、被害者が暴れたり首に巻かれたものをとろうとして、周囲が荒れたり首に自分の爪でのひっかき傷などがあるものなのですが。
「まあ、何も痕がないのもありえなくはないからな。ただ単に、今回は残らなかっただけなのかもしれない」
啓介の意見には一理あります。ですが、何か釈然としないものがありました。ただの思い過ごしかもしれませんが。
「それよりも、見逃せないのは、後ろから首を絞められてることだ」
啓介が話題を変えます。意図を汲み取り、私はその状況の示すところを口にしました。
「つまり、背中を見せるような、顔見知りの犯行の可能性が高いってことだよね」
「そういうことになる」
啓介がうなずきました。キッチンからはダイニングを見通せるので、仮に誰かが侵入したらすぐに分かります。犯人が知り合いでなければ、背後から首を絞めるのは難しいのです。
「あと、死体のそばに携帯があった。中は見てないけど、どうしてキッチンにあるのかがちょっと引っかかるな」
この言い回しだと、どうやら啓介が動きを止めたのは、携帯を見つけたときのようです。
「なんで引っかかるの?」
「まな板が出しっぱなしで、切り途中の食材がゴロゴロしてた。ふたは開けてないけど、コンロの上に鍋もあった。調理中だったのは間違いない。そんなときに、携帯を持ち込むか? ありえなくはないが、リビングのテーブルの上でもいいはずだ。キッチンとなると、水とか火に近い」
一理あるかもしれません。ただ、料理中でも携帯を懐に入れてる人もいてしかりだと思いますが。
「そういえば、食材は何人分くらいだった?」
キッチンに関連して、訊きました。私たちの分も足されているなら、五人分あるはずです。
「どう見積もっても、三人分よりは多くなかった」
「三人分……」
啓介の返答によって、一つの仮説が組み上がりました。
「彼女を殺したのは、電話を切るきっかけになった、訪問者さんかな?」
「今ある情報だと、そうなる」
啓介が同意しました。
料理の量が五人分と決まったのは、喫茶店で天音さんが私たちも晩ご飯をご一緒すると決まってからです。となると、キッチンに五人分の食材が出ていないことから、電話を切るときに来た訪問者が殺害したと仮定すればつじつまが合います。もう二人分を足す前に、殺害されたと考えればいいのです。
「次は向こうだな」
啓介が、私の背後へ視線を送ります。私も振り向いて、「そうだね」と、同意しました。
キッチンの逆側には、右奥隅につけっぱなしの液晶テレビが台の上に鎮座し、それを見やすいように、L字型でソファーが置かれていました。真ん中には、リモコンが放置されている、小さなテーブルがあります。正面と右には、庭への窓もありました。鍵は閉まってますが、カーテンは開いています。
「そんなに変なとこはないかな?」
私が見た感じ、こちら側にもおかしなところはありませんでした。
「啓介はなんかある?」
隣で目を光らせている啓介に尋ねました。
「いや、俺もない」
同意見でした。こちら側には、今のところ不審な点はないようです。
「うーん。そうなると、取っ掛かりになりそうなのって、あれだけかな」
私が言ったのは、廊下に落ちている、壊れた電話機のことでした。本体の損傷だけならまだしも、コードが切れていたので、故意に破壊された可能性は高いです。となると、誰が連絡してきたのかを隠すためとするのが自然です。
「あ、あなたたち、さっきから何を話してるの?」
考えていたところで、天音さんの傍らに屈んでいる三山さんから声をかけられました。啓介と二人で、彼女の方へ首を動かします。
「現場の状況です」
啓介が、無表情で答えました。三山さんが、顔をしかめます。
「なんでそんなことを。あなたたちは、警察じゃないでしょう?」
なんだか怒っているようでした。お友達が亡くなっている状況で、私たちが平然としているのが気に入らないのでしょうか。
「確かに警察じゃないな。でも、沙夜は名探偵の血を持ってる」
彼女の態度をまったく気にせず、啓介は横目で私を見て微笑みました。そのアングルが素敵で、ドキッとします。
「名探偵の血……」
私の両親の世話になったことがある彼女は、その意味を察し、静かに繰り返しました。
「あんたも、知ってるはずだ。正彦さんの驚異的な推理力を。その娘である沙夜も、その能力を受け継いでる」
真顔に戻り、啓介はひとかけらの疑問さえも持たず、断言します。
「そう、なの?」
三山さんが、私に視線をスライドさせました。慌てて首を横に振ります。
