第八話・計画に向けて
オルスト達が去った後の採掘場は、続々と仕事のために奴隷達が入って来てにわかに活気を帯びてゆく。
「……一体何をさせる気だ?」
そんな周囲とは逆に、軽薄そうな笑みを浮かべるリライアンと睨みながら低い声で話すバロさんとの間には冷たい空気が流れていた。
「ちょっとしたジョークさ、そう怒んなよ?」
「そうかジョークか。
ならば貴様のジョークの腕は下手だと評価せざるを得ない、さっさと要件を話せ」
「……ふぅー……あんたには関係ないだが、まぁいいや」
リライアンは乱雑に自らの頭を掻きながらため息を吐き、そして再びリエルの方を向いた。
「つっても、体が欲しいってのはあながち間違った表現じゃない」
「――ええぇッ! 本当にわたくしの体が目当てなのですか!?」
リエルの羞恥心まじりの大声が俺とバロさんの後ろから上がると同時に、俺はさらに一歩前に歩み出た。
「さっき助けてくれたことは感謝しています。
けれど、下種な行いのために彼女を連れて行こうとするのなら俺が許しません」
「下種な行い? 下種な行いってのは一体どんな行為を指すんだ坊主~?」
そう言って睨む俺にリライアンは飄々とした態度を変えず、まるで子供へ接するかの様な口調で返答してきたため、間違いなく舐められていると感じた。
だがら、さらにもう一歩前に踏み出してリライアンへ肉薄しようとした――その俺の服をリエルが鷲掴みにしたため俺はつまずく様に立ち止まった。
「落ち着いてください。
わたくしは大丈夫ですから、まずはちゃんと話し合いをしましょう」
「はっはっは! そっちの嬢ちゃんの方が冷静だな!」
「……リライ、君もです。このままじゃ話が進みません」
「おっと、たしかにそうだな。悪かった坊主」
大げさにひとしきり笑ったリライアンは、傍に立っているエリクと紹介された男性に窘められ。
目に涙を貯めながら俺に対し平謝りをする。
「もちろんそんなくだらない理由じゃない。
彼女にやって欲しい事は……っと、要件を話したいところなんだが……ここじゃ人が多い。
そこで! オレ達が縄張りにしている場所がある。どうだ? 続きは場所を移してからにしないか?」
「――駄目だ。ここで話せ」
そして軽い調子で話し始めたリライアンが場所を移そうと提案した直後、バロさんが間髪入れずに言葉をかぶせた。
「おいおい、どうして一匹狼気取ってるあんたが首を突っ込む? オレはこの子達に話しているんだが?」
「どうして悪漢の所へむざむざ連れていかれるのを見過ごせる?」
「……んだと?」
まだ笑みを浮かべていたリライアンだったが、その表情からは少し苛立ちの気配が感じられ。
少しずつ足を速めながらバロさんへ詰め寄ろうとしたリライアンの前にリエルが飛び出した。
「お待ちくださいリライアン様!
バロ様! さすがにそのお言葉は言い過ぎですわ! たしかに胡乱気なお方ですが、先ほど助けていただいたお方ですわ」
「――そいつがオルストと同じように力を持って弱者を搾取している様な奴でもか?」
「……え?」
両者を落ち着かせようとリエルはバロさんへ苦言を呈すが、逆にバロさんから言われた言葉にひどくショックを受けていた。
「はぁー……相手はちゃんと選んでいる、オルストに組している奴だけだぜ?」
「恫喝や暴力によって従わせられている者達だろうが!
狙うなら諸悪の根源である幹部共にすればいい……私は貴様のそう言った所が気に入らず信用できない」
「本当に呆れる……心底呆れる――やっぱ馬鹿ぜあんたッ!」
リエルの仲裁むなしく、ついにリライアンが胡散臭い笑みを消して怒り出し、バロさんの胸倉を掴み、一瞬即発の状態へと発展してしまった。
「幹部を襲ってどうする……下手すりゃ怪我じゃすまない。オレはとてもじゃないが仲間達にそんなリスクは犯させられない。
そんなんだから、あんたは自分の部族を壊滅させるんだろ。
獣人族にとって部族は家族以上の存在だって聞いたぜ? それなのにどうしてあらゆる手段を尽くさなかった?
