十年目のすれ違い 〜言えなかった本音〜前編
孝明には──
十年以上寄り添ってきた恋人がいた。
出会ったのは二十歳の頃。
彼女は大学生で、孝明は小さな劇団に所属する“売れない役者”。
演劇部の友人を観に来ただけの彼女は、たまたま孝明を見つけ──
その一瞬で、世界が変わった。
明るくて、真っ直ぐで、
「将来は世界中を飛び回って、著名人の通訳になるの」
と夢を語るその瞳は、まるで星のように輝いていた。
自然と二人は惹かれ合い、恋に落ちた。
そして彼女は、売れない孝明を支え続けた。
演技を褒め、差し入れを持ってきて、受付を手伝い、
「孝明は絶対売れるよ。信じてるから」
と笑ってくれた。
いつしか孝明は、彼女の一人暮らしの部屋へ転がり込み、
同棲生活が始まった。
年月が経つ。
彼女は学生から社会人になり、就活を勝ち抜き、有名企業へ。
そして仕事ができる女性へ成長し、収入も地位も上がっていく。
それは本来、喜ぶべきことだった。
──最初のうちは、心から誇らしかった。
けれど徐々に、孝明の胸に影が生まれ始める。
自分だけが取り残されているような、
彼女に釣り合わなくなっていくような、
そんな小さな不安が、じわりと沁みていった。
それでも彼女は変わらない。
孝明を励まし、信じ、味方で居続けてくれた。
そんな生活が十年目にさしかかった頃──
ある日、彼女の職場の同期だというサラリーマンに、道で声を掛けられた。
「君さ……恥ずかしくないの?」
開口一番、冷たい声だった。
孝明が驚く暇もなく、男は続けた。
「彼女、本社勤務の話が来てるんだよ」
本社勤務。
外資系企業で働く彼女なら、誰よりも欲しかった“夢の舞台”だ。
なのに──
孝明は何も聞いていなかった。
「……え?」
呆然とする孝明に、同期は薄ら笑いを浮かべる。
「なるほど。やっぱり聞いてないんだな」
その笑みは、侮蔑そのものだった。
「言えるわけないだろ。
“彼女に寄生してる男”に
『本社に行くから別れてくれ』なんてさ。
優しい彼女が、そんな残酷なことを言えるわけがない」
その言葉は静かに──
けれど鋭く、残酷に、
孝明の胸へ突き刺さった。




