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自称悪女は世捨て人を堕落させる

作者: 白樺りん
掲載日:2026/06/04

「そんなに召し上がって大丈夫ですか?」


 普段飲まないというエーデンがまた新しい杯に手を出した。案外に強いようだが、軽い気持ちでお酒を勧めたコニーは困惑していた。


「ああ。アルコールは頭がぼんやりとすると思って避けていたがな、酩酊状態だと次々と新しいアイデアが生まれてくる」


 興奮したエーデンは、いつも以上に早口で普段よりずっと陽気だ。酔ってもやっぱり魔法の話ばかりで、そういうところは変わらない。お酒を覚えさせてしまったわ、と思いながらコニーはエーデンを庭に誘い出す。


「少し、酔いを覚ました方がよろしいかと」


 本当にこの人は研究ばかりだから私が外に連れ出さなくちゃだわ。


 ——二人の出会いは数週間前に遡る。


★☆★


 ——なに、あの人? 王女の猫を探しに来たコニーが見たのは、城の裏庭で猫に邪魔されながら黙々と魔法陣を描き続ける青年だった。

 足にまとわりつかれて描いた線を消されても、怒るわけでも構うわけでもなく、ただ黙々と描き直し続けている。彼——王立魔術院の変わり者として有名なエーデンは魔法陣に夢中になりすぎて猫も目に入っていないようだ。


「噂通りの変わった人ね。だけどこのままだと魔法陣、完成しないわ」


 それに王女から下賜された子猫をこのまま逃してしまっては申し訳が立たない。コニーはお腹に力をいれて猫に近づき、「こっちにおいでー」と、そおっと手を伸ばす。すると遊んでもらえると思ったのか猫はさらに魔法陣の中でステップを踏み始めた。

「待ちなさい!」

 ひらりとかわされ、勢い余ったコニーはどさりと魔法陣の中に転がり込む。あ、と顔をあげると、エーデンが無機質な目をこちらに向けていた。


「申し訳ありません、すぐにどきますね」


 慌てて立ちあがろうと手をつくと、また線が消えた。


「……重ね重ね、申し訳ありません!」


 エーデンはため息をつき、コニーを両手でひょいと持ち上げると魔法陣の外に降ろした。続けて動きまわる子猫の首根っこをあっさり捕まえてコニーの膝の上に乗せると、そのまま何も言わず魔法陣に戻り、また黙々と魔法陣を描き始めた。


 ——っなんなの、この人! 完全に猫と同じ扱いではないか。コニーだって地方の子爵家とはいえ、王女付き侍女見習いをしている令嬢だ。侯爵家の令息ならもっと、こうマナーとか振る舞いとかあるのではないだろうか。魔法陣を消した非は確かにコニーと子猫にあるとしても、だ。

 コニーは内心ぶつぶつと不満を呟きながらも、描かれていく精緻な魔法陣の美しさに目が離せず、完成するまで黙って見続けていた。


☆★☆


 今日はいつもより魔法陣を描くのに時間がかかった。エーデンは腰を伸ばして細部の確認をする。「舞踏会の余興で燃えない火を出して欲しい」など、そんなもの魔法でわざわざやることではないと思うが、せっかくなので試せそうなものは全て組み込んだ。簡易な呪文を唱えて魔法陣を起動する。想定どおり端から紅、赤、橙、黄、白、紫、青、緑と炎が円を囲むように点っていく。周囲の炎は真ん中の大きいオレンジの主炎に飛び跳ねるように落ちていき、そのたびに主炎の色が変化した。

 まぁまぁの出来だがもう少し高さが欲しいか、噴水のように——。


「うわぁ、すごい綺麗!」


 エーデンの思考を、目の前の炎のように飛び跳ねる声と、拍手が途切れさせた。そういえば途中で猫と人が入り込んでいた。まだ、いたのか。はしゃぐ娘の瞳に主炎が映り込み、虹色に輝いている。エーデンの視線に気づいた娘は興奮した勢いのまま話しかけてきた。


「これ、これは何に使われるのですか! ——あ、申し遅れました。私は王女殿下付き侍女見習いのコンスタンスと申します。先ほどはお邪魔してしまい申し訳ありません。子猫を捕まえていただき助かりました」