「そんな、とんでもないです。私には、そんなのありませんよ」
「あるよ。俺が保証する」
けれど、私の否定を、啓介はさらに否定しました。
「小説であろうとドラマであろうと、沙夜は必ず犯人にたどり着ける。作中の探偵が、真実に至る前にな」
間違いではありません。ですが、あくまで小説やドラマは、架空の物語にすぎないのです。
「フィクションなら確かにそうだったかもしれないけど、現実の事件はそうもいかないよ。二カ月前の事件だって、私がたどり着いたのは誤答だったし」
目を伏せながら、反論します。例の事件で、私は真実に行き着けませんでした。啓介が気づいてからやっと分かったのです。こんな私では、お父さんの域はあまりに遠いです。山の頂上どころか、雲の上の存在。羽でもなければ、姿すら見えません。
「あれは、俺が意図的に情報を制限したからだ。推理に必要なピースが揃ってなかったら、名探偵でも真実には至れない」
啓介は、それも突っぱねます。
「それに、前にも言っただろ。沙夜が自信を持ってなくても、その分俺が信じるって。沙夜は、探偵の能力を持ってる。間違いなくな」
さらに言葉を足しました。細められた目、まぶたの間から覗く瞳、わずかに持ち上げられた唇、横目で私を見下ろす角度、すべてが醸し出す妖艶さに魅了され、私は何も言い返せなくなりました。たぶんわざとです。とにかく信じてほしいということだと思います。
「まだ反論するか?」
「ううん」
もう十分でした。啓介がここまで言ってくれるなら、疑う必要もありません。とはいえ、前の事件でも同じような展開を踏んだ気がしますが、忘れておくことにします。
「なら、分かったの? 正彦さんの推理力を受け継いでるなら、犯人が誰か分かるはずよ!」
再び啓介に押しきられたところで、三山さんが話を事件に戻し、問いかけてきました。眉はつり上がり、目は見開かれ、声は部屋の中に響き渡りました。言っては悪いですが、鬼のようでした。友人の殺害が、すでに犯人への怒りとなっているのでしょうか。
そういえば、いのいちに確認すべきことを忘れていました。大前提になっていたのでつい思い込んでいましたが、亡くなっている彼女は私たちの思っている人なのでしょうか。
「まだ、犯人は分からない。探偵が推理するには、情報がいる。まだ、それが全然足りない」
私が死体が誰であるのか尋ねる前に、血管を浮き出させている三山さんへ、啓介は平然と答えました。あまりに冷静すぎるからか、さらに噛みつかれます。
「知らないわよ、そんなの! 殺人なんでしょう? 麻子が殺されたのよ!? 早く犯人を捕まえてよ!」
無茶な要求でした。まだ死亡推定時刻すら分かっていない現状では、とても推理など展開できません。お父さんなら、何かの取っ掛かりをすでに発見できているかもしれませんが、私はまだ何も掴めていませんでした。
とはいえ、偶然ながら誰の遺体なのかの確認ができました。やはり、殺されたのは日橋麻子さん、天音さんのお母さんのようです。
「落ち着いてください。じきに警察が来ます。そうすれば、もたらされる情報も増える。もしかしたら、探偵の出番なんていらない、簡単な事件かもしれない。とにかく、どう足掻いたって、まだ犯人にはたどり着けません」
面倒臭そうに、啓介は三山さんをなだめました。言い聞かせなければならない状態だからなのか、不徹底ながら敬語に戻しています。
「何が探偵よ。お父さんの真似事のくせに」
三山さんは犯人にぶつけるべき怒りを私たちへの不満に変換して吐き捨てると、唇を噛んでうつむきました。
そのあと、啓介は一人であちこちチョロチョロしていましたが、警察が来るまで、私たち女性陣は何もせず、沈黙していました。
それから十分と経たないうちに、警察の方々が駆けつけました。まず来たのは所轄の人で、現場検証のために私たちはリビングを出され、二階の寝室に移されました。しばらくして、廊下から県警の捜査一課の人が合流したという話が聞こえました。
そして、
「げ。なんでお前らがいるんだ」
そこに在籍している啓介のお父さん、剣路さんが、事情聴取のために寝室に入って、最初に言ったのがこれでした。私と啓介がいることに、露骨に顔を歪めています。
「第一発見者だよ。言っておくけど、今回は間違いなく潔白だ。疑われる要素すらない」
啓介は軽く肩をすくめました。まったく動じていないようです。殺人事件が発生して、お父さんは捜査一課という環境からして、想像どおりの展開なので、当然だったりします。
「あれ、また息子さんがいるじゃないですか」
