如月副総隊長、予備隊員になる (改稿7/3)
いつもより早く副総隊長室に出勤し、机の上に一枚のメモを残して部屋を後にした。
『暫く視察に行ってきます』
木田に向けてメモを残したからこれで大丈夫だ。
今回の視察には、とある目的がある。
現場の”本当の空気”を知るには、肩書きなど邪魔でしかない。だから、僕は予備隊員に扮することにした。身長的にも予備隊員にすれば誰にも怪しまれないはず……後は、黒縁メガネに前髪を目に掛かるようにセットすれば完璧……。これで、誰も僕が副総隊長とは気付かない。
今回のお忍び視察先は、東京多摩支部。
多摩支部は噂で荒れているというのが僕の耳にまで届き視察する流れになった。噂は尾ひれが付き信憑性が無いが……火のない所に煙は立たないから、ね。
この街の真実は、僕が暴かなきゃ誰も動かないだろう。
多摩支部には昨日予備隊員が1人所属になったと連絡済みなので、潜入するには問題なし。
予備隊員の隊服に着替え多摩支部に向かった。
多摩市に着き、僕の前にはあり得ない光景が広がっていた。
「……は?嘘でしょ……」
その光景とは騎士達が隊服をまともに着用せず着崩している……浅草にある本部ではこんな光景見たことない。しかも、煙草まで吸って見回りをしている……ありえなさ過ぎて言葉が出てこない。
というか、そんな光景を僕が目にしていたら半殺しにしている……騎士の名を貶める行為、許すまじ。めんどくさがりの僕でさえ隊服をしっかり着て、仕事をしているのだから。
「……本部から少し離れているだけで、ここまで腐るのか……?」
思わずこぼした呟きが、自分でも驚くほど低かった。
「おい、そこの予備隊員!!」
背後から誰かに怒鳴られ、はっと振り返るとそこには騎士の隊服を着崩し酒の匂いを漂わせている隊員がいた。
「お前どこの所属の予備隊員だ?」
副総隊長とバレないように弱気な男の子の演技をして、多摩支部の内情を調べなくては。
「ほ、本日から多摩支部所属になりました、よ、予備隊員のきさ、……木佐木弦です」
危うく本名を言うところだった……下の名前の弦は変えなかったが、バレはしないだろう。
「そうか。お前はどれくらい持つだろうな」と笑い、おっさんの隊員はタバコを咥えたまま背を向けて去っていった。
「……どれくらい持つ、とはどういう意味なんだ?」
不穏な言葉が僕の胸に引っかかる……これは思ったよりも、根が深いかもしれない。
このままここにいる訳にはいかないので多摩支部の建物へ。
多摩支部の建物に足を踏み入れた所で、また声をかけられた。
「君、新入り?」
僕の目の前には、多摩市に来てから初の隊服をしっかり着ている隊員に出会った。予備隊もあの隊員と同じようになっているのかと思ったが、違った。
「あ、はいっ!ほ、本日から予備隊員になり、た、多摩支部所属になりました。き、木佐木弦ですっ」
かなりオドオドしている演技をしているから副総隊長とは思わないはず。ここで、もしバレてしまったらお忍びの視察は失敗。
目の前の予備隊員の視線が、じっと僕の顔を見つめてきた……もしかして、バレたのか?
「そう……待ってたよ。木佐木君幼いのにここに配属なんて……俺は17歳馬場蓮、もちろん君と一緒の予備隊員。何か困ったら俺に言って……一応、予備隊の隊長しているから」
予備隊の隊長の馬場君は年の割に落ち着いている·····黒髪マッシュで縁なしメガネの175センチくらいのスラッとした感じが大人っぽさを引き出している。馬場君が隊長になったのは他の予備隊員より落ち着いているからか、それとも能力的に優秀だから?
「配属されたばっかで悪いけど、君は俺の隊に入って街の見回りね」とメガネをクイッと上げ、連れてかれた場所は玄関ホールだった。玄関ホールには馬場君の隊のメンバーが綺麗に整列して僕たちが来るのを待っていた。
「馬場予備隊長!全員揃っています!」
この5人の隊員達も馬場君と同様に隊服はしっかり綺麗に着用している。
……予備隊員だけはしっかりしているのか?
「分かった。出発する前に新しいメンバーを紹介する。14歳木佐木弦君だ。昨日予備隊員になったばかりだから何かとサポートをしてあげてほしい」
「あの、馬場予備隊長……初日は座学のはずでは?」と一番最初に馬場君に声を掛けた予備隊員の男の子が疑問をなげかけた。
「木佐木君を多摩支部内に1人に出来ると思うかい?」
馬場君の返答に誰も何も答えなかったが皆の表情が物語っていた。
「じゃあ、出発しようか」
「え?あ、あの……正規隊員の方を、待たなくていいんですか?」
「……いいんだ」と馬場君は言っているが、予備隊の見回りには必ず8級以上の隊員が同行しなければならない。予備隊員とはいってもまだまだ子どもだから大人が見て護ってあげなくちゃな。
多摩支部は問題がゴロゴロと出てくるな……これは、闇が深そうだな。
次回、多摩支部の闇が如月の前に姿を現す