「ああ、私は魔術院のエーデンだ。これは次の舞踏会の余興に使うもので、ここで試作してから縮小して織物に刻印する。室内で燃えない炎を、という要望だったから色や動きをつけてみたのだ」


 魔法陣に興味を持つとは良い趣味だ。エーデンは組み込んだ術式を更に詳しく説明する。一瞬、ぽかんとした娘は感心したように頷いた。


「素敵ですね。本番が楽しみです」

「ああ、後は他の者に任せるが失敗することはないだろう」


 エーデンはいつも出来上がった後のことは関知しない。作りたいものは幾らでもあるのだから。


「観に行かれないのですか? 実際の会場の様子とか出席者の反応とか気になりませんか?」

「そのようなことは後で報告がある」


 目を丸くして訴えてくるが、反応など先ほどの娘の様子で十分だろう。基本、魔術院に籠っているエーデンには必要性など感じられない。しかし、娘は「現地確認、絶対必要」と言い(つの)る。


「まぁ、気が向いたら、行く」


 子猫を抱えた娘は「絶対ですよ」と念押しして帰って行った。


★☆★


 舞踏会の当日、コニーは特別な余興に心躍っていた。炎の演出に合わせてか、今日の大広間は落ち着いた雰囲気だ。天井を見上げるといつもより明かりが抑えられている。この天井の高さなら壮大な雰囲気が演出されそうだ。一緒に来てくれた叔母さまと別れ、周囲を見渡しながら余興がよりよく見えそうな場所に当たりをつける。

 歩き回っていると、コニーを噂する声が聞こえてきた。伯爵夫人の叔母さまは社交の度にコニーを王都風に飾り立ててくれるが、少々派手好みなのだ。結果、コニーは子爵家令嬢なのに派手な娘と言われている。行儀見習いが終われば領地に戻るつもりのコニーは、気にせず叔母さまの好きなようにさせていた。


「あ」


 賑わいの向こうの壁際に、全身真っ黒の青年が佇んでいた。コニーの顔が明るくなる。このような場でも正装しないとはエーデンらしい。人波をすり抜けて近づいていくとコニーに気付いたのだろう。視線が合った。


「エーデン様。いらしてたのですね!」

「ああ」

「全体が見える良い場所を見つけましたの。ご案内致します」


 先に立って歩き出すと黙ってついて来る。珍しい光景に周囲がざわめいた。王女殿下が面白そうにこちらを見ながら侍女に話しかけている。腕を組み、正面をじっと見るエーデンの隣にコニーは立った。炎の演出は明るい中庭で見るより荘厳で、高く跳ね上がる色とりどりの炎が主炎へと収束していく様子に、周囲からはため息だけが聞こえてきた。



 舞踏会の数日後、王女殿下に直接声をかけられた。

「コニー、魔術院までお使いをお願い」

「私が、ですか?」

「ええ。知り合いがいるでしょう?」

 

 意味深に微笑み、上級侍女に促す。侍女は封書をコニーに渡しながら補足してくれた。

「これを王立魔術院のエーデン様に。先日の余興への(ねぎら)いと、次の要望です」

 知り合い、と言っていいのだろうか? 内心首を捻りながらも「かしこまりました」と封書を受け取ると、殿下に「早く行ってらっしゃい」と急かされ、慌てて礼をして部屋を後にした。


 騎士団の訓練の声を遠くに聞きながら長い回廊を歩く。先日逃げた子猫を見つけた裏庭は、魔術院の近くだったらしい。院の入り口で訪問を告げ、エーデンのもとへ案内してもらう。奥まった机に座るエーデンは何やら書き物をしていて、案内人が声をかけても顔を上げない。コニーは案内人に礼を言って下がってもらい、しばらく作業を眺めていた。


「ん? こないだの猫の令嬢か。何用だ?」

 背を伸ばして顔を上げたエーデンがコニーに気づいた。作業に区切りがついたらしい。


「コンスタンスです。エーデン様。今日は王女殿下からのお言葉をお持ち致しました」

 エーデンは封書の中身をチラリと確認するとため息をついて、先ほど書いていた紙の方を眺め出した。


「……お返事はいただけるのでしょうか」

「すぐには無理だな。今は馬を疲れさせない馬車魔法の開発で忙しい。——見るか?」 


 見ても分からないけどせっかくなので「拝見させていただきます」と見せてもらう。ちらりとエーデンを窺うと、意見を待っている様子で頬杖をついた指をトントンと動かしている。コニーは言葉を捻り出した。