「藤山啓介さんに、西野さんまで。どうしてこんなところに」
その後ろから、部下である二人の刑事さんがついて来ました。どちらも二カ月前の事件で知り合った刑事さんたちです。先にしゃべった男の刑事さんが、鷹井さん。次に口を開いた、堅苦しい言い回しの女刑事さんが、中村さんです。
「あ、お久しぶりです」
二人を見て、私は頭を下げました。
「これはご丁寧にどうも」
「はい、お久しぶりです」
鷹井さんは苦笑しながら、中村さんは真顔で、それぞれあいさつを返してくれました。
「で、どうしてここにいるの?」
それから、鷹井さんがもう一度疑問を口にしました。啓介が受けます。
「第一発見者だからです」
「えっ、本当に?」
「本当です」
「それはまた、なんというか、血は争えないというか」
顔色一つ変えていない啓介に対し、鷹井さんは頬をポリポリとかきました。剣路さんがため息をついてから、
「正彦先輩が事件現場に居合わせてたときの島盛さんの気持ちを、こんなところで理解することになるなんて思ってもみなかったな。ため息の一つも出るわけだ」
がっくりとうなだれました。島盛さんというのは、私のお父さんや剣路さんがお世話になってきた刑事さんです。現在はすでに、定年まで数年というお歳だからかあまり表には出ず、指揮を執ることが多くなっているそうですが、的確な判断と指示によって、県警内でかなり信頼されているという話を聞いたことがあります。余談ですが、剣路さんは頭が上がらないそうです。
どうして今、その名前が剣路さんの口から出たのかはっきりとは分かりませんが、言い様から察するに、昔はお父さんが、私たちのように事件現場に出没していたようです。
「何を言っても仕方ないでしょう。第一発見者であることは動かしようがありません。彼らが気になるのも理解はしますが、事件のことに戻りましょう」
剣路さんが肩を落としている理由を仕方ないの一言で流し、平然とした態度で中村さんが進言しました。
「分かってるよ。いつもどおり、一人ずつ別の場所に呼んで話を聞いていく。一番は日橋天音さんだな」
とりあえず私たちのことは脇に置いたのでしょう、剣路さんは顔を上げ、寝室の中を見回しました。ベッドに腰掛けて、自分たちに背を向けている若い女性に目を留めます。さっそく、彼女の方へ近づいて行きました。回り込んで、話しかけます。
「日橋天音さんですね?」
「はい」
天音さんは、お母さんの死体を発見したときからずいぶんと落ち着いていて、弱々しい声ながら、しっかりと返事をしました。表情は、入り口に近い位置の私からだと見えません。
「事件についてお話を聞きたいので、ついてきていただきますか」
「分かりました」
了承すると、彼女は重たそうに腰を上げました。かすかに覗いた横顔は、まぶたが半分閉じられていて、消えてしまいそうな印象を受けました。
「それじゃあ、付いて来てください」
剣路さんが促し、彼らは寝室の扉へ歩き出します。私たちから天音さんの正面が見えました。顔全体が確認できても、表情の虚ろさは横顔で捉えたイメージと変わりません。
「中村は俺と一緒に来てくれ。鷹井はここで待機。トイレに行ってもらうのはかまわないが、全員から話を聞き終えるまではここにいてもらわないといけないから、頼むぞ」
「はい」
「心得てます」
扉の掴みを握ったところで、剣路さんが部下の二人に指示を出しました。それぞれが返事をし、中村さんを加え、三人の人間が寝室を後にしました。
「あなたたち、刑事さんと知り合いだったの?」
扉が閉まったところで、ベッドを挟んで向かい側の、化粧台のイスに座っている三山さんが、身体を乗り出して訊いてきました。声を落としていますが、鷹井さんは私たちのすぐ横にいるので、誰に聞かれたくないのかがいまいち分かりません。狭い部屋なので、もう一人いる制服姿の刑事さんにも聞こえているでしょうし。
「知り合いというか、あの仕切ってた刑事が、俺の父親なんです」
「父親!?」
予期していたとはいえ、お父さんの登場に辟易した感じで啓介が答えると、三山さんは高い声を上げて、目を丸くしました。私の両親とは面識がありますが、啓介の両親はまったく知らなかったようです。
「あの人が三山さん?」
鷹井さんが啓介に顔を寄せ、キョトンとしている彼女について確認してきました。
「そうですよ」
啓介が横目を向けて答えます。訊くまでもないだろうというようなニュアンスが入っていましたが、
