想いのかけら
孝明が “あの日” を思い返していると、片桐が冷たく吐き捨てた。
「くだらないですね。恋愛ごときで荒れるなど……」
「え?」
ななこが驚き、目を丸くする。
片桐は表情ひとつ変えず続けた。
「自分の人生は自分のもの。
他人の一言で揺らぐなど、理解に苦しみます」
嘲るような色さえ浮かぶ視線。
孝明は堪えきれず怒鳴った。
「そんな言い方あるかよ!
あんた達には、人を思いやる気持ちがないのか!?」
しかし片桐は淡々と返す。
「不要なものは必要ありません」
「必要……ない?」
ななこが震えた声でつぶやく。
「ええ。他人のことで泣いたり悲しんだり……くだらない」
あまりにも冷たい断言。
ななこは戸惑い、ずっと黙ってお茶を飲んでいる繭花へ視線を向ける。
「じゃあ……繭花さんもそうなの?」
片桐は片眉をわずかに上げた。
「繭花様は“別”です」
「別……?」
「感情を──持ち合わせておりません」
ななこは息を呑む。
「感情……持ってないって……?」
「はい。
微笑むことや悲しそうに振る舞うことはできますが、
心から泣いたり喜んだりは、なさらない」
孝明は繭花の整った横顔を見つめ、ぽつり。
「……まるで、人形かロボットだな」
「その通りです。
出会った頃の繭花様は、本当に“無”でしたから」
片桐はまるで天気の話をするように言った。
(お前も大差ねぇだろ……)
孝明は喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
「へぇ……これでも“良くなった”ほうってわけか」
珍しそうな目で繭花を見つめると、片桐は静かに説明した。
「想いが強い人間が亡くなると、その想いは“結晶”となります。
繭花様は、それを取り入れることで感情を得るのです」
ななこは不安そうに問いかける。
「でも……それって繭花さん自身の感情じゃないよね?
それで……いいの?」
「掟ですので」
淡々と切り捨てる片桐。
ななこがさらに食い下がろうとした瞬間、
片桐は孝明へ視線を向けた。
孝明も、それに呼ばれるように呟く。
「で──その“想いが強い人間”ってのが……俺なのか?」
皮肉っぽい声。
しかし震えが隠しきれない。
片桐は微笑むだけで、肯定も否定もしなかった。
「……俺以外、ありえないよな」
自嘲するように呟いたその声は、少しだけかすれていた。
ななこが目を丸くして訊く。
「え……? あんたにも、そんな“想い”があるの?」
孝明は視線を落とし、苦しそうに口を閉ざす。
「俺は……」
──簡単に語れる話じゃない。
胸の奥で、また“あの日の涙”が揺れた。




