大阪支部の闇の序章
「あの……如月副総隊長の同期って、変わった人しかいないっすか?」
「……美波は僕に関わらなければ、まともなんですよ」
僕は美波を横目に見ながら、呆れた。
「私、弦ちゃんしか興味がないからね。それより!!その子ども何?弦ちゃんをぱぱって呼んでるじゃない!!どこの女と?!」
美波は子どもを見て、キーキーと怒り始める。大声で美波が騒ぎ始めたせいで、ホールにいた人達が僕達をチラチラと見てくる。
「黙れ!この子は、隊員達の誘拐事件で保護した子どもだ。ぱぱ呼びされてるけど、僕の子どもじゃない!」と美波を見て、木田達にも視線を向ける。ぱぱ呼びされているとはいえ、顔は似ていないし三歳位の子どもが僕にいるなんてあり得ないだろ!!僕はまだ、二十歳なんだから。
「……本当に?本当に弦ちゃんの子どもではないのね?」
「ああ。それより、出張中に使う部屋と訓練場に案内しろ」
「良かったわ!!私、変な女狐に引っかかっちゃたのかと思ったじゃない!」
美波は怒りを収め、僕の頬を人差し指でつんつんとつつきながらニッコリと笑って安堵した。
僕は美波に「早く」と案内を催促し、腕組していたのを腕を解き美波の手を払いのける。
「分かったわ~」
僕の後ろでは、僕と美波に聞こえないようひそひそと四人がしていた。大方、美波の事を話しているんだろうな。
美波が「どうせなら、ここの支部内に何があるか案内するわね」と大阪支部内の案内がスタートされた。
「……四か月も見ていなかったからかしら、弦ちゃん柔らかく笑うようになったわね」
「そう?」
自分では、笑い方の違いなんて分からない。でも、仲間は大事だという事には最近気づいた。
「私も弦ちゃんの補佐官になりたかったのよ?さらだけずるいわ!」
美波はここにいない僕の補佐官のさらを羨み、僕の後ろにいる木田を一瞬睨んだ。木田の名前は出さなかったけど、美波は木田にも羨んでいるみたいだ。
「はいはい」
廊下を進みながら美波が「ここは、第三会議室よ。隣は物置ね」と歩きながら、部屋を手で示しながら丁寧にどこに何があるか説明してくれる。
廊下の前から女性が美波を見て歩いてきた。
「相田さん!後ろの方達は?」
「あら、松浦。昨日話した如月副総隊長とその小隊よ」
「……名ばかりの本部、と副総隊長ですか」と棘のある事を言い松浦と呼ばれた女性が僕達を隠すように睨んでくる。
廊下の窓から差し込む夕陽が、互いの影を伸ばしていた。
「松浦。謝りなさい」
「事実の事を何故謝らないといけないのですか?」
松浦と呼ばれた女性は隠すことを止めキッと僕達を睨み、顔をプイっと横を向いた。
「松浦!!如月副総隊長とその補佐官は、お前より上官だぞ!」と美波が声を低くし、松浦を叱りつける。
大阪支部は実力主義が色濃く、本部の肩書きは軽んじられがちだ。だからこそ、美波は声を荒げざるを得なかった。美波は眉を寄せ、松浦と呼ばれた女性を強く睨んでいる。
「先輩達、皆言ってます!如月副総隊長はコネで副総隊長になったから敬う必要ないって!」
廊下の空気がざわめきで重くなり、胸の奥に小さな苛立ちがひっかかった。
大阪支部は実力主義が強く、本部の肩書きは煙たがられる。本部にコネで入隊した者も少なくなく、実力がないと大阪支部では有名らしい。そのうちの噂の1人が僕なんだろうな。腹が立つのか……悲しいのか……自分の心なのに分からない。
「如月副総隊長がコネだと?ほお、ならお前は如月副総隊長に実力で勝てるとでも思っているのか?」
美波も怒りはじめ、後ろの四人も顔が怖くなっていて怒っているのが見て分かる。こんなのは、スルーするのが一番楽なのに。
僕達の周りには、他の隊員達がこの騒ぎを見物しに集まって来ている。そのせいで、ガヤガヤとし始めたうるさい。廊下の蛍光灯が白く照らし、集まった視線が熱を帯びていた。
「相田、お前が何をしようとしているか分からないが、自分の部下を煽るのを止めなさい。見たところ、正隊員になり立ての方に馬鹿にされても気にしないので。君、階級と名は?」
「……松浦雫。10階級」と松浦君は僕に対して、敬語をせずふてぶてしく名前と階級を言った。
「松浦君。君に一つ忠告をしよう。いや、アドバイスとも言えるかな。正隊員になったばかりで、今君は天狗になっているんだろう。そのままだと、取り返しのつかない事をしでかすぞ」
松浦君をしっかり見て、アドバイスをしてあげた。正隊員になったばかりの隊員は強くなったと勘違いし天狗になりがちなのだが、そういう者は大抵問題を起こす。
「はあ?!うるさい!!」
「松浦、上官にそのような態度を止めろ。寮で一週間謹慎処分だ!!今後もそのような態度なら、物語騎士には要らない」と美波が松浦君に処分を言い渡す。美波は、他人に関心が全くないが、規則を破る者や礼儀が無いやつは容赦なく処分をする。今は役職に就き落ち着いているが、昔は力ずくで解決していた。
「……はい。失礼いたします」
