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断罪された邪竜令嬢は死に損なう

見た目のせいで大分苦労したと思う。

釣り上がった切れ長の、邪竜のそれと言われた真っ赤な瞳。加えて光に透けるとまるで竜の鱗の様な、ぬるりとした艶を帯びた鈍色の長い髪。


『睨んでる』

――目が悪いから。


『お高く留まって、見下してる』

――話すのが苦手なんだ。


『腕を引っ張られた』

――その先は危ないから。


『色目を使って、いやらしい』

――人より成長がちょっと早かったんだ。


『邪竜の癖に、王太子妃候補だなんて』

――なりたくなかったよ、別に。


弁解しても誰も耳を貸してはくれなかった。両親は、気付いたらいなくなっていた。それから気付いたら、気付いたら――


『お前など、誰が愛すものか』


ああ、十五歳の冬だ。そう、十六歳を目前にしたあの日。


『邪竜を殺せ!!』


断頭台の上だった。

――何を間違えたのだろう。

見た目のせいで、あれこれ言われるから。

何を言っても聞いてやくれなかったから、黙って耐えていたのに。

聖女が、婚約者と懇意になっても。

わたしが何を言っても、誰かが気分を害すから、ただひたすら。

――その結果、処刑されて。


『殺せ!!聖女の為に!!』

『殺せ!!民の為に!!』


そして何故――今生きているのだろう。


「……わたしの部屋だ」


首は――繋がっているな。

処刑の際に邪魔になるから、本来切られるはずの“邪竜の証だから”と残された髪もそのままだ。


「……」


寝台からゆっくりと身体を起こして、足を床に着ければ、ぎぃ、と古ぼけた音を立てる。

果たしてこれが夢か現か確かめるべく、部屋の扉を開けて、同じようにぎぃぎぃと鳴く廊下を歩いて行く。

名ばかりのファルコール公爵邸は、やたらめったら広いのに、今や住んでいるのはわたしだけ。

掃除なんて最低限で良い。

公爵領は自然豊かではあったけれど、両親が消えたあたりから領民なんて見なくなった――人材も財源もないのである。

普段着すら買う余裕はなかったから、とりあえずその辺にぶら下がっていた立派なカーテンを仕立て直した。一人なんだから何を着ても良い。公の場できちんとしてさえいれば凌げるのだから。

カーテンがなくても立派に育った蔦がその代わりを立派に務めるし、緑から淡く漏れる光が時間だって教えてくれた。


「昼頃かな……」


広間の置き時計は随分前から止まっているから正確には分からないが。

懐中時計を使っていたのだが、なにせ捕らえられた際に奪われてしまったのだ。

唯一の宝物だったのだけれど、仕方がない。


「それにしても、あまりにも……いつもの我が家だ」


埃っぽい邸内を歩き回り、気付けばエントランスホールに辿り着いていた。

わたしだけだった世界に、異物の気配が一つ、紛れ込んだ気がしたのだ。

今や手入れなどされていない、ごわついた絨毯の感触を爪先に感じながら、赤いそれが流れ行く階段の先に視線をやる。


「――殿下」


セリノス・エーテリウス第一王子殿下。

白金の髪に青玉の瞳。誰もが憧れる美貌に、鍛え上げられた長身。


「ルルヴェン・ファルコール公爵令嬢」


携えられた無骨な剣は、王家の家宝。

邪竜殺しの刃だ。


「俺は――」


しなだれかかる聖女、処刑しろと声を挙げる群衆を伴いわたしに向けたそれを態々。

つまりはそういうことなのだろう。


「殿下」


――自分が思ったよりも穏やかな声が出たことに驚いた。

そして、階段の上から見下ろした彼は、森で迷ったような子供のような目をしていたことにも。


「大丈夫ですよ」

「ルルヴェ――……」

「ちゃんと、ちゃんとね」


ゆっくりと一段一段下り、ついに白金の美貌が眼前に来る頃に、携えられた刃に手を滑らせる。


「死にますから」


しかし重たい、無骨なそれを引き抜こうとする手は物凄い勢いで引き剥がされた。


「やめろ!」


そして――。


「……折れましたね」

「ルル、ああ……すまない」

「折るなら首になさいませ、殿下」


ああ、利き手が折れてしまった。

どうしようかな、とぼんやりとするわたしは真っ青な顔の殿下に気づくことはなかった。






読んでいただきありがとうございます!

またも見切り発車。不定期にならないようにしたいな……

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