好きか嫌いで物事を判断するあんたは、自身の矜持のために家族を見殺しにした。
――違うか?」
「き、貴様ッ!」
リライアンの最後の言葉にバロさんが激昂した。
その怒りは傍に居るだけで俺は体が勝手に震えるほどで、バロさんは腕に血管を浮かび上がらせながらリライアンの胸倉を掴み返して空中へと持ち上げた。
「「そこまで(ですわ)」」
その瞬間。リエルがバロさんを、エリクさんがリライアンを掴んで両者を無理やり引き剥がした。
「リライ目的を思い出してください!」
「バロ様! たとえ相手を嫌っていようと言って良い事と悪い事がありますわ!」
リライアンとバロさんの二人はお互いに荒く呼吸をしていたが、一足先にリライアンが息と身だしなみを整えて前髪を掻き上げた。
「確かに……ふぅーその通りだな」
バロさんも剥き出しの牙をしまってふたたび不機嫌そうに直立し、ひとまず両者の衝突は回避された。
けれど俺は周辺がざわめいている事に気づき。
周囲を見渡せば、仕事の傍らで奴隷達が俺達の方を見ながら小声で話している姿が目に映った。
それもそうだろ、あれほど大声で争っていれば否が応でも目立つ。
……さらに俺は少しだけ焦っていた。
(バロさんの反応的にリライアンさんは善人とは言えない可能性が高い)
俺はキツくリライアンを睨んでいるバロさんを一瞥する。
(……さっきのやり取りからリライアンさんがバロさんの事をかなり嫌っているのは明白。
そんな事は本人達の方が良く分かっているだろうし、そのうえでバロさんの目の前で話を始めればこうなる事も分かっていただろう。
分かっていて、揉める事も承知でリエルの勧誘に来たという事は、何かしらリライアンさん側にリエルを求める強い理由があるはず)
そう論理立てるが、今の所はリライアンの行動はとても合理的とは言えない。
どう考えたってバロさんのいないところで勧誘を行えばいいからだ。
(それはつまり。
リライアンさんはリエルを求める強い理由がありながら。
けれど、現状はバロさんの事を挑発または激昂させ、リエルにバロさんへの悪印象を抱かせようとする迂遠な作戦を行っているのだと思われる)
そして、その事が俺に強い焦りを生んでいる要因になっている。
俺はリライアンとリエルの会話によって、何かしらこの場所に置いての情報が手に入れられるチャンスだと思っていた。
しかし、俺の考えが正しければ、その機会は訪れない事は無く。
そうなった場合を考えた時――俺は部外者の自分が出しゃばることを決めた。
「バロさん。バロさんの懸念は俺もよくわかります。
ですが、このままでは結局話が進みませんし、あなたが居ないところでリエルに接触する可能性があります。
そこで提案なのですが、俺だけ付いて行って話を聞くというのはどうでしょう?
そうすればリエルが危険な目に遭う事は無いです」
「ネオ!? き、君は何を言っているんだ!? 私はリエルだけを心配しているわけでは無い!!」
「ご提案は嬉しく思いますが、リライアン様はわたくしに御用があるのです。
それならばわたくしが向かうのが適当ですわ」
「それでは結局、平行線のままじゃないですか。
周りの目もどんどん強くなってきていますし、やはりここは俺が――」
「――わかったわかった!
そっちは三人、逆に俺はエリクと二人だけ!
これでどうだバロ!
