聖女断罪報告書
【最優先身柄確保令状】
宛先:
貴族院聖騎士局
確保対象者:
リリアーヌ・ロジェ、通称“聖女”
容疑並びに罪状:
マリエット・メグレ男爵令嬢に対し、猫の死骸を送りつける、泥水をかけるなどの常軌を逸した行為、及び、鉢植えを頭上に落とす、呪術師を雇って呪詛を仕掛けるなどの明らかな傷害行為。
また、これら全てがマリエット嬢の自作自演であるなどという荒唐無稽な悪評の流布、ならびに毒薬を用いた殺人未遂。
執行刑:
断首にて死刑に処す。
発布者:
貴族院神裁局、ならびに “輝ける王国の後継者にして王権の代行者”レオンハルト・レヴィン王太子
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【マリエット・メグレ男爵令嬢に対する嫌がらせ事案の聞き取り調書Ⅰ】
聞き取り対象:
マリエット・メグレ男爵令嬢
口述筆記:
貴族院文書局第一書記ドミニク・ダリエ
本当に恐ろしい……おぞましいことです!
朝起きると、私の部屋の前に猫の死骸があって……!
……いえ、はい。
わたくしが起きるまで、誰も気づかなかったのです。メイドたちも。そうなのです。……ドミニク様はわたくしが嘘を吐いているとおっしゃるの?
違いますわよね。ええ、そうですわよね。
(当調書の以降の部分は切り取られている。)
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【聖女断罪に関する詳細記録Ⅰ】
記:
貴族院文書局第四書記パメラ・パスキエ
事の発端は、レオンハルト・レヴィン王太子殿下とマリエット・メグレ男爵令嬢の接近であった。
病で倒れた父王陛下の名代として、王権代行を担う重圧にさいなまれるレオンハルト王太子殿下と、そんな王太子殿下の心身を親身になってお支えになるマリエット嬢の仲が深まるまで、そう長くはかからなかった。
だが、親密になるお二人に嫉妬心を抑えられなかったのだろう。王太子殿下の婚約者――当時の婚約者である、当時の聖女リリアーヌ・ロジェが、マリエット嬢への嫌がらせを開始したのである。
マリエット嬢は度重なる嫌がらせに屈することはなく、また、嫌がらせの犯人がリリアーヌ・ロジェだとは考えないと表明していた。
聖女がそんなことをするわけがないと、その清廉さゆえに信じていたのである。
しかし、レオンハルト王太子殿下に接近し、親しい立場であるマリエット嬢に嫌がらせをおこなう動機がある者は、リリアーヌ・ロジェ以外に考えられなかった。
レオンハルト王太子殿下とリリアーヌ・ロジェとの婚約は、伝統的かつ慣例的なものに過ぎず、王太子殿下からの寵愛を得られるかどうかはまた別の話である。
しかし、小さな村の大工の娘に過ぎないリリアーヌ・ロジェには、そのことが理解できなかったのだろう。
王太子殿下の婚約者という地位を手に入れたリリアーヌ・ロジェは、王宮への登城要請をことごとく無視し、王国各地を野放図に旅行した。
大陸教会に今代の聖女と認定されてからの十年間のうち、王都、王宮にいた時間は合計一年にも満たないと思われる。
婚約者であるレオンハルト王太子殿下が風邪を召された際ですら、癒やしの力があるにも関わらず、王都に戻ることはなかった。
それは、冷血な心根ゆえ――だけではない。
リリアーヌ・ロジェの癒やしの力は、風邪を治すことすらできないからである。
聖女の力は、まやかしであった。
以上のことが判明したため、レオンハルト王太子殿下はリリアーヌ・ロジェとの婚約を破棄したのち、マリエット・メグレ男爵令嬢こそが真なる聖女であると布告した。
父王陛下が倒れて以来、レオンハルト王太子殿下は王権の代行者としてつつがなく政を執っていた。しかし、若年の王太子殿下への心労は大きく、また深かった。
その心を癒やした者こそ、真なる聖女マリエット・メグレ男爵令嬢なのである。
片や、王太子殿下に寄り添わず、癒やすこともない聖女。
