最期に叶った、ひとつの願い
月日は流れ──
孝明は自作・自演した作品が大ブレイクし、
いつしか“名優”として多くの人に知られるようになっていた。
しかし彼は、どんなに人気が出てもスキャンダル一つ起こさず、
生涯を独身のまま過ごした。
***
その日、陽だまりは穏やかで温かかった。
手にしていた脚本『想いのかけら』を閉じ、
孝明はゆっくりと顔を上げて微笑む。
「やぁ……やっと来てくれたね」
柔らかな日差しを浴びながら、玄関に向けてそう呼びかけた。
「大分待ったよ。片桐さん、繭花さん」
姿の変わらない二人がそこに立っている。
孝明は、長く会えなかった友人に会うように穏やかに笑った。
片桐は小さく微笑む。
「お久しぶりです、孝明さん。
──死ぬ前に叶えたい、あなたの願いは何ですか?」
孝明は、シワの深く刻まれた手で脚本を片桐に渡す。
「わかってるだろ。あなたなら」
片桐はふっと笑う。
「あなたのように、私たちに会うことが“最後の願い”だなんて言う人間は初めてですよ」
孝明は声を上げて笑った。
「俺が有名になれたのも、この脚本のお陰だからね。
どうしても最後に……お礼が言いたかった」
片桐は首を振る。
「私たちは死神ですよ。
あなたの“本当の願い”は、わかっています」
そう言って、片桐は孝明に手を差し伸べた。
八十を超えた孝明の手が、その若々しい手に重ねられる──
次の瞬間、孝明の身体は若い頃の姿へと戻っていた。
「これは……」
驚く彼に、片桐は優しく言う。
「さぁ。あなたの願いが叶いますよ」
心臓が激しく脈打つ。
ずっと閉ざされていた扉が開く音がした。
***
その日、病院で見たのは──
包帯に覆われ、変わり果てた“最期の彼女の姿”だった。
今、ゆっくりと自分の前に現れたのは──
あの日のままの、懐かしく美しい沙紀。
「長らく待たせてごめんね」
震える手で、孝明は彼女に手を差し出した。
沙紀は涙でぐしゃぐしゃになりながら、
「馬鹿だよ……孝明は……」
そう呟き、五十年ぶりに二人は抱き合った。
「さぁ、行きましょうか。
私たちの、長い旅路に」
片桐の言葉に、二人は静かに頷く。
二人は手を取り合い、そっと振り返った。
椅子に座り、まるで眠るように穏やかな顔をした
“自分の亡骸”を見つめながら──
「お疲れさま。
……人間だった俺」
孝明は小さく呟いた。
そして沙紀へ視線を向ける。
「行こうか」
「うん」
二人は歩き出す。
死神となった新しい身体で。
同じ時間を取り戻すように。
脚本『想いのかけら』──
その冒頭はこう始まる。
―――
「この出会いは、新たなる伝説の始まりである」
―――
新しく生まれた死神ふたりと、
片桐と繭花の物語は──
まだ始まったばかり。
[完]
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
孝明と沙紀の物語はここで幕を下ろしますが、
彼らと深く関わった片桐と繭花にも、
実はこの作品とは別に──
“もうひとつの物語”が存在します。
彼らの過去に何があったのか。
なぜ死神となったのか。
そして、二人がどこへ向かうのか──。
いつかその物語も、きちんと形にして皆さまへお届けできたら嬉しいです。
遅い時間まで読んでくださって、本当にありがとうございました。