松浦君は美波だけに挨拶をしこの場を離れる。ちなみに、僕の横を通った時に「チッ!」と舌打ちをしてきた。謹慎処分を言われたばかりなのに、僕に舌打ちしてくるのは中々に凄いな。
「お前らも自分の仕事に戻れ!」と美波が野次馬に集まっていた隊員たちを、睨みながら散るように言う。
「弦ちゃん、私の部下がごめんなさいね」
美波が気まずそうな表情をしながら、僕に頭を下げて謝って来た。美波は悪くないのに変わりに謝罪をする美波にたいして罪悪感が込み上げてくる。
「気にしてないから大丈夫だ」
「如月副総隊長!でも!」と木田が納得がいかないのか口をはさんできた。
「木田、僕を気遣ってくれるのは凄く嬉しいのですが、あんなのは気にしないのが一番なんです」
視線を木田に向け、少し笑い大丈夫だと意思表示をする。
「木田補佐官、弦ちゃんがこういっているのだから、外野がとやかく言うことは出来ないわ。そこの三人もわかったわね?」
美波に説得された木田と三人は「分かりました」と返事をし、渋々分かってくれたみたいだ。ああいう戯れ言をいちいち付き合っていたらキリがないからな。
「さて、案内の続きするわね」と美波が僕に向けてウインクしてくる。
美波の態度に疲れてきて、窓の方を見ると街がオレンジ色に染まって夕方になっていた。カラスは「カーカー」と鳴き、ヒグラシの鳴き声「カナカナ」も聞こえてくる。
「邪魔が入って時間をくっちゃったから、今日はあと二、三個案内して終わりにするわね」
「わかった」
六人で廊下をゆっくりと歩き、部屋の案内をされていると、木田に抱っこされている子どもは、いつの間にか「くう、くう」と寝息を立てて眠ってしまっている。
木田の胸に小さな体を預け、規則正しく上下する胸の動きが妙に穏やかで……一瞬、戦いの影を忘れそうになった。
「あの、如月副総隊長。ずっと気になっていたのですがこの子の名前ってなんですか?」
佐々木君はずっと気になっていたのか、ソワソワしながら木田に抱っこされている子どもを見ながら聞いてきた。
「……そういえば、僕も知りません。木田知っています?」
木田はすごく慌てた様子で「え?!俺っすか!?俺も知らないっすよ!!」と僕と同じでこの子の名前は知らないみたいだ。
「弦ちゃん、あだ名でもいいから付けてあげたら?」
「……そうだな。呼び名がないと不便だし。……エンにしよう」
「何でエンなんですか?」と馬場君が不思議そうに僕に聞いてきた。だから、僕は「絵本とかに出てくる天使みたいな色合いの子なので、エンジェルから取ってエンです」と答えた。
全員が無言で僕を残念な物を見るように見てくる。
「何か文句でも?」
「エンって……」と三海君がボソッと呟いた。
「皆さん、全世界のエンさんに失礼でしょ。それに、エンはあだ名であって名前ではないですよ」
「……そうよね」
「……ですね」
この五人は度々僕に対して失礼がすぎる時があると思う。あまり気にしないたちだが、たまにイラっと来る時はある。
美波の案内で、訓練場と資料室に僕達が出張中に使う仕事部屋を案内され今日は終了することに。
今日はもう遅いから、明日から仕事を片付けることにした。
「じゃあ、弦ちゃんまた明日ね!」と美波が挨拶を僕にしていると急に廊下の影から、隊服を着ていない男が転げるように現れた。
頬は青白く、汗で髪が張りつき、震える声で「助けてくれ」と繰り返す。
その必死さに、僕の胸の奥がざわついた。
「弦ちゃん、あれは気にしなくていいわ」
美波は僕の背中を押し、建物から僕を追い出そうとしてくる。美波は僕に何かを隠そうとしているのか?
「助けを求めている人がいるのに、気にしなくていい?そんなの有り得ないだろ!」
「助けを求めている人がいるのに、気にしなくていい?そんなの有り得ないだろ!」
怒鳴った瞬間、胸の奥に熱が走る。ああ……やっぱり僕は、助けを求める声に無関心ではいられない。無視をした方が楽なのに……。
僕は助けを求めている声の方に走っていくと、前から息を「はぁはぁ」させた隊服を着ていない人と出会った。
「大丈夫ですか?」
「あ、あの助けて下さい!」
助けを求めてきたのは男性で顔が青く体調が悪そうに見える。よく見ると、目の下に隈もできていて目も充血している。
「どうされたんですか?」
「ここの人達に監禁されているんです!」とガタガタ体を震わせ怯えながら、大阪支部の騎士にされたと僕に訴えてきた。
後ろから歩いてきた美波が「人聞きの悪いの事を言わないでくれます?私たちは、大阪を守る為にしていることなんですから」と男性に冷たく言う。その声は氷のように冷たい。
「美波、お前何をしている?いや、大阪支部は護るべき国民を何故監禁している!」
「如月副総隊長、私達は悪いことなど何もしていませんよ」
美波はこんな事を言う……人間だっただろうか?監禁をすることは、立派な犯罪だ。僕に変に執着し、周りを気にしない男だったが犯罪だけはしなかった。四か月見ない間に何があったんだ?!