片や、王太子殿下に寄り添い、癒やし続ける聖女。
どちらが真なるものかは、明白である。
以て、我らが王国貴族院は新たな聖女の誕生を歓迎し、また、これまで聖女を騙っていた偽物、リリアーヌ・ロジェの断罪を要求したのである。
※当詳細記録は貴族院文書局第一書記ドミニク・ダリエが責任を持って編集、校正をおこなったものである。
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【ある聖教父の記録】
今日、懺悔室に来た迷える信徒について。
信徒の懺悔を記すべきではないが、念のため記しておくことにする。
その信徒は懺悔室にて、壁越しの私にこう言った。
私は罪を犯しました。
どうかお赦しください。
罪なきお方に、無実の罪を着せたのです。
それも尊きお方に……。
と。
赦しを与えることはできない、私は聞くだけだ――と伝えると、彼は涙した。
子供のように泣きじゃくりながら、もう貴族院の上層部はおしまいだ、とか、毒婦がどう、とか、しきりに繰り返していたが……。
貴族院の腐敗など、何代も前の王からわかりきった話ではある。
それゆえに、記すべきだと考えた。
なにか、過去に類のない腐敗が始まりつつあるのかもしれない。
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【マリエット・メグレ男爵令嬢に対する嫌がらせ事案の聞き取り調書Ⅱ】
聞き取り対象:
マリエット・メグレ男爵令嬢
口述筆記:
貴族院文書局第一書記ドミニク・ダリエ
ダンスパーティーの日、馬車から降りた途端、泥水が降ってきたのです!
どこからか、突然!
……ええ、はい、魔法だと思います。それで、ドレスが台無しに……。
目撃者? おりますわ。のちほど、連れてまいりますの。
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【聖女リリアーヌ・ロジェ様への求刑への異議申し立て】
申立人:
貴族院聖騎士局一同
代表、筆頭騎士クロヴィス・カンテ
表題の通り、我ら貴族院聖騎士局一同は聖女リリアーヌ・ロジェ様への求刑に異議を唱え、取り下げるよう願う。
また、真なる聖女を自称するマリエット・メグレ男爵令嬢に奇跡の力があるかどうか、しかと確認させていただきたく候。
聖女としての活動を第一とし、王国内各地を巡礼し、人民の守護者として魔を祓い、戦士を癒やし続けた聖女リリアーヌ様が偽物であるなど、俄に信じがたい。
魔物に足を食いちぎられ、今にも死にそうな血だらけの騎士を、嫌な顔ひとつせず癒やしたお方である。医者も入りたがらぬ死病が蔓延する村にて、昼夜を問わず、大勢の村人の看病をし続けたお方である。
それが偽物であるはずがなかろう。
我ら聖騎士局一同はその奇跡、その御力を賜ることで、十年にわたって史上稀なる死亡率の低さを享受し続けてきたものである。
聖女リリアーヌ様はまだ年端もいかぬ少女のみぎりから、過酷な慰撫の巡礼を続けてきた、高潔かつ清廉なお方である。
その功績をないものとして扱う貴族院神裁局及び貴族院神裁局に王権を振るって介入するレオンハルト王太子殿下による求刑は、あまりにも歪なり。
率直に申し上げる。
レオンハルト王太子殿下は、毒婦に侵されて目が曇っておられる。
しかとその目で真実を捉え、判断なさるよう提言いたす。
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【マリエット・メグレ男爵令嬢に対する嫌がらせ事案の聞き取り調書Ⅲ】
聞き取り対象:
マリエット・メグレ男爵令嬢
口述筆記:
貴族院文書局第一書記ドミニク・ダリエ
ええ、はい。
鉢植えが落ちてきたときは驚きましたわ。
道を歩いていたら、頭上から降ってきて。
レオンハルト様が、とっさに手を引いて助けてくれたのです。
あれがなければ、わたくしは死んでいたかも……。
呪術師の件についても、ですか?
