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第20話 消失、それから

「で、なんでイツキはわざわざ屋久島まで来て女子の絵を描いてたんだよ」


 帰りの船の中、隣に座ったカナタさんがそう訊ねてきた。


「正直、まったく記憶になくて……」

「屋久島っていったら大自然! って感じだけど。あの絵、ずいぶん不思議だったよな」


 僕の描いた絵には、屋久島を象徴するような色が一切使われていなかった。

 ただ中央に描かれていたのは、一人の女性の姿。

 細部まで描き込まれているわけではなかったが、おそらく十代の女子だろう。


 カナタさんのようなキレッキレの美人というよりは、ふわっとした可愛いらしい雰囲気の女子。こんな人、僕の身近にいただろうか。

 なにを思ってこの絵を描いていたのか、ぽっかりと記憶をなくしたように思い出せなかった。


「僕もそう思います」

「ぶはっ、なんだそりゃ。ま、でもイツキが無事でよかった。あの天気の荒れ方はひどかったもんな」


 昨日、僕はカナタさんが予約してくれていた宿に着くなり、疲労困憊でそのまま眠ってしまった。

 宿は広々とした和室で、僕たち以外にもう一人いても快適に過ごせそうな空間だった。

 さすがカナタさん、大人の余裕があるな、なんて。


 でも、やっぱり気になることがある。


「カナタさん、変なこと聞きますけど」

「んあ?」

「どうして僕たち、屋久島に行こうってなったんでしたっけ?」


 カナタさんは少し考え込んだあと、僕の脇腹をぐいっと小突いた。


「おい、じいさんか。イツキが屋久島に行ってみたいって散々言ってたじゃねーか」

「あ、ああ。そうでしたね、すみません」

「勘弁してくれよ。でも知り合ったばっかの少年と旅ってのも、映画みたいで悪くなかったよ。……天気については残念だったけどなぁ」


 カナタさんは悔しそうに屋久島の方を見やった。


 空は厚い雲に覆われていて、これから激しい雷雨に見舞われるらしい。

 だから一日がかりの縄文杉トレッキングの予定はナシだ。またの機会にすることにし、僕たちは予定よりも早く本土へ戻ることにした。


 ペットボトルの水を飲むカナタさんは、なにやら僕の顔をじっと見つめている。


「な、なんですか? カナタさん」

「イツキ、お前……」

「え」

「なんか大人っぽくなった?」


 カナタさんがにまっと笑う。

 なんのこっちゃ。


「突然なに言ってるんですか」

「『男子三日会わざれば刮目して見よ』って言うけど、たった一日でも変わるもんだ。わっはっは、やはり旅だな。少年を変えるのは旅!」


 お酒が入っているわけでもないのに、カナタさんは楽しそうだ。


 僕はもう一度、屋久島の方を振り返る。

 あの真っ黒い雲の下。なにか大切なことを忘れてきてはいないだろうか。

 そう思っても、ボートのエンジン音と波のざわめきがそれをすぐにかき消した。

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