「そうバカにしないでくれよ。一つ一つ、何度も確かめていくのが仕事みたいなもんなんだ、俺たちは」
苦笑いしながら、鷹井さんは弁明しました。私も、珍しく啓介ではない方にフォローを入れます。
「そうだよ、啓介。推理だって、そういう部分あるし。一つ一つの情報をきちんと積み重ねないといけないから、しつこいくらいの確認は大事なんだよ」
「ほら、沙夜ちゃんだってこう言ってるし」
後ろ盾を得た鷹井さんが、啓介に理解を求めました。
「分かりました」
すると、素直に受け入れてくれました。さすが、私の主張はすぐに認めてくれるのです。
「ありがとう、啓介くん」
「お礼を言われることじゃないですよ」
啓介は鷹井さんに向けて、肩をすくめて見せました。
「お礼ぐらい、素直に受けとればいいのに。まあ君は、沙夜ちゃんからのお礼しか喜ばなそうだけど」
鷹井さんが茶化します。啓介は何も返しませんでしたが、図星でしょう。私としては、それでいいのですが。他の人からのお礼になんて、喜ばなくていいのです。
「にしても、どうしてこんなところに? 君らの住んでる街じゃない上に、他人の家だろ」
返事は期待していなかったのか、彼は話題を変えました。
「あとで、事情聴取の結果を聞けばいいじゃないですか。二度手間はごめんです」
啓介は淡白でした。髪の先を目的なくいじっています。確かに、あとで剣路さんたちに話すので、いらない説明ではあります。
「別にいいだろ。暇なんだ。それに……」
「それに?」
含みのある言い方に、剣路が髪をいじるのをやめ、鷹井さんへ目を向けました。彼は、背後にいる制服の刑事さんを横目で確認してから、
「こっちの情報、ほしくないか?」
私たちだけに聞こえるように、ささやきました。
「いいのか、そんなことして。今度の俺たちは容疑者じゃないけど、リークは御法度だろ」
「何、島盛さんだって、昔は正彦さんにリークし放題だったらしいし、バレなければ問題ない。それに、二カ月前に君らの推理を役立たせてもらったし」
ぼそぼそと、内緒話が進みます。三山さんは、怪訝そうに額にしわを寄せてこちらを見ていましたが、何かしようという気はないようで、ただそうしているだけでした。制服の刑事さんも、県警の人と用もないのに関わりたくないのか、特にこちらに気を払っている様子はありませんでした。
「君らの話を聞きながら、こっちの情報も出していく。推理には、しつこいくらいの確認が必要なんだろ、沙夜ちゃん」
「えっ、あっ、そうです」
唐突に話を振られ、私はたどたどしく肯定しました。鷹井さんは満足そうに微笑みます。
「どうだい。暇つぶしに」
問われた啓介は、私へ視線を送ってきました。笑って、うなずいてあげます。啓介も私に笑い返してから、鷹井さんへ向き直りました。
「分かりました。暇つぶしには、ちょうどいいでしょう」
「よし。じゃあ、さっそく始めよう」
声は落としたままながら、鷹井さんは嬉々として手帳を開きました。ペンを右手に持ちます。
「まずは、君らがここに来た経緯から頼む」
「はい」
受け答えは、いつものように啓介がこなします。三山さんに会ってから、死体の発見までを、手短に話しました。要所を押さえた内容に、心の中で私は感心しました。さすがです。
「なるほど。だいたい君らの経緯は理解した。しかし、そもそも三山さんの話に乗った理由が、沙夜ちゃんの勘とはね。やっぱり、天性のものがあるんじゃないか?」
話を聞き終え、鷹井さんは私へ目を向けてきました。かなり真剣な表情です。何も返せずに困っていると、彼の視界の真ん中だろう辺りに、啓介が顔を突っ込みました。「うおっ」と、鷹井さんが目を見開き、若干仰け反ります。
「それで、そっちからの情報は」
啓介の声は尖ってました。イラついた雰囲気を悟ったのか、
「ん、ああ。話すよ」
頬を引きつらせた笑顔をして、コクコクと鷹井さんはうなずきました。
「殺されたのは、君らの考えどおり、日橋麻子さんだ。娘さんの確認は俺たちが来る前に取れてるし、部屋から見つかった免許証の写真とも一致していたそうだ。死因は頸部圧迫による窒息死。凶器は首に巻きっぱなしだった延長コードでまず間違いない。指紋はなしだ」
声はかなり抑えていました。ここまでは、だいたい見たままなので、素人の私たちでも想像がつくレベルの話です。啓介が、専門家でないと分からない部分を訊きます。
「死亡推定時刻は?」
「詳しくは解剖待ちだが、死斑と死後硬直を確認したかぎりだと、二時間は経ってないんじゃないかって話だ」
「二時間経っていない……」
