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第九話・潜入

 つるはしを担ぎ、牢へ戻る奴隷達がちらほらといる終業時間帯の採掘場。

 その一角に三人の男達が集まっていた。


「こんな時間に呼び出しやがって……で、要件は一体何だよ?」


 赤い服を着た――つまり監督官の男一人に対し、奴隷服の男が二人向かい合って話をしている。


「オレらは、これからあいつらに一泡吹かせるつもりでいる」


「あいつら? あいつら……ああ! そりゃいいじゃねぇか!」


 監督官の男は一瞬奴隷の男の言葉を理解できていなかったが。

 次の瞬間、顔をほころばせた。


「やっとお前達に協力した甲斐が実るってわけか! それで、結局ワシに何をさせたいんだ?」


「まあそう焦るな、やってほしい事は簡単だ。

 オレらが行動を起こした後、監督官共がどういった反応をするか知りたい」


 奴隷服の男が不敵な笑みを浮かべながらがそう言った。


「……反応が知りたい? それだけか?」


「ああ。それだけだ」


 監督官の男は拍子抜けと言う感じで聞き返すが、奴隷の男は笑みを崩さず答えた。


「わからないか? オレ達はやり過ぎたくないんだ」


「やり過ぎたくない?」


「あいつらの二の舞にはなりたくないからな」


「ふむ……」


 監督官の男は顎に手を当て悩む。

 そして、笑みを浮かべている奴隷の男とその後ろに居る同じく奴隷の男に視線を向ける。


「まあ……わかった。ワシには何のリスクもないしな」


 腑に落ちていない様子だが男は了承を返した。


「それはよかった。

 それじゃオレらもさっさと牢に戻る事にするぜ。怖い監督官様に叱られてたくないからな」


 わざとなのか。それとも本当に気づいていないのか。

 明らかに不承な表情をしている監督官の男を無視して、奴隷の男は満足そうに他の奴隷達と同じく自らの牢に戻ろうとして監督官の男の横を通り過ぎようとした時――。


「――あんた、今後の立ち位置は気を付けた方がいいぜ?」


 去り際に低く小さな声で奴隷の男は監督官の男へそう言い残して横を通り過ぎ、二人は採掘場を出ていった。


「……」


 監督官の男は一人暫くその場に佇み……その後に立ち去り。

 誰も居なくなった採掘場はランプが順々に消されて、そして真っ暗な暗闇に飲まれた。






 俺は怒りと居心地の悪さと気恥ずかしさがない交ぜになっていた。


 しかし、そんな俺の感情なんぞ考慮されるわけもなく。

 淡々と監督官に連れられて例の奴隷と監督官のエリアを隔てている真っ赤な扉の前にやって来てしまった。


(き、来ちまった……)


 その扉は俺の何倍もありそうなほどに大きく、そして重厚。

 蒸気が漏れ出しているパイプが幾つも繋がれ、表面には露になっている歯車が見える事から複雑な機構が組み込まれていそうだ。


(これ……かなり精巧で巨大な機構が組み込まれている。

 しかしどうしてこんな場所にそんな物が? それにここまで大きな必要があるのか?)


 職業病の類だろうか。

 俺はさっきまでの感情は忘れて、こんな場所で見れるとは思っていなかった複雑な器械に見とれしまった。

 そんな俺の手をリエルが優しく掴み、いつの間にか遅れていた俺を引っ張って監督官の後ろまで連れてきてくれた。


「開門!」


 そしてちょうど通行の手続きが終わったらしく、扉の見張り役の号令が辺りに響くと。

 扉に繋がれているパイプから蒸気が激しく漏れだして歯車が唸り声を上げなら動き始めた。


 俺は思っていた以上の仕掛けの規模に驚き、一体どう動くのかとまたまた場違いにも期待してしまった。

 ……だが、いつまでたっても扉は開かず、ついには振動と音が止んでしまった。


(……え? 何も起きてなくないか?)


