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第33話 最後に行っとこうぜ

 あれから一週間が経った。今日が高山さんとの約束の日だ。


 昼過ぎにあの家に集まるよう言われ、僕とカナタさんは朝から鹿児島中央駅近くの釣り場で時間を潰し、軽く食事をしてから向かうことにした。


 照りつける太陽の下、アスファルトからは熱気が立ち上る。

 それでもお互い、不思議と暑さを気にする様子はない。

 夏休みの終わり。夏の残り香を、楽しむように。


「山から帰ってきたイツキがさ、なんだか急に大人っぽくなったと思ったんだよ。そうかぁ、やっぱイツキの中身は変わってたんだなぁ。ワタシの勘はやっぱ当たるっつーか」


 カナタさんは、遠くに見える青空に自慢するように言った。


「カナタさん、それもう十回くらい言ってません?」


 あれから僕とカナタさんは毎日顔を合わせていた。

 カナタさんが相変わらず無職なのは心配だが、彼女は僕の〝やれること〟について、真剣に案を模索してくれた。


 そんな日々の中で、まだ聞けずにいたことをようやく尋ねてみる。


「そういえば、結局カナタさんってなんの仕事してたんですか」

「それは今さらすぎるな」

「一応、聞いておきたくて」

「……売れない女優だよ。でも界隈に一人ヤバい奴がいて、そいつぶっ飛ばしたらやりすぎて事務所クビになった」

「どの世界でも同じじゃないですか、カナタさん」

「はぁ。向こうのワタシはキャバ嬢やって、厄介客をぶっ飛ばしてクビになって無職か……変わんねぇんなぁ……」

「クビになったかまでは分かりません。でもきっとクビだと思います」

「やっぱそうかぁぁぁ……」


 一向になにも釣れない釣り場に、僕たちだけのため息が漏れる。

 むしろ釣れない方がいいのでは、なんて思ってしまうほど、カナタさんとこうして話せる時間が大切だった。


 宮崎から帰ってきたすぐあと、カナタさんは教師時代の話をしてくれた。


 どちらの世界でも教師として働き、そこから突然海外へ旅立ち、様々な経験を経て今に至る流れは同じだった。違いは、その後にキャバ嬢になったか、女優になったかだけ。ほとんど同じ人生を歩んでいるようにも思う。


 多くは語られなかったが、教師時代に担任した生徒の話があった。

 その生徒は多才で、周囲をよく笑顔にし、クラスの中心にいて友人にも恵まれていたという。

 日々を楽しく過ごすクラスの光景に、教師のカナタさんは安心していた。


 ――しかし実際は違った。


 誰よりもがんばり屋で、責任感が強い彼は反面、内心では誰よりも深い悩みを抱えていた。

 カナタさんをはじめ、大人も含めた周囲の誰一人として、彼のSOSには気付けなかったらしい。


 結果、それが悲劇へと繋がってしまった。

 それ以上の内容は……踏み込めなかった。カナタさんが本当に辛そうに話していたから。

 そんな過去があったからこそ、カナタさんは僕に手を差し伸べてくれたのかもしれない。


「イツキには色々、余計なことしちゃったかもな」

「そんなことありません。……こんな僕、でしたが」

「なにが『こんな』だ。どいつもこいつも人生知ったかぶりやがって」


 ぺこ、と頭に軽いチョップを入れられてしまった。


「人間、他の奴と違って当然だっつの。開き直って人様に迷惑かけるのはさすがに止めるけど、そうじゃなかったら、あんま無理に変わろうとすんなよ」

「はは、まさかの逆。みんな僕に変われ変われって言うんですけど」

「そうしたらクッソつまんねぇ大人になるぞー?」


 カナタさんは脅すように、悪い大人の笑顔を作ってみせた。


「んじゃ、最後に」


 カナタさんが立ち上がる。

 僕に手を差し伸べる。


「最後にあの店、連れてってくれよ。向こうのワタシがよく行ってたっていう店」


 僕たちは車へ向かい、僕は助手席のドアを開けて乗り込んだ。

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