第40話 祈りを捧げた
それは、本当に長い夢だったように思う。
一人の少女と果てしなく続く旅に出ていた。
その島の周囲、およそ百三十キロ。
森の奥で眠る大きな縄文杉をスケッチし、すぐ迷子になってしまいそうな照葉樹林を駆け抜け、あるいは滝の音を追い、その日の風や匂いを辿りながら、島の隅々まで歩き回った。
あの頃の僕たちにとっては、それが世界のすべてだったように思う。
苔の色が一番不思議なところ。
雨上がりのあと、草木が一番輝くところ。
夕陽に照らされ、海が一番光って見えるところ。
どっちがそんな景色を先に見つけられるか競い合い、新しい景色と出会うたび、こんなものもあったんだねと彼女は少し泣きそうな顔をしていた。
そして、ただ、ただ、ずっと。
僕たちはそこで絵を描き続けた。
たまにはケンカすることだってあった。でも仲直りはいつもすぐだった。
夜は寂しくならないように、身を寄せ合った。
ずっとこんな生活が続いてもいいね。
そんなことを僕も彼女も何度も口にした。
同じくらい「もうしんどいよ」という言葉も口にしたけれど、それはオセロのように何度もひっくり返って、やっぱり最後は「まだここにいたい」に落ち着いたらしい。
それでも、結論だけは最初に決めたことから変わらなかった。
――元の世界に二人で戻る。
その代償は、僕たちが果てしない歳月をかけて積み上げてきたすべて。
再び筆を使えば、きっとまた離れ離れになる。
それでも。
僕たちは絵描きだ。
まだ見ぬ誰かに伝えたいことがあるから、絵を描き続ける。
ならばきっと、それは再び互いのもとに届き、もう一度巡り会えるはずだ。 とはいえ……内心は不安で不安でしょうがなかった。
だからお互いのことを絶対に忘れないように、たくさんのことを彼女と交わした。
せっかく大人になった僕たちだったけれど、また子どもに戻ってしまったように、ぐしゃぐしゃの顔で涙を流し続けていた。
神様、どうか、どうか。
ミミさんと僕を、また会わせてください。
筆を使って現実に戻れば、僕もミミさんも絵はまたヘタクソに戻ってしまう。
それはきっと本当に大変だ。絶望しているかもしれない。
それでも、僕たちは描き続けます。諦めないで絵を描き続けますから。
だから――お互いの絵がまた引き寄せ合って、どうか、もう一度出会えますように。
僕はきっと、この時初めて。
祈りを捧げたんだと思う。