啓介がつぶやきます。この部屋のベッドの枕元にある目覚まし時計の表示によると、現在時刻は十八時半。つまり、十六時半より前に死んでいたというのは、まずないということです。
「おまけに君らの話だと、喫茶店にいたとき麻子さんから電話があったんだろ? それは何時だった? 分かれば、殺された時刻がかなり絞れる。訪問者のこともあるし、思い出してくれないか」
「ええ。でも、時間はそこまで正確には覚えてませんね。十七時過ぎくらいだとは思うんですが」
鷹井さんに尋ねられ、啓介は口元に手を当てます。いつも万能ですが、完璧というわけにはいかないようです。
「えと……」
でも、今回はたまたまながら、私がフォローできます。あんまり記憶力に自信はありませんが。
「沙夜は覚えてるのか?」
私が口を開いた理由を、啓介がすぐに察して、こっちを見ました。まじまじと見つめられると恥ずかしいのですが、そんなことを言うのもまた恥ずかしいので、我慢して問いかけに答えます。
「うん。ちょうど、携帯の時計を確認してたから。電話がかかってきたのは、十七時十分で、切れたのは二十分だと思う」
「十七時二十分か。で、麻子さんが電話を切った理由は、例の訪問者があったからってわけだ」
鷹井さんが、しゃべりながらペンを走らせます。とても早いのですが、ちゃんとした文字になってるんでしょうか。
「その訪問者について、何か分かったことは?」
私がそんなことを気にしていると、啓介が続けて尋ねました。
「詳しくはまださっぱりだけど、現状だと周辺からの聞き込みの報告で、どうやら男がこの辺りで見かけられているらしい」
「男ですか」
「たぶんってところだけどな。情報元は近所の人間たちなんだが、だいたいが買い物帰りにちらっと見ただけとか、信憑性に欠けるものらしい。本当に訪問者なのかどうか分からない。見た人数も少ないようだし」
手帳をパラパラとめくりながら、鷹井さんは答えました。この感じだと、決定的な情報は期待できなそうです。
そう思った矢先、彼は手を止め、私たちに対して真剣な目をしました。
「ただ、気になる部分がある」
「気になる部分?」
啓介がオウム返しで訊きます。
「ああ。なんでも、その目撃されていた男っていうのは……」
鷹井さんが言いかけていたところで、寝室の扉が開かれました。私たちを含め、全員の目がそちらに向けられます。
「こちらで待っていてください」
「分かりました」
すでに部屋にいる人とはまた別の制服警官さんに連れられ中に入って来たのは、背のあまり高くない、やや痩せ気味の男性でした。無表情で、まぶたが少し下がっています。物静かそうな印象でした。
「あなたは……」
彼を見て、三山さんが立ち上がりました。どうやら知っている人のようです。男性の方は思い当たっていないのか、彼女の方へ目は向けたもの、表情は変化しませんでした。
「どなたでしょうか?」
鷹井さんも腰を上げ、新しい登場人物に対します。男性は、小さな音量で問いに返答しました。
「日橋麻子の夫で、日橋京太といいます。麻子が殺されたと連絡を受けたので、急いでやって来ました」
麻子さんの旦那さんでした。
「ああ、旦那さんですか。今回は本当にお気の毒に」
素性を知り、鷹井さんは声を低くしました。表情は見えませんが、少なくとも私には、心の底から麻子さんの死を悼んでいるように聞こえました。
「ご丁寧に、ありがとうございます」
京太さんは眉一つ動かさないまま、頭を下げました。入って来たときからそうなのですが、どうも奥さんの死を悲しんでいる様子がありません。
「奥さんの遺体は、もうご覧になりましたか?」
「ええ。真っ先に見させてもらいました」
続けての問いに対して、顔を上げた彼は、冷たすぎに思えるくらい淡白でした。眉一つ動いていません。
「悲しく、ないのかな」
思わず私は、感じた疑念を口に出していました。かなり声は抑えていましたが、啓介には届きます。
「そんなことはないと思う。外見には、分かりにくいけどな」
「本当に?」
「本当に。あの人の両手を見れば分かる」
「両手を?」
言われたとおり、両手を見ます。どちらも下に伸ばされていて、拳は固く握られていました。
「普通の状態なら、あんな強く拳は握らない。もっと楽にさせてるはずだ。逆に言えば、あの人は今、普通の状態じゃない。何かの理由で、感情を抑えてる。この状況で原因だと思えるのは、奥さんが殺されたことくらいだ。あくまで、ただの予想だけどな」
「そっか」