「……相田、この人を監禁した?」
「こいつは、小説家なんです。ですが、こいつの複数の未完の物語が世にはびこっているんです。それが、スタンピードが発生しました。こいつの未完の小説を全て処分するのは無理と判断し、ここで完結させるまでいてもらう事になりました」
美波は自分がおかしいことを言っている自覚は無いのか、スラスラと説明し僕の顔を見てくる。後から来た五人も美波の話を聞き、驚きで声が出ないようだ。
木田に抱っこされて眠っているエンだけは、静かに眠っている。
廊下の気温が下がった感覚する。いや、美波の話を聞き僕の身体からスーと血の気が引いたから廊下の気温が下がったと錯覚してしまったのかもしれない。
「な、にを言っている?!」
「あ、の!相田さん!監禁は犯罪ですよ!?」と木田が意を決して、頭のおかしくなっている美波に聞く。
「でもこいつの未完の小説のせいで、沢山の命が消えている。……仲間だって、死んだ者もいる。俺達は命の危険の隣合わせで国民を護っている。だが!こいつらはその危険を生み出す犯罪者だ!!」
美波は僕に助けを求めて来た男性を睨みながら、声を荒げ女性らしさとかけ離れている。
僕は拳を振り上げ、「ガンッ!」と美波の頬を殴った。僕に殴られた美波は尻餅をつき、口の中を切ったのか少し血が出ている。
四人は僕が人を殴ったのを驚いたのか、息を呑んで状況を理解しようと頑張っている。
こいつ……美波は今どこかおかしい!昔はこんな事を奴じゃなかった……どうしたんだよ……。
「相田、騎士の一番始めに載っている規則は何だ?」
美波は地面を向いたまま、話さない。だから、僕は続けて話す。「騎士はどんな物語も愛し、脅威から護り貫くこと。そして、物語の作者には尊敬と感謝を忘れぬこと。……今、お前はこの二つを守れていると言えるか?」と立ったまま、頭上から美波に語りかける。
「こいつら、作者のせいで!!あいつは……」
美波が言っていたあいつってだれだ?僕以外を信頼できる存在ができていたのか?
こんなに、髪を乱し声を荒げる美波は……。
「……美波。一回お前は頭を冷やせ。馬場君、佐々木君、三海君はここで美波を見ていて下さい。僕と木田はこの方が監禁されていた場所に行ってきます」
「「「はっ!」」」
「あ、あの……」と僕に助けを求めてきた男性がオロオロしながら僕に遠慮がちに話しかけてきた。
「すみませんが、監禁されていた場所に案内してくれませんか?身の安全は保証致しますので」
「あ、はい」
監禁されていた男性を先頭に廊下を歩いて行く。目の前の男性は背中を丸めて怯えているのが見て取れる。美波が作者を恨む気持ちは分かる。僕の家族も未完の物語がなければ、今も生きていたはずだ。弟と妹も物語に取り込まれなかったはず。僕だって、最初は作者を恨んだ……でも、ずっと恨むのは疲れる。恨んでいる暇があるなら、弟と妹を探す時間に当てたい。
窓の外は、オレンジ色から黒色に変わってきている。外では、キリギリスが鳴いていた。
監禁されていた男性が、突き当りの部屋の前のドア前で立ち止まる。
「こ、ここです」
「案内ありがとうございます」
案内された先の扉は異様に静かだった。
取っ手に触れた瞬間、冷たい金属の感触が掌に重くのしかかる。
嫌な予感が背筋を冷やす。
ドアを「ガチャ」と開けると部屋の中には、20人ほどが机に向かって「ガリガリ」と紙に書く音をさせて何かを書いている。インクと埃の匂い、窓には板で打ち付けられ、外の光を遮られている。
「……ここの人達皆、監禁されていたのか……」
彼らの前に散らばるのは、書きかけの原稿と破られたノート。
見覚えのある物語の断片がそこにあった。
……未完の物語の“作者”たち。
背筋が凍る真実に、僕は息を「ゴクリ」と呑んだ。
机に向かう作者たちの目は虚ろで、紙の上に震える手を走らせていた。
暴力の痕跡はどこにもない。だが“完結させないと家に帰れない”という見えない鎖が、この部屋を縛っている。
壁には紙片が貼られていた。
『未完は災いなり。完結こそ最大の防壁』。
大阪支部長の署名入りだった。




