プロローグ②
僕は口を袖で覆いながらゆっくりとドアを閉めた。
教室を見渡すと机と椅子が散乱しており、血が垂れた跡が教室の入口から奥のほうに続いていた。血の跡を目で追っていくと倒れている机の先に女子生徒が横たわっているのが見える。
紺色のはずの制服が赤色に見えたのは見間違いではない。
「・・うそだろ・・」
明らかな異常事態に頭が混乱する。
どうすればいい?止血か?でもやり方なんてしらないし。
そうだ。とにかく彼女の容態を確認しなければ。
僕は持っていた小テストを床に置き教室の奥へと進んでいった。
普通なら引き返して先生を呼びに行くところだが、なぜだか倒れている女子生徒の事が気になってしかたが無かった。
僕は吸い寄せられるように女子生徒の下へ歩いていった。
途中散乱している机を乗り越えたり動かしたりして女子生徒を目指す。
近づくにつれ強くなる匂い。床に溜まった血は女子生徒がすでにこの世にいないことを物語っていた。
眼前の光景に思わず息を吞む。
首にはロープが巻き付けられており、背中には複数の刺し傷とともに大量の血がべったりとくっついていた。
今なお、傷口から血が流れでている。
素人の僕でもわかる。これでは生きているはずがない。
ふと顔を見てみるとまるですやすやと眠っているように穏やかだった。口からは血が流れていてまだ固まっていない。
そういえばこの顔どこかで見たような。
「この人はたしか」
僕は入学式の日を思いかえす。
その日は晴天で敷地内に唯一植えられた桜の木が綺麗だったことを覚えている。
入学式が始まり校長の激励の言葉を聞いた後に、在校生代表として祝辞を読んでいた人。
そう。あの時壇上に立っていた人だ。
肩書は生徒会長だったな・・・名前はたしか・・・
「神崎 栞?」
僕は自信なさげに小さく呟いた。この前まで生きていたはずの人物が僕の足元で冷たくなっている。
まさか生徒会長が殺されるなんて。
もう一度顔をよく見てみる。
白い肌に小さな鼻。高校生とは思えないほど端正な顔立ちをしている。そういえばクラスでも話題になっていたな。
せっかくの美人がもったいない。僕は口から流れる血を右手の人差し指で拭き取った。
拭き取った血はまだ温かくて輝いて見えた。
あれ?この匂いは。突然めまいがして意識が飛ぶ。
「痛っ!」
突然の頭痛に頭を抱える。今まで感じたことのない痛みに思わずその場にしゃがみこんだ。
しばらくしてようやく頭の痛みもなくなったころ、手で拭き取ったはずの血が右手の人差し指から綺麗に消えていた。
頭を抱えたときに髪の毛にでもついてたのだろう。
しかしさっきよりも体調がいいような気がする。
なんだったのだろうか。
下を向くと、生徒会長の顔は最初に見たときよりも微笑んでいるようだった。
あんまりまじまじと見るのも悪いと思ったので、女子生徒から視線を切った。
「ふう。・・いたたた」
屈んでいたので腰がいたくなってきた。僕は両手を腰にあて大きく伸びをする。
僕は深く息を吐きだした後、もう一度真下の女子高生を見た。
ただ寝ているだけのように見えるが、やはり息を吐く様子はない。
やはり死んでいる。
今更ながら事の重大さに気づいて背筋が寒くなる。
まさか学校内で殺人が起きるなんて夢にも思わなかった。ましてや高校に入学してまだ一週間だというのに。
僕は意味もなくうろうろしながら心を落ち着かせた。
そうだ。そんなことより早く先生に伝えにいかないと。
僕は手と口についていた血を拭き取って、教室の入口に向かって歩き始めた。
まだ現実味が湧かない。
明日から学校はしばらく休みになるのだろうか。
いや明日は一日中警察の人とお話することになるだろう。
これから楽しい学校生活が待っているはずだったのに。
僕はいつもより俯きながら入ってきたのと同じドアに手をかける。
そのままスライドさせようとしたが、ドアは動かなかった。もう一度試してみたがまったく動かない。
「鍵がかかってる」
渾身の力を込めてみたが、がたがた音をたてるだけで動く気配がなかった。
そうだ。鍵を開けないと。パニックになって単純なことを見落としていた。
僕はドアについているつまみを上に上げて鍵を開けた。
もう一度ドアをスライドさせるもドアは動かなかった。
まさか閉じ込められた?
顔から血の気が引いていくのが分かった。悪い予感が頭をよぎる。
「・・ドン!」
突然のドアからの衝撃に驚きと恐怖で身体をびくつかせる。
衝撃は教室の外側からではなく内側からだった。つまり僕の背後から。
冷や汗が止まらない。何者かが自分の背後に立っていることに気づいた。
真横を見ると、赤い制服から伸びた血まみれの手がドアを押さえていた。
「はあ・・はあ・・」
うまく息ができない。
まさか犯人がまだ教室の中にいたなんて。なぜすぐに先生を呼びにいかなかったんだ僕は。
後悔の念に駆られながら無意識の内に右手で心臓を抑えていた。
震える身体を抑えながらゆっくりと振り返った。
女子生徒がいた。
血まみれの制服。首のロープ。長い黒髪。
制服からは赤い血がぽたぽたと垂れ続けていた。
黒髪の隙間から少しだけ顔が見える。
ああ・まさか・そんな・・
そこには先ほどまで死んでいたはずの女子生徒が僕を見下ろしていた。
驚愕と恐怖で心臓が張り裂けそうなほど高鳴っている。
パニックになった頭でも逃げないといけないことは分かった。
僕は必死に足を動かそうとするが身体が言うことを聞かない。
僕は目を離したら殺されると思い、女子生徒を見続けていると小声で何かを喋っているのが分かった。
「・・・・けて・・たすけて・・」
消え入りそうな声で助けを求めていた。
僕は目を見開き。ただ目の前の女子生徒を見つめていた。
彼女が僕に向かって続けてささやく。
「・・たすけて・・」
なぜまだ動けるのか理解ができない。さっきは息をしていなかったのに。
「・・・たすけて・・この部活を・・たすけて・・」
「・・・ん?」
思いもよらない単語に困惑する。
ん?聞き間違いか?部活?
なぜ部活動の話が?
恐怖と困惑の表情を浮かべていると、女子生徒はおもむろにポケットから白い紙を取り出し、僕に渡してきた。
本当に意味が分からない。僕は血でところどころ赤く染まった白い紙を顔の前に近づけた。
そこにはこう書いてあった。
「
新入生入部テスト
君のような名探偵を待っていた!
さあ、私の死の真相を解き明かせ!
」
僕は閉まらない口を大きく開けたまま彼女に視線を移した。
彼女はどこからか取り出した立て看板を掲げ、飛び切りの笑顔でこう言った。
「さあ!君に私の死の真相が解けるかな?」
彼女は決まったといわんばかりに胸を張り上げている。
木で出来た立て看板には大きく新入生大募集と書いてあった。
僕はその立て看板を奪い取り、目の前で踏みつぶした。