時折、体調の優れない日が続くことがあったのです。
主治医に聞いたところ、呪詛ではないか、と。
……そうですわね。聖女様が王都にお立ち寄りの際は、いつも体調を崩して伏せってしまいますの。偶然だとは思いますけれど……。
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【辞令】
貴族院聖騎士局筆頭騎士、クロヴィス・カンテ殿
当辞令を受け取った日時を以て、聖騎士としての任を解く。
疾く去られよ。
“輝ける王国の後継者にして王権の代行者”レオンハルト・レヴィン王太子
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【聖女断罪に関する詳細記録Ⅱ】
記:
貴族院文書局第四書記パメラ・パスキエ
あまりにも歪な求刑に、王国の根幹が揺れ動いている。
知っての通り、聖女は大陸における神聖なる秩序の代名詞であり、大陸で唯一、癒やしの力を持つ尊き存在。
触れるだけで傷病を癒やし、存在するだけで魔物を遠ざける、神より賜りし人類文明の守護者なのである。
同時代に一人しか存在できない聖女が、王国にて生を受けたのは僥倖であり、年頃の近いレオンハルト王太子との婚約が成立したのは当然の成り行きではあったが、聖女リリアーヌの心情を無視した強権の執行でもあった。
ゆえに、聖女リリアーヌは端から婚約の存在を無視していた。
王宮からの登城要請をことごとく無視し、各地で魔物の討伐任務に当たる聖騎士団や兵団の露営や、医者のいない地方の村を回り、傷病を癒やし続けた。
それこそが聖女の役割だと信じていたがゆえにである。
聖騎士たちは魔物との戦いの最中、聖女リリアーヌによって癒やされていた。死の淵から救われ、熱心な大陸教会信徒となった者も少なくない。
ゆえに、筆頭騎士が事実上の更迭処置を受けたとはいえ、聖騎士たちが積極的に聖女リリアーヌを確保しようと動くことはないだろう。
もはや、聖騎士局から王宮への信頼、レヴィン王家への忠誠心は消失したといっても過言ではない。多くの貴族によって構成される聖騎士局が、だ。
王都の治安が著しく悪化していくことは間違いない。
……しかし、どれだけ聖騎士たちが異議を唱えたところで、罪を問うのは神裁局であり、処刑を実行するのは神裁局から業務を請け負うシャンボン家である。
聖騎士局からの異議申し立ての発表に前後して、聖女リリアーヌは神裁局に拘束された。
もはや、このあとの手順に聖騎士たちが介入する余地はない。
聖女リリアーヌは、おそらくもう一月もしないうちに首を切られてしまうだろう。
なお、当記録はマリエット・メグレ男爵令嬢の従僕と化した第一書記ドミニク・ダリエによる改竄を回避するため、文書局には提出せず、私的に保管するものとする。
……つまり、これはごく個人的なメモとしか言いようがないものであるからして、このような固い文章である必要もないわね。私の記録は、いくつも焼かれてしまったわ。貴族院はもう終わりね。
神裁局はレオンハルト王太子に逆らえず、文書局は毒婦の手に落ち、聖騎士局は上から順番に更迭されている。
こうなったらもう、聖女を旗印に反乱でも起こすしかないと思っていたけれど……そうよね、リリアーヌ。
争いを起こすくらいなら、自ら出頭するのが貴女よね。
昔から貴女はそういう人だった。お馬鹿なリリアーヌ――。
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【マリエット・メグレ男爵令嬢に対する嫌がらせ事案の聞き取り調書Ⅳ】
聞き取り対象:
マリエット・メグレ男爵令嬢
口述筆記:
貴族院文書局第一書記ドミニク・ダリエ
毒殺! 忘れもしません。恐ろしい出来事でしたわ……!
ケーキかお茶に盛られたのですわ。一時期は生死をさまよいました。
けれど、レオンハルト様が必死にお声をかけてくださって、死の淵より戻ってまいりましたの。
……ドミニク様とは、もう四度もお話をしていますわよね。
ええ、そうです。毒であった証拠は、後ほど。
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【王国への決別書並びに独立宣言書】
親愛なる、そして、愚かなるレオンハルト・“類い稀なる馬鹿”・レヴィン王太子殿下へ。
私、シャンボン家筆頭処刑人セザール・“ムッシュ”・シャンボンは激怒している。なぜかは言わずともお分かりだろうが、敢えて記そう。
この、私に! 大陸教会の信徒たる私に!
聖女様の首を落とせと申すのか!
大陸教会に認定された聖女の首を!