少し安心します。証拠はないので、もしかしたら啓介の見立ては間違っているかもしれませんが、私にはそれが合っているように思えました。愛していた人が死んだのなら、悲しくなるはずです。
「ところで、天音は、娘はどこでしょうか」
京太さんが、部屋を軽く見回しました。娘さんの姿がないのが、心配なのでしょうか。無表情ですが、やっぱり見た感じとは違い、心の中で色々な感情が渦巻いているのかもしれません。
「天音さんなら、今は事情聴取中です。あとで京太さんにも受けていただくことになりますね。もし、今すぐ娘さんとお会いになりたいのであれば、上司に掛け合ってみますが」
気を使って、鷹井さんがそんな提案をしましたが、
「そこまではなさらなくてけっこうです。こちらで待たせていただきます」
やはり淡白に言って、京太さんは首を横に振りました。
「そう、ですか。そしたら、落ち着けないとは思いますが、こちらで待っていてください」
「はい」
今度は縦に首を動かし、彼は私たちがいるのとは逆側の壁に歩いていき、背中をつけて体重を預けると、うつむいて目を閉じました。部屋にいた誰もが、どこか普通の人と雰囲気の違う彼に、気を引かれていました。
その彼に、
「あんたが、京太さんね」
三山さんが立ち上がって接近しました。彼女を、無感情な瞳が捉えます。
「失礼ですが、あなたはどちら様でしょうか。麻子の友人の方ですか?」
発せられた声は、暗く冷たいものでした。問いかけに対し、彼女も同じような調子で返します。
「そうよ。あんたが半ば見捨てた、麻子の友達よ!」
急に、静かだった寝室に怒声が響きました。驚いた私は、思わず啓介に身体を寄せました。三山さんには動揺していなかった啓介は、私にはびっくりしたのか、バッとこっちを向きましたが、私であることに気づくと、
「大丈夫だ」
もっと引き寄せてくれました。啓介の左肩に、顔を埋める格好になります。鷹井さんが「なんでそうなるの?」とか言ったのが聞こえた気もしましたが、無視します。私と啓介がすることを誰がどう思おうと、関係ないのです。
「私が麻子を見捨てた、ですか」
「そうよ!」
三山さんが激昂しますが、京太さんに動揺の色はまったく見られません。壁にもたれて、ただ自分に突っかかってきた人間を冷静に見つめています。
「あんたがちゃんと、麻子のそばに居てやれば、こんなことにはならなかったわ!」
さらに彼女は詰め寄りました。周りの人たちは、まだどう対応すべきか考えあぐねていました。そもそも、どうして怒っているのかが分からないのです。啓介が動かないのは、単純に関心がないからというだけですが。
「私は……」
京太さんが何か言いかけたところで、寝室のドアが外から開かれました。
「おや。皆さんどうかしましたか?」
取り調べを終えた、剣路さんたちでした。自分たちが出たときと明らかに違う雰囲気を感じたのでしょう、全体に向けてそう尋ねました。
「えっとですね」
鷹井さんが説明しようとしましたが、
「お父さん?」
天音さんの声で切られました。彼女を見ながら、弱く両肩を落とします。
「天音か」
「うん」
彼女はゆっくりとお父さんの近くに行きました。三山さんと険悪な空気になっているのに気づいたのか、二人を交互に見比べます。
「あの、どうかしたんですか?」
まず、三山さんに訊きました。
「それはその……」
問われた彼女は、しどろもどろでした。答えをまたずに、続けて京大さんに目を向けます。
「何があったの? それに、どうしてここに?」
「別に何も。あと、ここに来たのは、麻子が死んだっていう連絡を受けたからだ」
彼の振る舞いは、さっきまで絡まれていた事実などなかったかのようでした。態度も声も、非常に落ち着き払っています。
説明を受けた天音さんは「そう」、とだけ言って下を向き、事情聴取に呼ばれる前と同じく、ベッドの上に座りました。
寝室にいた人たちは、それぞれ沈黙して、彼女へ目を向けていました。三山さんや鷹井さんは呆気にとられていて、啓介や京太さんは興味がないのか涼しい顔です。剣路さんと中村さんは単純に何も分かっていないので、しばらくすると彼女から目を離し、寝室内の人たちを順々に見始めました。私とはいうと、周りを見つつ、頭を働かせていました。
考えていることを啓介に言おうとしたところで、
「三山さん」
剣路さんが淀んだ空気を切り裂いて、呼びかけました。
「は、はい」
応じた三山さんは、天音さんの介入のせいか、すっかり毒気が抜けてしまったようでした。怒気のかけらも残っていません。
