プロローグ①
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人生が変わる瞬間というのは総じて当人は自覚していないものだ。その瞬間がいつなのか、いつだったのかは死の後にしか分からないだろう。
だが僕には確信があった。それが今だと。
夜の誰もいない教室で見目麗しい女子生徒と二人きり。僕には確信があった。目の前の美しい女性が人間ではないという確信が。
「あなたは何者。いや、あなたは何なんですか?」
彼女は動揺など微塵もせずに不適に笑う。
「私が何者か。それは君が知っているはずなのだけれど・・」
まっすぐに見つめられた瞳が赤く輝いていた。
「私の正体は吸血鬼だ。先ほども言ったが、君は知っているはずだ。なぜなら・・」
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放課後になり皆が部活や自宅に向かう中、僕は部活に行くでもなく自宅に帰るでもなく一歩一歩階段を上っていた。
時刻は夕暮れ時。
照りつける西日によって目に映るものがオレンジ色に染め上げられ、外からは運動部の掛け声がかすかに聞こえていた。
つい先日までは寒さに身体を震わせていたというのに窓からの暖かい風に春の訪れを感じる。
僕が向かっているのは第二校舎の四階の奥から二番目の教室で、空き教室となっている。少子化の影響で現在は使われていないという。
「それにしてもなぜ岸先生はわざわざ使われていない空き教室を指定したんだろうか?」
ようやく目的地の四階にたどりついたところで両手に持っているクラス総勢三十一人分の小テストを見つめながら思っていた疑問を口にした。
そのまま今日あった出来事を振り返る。
高校に入学して一週間。
はじめはお互いに緊張していて活気の無かったクラスも徐々に打ち解けはじめ、仲の良いグループが出来始めていた。
そして本日。三時間目の物理の授業が終わった後に岸先生がこんなことを言い出した。
「佐藤。放課後にこの小テストを第二校舎四階の奥から二番目の教室に持ってきてくれ」
はいと返事する間もなく、岸先生は小テストを教卓に置くと教室からさっさと出て行ってしまった。
「第二校舎四階の奥から二番目の教室ってどこだよ」
僕は苛立ちから思わず悪態をつく。
廊下の窓から聞こえる掛け声につられて横を見ると、野球部、サッカー部、テニス部が各々青春の汗を流しているのが見えた。
「そうだ。忘れてた。」
そういえば部活動の入部届の締め切りが近づいているのだった。
わが校ではどこかの部活に所属することが義務づけられていて、多種多様な部活動がある。珍しいもので言うと、ダム部・舞妓部・うどん部などだ。
部活を何にしようか考えていると目的地である空き教室まで辿りついた。
「ここだよな?」
明らかに通常の教室とは異なる雰囲気に一瞬立ち止まる。
教室の廊下側の窓には黒いカーテンが引いてありドアについている窓には白い紙が貼られていて廊下から教室の中の様子が見えないようにしてあった。
明らかに様子がおかしい。
少し怖くなったが思い切って教室のドアをスライドさせるが動かない。
「あれ?鍵がかかってる」
てっきり岸先生が先に教室にいるものだと思っていたが、まだ来ていないのだろうか?
もしかしたらすでに教室の中にいて僕に気づいていないだけかもしれない。僕はドアをノックして、少しだけ声を張った。
「佐藤です。小テストを届けにきました。」
しばらく待ったが返事は無く物音一つ立たない。岸先生はまだ来ていないみたいだ。
仕方ないので職員室まで鍵を取りに行こうと、教室を離れようとしたとき、ガタンとドアの鍵が開く音がした。
「あれ?誰もいないと思ったのに」
いるなら返事するなり、足音を立てるなりしてほしい。僕は先生がそのまま出てくるのを待ったが、一向に出てこない。
僕は仕方ないのでゆっくりとドアを開け教室に入った。
「失礼します」
次の瞬間。
鼻をつんざくような強烈な匂いが鼻腔をくすぐった。鉄に生ごみが混じったような匂い。
これはそう。血の匂いだ。