「何を立ち止まっている? 早くこっちへ来いこっち」


 肩透かしを受けて扉を見上げて呆けていると、案内の監督官の俺を呼ぶ声が聞こえてそっちへ振り向く。

 すると、そこには扉の右下に空いた穴からこちらへ手招きしている監督官の姿があった。


(小っさ!? そ、それだけ!? ……壮大さの無駄づかいすぎる)


 期待を裏切られた様な気持ちでがっかりしていると、隣からリエルの小さな笑い声が聞こえ。

 目を細め口元に手を当ててクスクスと小さくお上品に笑うリエルの姿を見て、俺は急激に恥ずかしくなり急いで監督官に続いて穴を潜る。


 ――すると、さっきまでの洞窟のような印象だった通路とは変わり。

 扉の先の通路は、床や壁に天井が石材で舗装されて途中には観葉植物が置かれ、さらに天井のランプの光量さえ明るくここが地下だとは思えない作りになっていた。


(ここが監督官エリア……)


 俺は身に纏っているスカートを強く握りしめた。


 こんな目に遭ってまでやって来たのだから、必ず科学者に関する情報を手に入れなければと気合を入れ直し。

 さっそく進み始めた監督官について行きながら辺りを注意深く観察する。


 すると早速左手に扉が見えてきて、俺は情報が手に入るかと思い飛びつくように扉へ目を凝らすと。

 扉にはプレートが張られおり、そこには宿舎と書かれていた。


(宿舎。監督官共が寝泊まりしている場所って事だよな?

 さすがにそんな場所に捕らえられる様な人物が居るはずがない……よな?)


 すぐに手がかりが手に入る筈もないのに俺はすこし落胆し、空回りする気持ちを抑えながら曲がりくねった道をついて行くと。

 今度は右手に通路が見えるT字路に到着し、またもや情報入手のチャンスかと思ったが。

 前を歩く監督官がその右への分かれ道へと進んだ。


 それはつまり目的地への道という事あり、後に続いて右に曲がるとすぐさま女性奴隷用の牢が見えた。


「ここがおまえ達の寝床だ。入れ」


 監督官は鉄格子の扉の鍵が開けながら指示を出し、俺達は素直に従い牢の中に入った。


(おぉ~初日の牢と比べるのも烏滸がましい、ちゃんと人が住める部屋と言う感じだな)


 牢の中はバロさんと一日過ごした牢より明らかに設備が良く。

 床は石材で舗装され、蛇口のついた洗面台には鏡が設けられており、なにより一番うれしいのはちゃんとしたベッドが置いてある事だ。

 たった一日だったがあの寝心地の悪い藁のベッドで寝なくていいという事に、俺はちょっとだけこんな目に遭っている事に感謝した。


「しばらくしたら夕飯が届く。

 それまでしっかりと大人しくしていろ。」


 そう言って監督官は扉にしっかりと鍵をかけ離れて行った。


 それを見た俺は、すぐさま耳を澄ませて監督官の足音が遠ざかって行くのを確認し。

 続けて鉄格子に近づいて可能な限り外を肉眼で確認した後に、牢の中も全て調べ上げて人が隠れて俺達を監視していない事を確認した。


「よし、とりあえず監視はされていなさそうです」


「――ふふ」


 俺は確認が終えリエルへと報告すると、リエルが口元に手を当てながらも堪えきれない笑い声をもらした。


「な、何をわらっているのですか?」


「い、いえ。ふふ。

 あまりにもそのお姿が似合っていらっしゃるので」


 そう言われた瞬間、羞恥心が蘇って来た。


 今の俺の姿は(なぜか持っていたリライアンの化粧道具で)メイクをして髪を整え、リエルと同じ女性ものの奴隷服を身に纏っており。

 認めたくないが、自分でもかなり女性らしい姿をしていると思う。

 だが、正直俺はこの偽装で監督官を欺けるか不安だった、

 けれど道中出会った監督官達にはバレず、この牢にまで潜り込む事に成功した。


 ……とても不本意だが。


「どこでそのような仮装の技術を身につけらしたのですか?」


「こ、これは俺がやったんじゃなくて、リライアンさんが――って! ちょ、ちょっと! 近いですって!」


 俺は不躾な質問に少し怒りをにじませながら答えようとすると、突然リエルが俺の顔に手を添えてまじまじと見つめてきた。


 鼻筋が通り髪色と同じ青く長いまつげした綺麗な顔。

 それらの印象とは違う、大きくクリッとしたアクアマリンの様な薄水色のかわいらしい瞳と見つめ合う形になった俺は、自分の頬が熱くなるのを感じて急いで彼女を引き離した。


「あ! こ、これは申し訳ありません!

