スタンピード発生(改稿7/3)
翌朝、ボロボロの馬場君と廊下でバッタリ出くわした。
「あ、あの馬場予備隊長……その、怪我は?」
理由は知っている。だが、何も聞かないのも不自然なので、口に出した。
馬場君は一瞬だけ驚いたように目を細め、それから微笑んだ。
「正規隊員に訓練を頼んだ結果なんだ。気にしないでくれ。俺の実力不足だったんだよ。治療部隊に頼るのも申し訳なくてね」
「え……そ、うなんですね」
きっと予備隊員として偽っている僕を怯えさせないように彼は気を使いこんな噓をついているんだろう……。
彼の隣にいるだけで、胸が締めつけられる。何もかも打ち明けたくなって、でもそれを飲み込むには、逃げ出すしかなかった。
廊下を歩いていると前方にクソガキの狡嚙と出くわしたけど、絡まれるのもめんどくさいのでスルー。
「あ!木佐木!!お前辞めてなかったんだな。おい!!お前!!無視すんなよ!!」
「……僕のこと、嫌いなのになんで話しかけてくるんですか?そういう絡まれ方めんどくさいので、業務外のことは話しかけてこないでくれます?」
「はぁあ?!あ!おいっ!」
狡嚙を無視して、訓練場に行ってみることにした……きっと誰も訓練している人なんていないだろうけど。
訓練場には三海君だけいて、1人で自主練習をしている。
「あれ?弦君?学校は?」
「あ、今日は休みなんです。三海さんは?」
「俺の通っている高校は任務優先しても問題ない。課題提出とテストの点数ちゃんとしてれば問題ない」
三海君は疑問が解消されると、自主練を再開した。彼の自主練を見ていて思ったのは、ポテンシャルが高いと思った。予備隊員と正規隊員は物語に登場する武器以外に刀が支給される。三海君はその支給された刀を二本使い、丸太に打ち込んでいる。切り口も丁寧で、これで本当に予備隊員かと驚いた。
僕は無意識にポツリと呟いた。
……僕が鍛えあげたら三海君はどれくらい強くなるんだろう?とそんな想像をしてしまった。
自主練の見学をそこそこに切り上げ、資料室へ向かった。
中には一人、黙々と資料を読み込んでいる隊員がいるだけ。静かで、物音ひとつない空間。
ざっと整理状態を確認して、すぐに出る。空腹が限界だった。
食堂で激辛麻婆豆腐と卵スープを選び席についた。
麻婆豆腐を食べていると隣の席に誰かが座り「それ、めちゃくちゃ辛くない?」と声を掛けてきた。
声がする方に振り向いて見ると、声を掛けて来たのは馬場君で怪我していた所にはガーゼが貼られている。
「俺、辛いの苦手でさ見るだけで汗が出る……っ!」
彼の言葉が途中で止まった……理由はすぐにわかった。
頭から、水がぶっかけられたのだ。馬場君の、あの清潔な予備隊服に、冷たい水が滴る。
「……」
まるで当たり前のように、正規隊員が馬場に水をかけた。笑いながら。
そして次は僕だった……。
僕の目の前にあった卵スープが奪われたかと思うと、頭からそれをぶっかけられた。
「チビ~、よく食べてでっかくなれよ~!」
爆笑の声が遠ざかかって行く……。
「木佐木君っ!!大丈夫か?!火傷してない??!」
馬場君は自分のハンカチを取り出して、自分のことより僕の頭を吹いてくれた。
「冷めていたので火傷はしていないです」
「ごめんね……本当に、ごめんね……」と謝る必要のない馬場君が謝ってきた……馬場君も水を掛けられた側なのに。
昼食を済ませ着替えをし玄関ホールに向かうと、昨日と同じメンバーが待っていた。
馬場が号令をかけようとした瞬間――緊急放送が鳴り響いた。
『緊急!緊急!落合でスタンピード発生!危険度不明!総員、出撃せよ!』
空気が一変する……全員の顔に、緊張の色が走った。
「これは訓練ではない。気を引き締めていけ」
馬場の声が、いつも以上に鋭かった。
スタンピードが発生した落合に現着してみると、ゾンビが溢れていた。
ゾンビの危険度はレベル5とされているが、レベルを7に上げようとついこの間の総会議で決まった。
その理由がゾンビに嚙まれた者がゾンビになりどんどんゾンビが増殖するから。そして、ゾンビになってから一時間以内に治療しなければ元に戻れなくなってしまう。
「俺たちは正規隊員の補助と、民間人の避難を担当する。絶対に、一人で突っ走るな」
「はいっ!」
全員が返事をしたが、あれは完全に狡嚙に向けた言葉だった。
「きゃあああああっ!」
「……!」
真っ先に飛び出して行ったのは、案の定、狡嚙だった。
「おいっ! 一人で行くなと言ったばかりだろう!!」
馬場君の怒声も届かない。
狡嚙は女性の下に駆け寄り、ゾンビを一刀両断した。
「おい! 京介! 後ろだっ!」
警告と同時に、物陰から現れたゾンビが彼に迫る。
間一髪で避けたが、完全に囲まれてしまっていた。
馬場たちの位置からは遠く、援護も間に合わない。
民間人が混ざっているため、能力の使用も制限される。
僕は、考えるより早く動いていた。
ゾンビに引っかかれながら、彼のもとへと駆けた。
「なんでお前がくるんだよ!」
「うるさい。大声出すな。ゾンビが寄ってくる」
奴の頭をひっぱたいて黙らせ、女性に向かって囁く。
「お姉さん。あちらの通りまで、静かに走ってください。僕が守ります。絶対に、護りますから」
彼女は涙を浮かべながら、うなずいてくれた。
……だが、なぜか狡嚙が不満げに口を開いた。
「なんで、俺は無視かよっ!!」
その瞬間、大声に釣られてゾンビの群れが襲いかかってきた。
僕は反射的に、狡噛と女性をかばい……腕を嚙まれた。
「うっ……!」
「お、おまえっ……!」
……噛まれた。
ゾンビ化のタイムリミットは、一時間。
僕は、冷静に最悪の未来を計算し始めていた。
クロとシロを本部に置いてきたのは判断ミスだった、と反射的に思う。
だが、それよりも先に浮かんできたのは……治療処置だの報告だの……めんどくさいということ。
僕は思わず、ゾンビに噛まれた腕を見て「はぁああ」と深いため息をついた。
「……最悪だ」