副総隊長、怒りの鉄槌(改稿8/22)
「やほ~!ゆずちゃん!ま~た、無茶してんだって?」と手を振りながら奴が入ってきた。
そう軽いノリで病室に現れたのは、松本さら。
僕の同期で、二十五歳。僕よりも身長が高く、本人いわく175センチらしい。
白衣の天使でもないのに、妙に明るいオーラをまとって入ってくる。長身の体に似合わないほど軽い仕草で手を振り、病室の空気を一瞬で自分色に変えるその登場は、鬱陶しいのに妙に場が和らぐ。
「ゆ、ゆずちゃん?!」と木田が驚き固まっている。
「木田、黙れ。さら、ゆずちゃん呼びするなと、昔から言っているだろ」
僕はさらをギロっと睨んだが、さらはにっこり笑い僕が言った事を聞こえていないかのように無視をしてきた。
「松本さん、何で如月副総隊長の事をゆずちゃん呼びしているんですか?」と木田がさらに余計なことを聞いてしまった。あいつは絶対また忌まわしいアレを見せるに違いない。
「木田さん知らないんですか?」
「え?何をですか?」
「これ、これっ!」とさらは嬉々としてスマホを取り出し、木田に写真を見せた。画面をスワイプするたびに「ほらほら!」「かわい~!」と声を上げ、まるで宝物を自慢する子どものように目を輝かせている。
「え??如月副総隊長女の子だったんすか?!」と木田が写真を指差し、僕を見て聞いてくる。
「……なわけないだろ」
呆れながら返事をした。この騒然した場とは違って、窓から見える空は静かだ。
「あはは~!!昔のゆずちゃんは髪が腰まであって可愛かったんですよ~」
さらは次々と僕の過去の写真を木田に見せている。獅子神総隊長も「泣き虫で今と違ったよな」とまた僕の黒歴史を話してしまった!
「で、何で長かった髪を切ったんすか?」
木田が首をかしげた。さらも「それ、私も知らない!ねえ、なんで?」と乗っかる。
「それはだな……弦が任務で無茶して、髪が誤って切れてしまったんだ」と獅子神総隊長は、じとっと僕を睨んだ。まあ、認めよう。昔の僕は今よりも無茶をしていた。ただ、それは弟と妹を探すため、他に道がなかったからだ。
「そ、それより!!何で髪は切らなかったんすか?願掛けとか?」
木田が空気を変えるためか僕に髪を切った理由を聞いてきた。
「髪を切りに行くのが、面倒だっただけですよ」
「あ、……そうなんすね」
髪を切る時間があるなら、あの子たちを探す方がよほど有意義だ。木田は僕の事情を知らないから、ただのズボラだと思っているんだろうな。
そこへ、コンコンとノックの音が響いた。
入ってきたのは、多摩支部長と副支部長。明らかに怯えた様子で、そろりと頭を下げる。
2人はハンカチで青い顔をして、汗を何度も拭いている。
「あ、あの失礼します」
「獅子神総隊長!!部下が勝手にすみませんでした!」
病室だというのに多摩支部長と副支部長は、部屋中に響き渡るくらいの大声で謝ってきた。
病室の空気が一瞬で凍りつく。謝罪というより絶叫に近いその声は、必死さよりも浅ましさを滲ませ、かえって二人の小物ぶりを際立たせていた。
僕は思わず「……は?」と声を漏らした。自分達は悪くないとでも?部下に悪事を擦り付ければ処罰はないとでも思っているのか?
「獅子神総隊長」
獅子神総隊長を見て小さくだが力強く声を掛け、しっかりと目を合わせる。
「ああ。如月任せた」と名前を呼んだだけなのに、僕が言いたいことが分かってか任せてくれた。心なしか獅子神総隊長の声も低くなった感じがした。
僕は多摩市に来てからずっと怒りで頭がいっぱいになっている。
正隊員の職務怠慢、予備隊員への体罰これが怒らずにいられるわけがないだろう。
「部下が勝手にしたから自分達は悪くないと?」
僕が2人を冷ややかな目で見ているのを、この2人は気づいているのだろうか?
「そ、そうです!」
「支部長も自分も知りませんでした」
こいつらはおべっかをかいていればなんとかなるとでも思っているのだろうか?