「ま、魔法でこういった研究も行われているのですね」

「ああ、今は争いが少ないからこんな研究ばかりになる。殺傷能力の高い魔法は研究され尽くしているし、予算が下りないのだ。私もできればもっと昔に生まれて、思う存分研究したかったのだがな」


 悔しそうに手を組み嘆息する。いやいや、エーデンが思う存分研究などしたら大変なことになりそうだ。平和な世の中でよかった、とコニーは胸を撫で下ろす。ともかく、この馬車の魔法が完成しないと殿下の次の要望は通らないらしい。


「あの、馬車レースはご存知ですか? 私の領からも参加したことがあるのですが、業者の馬車テストを兼ねたレースがそろそろ開催時期です」

「ああ、そのような案内の紙を受け取っていた気はするが、……それがどうした?」


 一応、紙を探しながらエーデンが問いかけてくる。コニーは本当に机上ばかりの人だわと呆れながら、腰に手を当てて言葉を続けた。


「馬車レースは一般のロードレースのほかに、貴族向けの豪華馬車のトロットレースがあるのですよ。実際の馬車を見た方が参考になるのではありませんか」

「——なるほど?」



 貴族が馬車レースを観に行くにはパートナーが必須ということで、伯爵家にお世話になっているコニーをエーデンが迎えにきて一緒に会場に向かう事になった。もちろん叔母さまが付けてくれた侍女も一緒だ。さすがに今日は着飾るのは遠慮していただいた。

 貴族用の席は馬場から遠く、エーデンは不満そうである。観戦に来ている面々は壮年以上が多く、年若い二人は目立っていた。一般馬車は二頭立て二人乗りの馬車を空のまま、御者が力の限り走らせるレースだ。どれだけ速いかが競われるため、賭けも盛り上がる。


「エーデン様。賭けにも参加されますか。私は3列目の馬が元気があっていいと思いますの」

「観に来たのは馬ではなく馬車だ。5列目の馬車の車輪が特殊だからあれのが速いだろう」


 それぞれの掛け金を係のものに預けて観戦開始だ。会場はすでに熱気に包まれていた。スタートと同時に大歓声が湧き上がる。コニーが賭けた馬車は馬の疾走に耐えられず車体が跳ねている。両手を握りしめて見守っていると、エーデンがレースから目を離さないまま口を開いた。


「あの馬車は軽すぎだ。早めに棄権すべきだな。引く馬によって随分と違うもののようだが、私が選んだ馬車は馬にしっかりついていけているぞ」


 口元が上がっている。楽しそうでなによりだ。コニーが選んだ馬車は転倒前に棄権できた。一般席からは怒号が飛び交っていたが怪我がなくて良かったと肩の力が抜ける。エーデンが賭けた馬車は一着で駆け抜け、掛け金が20倍になった。——妙な遊びを覚えさせてしまったかもしれない。

 貴族向けの馬車は打って変わって優雅な動きだ。本命の登場にエーデンは先ほどより真剣な顔をしている。コニーは馬車の装飾や馬の毛並みの良さを眺めて楽しんだ。


「このあとは気に入った馬車を近くで見ることができますよ」

「それは是非行かねばなるまい」


 優勝した馬車には人だかりができていた。しかしエーデンは真っ直ぐそちらには行かず、負けた馬車にも一つ一つ話を聞いて、馬車に乗り込んでは熱心に調べている。研究心に火がついたのだろうか。