 あまりにお可愛らしいお姿をされていらしたのでつい……はしたない……」


(なんで抱き着かれた時やちょっとした話題で恥ずかしがっていたのに、こんな無防備で大胆な事をするんだ!?)


 リエルは自らの行動を客観視して恥ずかしそうに俺から距離を取り。

 俺もいまだに頬は熱く、自らの心臓の音がすこし聞こえてくるように感じた。


(リライアンさんが悪い。

 これも全部リライアンさんの所為)


 そう自分に言い聞かせて何とか気持ちを落ち着かせようとする。

 そして何か話題を切りだして空気を換えようと考えた時、まだお互いに自己紹介をしていない事に気づいた。


「そ、そう言えば俺達ってお互いに名前は知っていても自己紹介がまだでしたよね!

 俺はネオ・ゼーゲンって言います。

 ここに来る前は器械の修理工を手伝っていました!」


「じ、自己紹介! いいですわね自己紹介!

 わたくしはリエルと申します!」


 そして、急いで自分から自己紹介をしてリエルも渡りに船と乗っかって来たが、リエルは自身の名前を言った途端にそれ以上言葉が出てこず固まってしまった。


「えっと…………リエルと申し、まして…………その……。

 も、申し訳ありません! わたくし過去の記憶が無くしておりまして……名前以外にお話しするような事が……」


(そ、そうだったー! 逆に気まずいぞこれ!)


 渾身のアイディアだと思った自己紹介は逆に墓穴を掘り、申し訳なさそうな表情のリエルに罪悪感が湧いてくる。


「す、すみません! 無神経な質問でした!」


「い、いえ! わたくしの方に問題のあるのです。あなたが謝る事ではありません!」


「しかし、俺はその事を知っていたのに……」


「それを言うのであれば、そもそもわたくしが笑ってしまったばかりに……」


 平行線の謝罪合戦。

 このままでは埒が明かない事は分かっているが、異性と二人っきりの状況(しかも自分は女装している時)に一体どんな話題を話せばいいか何て皆目見当も付かない。


 だから俺は配慮や取り繕うなど、その様なことをせずに本音で話すことにした。


「じゃあお互いに悪かったという事にして気楽に話すようにしませんか?

 貴方は俺の姿を笑っていいし、そんなあなたに俺は怒っていい。

 どうですか?」


「ええ、ええッ! とても良いと思いますッ!」


 暗い表情をしていたリエルが、俺の提案に明るく笑って了承の返事を返してくれたことで、とりあえず安堵することが出来た。

 そして、これから共同生活を送る相手と関係を一歩進める事ができ、あのまま気まずくなることが避けられた。


「じゃあ、もう一度挨拶しよう。

 俺はネオ・ゼーゲン」


「わたくしはリエルと申します」


 俺は手を差し出し、同じ様にリエルも手を出して握手をし、トラブルが解消できたとして本題の話を切り出した。


「とりあえず、まずはここからの脱出方法でも考えるか」


「さすがに来たばかりで何も情報が無いのですから、難しいのではないでしょうか?」


「とりあえずだよ、どうせやることもないし。

 考えて損する事は無いから」


 そう言って俺はもう一度、今度はリエルにも協力してもらってベッドを動かしたりと、くまなく部屋の中を確認する。

 だが、そもそも一度確認していることに加え、女性用に新しく作られた牢に綻びなどあるわけがなく、結局リエルの言った通り脱出への糸口は何も見つからなかった。


「まあ、何も見つかるわけ……ないか」


「さすがに今日も遅いですし。

 また明日、あらためて確認してみましょう」


 そうリエルに諭されるが俺は諦められなかった。

 いつまでも俺の女装がバレない保証はないし、それよりも一刻も早く地上へ変えるための糸口を見つけたかった。

 ……そのためにこの作戦に参加したのだから。


「――あ!」


 俺はもう一度部屋を確認し直そうとした時にリエルから声が上がった。

 そちらを振り向けば、元に位置に戻す途中だろうバケツを持ち、自信満々な表情で自らの胸に片手を当てているリエルの姿があった。


「わたくし一つ作戦を思いつきましたわ!」


「おお!」


 俺はその姿に後光が差しているかの様に見え。

 半ばあきらめながら再度手がかりを探そうとした部屋の中が、気持ち明るくなったように感じた。


「一体どんな作戦なんだ?」


「ズバリ! この部屋にはトイレがございませんわ!」


(………………トイレ?)