話を拗れさせたのはあんただ、責任を取って付いてきな」
「……分かった」
めんどくさそうに頭を掻くリライアンがそう提案すると、バロさんは苦虫を嚙み潰したような表情で許諾し。
……俺の自分の目的が何とか達成できそうで一安心した。
そして、手で付いてくるように合図するリライアンに俺達は大人しくついて行く。
リライアンはいまだ少し苛立っているのか足元の石ころを蹴っ飛ばしながら歩き、それをエリクに怒られている。
(あの怒りは演技じゃなかったのか……)
ひとりでに反省しながら歩き続けていると、だんだんと周囲の奴隷の数がまばらになり。
前方の奥まった所に固まっている奴隷の集団が見えてきた。
「皆! すまないがちょっと何処か離れておいてくれ。これからこいつらと話しをする」
大声でリライアンがそう言うと、奴隷達は文句ひとつ言わずに速やかに作業を止めてその場を離れて行く。
その行動から俺はリライアンのグループの結束力、統率力の高さが窺えた。
「椅子などといった気の利いた物は、申し訳ありませんがございません。
ですので、この木箱を裏返して座ってください」
いつの間にかエリクさんが全員分の木箱を俺達の元に運んで来た。
「どっこいしょと、それじゃ何から話そうか……」
円陣を組むかのように全員が座ったのを確認したリライアンは腕を組んで悩みだした。
「とりあえず……まずはお嬢ちゃんの体の件について話すか」
「コホン。あの、そのお言葉はどうにかなりになりませんか?」
「――まず前提として俺達はこのくそったれから脱出する事を目指している」
(まさか!? こんなに早くに聞きたい情報が来るなんて!?)
恥ずかし気にほほを赤らめるリエルの苦言を無視して放たれた言葉に、俺は身を乗り出しそうになった。
「脱出を目指していてリエルが必要。と、言う事は、もう何かしらの脱出方法を考えついているという事ですか?」
俺は全力で自分の気持ちが表に出ないように振舞いながら、脱出の情報について聞き出そうとする。
「残念だがその手前だ坊主。
脱出の手段を知っているかもしれない奴を見つけるのに、お嬢ちゃんの力が必要としている」
どこからか取り出した鉄の水筒らしき物にリライアンが口を付け喉を鳴らす。
「科学者がこの地下に囚われているって情報を知っているか?」
「科学者って、バロさんが言っていた……」
俺のその言葉に皆がバロさんを見る。
「いるという事は知っているが、居場所までは知らん」
「――居場所は監督官エリアだ」
相変わらず不機嫌そうに腕を組んでいるバロさんの言葉へ被せる様にリライアンは話を続ける。
「僕達の仲間が監督官から盗み聞きした話によれば、監督官エリアには新たに女性奴隷用の牢が作られたそうなんだ」
「それはわたくしが入る予定の場所ですわね、今日ゲビス様からその話をされました。
……あっ! だからわたくしを」
「そういうこった。
奴隷エリアと監督官エリアを繋ぐたった一つの通路は、大きな門で塞がれて四六時中警備が立っているから俺達じゃ侵入は不可能。
だが、科学者が居そうなのは監督官エリア。
そこであんたってわけだ」
リエルを求める理由はわかった、だが俺には一つ大きな疑問があった。
「疑問なのですが、どうして科学者に会えば脱出へつながると思っているのですか?
それよりも地上まで掘った方が確実に思えるのですが……」
その俺の質問に対しリエル以外の皆が黙り込んだ。
何かまずい事を聞いてしまったのかと狼狽えているとリライアンが答えてくれた。
「どうやら知らないようだから教えてやる。
――驚け! なんとここは地下数百メートルの場所だ!
