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第11話 二日酔いで寝てるに百万ドン

 帰り途。外はすっかりと夜の帳に包まれていた。

 リンリンと鳴く虫の音が、セミの鳴き声から代わりばんこして僕たちを囲む。


「お、重……カナタさん、全然起きねぇ……」


 僕の肩にもたれかかったカナタさん。

 あれだけ気丈な人だと思っていたのに、早速介抱することになるとは。

 大丈夫? と声をかけるミミさんの表情には、心配よりもどこか楽しげな笑みの方がはっきりと見て取れた。


「なんか不思議な人だよね、カナタさんって」

「不思議っていうかただの酔っ払い……」

「ふふ。でも、ちょっとだけイツキくんに似てない?」


 そう言われ、僕はカナタさんの重さのことを一瞬忘れてしまった。


「冗談だろ。まさか僕が将来、こんな飲んだくれになると?」

「違うよ。そういうことじゃなくて、なにかこう……根っこの部分がぎゅぎゅってしてるっていうか」


 ミミさんはおにぎりを作るような仕草をしている。お腹いっぱいになりそうな大きさのおにぎりだ。


「……具体的には」

「うーん、なんだろ。自分がとっても強いっていうか。あ、悪い意味じゃないよ?」


 それからミミさんは言葉を選んでいるようだった。


「……でもね、イツキくんの場合はちょっと、〝心配〟なんだ」


 酔っ払って意識のなさそうなカナタさんより、ミミさんは僕の方が心配だと言った。

 カナタさんの体重が、また自分を沈ませてくる。


 分かってる。きっと黒服の一件のことだ。

 あの時、かっとなった僕はなにをしようとしていたのか。

 もしカナタさんが現れなかったら、今頃は――そんなことを思うと、ぞっとした。


 自分の悪いところだ。だから周りの人は、口を揃えてこう言う。

 ――イツキは変わらなきゃならない。


「あの時のこと。……私がなにが言いたいか、分かるよね」


 それはミミさんとて同じだ。

 あんな出来事があって、僕に失望したに違いない。

 これからどんなことを言われるか概ね想像がつく。覚悟を決めていた。

 しかし。


「動画、まだ残ってる?」


 ミミさんから出た言葉は、予想外のものだった。


「……ああ……。……って、……へ?」

「動画だよ動画! イツキくん撮ってたじゃん。そりゃあ私たちだって悪かったけどさ! 夜のお店って未成年の勧誘もダメらしいからね?」

「は、はあ。動画は消してないけど……」

「よっし。あーもう、あの人さ、イツキくんの胸ぐら掴んできてひどかったよね。私の上司に報告してちゃんと注意してもらおっと」


 そうぶつぶつと呟きながら、ミミさんは動画を僕のスマホから転送していた。

 ミミさんってやっぱりそういうところあるよな、と。

 確かに黒服のおじさんは乱暴だったかもしれないが、僕にも非があったのは間違いない。


「……でもさ、僕だってあの時は悪くて……」

「イツキくん、そんなことよりこれ」


 スマホの画面を僕に向けたミミさん。

 動画の一時停止画面。そこには黒服のおじさんの顔がどアップになった瞬間が映っていた。

 おそらく撮影中に誤って望遠ボタンを押してしまったのだろうが……。


「た、たまたま停止したら……き、奇跡の一枚……ふふ……ふひ、ふひひっ」

「だ、だめだろ、そういうので笑うなよ。い、いや、でも、あれに似てる、なんだっけ、あのキャラクター……」

「分かる分かる。あー、出かかってるけど名前思い出せないっ。ヤバい!」


 そうしてミミさんと僕はついに名前を思い出し、堰を切ったように大笑いしてしまった。

 それから笑い声が落ち着いても、ミミさんはずっとにへっと笑っていた。


「だから、ね。ちょっと怖かったけど、もう大丈夫だよ?」

「……そっか」

「次は私がイツキくんのこと、ちゃんと見ててあげます」


 その言葉に、ほんの少しだけ身体が熱を帯びて。


「だからイツキくんも私のこと、ちゃんと見ててね」


 そんな約束を一方的に交わされ、彼女は先を歩き出した。

 そうこうしているうちに、いつの間にか僕たちはカナタさんのマンションの前に到着。なかなかに立派でお高そうなところだ。


「ふぅ、やっと着いた」

「おつかれさまっ。イツキタクシー、よくがんばりました!」

「いや、ホントそれな。この辺りタクシーなかなか捕まらないからなぁ」


 果てしなく長い道のりに感じたが、それでもゆっくり歩いたことで、ミミさんと話せたことがあったかもしれない。

 そして僕たちにはもう一つ、けりをつけなければならないことがあった。

 逃げ出した八咫烏の件だ。


「さて。最後の子、ポーちゃんの行方だけど……」


 屋久島。ここから海を渡った先にある場所。

 まさかそんな遠くまで飛んでいってしまったとは。


「やばいよな。こっからフェリーで二、三時間くらい?」

「うん。でも今日はもう便がないから、明日朝イチの船に乗ろうと思ってて。で、えっと……」

「別にいいよ、今週はそんなバイトのシフトないし」


 夜の街まで付き合ったなら、もうどこまでも、だ。

 ここまで引きずり回されておいて、あとはよろしくなんてもう選択肢にない。


 それに、屋久島には前から興味があった。鹿児島県民ならば一度は訪れるべき場所だと思っていたし、あれだけの自然に出会えば――ほんのわずかでも、自分が絵を描けるようになるきっかけになるかもしれない。そんな期待があったから。


 とはいえ運賃は……スマホでさっと往復料金を調べてみると、予想以上だ。

 まいったな。バイト代で出せなくもないが、しばらくはもやしパスタで乗り切るか。


「ご、ごめんね。お金はもちろん私が出すから。申請すればちゃんと戻ってくるし」


 ならば甘えてしまってもいいのだろうか。となれば、残る問題は一つ。


「あんな広いところ、日帰りで探せるか? もしどっかに泊まるなら未成年だけでいいのかって問題が……」


 すると、僕の肩にもたれかかっていたカナタさんがぴくりと動いた。


「いいねぇ屋久島! 夏休み! さいこぉ!」

「うわ! びっくりした!」


 酔っ払いの彼女が、急に元気よく声を上げたのだ。


「明日、朝イチねぇ? 青春だねぇ。どーせワタシはお仕事クビですよぉ。ヒマですよぉ。どこでも行っちゃいますよぉ」

「結構ヒドい大人だな……」

「あ、でもカナタさんが一緒に来てくれるなら助かるんだけど」

「来るわけないだろ。大人の約束なんて当てにするな。特に酔っぱらいの言うことなんてなおさらだ」

「偏見だなぁ。じゃあカナタさんが本当に来てくれたら私の勝ちね?」

「絶対二日酔いで寝てるに百万ドン」

「おやおや? 勝負に出たね。ふふ、明日が楽しみだ。震えて眠れ」

「はいはい」


 そうして僕たちはその場で解散し、それぞれ明日に備えることにした。


 屋久島で山道を歩くのなら、それなりの登山装備が必要だろう。

 だから僕はすぐにアパートに戻らず、一度実家へ立ち寄ることにした。

 確か倉庫に、両親がもう使わなくなった装備がいくつか残っていたはずだ。



 ――しかし後になって、この選択がなければと。


 心の底から後悔することになるとは思わなかった。

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