四百年にわたり、我が一族を処刑人として登用し続けたレヴィン王家には感謝を示すが、忠誠は私の代にて終わりとさせていただく。
そも、シャンボン家が処刑業務を請け負うのは、大陸教会から信を得たレヴィン王家の“白い手を汚さぬよう、断罪を代行する栄誉を受け取る”ためである。それを忘れ、聖女であることが明らかなリリアーヌ・ロジェ様の首を切れと申すならば、もはやそれは栄誉ではない。大陸教会に対する裏切りである。
ゆえに、この手紙を以て、当家及び我が領地は王国からの独立を宣言し、レヴィン王家と決別するものとする。
また、聖女リリアーヌ様へのあり得ざるべき処遇については、断固として反対の意を示す。
本当に処刑などすれば、王国の大地は枯れ、病が蔓延り、魔物が我が物顔で跋扈するであろう。そこまで愚かではないと信じたいが……。
文句があるならば、聖騎士局でも動かして、我がシャンボン領を攻めればよろしい。今の貴殿の命令で動くならば、だが。
――セザール・“ムッシュ”・シャンボンより、侮蔑を込めて
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【処刑請負人募集、栄誉ある仕事に就きたい者は貴族院神裁局まで】
発布:
貴族院神裁局
条件:
男爵位以上の家格を持つ一家
王国から離脱したシャンボン家に代わり、処刑業務を請け負う一家を募集する。
これは大変栄誉ある仕事であり、請け負った一家には末代までの栄光と少なからぬ報酬が約束されるであろう。
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【聖女断罪に関する詳細記録Ⅲ――あるいはただのメモ】
記:
貴族院文書局第四書記パメラ・パスキエ
処刑人なんて、誰もやりたがらない。当然である。
シャンボン家は長年従事してきたが、それは過去の契約によるもの。伝統といって差し支えない。シャンボン家も――信仰があり、誇りがあり、また家業であるためやめられないだけで――ずっと、やめたかったのだろう。
聖女リリアーヌの処刑は宙に浮いた。延期になったのである。他人の首を切りたがる者はいない。それが聖女とあれば、なおさらに。
レオンハルト王太子及び王家は直接手を下せない。“白い手”ゆえに。その縁者となるメグレ男爵家も、同様だった。
しばらくは、聖女の処刑は延期になるだろう――と、そう思われたのだが。
ひと月も経たないうちに、手を挙げた人物がいた。
王国きっての嫌われ者。加虐趣味の外様貴族。
……大陸教会に唾を吐き、数年前の隣国との小競り合いでは堂々と敵将を拷問し、無残な死に至らしめ、その死体を家族へと送りつけた極悪非道の男。
ダミアン・デスピオ閣下率いるデスピオ家である。
私は、怖い。かの男が、どんな処刑を目論んでいるのか。
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【貴族院勤めの男の邸宅から発掘された紙片】
ねえ、ドミニク様。お手を見せて。ふふ、ペンだこがたくさん。文官様の手ね。……顔が赤いわ。うぶなのね。文書局に勤めて、もう三十年でしたかしら。
わたくし、大好きよ? 真面目で、うぶな、年上の殿方。
独身とお聞きしましたけれど、火遊びのご経験は?
……質問の意図? おわかりでしょう?
うふふ、もうそのメモ、やめていいのではないかしら。真面目ぶって、何でもかんでも記録して。
ねえ、もしよかったら、この後――
(以降の記述はない。)
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【聖女の処刑に関する記録】
記:
処刑人ダミアン・デスピオ
聖女を手にかける栄誉、誠に有り難く!
幸甚の至りとはまさにこのこと!
以前から処刑人の職には興味がありましたが、今回は聖女とのことで……さすがの吾輩も興奮を抑えきれず、領地を息子に任せて飛び出してきてしまいました。
……実は、もしもリリアーヌ・ロジェが聖女ならば、殺した途端、吾輩の肉体には雷が落ち、ばらばらになってしまうと考えておりました。
そう――神の裁きによって!
正直に申しますと、それも楽しみだったのです。
神の裁きとは、どれほどの痛みなのだろうと!
……しかし、そうはなりませんでした。
つまり、リリアーヌ・ロジェは、聖女ではなかったのです。残念ですが、美しい娘の肢体を王家のお墨付きの元で八十八の肉片に解体できるのは、非常に有意義な時間でありました。
そう、お墨付きです。レオンハルト王太子殿下、お忘れになるな。
貴殿が許した。吾輩のやり方で処刑をすることを。
さて。
処刑は王都に構えた我がデスピオの屋敷、自慢の拷問部屋にて執りおこないました。せっかくですからな。立会人には聖女と親しく、同郷である貴族院文書局第四書記パメラ・パスキエを招聘しました。
同郷だとご存じでしたかな?