地上まで掘る? やってみればいい寿命との戦いになるぞ?」
「数百ッ!?」
「この地下採掘場と地上を繋ぐのは蒸気エレベーターただ一つ、それ以外の脱出はとてもじゃないが現実的じゃない。
けれど、監督官共を蹴散らしてエレベーターに乗るには能力が無ければ論外。
だから根拠が無かろうとも、オレ達は藁にも縋る思いで捕まっている科学者を頼るこの作戦に賭けるしかない。
それが現状だ」
――博打。
成功するかもわからない、そもそも情報を持っているとも限らない人物を頼るしかない事態に、俺は未来が暗くなるのを感じる。
(どうして、父さん……)
「――いいですわ。その作戦にご協力いたします」
そんな俺曇天の様な心へ、一筋の光が差し込むかの様に凛としたリエルの言葉が響いた。
「……誘っておいていうのもお門違いだが。良いのか?
今は監督官共もデレデレしているがこれがバレたらどうなるかわからんぞ?」
「先ほども申し上げましたが、わたくしは過去の記憶がなくその記憶を取り戻したいと思っております。
そして、それはこの場所では出来ないと感じており、ならばこの場を出られる可能性が少しでもあるのならわたくしは行動を起こします。
わたくし、お姫様の様に助けを待つのは性に合いませんの」
木箱から立ち上がり、しっかりとリライアンを見据えて放たれた力強く迷いのないリエルの言葉に俺は勇気づけられた。
(恐れていたって事態は何も好転しない……なら!
俺だってクロさんから父さんを助けるんだ! これくらいの賭けに怯えている様じゃそんなの夢のまた夢!)
「俺も! 俺も協力させてください!
雑用だろうと何だろうと文句言わずに従います!
だから脱出計画に参加させてください! 俺も地上へ帰らなけばならない理由があるんです!」
俺は立ち上がって齧りつくようにリライアンを見つめながらそう言って頭を下げた。
「彼女が居た頃が懐かしく感じますね……」
「……ッケ」
すると二人は意外な反応を見せた。
リライアンは目を細めてどこか遠くを見て、エリクさんはそんなリライアンの肩に手を置いた。
なにやらリライアンとエリクさんが小声で話をするだけで答えが帰って来ず。
俺は参加が認められないかと思い、心配で顔に汗が滲み始めた。
「……いいぜ、人手は多くあった方がいい。
それに小僧にやって欲しい事も思いついたしな」
「あ、ありがとうございます!」
「――そうか。自らの意志で協力するのなら、私はこれ以上干渉しない」
リライアンの了承の言葉に俺は笑顔を浮かべてもう一度頭を下げた時。
バロさんがそう言いながら重々しく木箱から腰を上げた。
「え? バ、バロさん? どうしたんですか?
あなたも脱出を目指しているんじゃ……」
俺が立ち上がるバロさんへそう問いかけると、バロさんはどこか寂しそうな申し訳なさそうな表情で俺を見た。
「もちろんだそうだ。私もこの場所からの脱出を目指している。
……だが、そのために自らの信念を曲げる事だけは出来ない。
どうか馬鹿だと笑って。
そして、俺みたいにはならないでくれ」
そう言ったバロさんは自虐的に笑い、踵を返してそしてこの場を離れて行った。
俺はバロさんを引き留めようと思ったが、その声音から感じ取れた決意に何も言えなくなってしまった。
「仲直りはできないのですね……」
そして、俺は何とか言葉を紡ごうとしたが、離れて行くバロさんの背中を見てただ静かに頭を下げた。
(とても笑う事なんてできませんよバロさん。ありがとうございました)
……ゆっくりと顔を上げた頃にはバロさんの姿は見なくなっていた。
「ほおっておけ、過去に囚われた奴なんて。
それよりもこれで計画を実行に移せるようになった。
失敗はできない。たった一度かもしれないチャンスだと思え。
リエルには今から計画を徹底的に叩き込むからな。
エリクが」
「はいはい」
場の空気を換える様に明るい調子で話すリライアンとエリクの二人が椅子から立ち上がり。
指導任されたエリクさんはリエルへ近づき。
「さっき何でもすると言ったよな。坊主?」
いたずらっ子の様なニヤついた表情で俺に近づいてくるリライアンに途方もなく嫌な予感がした。
「それじゃあよ。
一肌脱いでちょっち女装してくれないか?」