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死に損ないの婚約者

邪竜と聖女伝説。

エーテリウス王国では有名な伝説である。

その昔、鈍色の邪竜が空を支配した時代があった。真紅の瞳からは絶えず水銀に良く似た、しかし遥かに有毒な金属が流れ落ち、大地を汚す。

毒で汚染された大地では何も育たず、ありとあらゆる命の死骸が瘴気となった。

地獄の様な地上を憂いた天は聖女を遣わしたが、たおやかな腕では力及ばず――瘴気を祓えど空は邪竜に支配されたまま。

しかし、聖女は邪竜と心を交わし、液体金属の涙は痛みと苦しみにより流れているものの、飛び回ることを止めたことにより被害は目に見えて減っていったという。

そして現在に至る。

これが大まかな伝説の内容であるが――、根源となる邪竜の苦しみは一体どのように解決されたのだろうか?


「それこそがファルコール家の祖に隠された、邪竜の血筋」


今や知るものは、王位を継いだ者とファルコール家の家督を継いだ者のみ。

セリノスが語る話はあまりにも実感が湧かなかったが、成る程邪竜の血筋と言うのは真実らしいとルルヴェンは納得しつつあった。


「押しつけたんだ、ファルコール家に。

力が及ばなかった聖女と王家の面子を保つためだけに、邪竜の苦しみ、その根源をファルコールの血に封じたんだ」


医師により丁寧に手当てされた手首を見ながら、ぼんやりと話の続きに耳を傾ける。


「――俺は何も知らなくて」


さて、彼女は自室のベッドで安静にするように寝かされているのだが、いよいよ本題から逸れて懺悔を始めた婚約者そっちのけで眠気と闘っていた。

内容は大体理解したし、ルルヴェンからすれば“だから何だ”で終わる話だ。

処刑しに来た訳でもないなら放っといて欲しいというのが今の心境であるが、口に出すことすら面倒――ついに瞼が閉じようとした頃、ようやくそれに気付いた婚約者が慌てた様子で問いかける。


「大丈夫か?」

「……」


ルルヴェンは何も言わず、首だけを緩く、縦に振った。


「なら……何か言ってくれ。

ずっと黙っているじゃないか」


――ああ、今更だ。

何か言えと、眠りに落ちかけた意識はそれだけをやたらしっかりと拾った。


「今まで、何を言っても聞いてくれなかったじゃないですか」

「……それは」


上体を起こし、セリノスに向き合う。


「聖女様とどうぞお幸せに。

わたしを殺してまで一緒になりたかったなら」

「違う!!聖女とは――」

「さっさと帰ったらどうなんだ」


ふつ、ふつ。緩やかに沸き上がる感情は、擦り切れた“未来の王太子妃”の皮を焼いて行く。

ルルヴェンは本来淑女とは程遠い存在であり、興味があることは魔術と魔鉱石収集、それから錬金術。極めつけはファルコール家の先々代当主、つまり祖父にあたる人物が相当な武人であったことも相まって彼女は文字通り文武両道を極めていたのである。


「全く……父上と母上、領民が生きている可能性を考えなかったわけじゃない。だから大人しく死んでやろうと、そう思ったのに」

「ルーヴェ……?」

「そっちの愛称で呼ばないで下さいよ、馴れ馴れしいな。ルルでさえ鳥肌ものなのに。っていうかいつまで居座るつもり?」

「い、いや、しかし話さねばならないこともあるだろう。

君が先程言った、ファルコール夫妻と領民の行方だとか」

「すぐ見つかるでしょ」

「嘘だろ」


君、そんなだったか……?

絶句するセリノスへ彼女は嘲笑を向けると、追い打ちをかけるように一言放った。


「邪竜なんで」


どろりと紅い瞳を細めて、うっすらと牙をちらつかせて――その姿はまるで“ほら、お前達とは違うだろう?”と突き放していように見えた。


「――っ」


諦めたような婚約者(ルルヴェン)に突き動かされたセリノスの取った行動は、あわや大惨事に発展しかねないものであった。

――重なった唇。

突き動かされたとて決して勢い任せではない事が察せられる、頬に触れた手。


「……殿下」

「あ……いや、これは」

「はは、宣戦布告ですか」


良いだろう。

――祖父そっくりの笑みを浮かべ、嘲笑の色さえ失せた目で見据えてくる婚約者に、セリノスは力いっぱい叫んだ。


「違う!!」



シリアスに振り切ろうと思ったんですが、やっぱり適度にアップダウン付けたくなり……。

ブクマありがとうございます(泣)

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