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第5話 レッツゴー神社

 鹿児島県羽伏(はぶし)神社。

 そこが鹿児島中央駅からバスに揺られ、僕たちが向かった先だった。


 なんでもミミさんは「神社に行かない」という僕の話を聞いて、真っ先にここに連れてきたかったんだとか。

 その理由は聞かされていないが、その神社は三百段を超える石段を登り切った先に鎮座しているという。


 三百段。数字を言われてもぱっと実感は湧かなかったが、これはまずい。

 ただでさえ徹夜明けで体力ゲージがミジンコ並だというのに、ところどころ変わる段の高さや奥行き、そしてまだ高い位置にある太陽が容赦なく僕の体力を刈り取っていた。

 どうして僕はあの時、ミミさんの静止を振り切って「登る」と宣言してしまったのだろう。今更ながら後悔が止まらない。


「ねぇ、本当に大丈夫? イツキくん」

「はぁ……はぁ……動け、この足……もう、どうなってもいい……っ」

「そんな満身創痍で登る神社じゃないんだけど……」


 それにしたってミミさんは余裕そうだ。

 その白いスニーカーに羽でも生やしているのだろうか。すいすいと石段を登っていく。


「今日、暑いからさ。イツキくんも疲れてるだろうし、もっと近い神社にしようかとも思ったけど……やっぱここきてよかった。うん」

「ずいぶん嗜虐的な発言だな、人格を疑うよ……はぁ、はぁっ」

「ち、違うよ! ていうか私、一応止めてたからね? イツキくんが登るって言って聞かないからっ」


 そもそも、神社に行くつもりなんてこれっぽっちもなかった。

 それでもミミさんがどうしてもと言うから、その勢いに押されてこうして付き合っている。

 そんな彼女が提案した場所を僕の都合で妥協するのは、なにか違うと思った。

 いや、ただ単に僕の自分ルールが発動しただけなんだろう。


 ミミさんはふと立ち止まり、足元に広がる箱庭のような街を見下ろしてから、一番大きな入道雲を見上げた。


「がんばった人にはね、ご褒美がやってくるべきなんだ」

「ご褒美、ねぇ」

「がんばって一番上まで登ったときの眺め。イツキくんもそれを見たらさ、インスピレーション湧くんじゃないかなって」


 ミミさんはどこからともなく【黒い筆】を取り出し、入道雲と対峙するように筆をかざした。

 満身創痍の僕からその表情は読み取れない。

 だけどちょっとだけ、目が揺らいで見えたのは気のせいだろうか。


「本当にいつでも筆の力を頼っていいんだからね」

「……頼らないっつの」

「イツキくんのとっておきの絵、早く見てみたい」

「言われなくても描くから。当然、スランプを自力で脱出してな」

「うーん、やっぱりガンコ。なんだかすっごく昔気質な職人さんって感じ」

「職人? なんのこっちゃ」

「頭にねじり鉢巻巻いて、腕組んでたら似合うかも」


 ミミさんは石段の上から僕を見下ろし、勝手な想像を膨らませては笑っている。


「イツキくんの絵はさ、職人さんが魂込めて作ったみたい。とっても緻密でこだわりがあって、誰も気付かないような細部まで丁寧に描き込んでる。きっと一枚の絵にたくさんの時間と情熱を注いでるんだよね」


 誰かに頼まれたわけではない。そう教わったわけでもない。

 ただ自分の気が済まないからそうしているだけだ。

 だから褒められるようなものじゃない。それだけは言える。


「絵を描く以外、やることがないから」

「ふふ、またまた。でもイツキくんってちょっと謎いよね。将来どうしたいとか、あるの?」

「考えたことすらないけど……会社員とかは、きっとないな」

「そうなの? 会社で働きながら絵を描き続ける人って多いみたいだけど」


 商業向けの絵が描けるのなら話は別だ。そうでなければ、兼業という選択肢は極めて現実的だろう。

 だけど僕の場合は、それは簡単な話ではない。


「仮に普通に就職したとして。僕が誰かとなにかをする姿が想像できない」


 僕のことだ。与えられた仕事は真面目にこなすだろうし、もしかしたら誰よりも一所懸命にやるぶん、最初のうちは評価されるかもしれない。


 でもきっといつか、人になにかを頼らなきゃならない状況に直面する。

 その時、僕は……周りに迷惑をかけてしまうと思う。


「私はイツキくん、頼れる人になってそうだなって思うけど? ちょっとガンコでもさ、真っ直ぐじゃん。約束も守るし?」

「それがダメなんだよ」

「え」

「よし、今だ!」


 会話の隙を突いて、僕は石段を駆け上がった。

 見えた、頂上。ミミさんが歩く速度を落としてくれたおかげで、僕は彼女を追い越し、先に前へと躍り出たのだった。


「!? こ、この! 待て! 私が先!!」


 だが計算外。ミミさんは石段を一段飛ばしで駆け上がるが、あれは亀の背を追いかけるブチギレ兎だ。


 別に僕たちは「どちらが先に鳥居をくぐるか」なんて勝負をしていたわけじゃない。

 それでも、なんとなく。それがゴールだとお互い無意識に思っていた。


 全力で大鳥居を通り抜け、僕たちはその場にへたり込む。


「はぁ、はぁ……おい……ここ、神社だろ……? 〈神の使い〉が罰当たりすぎんだろ……」

「ぜぇ、ぜぇ……マイナスイオン、うっまぁ……ふふ、あはははっ」

「……ミミさんって本当に神に仕えてんのか……?」


 僕たちは並んで地面に倒れ込み、鹿児島中央の一番高そうな場所で大きく笑った。

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