「お話を聞きたいので、来ていただけますか」
「分かりました」
むしろ、どことなくしおれた様子で寝室を出て行きました。
「なんだったんだ?」
鷹井さんがぼそりと口にした、事情の分からない人たちの代弁を小耳に挟みつつ、未だ私を片手で抱き寄せてくれている啓介の顔を見上げました。
「ねえ、啓介。今の、どう思う?」
「ん? そうだな……」
“今の”というのは、先ほど三山さんが京太さんに迫った一件のことです。啓介は、しばらく私から目を離して考えると、
「あの言い草だと、この家の夫婦は、あんまりうまくいってなかったって感じだな」
興味なさげに、肩をすくめました。やっぱり、啓介も私と同意見のようです。
三山さんは京太さんへ、“半ば麻子さんを見捨てた”と言い放ちました。うまくいっている夫婦には、まず使われない表現です。私が信じていた、京太さんの拳を握った理由がぐらつきます。不仲であったとしたら、悲しみをこらえていたという推測は怪しくなってしまいます。
しかし、
「ただ、三山があの人に見捨てた云々を言った瞬間、拳の握りがもっと強くなったけどな」
「それ、本当?」
啓介の追加した情報が、私の中でぐらついた京太さんへのイメージを、支え直しました。
「ああ。なんでもなさそうな感じを装ってはいたけど、明らかに拳に入れる力が増してた」
ただ、完全な立て直しではありません。まだ、イメージの軸が揺れていました。いい人と非情のどちらかに傾けられるほどの判断材料がないのです。
しかし、県警の捜査が初期段階も終わっていないので、鷹井さんからの情報は得られませんし、私たちも自由に動けません。今、判断材料を増やすのは、無理そうでした。
やがて三山さんの取り調べが終わり、続いて啓介が呼ばれました。私も一緒に行きたかったのですが、一人ずつだと、剣路さんに突っぱねられました。うう……。仕方なく、私は時々話しかけてくる鷹井さんにしどろもどろな言葉を返しながら過ごしました。
啓介の番が終わると、次は私でした。行きがけに、
「三山さんから、天音さんの家庭事情を訊けそうだったら、訊いてみて」
と頼み、剣路さんと中村さんに連れられ、寝室を出ました。
事情聴取の場所は、彼らの乗ってきたパトカーの中でした。家の中では現場検証が続いているので、仕方ありません。私の事情については、すでにほとんど啓介から聞いているからなのか、説明している私より、剣路さんたちの方がうまくまとめられていました。ただ、事件現場に居合わせたそもそもの理由が私の勘であるという部分に話が進んだとき、剣路さんはかなり大きなため息をついていました。結局、たいしたことは訊かれずに、私は寝室に戻されました。やっと、啓介の隣に戻ります。剣路さんたちは、京太さんを呼ぶと、またパトカーへと向かって行きました。
「大丈夫だったか、沙夜」
「うん、平気だったよ」
パトカー内での自分の受け答えを思い出すかぎり、大丈夫と言えるものではありませんでしたが、私個人の状態には問題がないのでうなずきました。
「親父たちは一苦労だっただろうな」
私の言葉の意味合いを察して、啓介は意地悪そうに唇の端を持ち上げました。それ自体は、この場にいない剣路さんへ対するものなのですが、私も一応言い訳をしておきます。
「だって、どうしてもうまく話せないんだもん」
「沙夜は人見知りだから仕方ない。でも、それで他人を避けてくれるから、俺としては助かる。俺以外と話すことが減るからな」
啓介はさらっとそんなことを言いました。恥ずかしさで顔が火照ります。
「そ、そういえば、三山さんから話は聞けた?」
啓介にはごまかしても無駄なのですが、それでも恥ずかしさをごまかそうと、話題を変えます。すると、啓介は表情を変え、真剣な目をして、人差し指を立てた右手を口の前に持っていきました。
「声、落として。鷹井は気づいたうえで黙認してるけど、もう一人の警官に気づかれると面倒だ」
「う、うん」
言われるままに声量を下げ、首を縦に振ります。啓介も軽くうなずき返してきました。横目で、室内にいる鷹井さんとは別の刑事さんを確認します。私も啓介の横から顔を出して覗いてみます。退屈そうに、窓の外を見ていました。
「大丈夫そうだな」
啓介は私と見つめ合うように、曲げていた首を元の位置に戻しました。さらに、声をできるかぎり絞れるよう、顔をかなり近づけてきました。ち、近いです。
「もう少し離れる?」
啓介がいたずらっぽい笑みを浮かべます。分かっていてわざわざ訊いてくるのですから、なかなか意地悪です。
