あの後ろ姿は…… (改稿8/22)
休暇中だが僕は朝早くから、一人で警視庁に来ている。
外ではセミが「ミーンミーン」と鳴いていて、肌に当たる日差しが痛いくらいに暑い。熱気の匂いもあり、夏を感じられる。
馬場君たちは学校、木田は本部で仕事。必然的に僕一人になるのは当然だ。
訪問の理由は、警視総監の恩田三郎さんに会うためだ。……が、入り口で早くもつまずいた。
「だからね?君みたいな子どもが警視総監に合うには特別な理由でもない限り合えないのよ」
受付の女性は、まるで子どもをあしらうような態度で僕を追い返そうとしている。まあ、気持ちは分かる。簡単に会える立場じゃないことは理解している。
後ろでは他の刑事さん達が忙しなく動いている。受け付けは入口を入ってすぐなので、人の出入りが少し激しい。
「あの、聞いてますか?如月弦が来たと伝えて貰えば話は通じると思いますので」
ジッと見て受け付けの女性に真剣に話しているのに、受け付けの女性は僕の話を受け流している。
「私の話聞いてる?」
「僕は、物語騎士団の副総隊長です」と言い胸ポケットから騎士の証のバッジを見せた。
「嘘を言ったら、会える訳でもないのよ。忙しいからお家に帰ってね」と受け付けの女性は入口を手で示す。
受付の女性は全く取り合ってくれなかった。
その時僕の背後から穏やかな、けれど重みのある渋い声が聞こえてきた。
「そこの君、この子が言ってるのは本当だ」
振り返ると、そこには目的の恩田さんの姿があった。
「け、警視総監?!え?じゃ、じゃあ、本当にこの子が騎士の副総隊長?!」
受け付けの女性は恩田さんの登場に驚き、急いで起立している。そして恩田さんの発言にも驚き、僕を見て目をカッと見開いていた。
「恩田さんお久しぶりです」
受け付けの女性から、恩田さんに振り返り丁寧に挨拶をした。恩田さんが現れてからか、この場が少しピリついたような感じがする。まあ、警察組織の中で偉い立場の人がこの場にいればそうなるか。
「ゆず坊、久しぶり」
軽く挨拶を交わした後、僕は応接室に通された。
机の上には、僕の好物であるマカロンが用意されている。……この辺の気遣いは昔から変わらない。
恩田さんと僕は黒いソファーに机を挟み、お互い向き合うように座る。
恩田さんは僕が如月家に引き取られる前からの知り合いだからか、血が繋がっていないのに孫扱いしてくる。とても良い人なんだが、そろそろ坊扱いしてくるのを止めてほしいものだ。
「ゆず坊がここに来たって事は、正隊員と予備隊員の失踪の件だな?」
恩田さんは顎に手を当て疑問で聞いてくるが、用件は分かっているような問いだ。
「失踪……ですか」
フッと下に目線を机に下げ、すぐに恩田さんを見る。
「失踪ではないと思っているのか?」
「僕は誘拐事件だと思っています。今は東京都内でだけで、正隊員と予備隊員がいなくなっています。でも、本当に東京だけでしょうか?正隊員と予備隊員の中には親もいない者もいます。失踪届が出されていないケースもありますよね?」
恩田さんは僕の言葉にわずかに眉をひそめた。
「……確かに。私の所まで話が上がってくる程の失踪者とは異常だ」
日本では多くの失踪者、行方不明がいる。そして、届出があるのは僅かだ。
僕のところに報告がくるまでにかなりの時間が掛かったから、資料に載ってる数より行方不明者は増えているだろう。予備隊員と正隊員になったばかりの若い騎士だけが誘拐されているのも不可解だ。
「警察はどこまで情報を掴んでいますか?」と直球に恩田さんに聞いた。恩田さんが素直に教えてくれるのを分かっているから。
「正直言って、ゆず坊に言われるまで失踪事件だと思っていた。……だから全く知らないと言っていい」
恩田さんは少し湯気が立っているお茶を飲み、視線を下に下げた。
「……そうですか。恩田さんだから話しますが……実は、多摩市で人為的にスタンピードを起こした者がいたんです」
恩田さんは僕が言った事に驚き目を見開いた。
「な、何?!そんなことが可能なのか」と動揺しながら恩田さんは僕に聞いてくる。
「可能か不可能かと言われると分からないとしか言えません。ただ、研究者も調べていますが、はっきりしたことはまだ分かっていません」
今まで、スタンピードが人為的に起こされたという事例は無い。スタンピードが起るのは自然災害と同じように考えられていたからだ。
ただ僕は未完の物語がスタンピードが発生するのは、物語が存在を忘れて欲しくない、完璧な物語に近づきたいからだと思っている。
この僕と同じ考えをしている研究者も多数いるから、これが答えなのかもしれない。
「そ、そうか」
「多摩市の件を踏まえても、これは人為的であり物語も関係していると僕は思っています」
内心では、あの事件の黒幕は単独犯ではなく集団だと睨んでいる。でも、まだ確証はない。恩田さんに話せる段階ではない。
「ゆず坊……獅子神も言っていると思うが、一人で無茶をするなよ。未希君と未来ちゃんのことで必死になるのは分かる。でもな?あの二人が帰って来た時に、兄がボロボロだったらどう思うかわかるだろ?」
恩田さんは僕を本当の孫のように見てくる……。
「……はい……」
未希に未来……僕の弟と妹……あの子たちを探すことが今の僕の生きる理由だ。あの子達の親が僕に親からの愛情というものを教わった。未希と未来は兄弟愛とは何かが分かった。亡くなった義父と義母にあの子達を頼まれたんだ……。
「ゆず坊が未希君と未来ちゃんを大切に思っているように、私や獅子神がゆず坊を大切に想っているのを無下にはしないでくれ」
恩田さんに軽く頭を撫でられた。撫でられるなんて、いつぶりだろうか……?
「……はい……分かりました」
恩田さんは、ふっと表情を和らげて「よし!もうちょい話を詰めるぞ」と言い空気を変えた。
それから恩田さんと軽い会議をして決まったのは、誘拐事件と断定し捜査をすること。
対策本部も今よりも拡大、物語騎士団と合同捜査の決定。これにより、警察と騎士からは精鋭が集められることに。
精鋭揃いが揃うから、事態は大きく動くことになるだろう。
会議を終え、僕は帰ることにした。
廊下の気温は朝と違い、気温が高くなり暑くなっている。地面の暑さも上がっている
「では、僕は帰ります」
「ああ。気をつけてなゆず坊」
恩田さんに挨拶をして警視庁の建物から出た所で、フードを被った人と「ドンッ!」とぶつかった。ぶつかったというより、フードの人が僕にぶつかりに来たが正解だ。ぶつかった際、ふわりと甘いような爽やかなような不思議な匂いがした。
だが、今は気にしている暇はない。
自宅に帰る前に、スウィーツを食べてから帰ることにしたからだ。
どこのカフェに入ろうかキョロキョロとしていると、見覚えのある二つの小さい後ろ姿が目に入った。
「……見間違えるはずがない……。あの、後ろ姿は……」
反射的に二人の背中を追いかけると、二人は僕に逃げるかのように手を握り走り始めた。
「待って!!お願いだから止まって!!」
周囲の目なんか気にせずあの二人に向けて大声で止まるよう叫んだが、あのふたりは一切振り向かず走るスピードを早める。
気が付けば、ふたりは人気のない路地裏へと入り込んでいた。
行き止まりの場所で、ようやくふたりは立ち止まり、ゆっくりと振り返る。
「……見間違えなんかじゃ、なかった……っ」