リリアーヌ・ロジェが年に一度、王都に立ち寄るのは、彼女に会うためだったのです。
椅子に縛り付け、まぶたを器具で固定して閉じられないようにして……一部始終を、ご視察いただきましたよ。立会人として、しっかりとね。
なお、ご所望の聖女の首ですが――お約束通り、首以外は吾輩が使用させていただきます――首だけを切り取ることはあまり経験がなく、あまり上手とは言えない出来でございます。
何度も斧を当ててしまって、頭蓋は砕けて脳はこぼれ、鼻は削げて舌は落ち……また吾輩も興奮のあまり、つい、やり過ぎてしまいまして。
しかし、首だったものは、きちんと木桶に溜めてありますので、そこはご安心ください。
王宮に届く頃には、かぐわしい死と腐敗の香りを漂わせていることでしょう。
ああ、そうだ。ご安心なされよ。
桶の中に両目がないのは、吾輩が最初に取ったからです。美しい青色の瞳ですからな。きちんと飾らなくてはなりません。
追記:
パメラ・パスキエ嬢は、同郷の友であるリリアーヌ・ロジェが少しずつ小さくなっていく様子を見て、少しお疲れになったご様子。
仕事を休ませたほうがよいかもしれませんな。
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【ある貴族院勤めの女の残した手記】
やめて
ともだちなの
たすけて
やめて
おねがい
りりあーぬ
どうか
やめて
やめてやめて
やめてやめてやめておねがいやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて
(以降も文章らしきものが続くが乱れが酷く判読不可能。)
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【飢饉に伴う人民流出に関する報告書】
記:
貴族院文書局第一書記ティボー・トレムレ
レオンハルト陛下とマリエット王妃の治世も一年にさしかかり、王国は光に満ちている。
今般の飢饉も、それに伴う人民の流出や麾下貴族の離脱も、レオンハルト陛下のご采配によりすぐ改善するだろう。
なお、飢饉に関する詳細は貴族院農務局からの報告書を参照されたし。
王都の人民はこの一年で約二割が流出した。
王国全体では麾下貴族の離脱による領地の減少とそれに伴い人口の減少もあり、前年比で約四割の減少となっている。
しかし、これらは飢饉の影響であり――。
(判読不可能な文字列の書き殴りがいくつか記されたのち、文章が続いている。)
いや。
飢饉の影響などではない。
事ここに至っては、もはやお為ごかしを記す気力すらもない。
レオンハルト陛下。
この王国は、毒婦に呑まれたのだ。貴方のせいで。
マリエット・メグレ王妃の正体に興味はない。恋に狂った乙女かもしれないし、出世欲に取り憑かれただけの小娘かもしれないし、魔界から来た悪魔かもしれない。どうでもいい。
前任の第一書記が不審死を遂げた件すらどうでもいい。
事実は、ひとつだ。
この王国は、もう滅びる。保たない。
土地を見よ。川は細り、山は禿げ上がり、大地は腐って、王国の人民が長年耕してきた畑にはいま、魔物が跋扈している。
聖騎士局にはもう騎士はいない。人員不足を埋めるため、無理矢理騎士に取り立てられた破落戸どもが、酒を飲んで転がっているだけだ。
輝ける貴族院はもう、どこにも存在しないのだ。
そして、ご存じか。レオンハルト陛下。
王国から離脱した貴族の領地では、それらの被害が確認されていない。
離脱すれば改善することもまた、確認されている。
貴方は神の怒りを買ったのだ。
即刻、毒婦を切り捨てよ。その後、出家し、いずれかの大陸教会支部にて余生を過ごされるがよろしい。あるいは、心中なされよ。それしか道はない。
それとも、このような文章を書く私を処刑なさるか?
貴方ならば、そうするだろう。ゆえに、この報告書が貴方の手元に届くまでに、私は王都から去ることにする。
●
【私の親友へ】
元気?