「エーデン様? 私、先に帰らせていただきますね」


 返事がないのは想定内だ。コニーは気にせず帰る事にした。


☆★☆


 いつものように魔術院でエーデンが書き物をしていると、すっと伸びてきた手が紙の上に置かれ、遮られた。


「噂を知っているか?」


 抗議の目を向ける先には、出資者である王太子殿下が立っていて、面白い話を聞いたという顔でこちらの様子を伺っていた。エーデンはペンを置いてため息をつく。


「ご存知かと思いますが、あいにく噂には疎いので」

「お前が悪女に遊ばれている、という話だ。舞踏会、馬車レースと顔を出しているらしいじゃないか。世捨て人が外に出てきたともっぱらの噂だ」


 殿下はエーデンが置いたペンを取り上げ、行儀悪く回しながら「さあ、話せ」と顎を上げてくる。暇なのか。この方は学生の頃からやたらとエーデンを構ってきた、と昔を思い出す。


「遊ばれているわけでは、ありませんよ。訂正しておいて下さい。研究の一環です。……そういえば馬車レースではいつの間にかいなくなっていたな」

「——ちょっと待て。あれは妹の侍女見習いだぞ? 置いて帰ったのか?」


 信じられないという顔でエーデンを見てくる。


「置いて帰ったのではありません。いなくなっていたのです。侍女も連れていましたし問題ないかと」

「ないわけないだろう? お前、それは遊ばれているかどうかは抜きにして大問題だ。貴族としての自覚が足りぬ。埋め合わせしろ。するまで次の研究費は出さないからな」


 殿下は怒った様子で帰って行った。


「埋め合わせ……」

「次の舞踏会に誘われてはいかがですか?」


 従者がお茶を置きながら助言してくる。面倒だが研究費が出ないのは困る。それに彼女も殿下のように怒っているかもしれない。そう思いながらも研究にかまけて文を送らずしばらく経った頃、コンスタンスが現れた。


「こんにちは。馬車の魔法の具合はいかがですか?」


 先日と変わらぬ温度で話しかけてくる。なんだ、問題なかったじゃないか、と独りごちながらも、エーデンは殿下に言われたとおり埋め合わせを口にすることにした。


「ああ、馬車レースを見て新たな発想が湧いてきた。——こないだは屋敷まで送れず済まなかったな」

「いえ、気にしないでください」

「あー、埋め合わせといってはなんだが次の舞踏会のエスコートをさせてほしい」


 コンスタンスが目をぱちくりとさせる。性急だったか?


「ありがとうございます。私一人では決められませんので持ち帰らせていただきますね」

 そう笑顔で告げて、帰って行った。


★☆★


「——びっくりしたー」


 思いもかけない誘いにコニーは内心動揺して、いつもより早足で王宮へと向かう。帰ったら叔母様に——、いえ、まずは王女殿下に報告しなければ、と考えながら王女の下に戻っていった。


「……と、いうわけでして」

「ふふ、エーデンがねぇ。お兄さまの入れ知恵かしら」


 扇で口元を隠して何か呟いた殿下は、上級侍女を呼び寄せ何事か確認している。その間、コニーは落ち着かない気持ちで待っていた。


「問題ないわ。朝からしっかり準備していきなさい。コニーってば生真面目な研究者をすっかり弄んでいるんじゃないの?」


 男女の話が大好きな殿下はそう言ってコニーを揶揄ってくる。ふるふると首を横に振りながらも、仕事一筋の研究者を外に誘い出してお詫びをされるなんて本当に弄んでいるのかもしれないと、思い至って目を見開く。


「ええ。私は悪女なのかもしれません」


 真面目な顔で答えると、殿下は更に扇で顔を隠し肩を震わせ、隣にいた侍女は咳き払いをして何かを誤魔化した。


「エーデンは人付き合いをあまりしないから。悪女頑張ってね」

「はい!」



 エーデンに舞踏会に誘われたことを叔母さまに伝えると、いつもにも増して気合いを入れたメイクとドレスを用意された。


「エーデン様は変わり者ですが侯爵家の次男で将来有望です。しっかり捕まえてきなさい。——コニーが王都に残ってくれたら嬉しいわ」


 叔母さまはコニーの髪を指先で撫で、送り出してくれた。

 屋敷まで迎えに来たエーデンは先日の舞踏会の時とは別人の装いで、改めて見るとちゃんとした貴公子だ。


「今日は……先日と布の量が違うようだ」

 しかし中身は変わらず、いつものエーデンであった。


「今日は真っ黒ではありませんね」

 コニーは可笑しくなって似たようなことを言ってみる。エーデンはフッと笑って手を差し出した。


 馬車に乗り込むとエーデンは早速、馬車の仕組みと魔法について語り始めた。地方住みのコニーにも興味深く、うちの馬車の乗り心地も良くならないかと思うものの、内容よりエーデンの止まらない口に感心してしまう。