「このままで、いい」
「了解」
むしろ、こっちの方がいいです。啓介は満足そうに目を細めました。
それから、頬を引き締め、話を始めます。
「三山によると、日橋京太と日橋麻子は別居状態だったらしい。詳しい原因は分からないが、とにかく京太は、この家じゃなく、一人でアパート暮らしをしている」
「その話って、証拠はあるの?」
「三山は麻子から直接聞いたと言っている。俺の見たかぎり、あの女の中では嘘じゃない」
まどろっこしい言い方ですが、要するに三山さんの思い違いということはありえるということてす。
「以前から三山は、何度か麻子と連絡を取っていて、その中で京太と疎遠になっていることを知っていった。さっきも言ったが、理由は分からない。ただ、あの女の個人的な意見だと、京太が一方的に家族への関心をなくしたからだそうだ」
「うーん。簡単に切り捨てはしないけど、初対面のイメージって感じもするかな」
頬をかきます。先ほどの三山さんは“あんたが京太さんね”というようなことを口にしていたので、顔を合わせたのは始めてのはずです。無表情な彼を見ての意見であるように思えます。
「そうだろうな。あの態度じゃ、仕方ないような気もするが」
啓介も同意して、首をすくめて見せました。含みのある言い方をしたので、私はすぐに尋ねました。
「啓介から見ても、京太さんって家族に無関心?」
「いや。断定はできないが、逆だと思う。拳を強く握っていたのもあるし、あの人は天音さんのことを気にかけているような態度や言動もあった。無関心だとは思えない」
「だよね」
回答をもらい、うつむいて考え込みます。短い時間ですが、これまでのところ、端々に彼が家族を想っているような部分がありました。ですが、一方で麻子さんと親しかったのであろう三山さんは、彼は家に居着いていなかったと証言しています。さらに、彼の振る舞いは無感情です。いまいち、別々の視点をつなぐ彼の像が見えてきません。どちらか間違った内容なのか、それとも第三、第四と、視点を増やすことで像を作り上げることができるのか。
「もっと色んな人からの話を聞かないとだめそう、かな」
結局、今はこれに落ち着ざるをえません。小説でも、最初は決定的な情報は入らないものです。あくまで、これは現実ですが。
「天音さんからは何か聞けないかな?」
「沙夜が訊いてきてほしいなら、今行ってくるぞ?」
「うーん」
啓介に尋ねられ、口元に手を当てて考え込みます。この場で事情聴取されるのは、今の京太さんで最後のはずです。ある程度はバレるでしょうが、私たちが探っていることは剣路さんに知られたくないところです。
そこで寝室の扉がまた開かれ、剣路さんたちが戻って来ました。考える必要がなくなります。
「皆さんお疲れ様です。京太さんたちには申し訳ないのですが、現場検証がまだ完全に終わってないので、まだしばらくこちらにいてください。三山さんはまたこちらから伺うことになるかもしれませんが、お帰りいただいてけっこうです」
室内の全員を見回しながら彼が言ったところ、
「いいえ。天音ちゃんが心配なので、私もこちらに残らさせてもらいます」
三山さんは天音さんのそばに寄り、帰宅の意志がないことを示しました。天音さんは動きませんでした。
「はあ。別にかまいませんが」
剣路さんは少し額にしわを寄せましたが、禁止はしませんでした。天音さんに三山さんが語りかけます。
「今日はここに泊まっていくから、しっかりね天音ちゃん」
しかし、やはり天音さんに反応はありませんでした。
剣路さんは頭をポリポリとかいてから、私たちの方を向き、
「あと、お前らに関してはさっさと帰れ」
右手の人差し指で玄関のある方向を差しました。
「分かってるよ」
啓介は、顔色を変えずに答えました。剣路さんは、さっきよりも深く額にしわを寄せましたが、それ以上何も言ってきませんでした。
「帰ろう、沙夜」
「うん」
差し出された左手を右手で掴み、私と啓介は軽く頭を下げて寝室を出ました。今は、こんなものでしょう。ただ、玄関を出たところで一つだけ聞きそびれたことがあるのを思い出しました。
「そういえば、京太さんが来たせいで聞きそびれちゃったけど、鷹井さんが言ってた、死亡推定時刻の前後にこの辺りで見られた男の人って誰だったんだろ。啓介は聞いてる?」
「ああ、そういえば沙夜にはまだ言ってなかったっけ」
駅に向かって歩き出したところで、私は啓介から耳を疑いたくなる名前を聞きました。
「目撃されたのは、もしかしたら日橋京太かもしれないとさ」