「服装の乱れ、見回り中の飲酒に喫煙、予備隊員への体罰」と言いこいつらをギロッと睨むと、多摩支部長と副支部長は肩をびくりと上げた。
「これらを本当に知らないんですか?」
「し、知りません」とこの二人は素知らぬふりをしている。そうか、こいつらは“知らぬ存ぜぬ”で押し通せると思っているのか。
「木田に松本。馬場予備隊長と佐々木予備副隊長をここに連れて来い」
僕は怒りで頭がいっぱいの中、木田とさらに視線を移し冷静に指示をした。
二人は「はっ!」と言い頭に右手を持っていき敬礼して、馬場君と佐々木君を呼びに病室を出た。多摩支部長と副支部長は流石にまずいと思ったのか、冷や汗が出始め顔色が悪くなっている。
やがて「如月副総隊長!連れて参りました」と木田とさらが馬場君と佐々木君を連れて戻ってきた。
僕が副総隊長と呼ばれこの2人が驚いていないのはきっと、あの時木田が僕のことを副総隊長と呼んでいたからなのだろう。それとここに来るまでに木田に説明されたはずだ。
馬場君と佐々木君は僕と多摩支部長、副支部長を見たりと視線をキョロキョロとさせている。
「馬場予備隊長、佐々木予備副隊長貴方達に聞きます。正直に全て答えなさい」
「はっ!」
「はっ!」
2人は予備隊員とは思えぬ綺麗な敬礼をした。
「正隊員の職務怠慢に予備隊員への体罰は知っていますか?」と聞くと、多摩支部長と副支部長はこの二人が答えるよりも先に「予備隊員の言葉なんか聞く必要なんかありません」や「この二人は噓を付くことで有名なんです」と2人が喋れない様大声で邪魔してきた。
僕が多摩支部長と副支部長をギロリと睨みつけると、2人は一瞬肩をビクつかせる。
木田が「今この二人が如月副総隊長の質問に答えようとしていただろう!!」と多摩支部長と副支部長を窘めた。
馬場君が、まっすぐ僕を見つめて答える。
「はい。私と佐々木予備副隊長は正隊員の職務怠慢に、私たち予備隊員への体罰を確認しています」
馬場君は拳を強くギュッと握りしめて、力強く質問に答えた。
意を決した佐々木君が「あ、あの!如月副総隊長!それだけではありません!多摩支部長と副支部長は予備隊員の……女の子達にいかがわしいことをしようとしたんです!!」と震えながらも叫んだ。
その言葉が落ちた瞬間、病室の空気が一変した。木田は息を呑み、馬場君は拳を力強く握りしめる。さらの顔には怒りが浮かび、まるで雷鳴が落ちたように全員の心臓を震わせた。
次の瞬間さらが無言で多摩支部長と副支部長の頭を鷲掴み地面に思い切り「ガンッ!!」と叩きつけた。
僕が怒るよりも先に、さらが般若のような顔で怒っている。
「このゲス野郎ども!!」
さらの大声が病室に響き渡った。
多摩支部長と副支部長はカエルがつぶれたような「うぎゃっ」という声を発し鼻血が出ている。
「あ、あの!!未遂なので……」と何故か佐々木君はフォロー?をする。
さらは多摩支部長と副支部長の頭を地面に押し付けたまま佐々木君に振り返った。さらの気持ちも分かる。子ども達に手を出そうとするなんて大人としても、人としてもあり得ない。
「如月副総隊長!……未遂で済んだのは……ある予備隊員のおかげなんです……。でも、人に物語武器の能力を使ってしまったんです……」と佐々木君が震えた声で続けた。
木田が「騎士は人に物語武器の能力を使用を禁ずる」とポツリと呟いた。
「……規則違反ですね」
確かに違反だが、これは自己防衛だ。
「私が代わりに処罰を受けます!ですので……その子は、見逃して貰えないでしょうか?」
佐々木君が目を潤ませながらも、しっかりと該当の予備隊員を護ろうとしている。
「佐々木予備副隊長、そしてその子も処罰は不要です。これは僕たち大人が守れなかった、僕たちの責任です」
もっと、早くここに来ていればこの子達はこんな怖い思いや、大人の汚い部分を見ないで済んだかもしれない……。僕は、副総隊長として頑張っていたが何にもできていなかったのかもしれない。
「松本、手を離せ」と声に怒気を込めさらに離すよう指示をした。
さらが僕の顔を見て手を離し、多摩支部長と副支部長は鼻を抑えながら起き上がった。
白い床には、鼻血の跡画ぽつりぽつりとある。
「わ、私達はそんなことはしておりません!そいつらの戯言です!!」
「そうです!支部長も私もそんなことはしておりません!予備隊員なんかよりも私達を信じて下さい!」
僕は、静かにベットを降りた。
きっと今僕はものすごい怒り顔をしているだろうな。
僕は「ふざけるな!!!」と多摩支部長と副支部長を睨みつけた。
風神のアンクレットを使い、突き刺すような強い風でこのクズ共を壁まで思い切り吹っ飛ばした。
多摩支部長と副支部長は、抵抗虚しく強い風と共に壁に「ドンッ!!」と衝突。
壁のひびが蜘蛛の巣のように広がり、落ちた石膏の欠片が床に散らばった。二人はずるりと力なく崩れ落ち、呻き声だけが病室に濁った音を残す。
「あの風神を使いこなすの、すご……」
木田がポツリとこぼした。
「あの、木田さん。俺の記憶している限り、風神って技名も決まった動作もなく発動するから使いこなすの難しいと思っていたんですけど……」
「あの人の噂知ってるだろ?それは嘘でもなく事実だ。俺達と違ってあの人は天才なんだよ」と、木田と馬場君は横で、僕の邪魔をしないようにかコソコソと話している。
さらと獅子神総隊長はにんまりと笑い、佐々木君は口を大きく開け驚いていた。
そのとき、獅子神総隊長が淡々と口を開いた。
「如月、いくら隊長格は物語武器の使用を正当な理由があれば人に使っていいとはいえ、やりすぎだ。……クズ共とはいえ、な」
獅子神総隊長がクズ共見て、軽く僕に注意してきた。
「……はい」
「怪我人のくせに暴れるな。こいつらは俺が連れて行く」と、床で呻いているクズ共の首根っこをズルズルと引き摺って病室から出ていった。
が、直後に顔を出した。
「あ、そうそう。馬場、佐々木、それと三海をお前の小隊に配属にしといたからなー」と僕の返事を聞かずに再び去って行った……。
「……は?」
呆然とする僕の声だけが、病室に虚しく響いた。