風よ導け、命を繋ぐために ー前編ー
狡噛が信じられないというように、僕を見つめる
「お、お前……なんで……っ!」
僕が庇った理由が分からないのか、狡嚙は戸惑いの声を漏らした
「お前が……弟と妹に……被って見えたから……」
たとえ嫌いな奴でも、騎士は皆を救う。それに狡嚙は弟と妹が物語に取り込まれる前の顔をしていたから、無意識に助けてしまったのもある。弟と妹はスタンピードが発生した物語に原因不明だが取り込まれてしまい、その媒体の本が消えてしまった。……弟と妹だけでなく大勢の人も物語に取り込まれ犠牲になった。僕は……必ず弟と妹を助ける。
「騎士は何人たりとも見捨てることは決してならない。だから、僕はそれに従ったまでです。それよりも、馬場予備隊長達のところに急ぎますよ」
「あ、ああ」
ゾンビに嚙まれた腕の傷が、脈打つたびに重たく疼く。限界は……一時間。僕はもう、急がなければならない。
今日はいつも使っている物語武器の轟雷刀はは本部に置いてきたから使えない。それに、副総隊長だとバレたら、面倒なことになる。
代わりに、今日の装備は風神と名付けられたアンクレットだ。
風を思いのままに操る物語武器。それで突き進む道を作る。
「僕が風で馬場予備隊長達までの道を作ります。全速力で走って下さい。狡嚙は前を走って先導、僕は後ろから二人を護ります」
「……っ!」
女性は怯えたまま頷いてくれた。指示に従ってくれる分、護りやすくて助かる。
気力でゾンビにならないように保ってはいるが、気を一瞬でも抜いたらゾンビになってしまうだろう。僕がゾンビになるのだけは防がなければいけない。このままゾンビにでもなれば物語武器を使えるゾンビが誕生し、味方を壊滅させるだろう。この最悪のシナリオだけは、絶対に避けなければならない。
「……もしも僕がゾンビになったら……殺せ。僕が着用している物語武器は風を操ることができる。理解できるな?」と走りながら先導している狡噛の背に声を投げた。驚いた狡嚙は足を止めてしまったので、「足を止めるな!」と伝えて今にも風のトンネルの中に突き破って入ってきそうなゾンビを豪風を起こし遠ざけた。
「は?!なに言って……!!」
狡嚙が振り返り、その表情には強い拒絶の色が浮かぶ。
とにかく走らせながら狡嚙に説得を続けた。
「酷なことを言っているのは分かっている。……でも、この場にいる者の中で一瞬で殺せるのは雷だけなんだ。馬場予備隊長の炎や、佐々木予備副隊長の薔薇の蔦や、三海さんの結界、陸さんの風でもダメなのはわかるだろ」
「……」
「ゾンビにならないよう踏ん張るがいつまで意識を保てるか分からない……もしもの時は、頼んだ」
狡嚙に伝えるべきなことはちゃんと伝えたので、馬場君達のところに意識を向けた……狡嚙が何か伝えたそうにしているのは分かってはいる。
「君たち……私のせいで、ごめんね……」と女性が小さく僕たちに謝罪をしてきた。
「お姉さんが謝ることではありません。僕たちは騎士予備隊員ですが、民間人を護るのが使命なんです。命の危険があるのを分かっていて僕達は入隊したので、お姉さんが気にすることなんてありませんよ」
そう、何も気にすることなんてない……命の危険があるのなんて最初から承知していた。自分の命よりも、弟と妹を見つけ助け出すのが一番大切だから。無理をすることには、もう慣れていた。
ようやく、馬場君達と合流ができた。
合流は出来たが……何やら馬場君と正規隊員達とで揉めているようだ。
「あの、こんな状況で何を揉めているんですか?」と揉めている理由を聞いてみたが双方頭に血が上っているみたいで僕の話を聞いているようには見えない。
「あ”?ガキは黙っていろ!!」
「俺の隊員に当たらないで下さい!!それより通信機を返してください!」
この人達に聞いても答えてはくれなさそうだから、馬場君の事を心配そうに近くで見ていた佐々木君に聞いてみた。
「佐々木予備副隊長、何で馬場予備隊長と正規隊員達は揉めているんですか?」
「蓮が通信機で本部に緊急応援を要請をしようとしたら、あの正規隊員達が今までの悪事がバレるのを恐れたのか邪魔してきたの。私の通信機も奪われて、壊されてしまったの」
アレと言われ、視線を向けてみると無惨にも壊された通信機が転がっている。
緊急応援要請ができるのは、隊長や副隊長、正規隊員の一部だけなので今あんなことが起きているんだろう。
僕の通信機もさっきの戦闘で落とし壊れてしまったから、今この場で緊急応援要請出来るのは馬場君の通信機のみだ。
でも、三海君の結界があるからといってこんなに油断をしていて大丈夫なのか……?
三海君の額には汗がにじんでいる。
結界が微かに揺れていた……この結界はもうもたないかもしれないと、そんな不安が僕の僕の背を冷たく撫でた。
バリンッ!!と結界が破れる音と共にゾンビが雪崩のように押し寄せる。
どうやら一か所にゾンビが集まり過ぎたみたいで結界が破れてしまった。でも、17歳この状況で広域結界をここまで保てるのはすごい事だ。
結界が破れ辺りには再びゾンビの腐敗臭が充満し始めた。
僕が風でゾンビ達を押し返そうとしたそのとき、なんと目の前のゾンビが消えてしまった。
「え?」
「は?」
一同ポカーンとしていて、状況を理解できていない。だが、僕にはこの光景を見たことがある……でも、クロは本部にいるはずだからあり得ない。
「……まさか」
新たな結界が張られると共に、クロとシロが「コンコーン!!」と鳴きながら、僕の影から現れ飛びついてきた。
「クロ、シロ!!どうしてここに?!」
「ボクたち、主の危険知った。だから、クロと来た!褒めて!」
このシロののほほんとした空気にクロとシロの登場に驚いた面々は、シロの可愛さにやられているようだ。そんなシロにクロは前足でパンチをして、ここは戦場だからシャキッとしろと言わんばかりに。クロはこちらにゾンビが近寄らないように影で阻止をしてくれている。
ちなみに、クロは僕以外の前では滅多に話さない。
「主、結界、張る??」
「うん。他の市や地区にゾンビが行かないよう広域結界」
シロがコーン!と一声鳴くと共に光が空に打ちあがり空を覆うように広域結界が張られた。