 俺は元気いっぱいなリエルの言葉に思考が固まる。

 リエルがいったい何を言っているのか分からなかった――なぜならいま彼女の手にはそのトイレが握られているのだから。


(……もしかしてバケツとトイレが結びついていないのか)


 気を持ち直して考えてみれば、普通バケツとトイレが結びつくわけがないのだが。

 しかし、今の状況を考えれば気づいてもおかしくないはずだが……。


「い、今あなたが持っているそれ。

 それがここでのトイレです……」


「ほえ? 言ったい何をおっしゃっているのですか?

 トイレを持つなんて不可能ですわよ?」


「いえ……実際にあなたが思っているトイレの様な形をしているのではなく。

 その手に持っているバケツ。そのバケツにするんです」


 俺のその言葉にリエルの目は点になり、油が切れた器械の様にゆっくりと手に持つバケツへ顔を向けた。


「バ、ババババ、バケツにしますの!? そんな破廉恥な!?」


(…………破廉恥? あれ? もしかして俺達ってお互いに)


 ――俺はリエルの発言によって問題の深刻さに気がついた。

 監督官は女同士だと思っているがもちろん俺達は異性。と、いう事は――


「た、たしかにバケツにするなんておかしいよな!

 か、監督官に言って如何にかちゃんとしたトイレに行かせてもらえないか聞いてみよう!」


 突然俺が焦り出したことにリエルは困惑したが、俺が小声でトイレの事を伝えると一気に顔が茹で上がった。


「そ、そ、そ、そうですわよね! 如何にか出来ない――いえ!

 必ず如何にかしてもらいましょう!!」


「おいうるさいぞ! 一体どうしたんだ? 夕飯なら今から――」


 俺達はお互いに焦って大声で話していたため、ちょうど夕飯を持って来ていた監督官が急いでやって来た。


「か、監督官さん! わ、わたくし少し催してきたのでトイレに行かせてもらえませんか!?」


「はあ? トイレ? それならそこのバ――」


「――こ、このお方を何方と心得るのです!?

 このような場所でしろというのなら、私達は自死いたしますよ!」


 リエルは鉄格子を掴み監督官に訴えるが案の定却下されそうになり。

 俺も急いで女声を出しながら鉄格子を掴む。


 そんな俺達の血気迫る様子に監督官は気圧され後ずさりし。

 戸惑いながらも「す、少し待っていろ」と言って離れて行き、夕飯の代わりに鍵を持って帰って来た。


「こ、ここには女性用のトイレは無い。

 だから我々監督官が使っている男性用のトイレになるが。

 そ、それでもいいか?」


「ええ、そこでよろしいですわ! 早くわたくしをそこに連れて行ってくださいまし!」


 困惑しっぱなしで勢いに乗せられた監督官は、一応鉄格子から離れる様に俺達に指示して鍵を開けた。


「も、もう一人はそのまま離れていろ」


 そうしてリエルだけを牢から出して。監督官が牢の鍵が閉めた時に俺はふと気づいた。


(そういえば勢いでトイレに行く事になったが。

 リエルは一体どうやって脱出するつもりだったんだ……?)


 考えられる事としてこのままトイレに行ったリエルが、途中でバレないよう抜け出す事があり得るだろう。 

 しかし、牢を出て監督官の後ろについて行こうとしたリエルが、一瞬俺に向かってウィンクをしてから

監督官に連れられてトイレに向かった事で、その考えは間違っているのだと思った。


(けれど、俺にどうしろと?)


 俺は何かを伝えようとしたのはわかったが、しかしそのリエルの意図が分からず困惑し、とりあえず鉄格子の扉に触ってみた。


「――え」


 すると何の抵抗も無く扉が開いた。


 よく扉を見てみると、鍵のロック部分が歪んでいる事に気づいた。


(これ、リエルがやったのか?)


 能力なしではありえない仕業に、俺はもしかしてリエルは能力が使えるのか?

 そう疑問を抱いた。

 だがこれで科学者を探しに行く事が出来る事には違いない。

 

 俺は自らの頬を両手で叩き気合を入れ。

 そして牢の外へと踏み出した。


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