風よ導け、命を繋ぐために ー後編ー
タイムリミットまで……あと40分。
「ゆ、弦君?その子達は?」
クロとシロの登場に驚いたのか、佐々木君が僕の隣で声を上げた。
「あー……僕のパートナーなんです」
「えっ?!弦すげえ!!俺、研修でパートナーになるのってすっげぇムズイって聞いたぜ!相性もあるし適合率も高くないとパートナーになれないのに!」
「たまたまです。それより、戦闘に集中した方がいいと思います」と言って、ゾンビ達の方に視線を向けた。悠長に話している間にもクロは物語黙々と影を使い、こちらに近づこうとするゾンビたちを抑えてくれていた。
「おい!!チビ!!勝手な真似するな!」
「なんでお前の言うこと聞かなきゃなんねぇんだよ!!」
正規隊員たちがこちらに詰め寄ってくる。やはり、僕の正体に気づいてはいないらしい。舐めた態度も仕方がないとは思う。だが……。
「黙れよ」
風を操り、正規隊員たちの背後にある壁へと烈風を叩きつけた。
ガアァァアンッ!!と派手な音が響き、彼らがわずかに怯む。
「……正規隊員のお前ら大人がこの様はなんです?予備隊員とはいえ、まだ子どもであるこの子達を護るべきなのに!!」
一拍置いて、怒気を含めた声で続ける。
「それに!今は争っている場合じゃない。ゾンビになってしまった人達を一刻も早く治療しなければ、元に戻れなくなる!!」ともう僕はなりふり構わず正規隊員達を叱った。僕も他人事ではないから……。
「馬場予備隊長、僕は貴方達から離れて戦います。実は……ゾンビに嚙まれてしまったので……」
返事を待たず、僕は狡噛に視線を一瞬投げてから、静かに距離を取った。背後で馬場君が何かを叫んでいた気がしたけれど、聞き取らないまま足を止めなかった。
「シロ……あの子達予備隊員を護れ。それと民間人も」
「……主」とシロは僕の腕を見て心配そうに呟くと、クロが「行け。主には、オレが傍にいる」と追い払った。
「僕達だけでなんとかしなくちゃいけない。気合い入れて行くぞ」
「主、大丈夫。あとちょっと、だから」
どこからくる自信か分からないけど……その言葉に、少しだけ救われる気がした。
「影移動」
呟きとともに、影の中へ身体を沈める。トプン、と波紋のように影が揺れた。クロの能力を共有している僕は、自分自身でも影を使うことができる。
「オレ、早く終わらせる」
ゾンビ達が呻き声を上げながら僕たちを取り囲む。皮膚の裂けた腕が無数に伸び、腐臭が鼻を突いた。
だが、影さえあれば……僕はどこへでも行ける。
「影を通して攻撃だ。馬場君たちの側を優先して抑えよう。あと……媒体も探す。これだけのゾンビ、何かがあるはずだ」
視線を走らせる。だが、これだけの数の中から媒体を探すのは容易じゃない。
……まだ、やれる。そう思い込まなければ、僕の心が折れてしまいそうだ。
「もう、僕は嚙まれているかね。何も恐れることはない」
「主……無理しないで」
クロと息を合わせ、風と影でゾンビを閉じ込めていく。なるべく傷つけないよう、風の檻に封じるのが最善だ。まだ、戻せる可能性がある人たちなんだから。
「媒体さえ、見つけられればなんとかなるのに……。あー!くそっ!!!!」
「予備隊員、危ないかも」とクロに言われ馬場君達に顔を向けると、ゾンビに囲まれて危険な状況になっている。
「影移動」
即座に影へと飛び込む。
「え、木佐木君?」と一瞬で目の前に現れた僕を見て馬場君は驚いている。
「良かった……嚙まれてはいないようですね。大丈夫、僕がなんとかするのでもう少し頑張って下さい」
「え、……なんで……あの人に、似ている」
何かに気づいたような馬場君の表情。けれど、今は気にしている余裕はない。
「馬場予備隊長!どうしてここに?三海さんの結界の中にいた方が安全でしょう!戻って下さい!」
「君が戦っているのに、俺が戦わない訳にはいかない!」
立派な言葉だ。でも、だからこそ。
「……君は、きっと良い騎士になりますね。でも、今は三海君の結界の中にいてください」
僕は彼の肩に手を置き、影移動で強制的に三海君の結界内へ送り返した。あそこにはシロもいる。護りは万全だ。僕にはもう、他の事を考える余裕は無い。
「まずい……。そろそろ、やばいな」
全身から冷たい汗が噴き出す。脳がじんじんと痛み、視界が揺れる。
「主!!」
クロが叫ぶと同時に、僕に体当たりしてきた。次の瞬間、僕がいた場所が黒く焦げた。
……予備隊員か正規隊員がゾンビになってしまったのか。僕もそう時間は掛からず、ゾンビの仲間になるだろう。
「ありがとう……助かった」
「もうちょっと、だから、主、頑張って!!」
「ク、ロ……ごめ……」
視界が霞む。身体が、言うことをきかない。
──ドサリ、と音を立てて倒れた瞬間。
「は?!?!如月副総隊長!?」とこの場にいるはずの無い木田の声が聞こえた。
「僕、が護らない、と……」
最後の言葉が、うまく喉を抜ける前に、僕の意識は闇へと沈んでいった──。