な、わけないか。
王国の惨状に、貴女は心を痛めていることでしょう。でも、大丈夫。
あと一年……も、必要ないかな。半年の内に、王国は滅ぶわ。
もはや王国は――つまりレヴィン王朝は――国家共同体としての形を保つことができていない。いずれ誰かが王と王妃の首を取るでしょう。
……あんな人たちの死でも、貴女は悲しむのかしら。
人民は飢饉で苦しんでいるし、犠牲者も出ています。
でも、それは貴女のせいじゃない。気にするなと言っても無駄でしょうけれど、貴女のせいじゃないという事実だけは、憶えておいてちょうだい。
でも、そんな優しい貴女のために、私はもう少しこの国に残ろうと思う。
閣下と共に、民をこっそりと外に逃がしているの。心配しないで、バレやしないわ。もう、貴族院にまともな調査能力はないもの。
……笑えるわよね。
まさか、貴女が閣下のご息女の死病を癒やして以来、閣下がすっかり悪逆趣味をやめて敬虔な大陸教会の信徒になっているなんて、王は夢にも思っていないでしょうから。
ともあれ、しばらくは身を潜めていてちょうだい。
貴女に恩のある貴族や地方の有力者はたくさんいるから、隠れ場所には事欠かないはずよ。
巡礼を再開するなら、定期的な連絡を忘れないように。
私もいずれ、合流するつもりだから。
愛を込めて。貴女の幼馴染みより。
●
【歴代聖女の物語 第Ⅲ巻『王国の崩壊』より抜粋】
~~以下抜粋~~
この代の聖女リリアーヌは、その神聖性を問われていた。
今となっては、聖女のメカニズムは科学的に解明され、神霊との仲介役として管理されているが、当時はそうではなかった。
聖騎士たちが魔物を討伐する時代。
医療も未発達で、聖女の癒やしの力が大きなよりどころだった時代。
マリエット王妃がどのようにレオンハルト王を欺いたかは不明だが、大陸教会の認定以外に聖女を証明する手立てがない以上――そしてまた、その認定も科学によるものではなく単に能力の実証と権威によるものである以上――現代よりは不可能事ではなかったのだろう。
愚かなレオンハルト・レヴィンは見事に手玉に取られてしまったのだ。
恋は盲目とはよく言ったものであるが、その盲目に付き合わされたくはない。レヴィン王家は急速に求心力を失い、たったの一年半で完全に崩壊したのである。
~~(中略)~~
……特筆すべき点として、マリエット王妃(当時マリエット・メグレ男爵令嬢)は聖女リリアーヌと顔を合わせたことがない可能性が高い点が挙がる。
現存する記録を辿る限りは、一度もない。
事ここに至っては、嫌がらせや毒殺未遂などが狂言であったことに疑いの余地はないが――聖女リリアーヌの仕業ではないという証拠もないが、それを証明することは難しい――マリエット・メグレ男爵令嬢は、不自然なまでに、聖女を避けていた。
これを以て、マリエット・メグレ男爵令嬢が人型の魔物であったとする学説もある。仮にそうだとすれば、最古の人型の魔物として、記録を書き換えることになるだろう。
なお、現在、大陸史上二例しか確認されていない希少な魔物であるため、実証は困難を極める。
筆者の考えとしては、案外、ただの貴族の娘であったのではないかと思う。人間はときに、恐ろしいほど愚かなことを、恐ろしいほど上手くやってしまうものだ。
……さて、王国は永遠に聖女を失い、結果、王国そのものすらも失ったわけだが、衰退した王国に代わって台頭したのは、聖女リリアーヌを守り抜いた複数の独立貴族からなる連合体であった。
中でも有力な一族であったシャンボン家を旗印とし、これらの聖女連合体とも言うべき人民のうねりは新たな国体を形成した。
偉大なる連合王国の、その最初の一歩を踏み出したのである。
……そして、ご存じの通り、現代に至るまで我らが連合王国は続いている。
なお、聖女リリアーヌのその後に関しては、我が高祖母の高祖母の高祖母、パメラ・パスキエによる自伝に詳しいが、概ね、混乱以前と同じ生活を送っていたようである。すなわち、各地を巡礼しながら傷病を癒やし続ける生活を。
生涯にわたって伴侶はなく――しかし、老境に至るまで、友と共に癒やしの巡礼を続け、余生はデスピオ領の小さな屋敷で過ごしたそうだ。
記録からは、歴代聖女の中でも一、二を争う長寿だと推察されている。
~~以上~~
プロスペール・パスキエ著
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等々をしていただけると励みになります!
また、こちらの作品も読んでいただけると大変嬉しいです。
平民の身分ながら、ひねくれ者の第三王子様により生徒会の書記に任じられましたので、学園都市の謎を解いております。【貴族学園の不文律】
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