 

 窓から見える馬車も段々と増えてきて会場に到着する。

「コンスタンス嬢は……ダンスは踊られるのか?」

「あまり得意ではありませんわ」

「それは良かった」


 エーデンは真面目に答えると、軽食のテーブルの方にコニーを連れて行った。ダンスは踊らないでいいらしい。二人は小皿にそれぞれ好きな物をとり、壁際に寄ると、しばし無言で食べ続ける。コニーが可愛らしい一口パイや果物の砂糖漬けを楽しむ一方、エーデンは山盛りの肉を皿に盛っていた。二人が目に入った招待客は一瞬立ち止まり、興味深そうな顔をして通り過ぎて行く。


「エーデン様、お腹、空いています?」

「いや。だが肉はあると食べるな。あなたは凝ったものがお好きなようだ」


 エーデンがコニーの皿をちらりと見て「腹に溜まらぬ」と小さく呟いた。コニーはくすくすと笑う。意外と健啖家のようだ。


「王都の料理は華やかで、目で見て楽しめますから。お肉と一緒にワインもいかがですか?」


 コニーは、父や兄達が豪快に肉と共にワインを流し込むのを思い出して勧めてみた。それにお酒を勧めるなんて悪女らしくて格好いい。


「普段は飲まないのだかな。少し頂こうか」


 ——そうして、酔って陽気な早口研究者になったエーデンを、コニーは外の風に当たらせるため、庭に誘い出すことにしたのだった。

 

 中庭に続くガラス扉を抜けると少し冷たい空気が頬にあたった。背後の扉が閉められて、途端に舞踏会の喧騒が遠ざかる。暗闇を彩る灯が柔らかく庭を照らしていた。

 僅かに聞こえる演奏の音を聞きながらエーデンと歩き出す。灯の下、語り合う男女が距離をあけて座っている。コニーは周囲を見回し、噴水近くの空いているベンチへと向かった。

 エーデンが手をかざし、さっとベンチの汚れを落とす。少し酔いが覚めてきたのだろうか。ぼんやりと噴水を見ている。噴水の水音を聞きながら、コニーは先日の舞踏会を思い出していた。


「噴水を見ると先日の炎の余興をなぜか思い出しますわ」

「ああ、噴水をイメージしたからな。伝わっていたか」


 エーデンが嬉しそうに笑う。笑うと少し幼く見えて、コニーと年齢が近くなったような親近感が湧いてきた。


「この水飛沫のように色付きの炎が高く跳ねてたのですね。面白いですねぇ。……そうだわ。今度、湖に行かれませんか? 自然の中でも色々な発見があると思いますよ。私、地方の領地なので自然が好きなのです。お気に入りの場所を紹介しますわ」

「ふむ、湖か。それは楽しみだ」



そういうわけで、ある晴れた日、二人は王都近くの小さな森にある湖を訪れていた。元気に馬車を飛び降りたコニーとは対照的に、エーデンは太陽の眩しさにクラリとしたのか、馬車の扉に手をついて一瞬立ち止まってから歩き出した。


