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第7話 指導、始動

「やれやれ、青春っていいねぇ」


 ふらっと現れたのは、所長・滝沢美帆。

 缶ジュース片手に、のほほんと笑いながら近づいてきた。

 今朝のド派手なスーツは既に脱いでおり、ラフなシャツとワイドパンツに着替えていた。

 巻かれた髪だけが、参観日ハリキリお母さんモードの面影を残している。


「若者がこんなに頭下げてるんだから、付き合ってあげなよ」


 彼女は俺の隣にぬるっと近づくと、ベンチに腰を下ろす。

 缶を開けて、一口飲んだ。


「テキトーなことを……所長は娘さんにいい顔したいだけですよね」


 思わず突っかかると、彼女は「えぇ~? なにそれひど~い」と笑いながら流す。


「ま、そういう気持ちがゼロとは言わないけどさ。

 香奈ちゃん、可愛いじゃん。応援したくなるんだよね~」


 軽い口調。

 だが、その目がふと鋭くなる。


「でもね、違うの。今回はちゃんと意味がある」


「意味?」


「うん。今朝も言ったけど、これまでどんなに論文出しても全然伸びなかった《《クラファン》》が――」


 そう言って彼女はスマホを取り出し、画面を見せつける。

 クラウドファンディングのページ。

 数字が、跳ね上がっていた。


「今の時点で、目標の三倍突破。《《一千五百万》》超えてるよ。すごくない?」


「……マジ?」


「大マジ。だから言ってるの。今や風間零士は世間の注目の的。

 この追い風を利用しない手はないってこと」


 そう言ってから缶を置いて、少しトーンを落とす。


「それともう一つ。お金とか名声とかじゃなくて、君の話」


 ずびし、と所長はこちらを指さす。


「君の思い描く誰も死なない戦場(りそう)

 それ、今ここで一歩踏み出せば……ちょっとだけ近づくんじゃない?」


 ぐっと言葉に詰まる。

 言い返そうとして、うまく言葉が出てこなかった。

 この人はおちゃらけているように見えて、その実かなり切れる。

 口論になって言い勝った試しがない。


「それに――」


 所長の声が、少しだけ柔らかくなる。


「君もさ、目を背けてばっかじゃダメなんじゃないの?」


 ぐらりと、心が揺れた。

 香奈の言葉よりも、安藤の言葉よりも。

 今のその一言が一番、胸に突き刺さった。


「……わかったよ。いいだろう。だが、条件付きだ」


「――っ!」


 香奈が顔を上げた。

 所長も「おっ」と笑みを浮かべる。


「条件は二つ。一つ目、これが最後だ。カメラを握るのは今回限り。

 以降の依頼、オファー、営業メール、全部断る。いいな?」


「う、うんっ!」


 香奈が力強く頷く。

 俺は指を二本立てて、もう一つの条件を告げる。


「そして二つ目。予告した配信日まで、今日を含めて残り七日。

 お前たちは俺の指導下で、徹底的に訓練を受けてもらう。

 戦い方、立ち回り、連携、すべて基礎から叩き込む」


「え、訓練……って、零士くんが?」


 香奈がぽかんと目を丸くする。


「ああ、俺が見る」


「えーっ!? 零士くん、戦えるの!?

 言われてみれば、ちょっとガッチリしてる……かも?」


 香奈は眉をひそめながら、俺の体の上から下まで何度も視線を往復させる。


「……昔、ちょっとな」


「またそれー!」


 香奈が笑いながら肩をすくめる。

 所長が嬉しそうに腕を組んで、コーヒーを飲みながら眺めている。

 俺は立ち上がって言う。


「そうと決まれば、さっそく動くぞ。パーティーメンバーは?」


「え? あっ……みんな大学の授業かも」


「ならすぐ連絡しろ。必修以外の授業はサボって、集まれるやつは必ず来させろ」


「え、ええええ……!」


 香奈が慌ててスマホを取り出して、たぷたぷ連絡を始める。

 俺はその横で、所長に向き直った。


「所長。俺、有給かなり溜まってますよね」


「う、うん。労基に引っかかるから、あんまり大きな声で言わないでほしいな……。

 ほら、きみ今影響力あるし。」


「今日から一週間、休み取らせてもらいます」


「いいね~。行っといで行っといで。バズる未来が待ってるぞ~」


 適当な返事とともに、所長は俺の背中をバンと叩く。


「安藤」


 俺は振り返り、少しだけ真剣な声で呼びかけた。


「はいっ!」


 背筋をピンと伸ばして、安藤が即座に反応する。

 いつもは軽口ばかりの後輩が、珍しく背筋を正していた。


「前回の実地試験で記録したAIDAのログ、クラウドに上げておく。

 その中から、処理負荷が高かったケースを抽出してまとめろ。

 予測アルゴリズムが乱れた場面を洗い出して報告してくれ」


「っ……了解です!」


 即答の返事。


「……ど、どうした?」


 安藤は目を見開き、ぐいっと拳で顔を拭った。


「俺……この会社に入って四年……っ。初めて、先輩に……頼られたっすぅ……!」


「なんだそれ。やめろ、重い」


 周囲に誰もいないのを確認しつつ、俺は一歩だけ後ずさった。


「いやっ、でも……俺っ、マジで嬉しっす……!

 今なら、どんなクソ案件でもこなせそっす……!」


「じゃあそのテンションのまま、さっき言ったことやれ」


「はっ! はいぃぃ!」


 感涙のまま敬礼ポーズをとる安藤を尻目に、俺は香奈の方へ顔を向ける。


「行くぞ。無駄話してる時間はない」


「うんっ!」


 香奈も立ち上がり、スマホを持って慌ててついてくる。


 こうして俺たちは、中級ダンジョンへの挑戦に向けて動き出した。


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