「どうですか! 空気が気持ちいいですよね!」


 コニーは上機嫌に振り返って、弱っているエーデンに気づいて目を丸くした。


「少し釣りでもしてゆっくりしてからボートに乗りましょうか」

「釣り?」

「魚を釣って昼食に焼いてもらいましょう。どちらが多く釣れるか競争です。魔法は使わないで下さいね?」


 釣り竿をしげしげと眺めるエーデンに従者が使い方を教える横で、コニーは湖に餌を撒き、さっそく竿を振って釣り糸を垂らした。


「このような細い糸で魚が釣れるのか。魔法の方が早いだろう?」

「早くても。自分で釣るのが楽しいのですよ」


 エーデンがすっと竿を振る。釣り糸は大きな弧を描いて遠くに飛んでいった。初めてなのに上手だ。


「後は水面や竿先の様子を確認して下さい。反応に合わせて竿を立てれば釣り上げられますよ」

 従者の説明に頷いて、じっとポイントを見極めていたエーデンがふとこちらを振り返る。


「コンスタンス嬢、糸が引いているようだが」

「あっ」


 ピクっという持ち手の震えを感じて、慌てて竿を上げるがパシャンと魚が跳ねて逃げていき、水しぶきがかかる。


「いってしまいましたわ……」

「ふむ。釣り上げるのは中々難しいのだな」


 その後はもうエーデンらしい研究心で突き詰めて釣りを続けた。エーデンが3匹目を釣り上げた時点で「このままだとボートに乗る時間がなくなるわ」とコニーが降参して食事にすることとなった。



 食後、ボートの前で2人は思案していた。ボートは2人乗りだが、当然ながらコニーもエーデンも漕いだ経験はない。


「どうしましょう。ここまで来て乗らないで帰るのは残念ですよね。エーデン様、従者と乗られますか?」


 それは流石に違うだろうとコニーも思ったが一応尋ねてみる。


「今度は魔法を使っても良いか?」

「魔法?」


 エーデンはボートに乗り込むと、手をかざし魔法陣を刻印した。それからコニーに無言で手を差し出す。

 コニーは何が始まるのかしらと期待を込めてエーデンの手を取った。

 コニーが座るとボートが滑るように動き出した。腕組みしたエーデンが時折指を動かして方向を調整する。


「エーデン様! 凄いです。全然揺れませんのね」

「そうか? ——少しスピードを上げるか」


 目を輝かせて喜ぶコニーに気を良くしたのか、エーデンが何かした。


「風が気持ちいいですねー」


 空を仰ぎ息を吸う。心地よい風が通り抜けた。正面を見るとエーデンがこちらを見ていて、僅かに口元があがっていた。



「昨日は楽しかったなぁ」


 王女殿下の茶器を準備しながらコニーはエーデンと行った湖を思い出していた。馬車で出かけて、釣りをしてボートに乗って……。エーデン様も楽しそうだったし、次はどこに誘おうかしら。


「機嫌が良さそうね? 昨日のデートは成功したのかしら?」

「——っ、デートではございません」

「ふうん?」


 王女殿下が目を細めて「無自覚ね」と他の侍女と顔を合わせる。


「これはエーデン様を外に連れ出す活動ですわ」



 そんなふうに殿下に主張していたのに、今度はエーデンの方からコニーを誘ってきた。先日の馬車レースとボートがアイデアとなって、揺れない馬車の魔法陣が完成したらしい。叔母さまが先日よりさらに張り切っていたが、そういうのではないとコニーは思う。


「あなたに一番に見せたくてな。少し遠出をしよう」

「ありがとうございます」


 殿下や叔母さまの言葉を思い出してコニーは目を泳がせる。乗り心地の良い馬車は静かで座面の手触りも心地よい。王都が遠ざかる。いつものように早口で喋らず、じっと見つめるエーデンの視線に耐えられなくなったコニーは、口を開いた。


「私が最初に乗ってしまって良かったのですか」

「ああ。あなたの意見が聞きたい。あなたを通してみる世界は興味深い」


 率直な物言いにコニーは知らず頬が赤くなるのを感じて俯いた。エーデンを連れ出すのはコニーの役目のはずだったのに、何だか立場が逆転したようだ。


「静かでとても乗り心地がいいと思いますわ。——エーデン様は研究一筋と伺っていましたが、そのように言われると誤解してしまいます」


「誤解? 魅力的な女性に興味がないとは言っていないが? それとも……噂通り遊びだったというのか?」


 エーデンは組んでいた腕をほどくと、コニーの座っている側に手をつき、片眉を上げてきた。目が笑っている。いつの間にかエーデンは魔術院に籠もっている研究者ではなく、コニーの隣に立つ男性になっていたようだ。世捨て人は堕落してしまったのだ。


「違いますっ。もう次の行き先だって考えてあるんですから! 市場の叩き売り、どうですか? 魅力的でしょう?」


「それは魅力的だ」


 エーデンが嬉しそうにくつくつ笑った。


 

 

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