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第七話・波乱の幕開け

 豪快に粉塵を立ち昇らせ、辺りに土塊が転がしながら採掘場内に響き渡るほどの大きな音を立ててつるはしが壁に衝突する。


 見た目の印象からは信じられないほどに豪快な採掘を行う女の子の隣には、気色の悪い顔で煽て囃しご機嫌取りを行う監督官がいる。

 その二重のインパクトに俺は愕然とし、開いた口を開いて固まってしまった。


「とても筋がよろしいですッ! まるで採掘機の様ですよぉ~!」


(……それ褒めているのか?)


「それはよかったですわ。

 このような作業は初めてでして、教えていただき感謝いたします」


「……女……か? 初めて見たな……」


「は? バロさん??」


 いつの間にか土の階段を降りていたバロさんに気づいた俺は、急いでその後を追い傍へやってきた所に衝撃的な発言がバロさんから飛び出てきた。


「……?

 ――いや、いや違う!? ここで見かけるのが初めてだ、という事だ!」


 本日二度目の驚きでとんでもない眼差しを向けていたであろう俺に気づいたバロさんは。

 先の自らの発言で俺が勘違いを起こしていると分かり、急いでバロさんが少し声を荒げながら発言を訂正した。


「――誰だそこに居るのは! 何をこっち見ている! さっさと仕事に……ってお前はッ!」


 そのバロさんの声は監督官にも聞こえたらしく。

 俺達の方へ足音を立てながら近づいて来た監督官は、害虫でも見つけたかのような表情を俺達に向けてきた。


「……どうしてお前が、ッチ!

 そこの! 昨日の言いつけ通りにちゃんと仕事は覚えたんだろうなぁ?」


 そして露骨にバロさんを視界から外して俺の正面に立った監督官が、俺を睨みつけながらそう言ってきた。

 と思ったら、俺と監督官の間へバロさんが半身を無理やり挟んでくる。


「今から教えるところだ」


「な、なんだよ、お前に聞いてねえぇよバロ! 引っ込んでろ!」


 ゴブリン族と獣人族。

 そのあまりの体格差に手に持つ鉄の棒が心もとなく感じてしまったのか、監督官の男は明らかに腰が引けている。


「なにを揉めていらっしゃるのでしょうか?」


 そんな状態なのに監督官はプライドからかその場を動かず、バロさんも一歩も引かないため二人はにらみ合いの状態になっていると。

 つるはしを置いた女の子が不思議そうな表情で近づいて来た。


「い、いえ。あなたの様な女性が気にする事ではありませんよ。へへ」


 監督官は先までのにやついた顔に急いで戻し、女の子に前へさりげなく立ち塞がって進路を妨害したが。

 けれど女の子はまった気にせずに、監督官をするりと避けて俺達の前にまで歩み寄って手を差し出してきた。


「わたくしの名前はリエルと申します。

 ……確か挨拶するときには握手をする……でしたわよね?」


「え? え、ええ!

 そう言いましたけれどそいつらには必要はありません!

 問題がばかり起こすクズですから!」


(俺はまだ来たばっかなんだけど……)


 リエルと名乗った女の子がバロさんの手を握ろうとすると。

 監督官は悲鳴の様な声を上げながら急いで二人の間に割り込んで握手を中断させた。


「な、なんてことをおっしゃるのですか! 他者に向かってクズだなんて!

 そんな事をおっしゃってはいけませんッ!!

 さあ握手をして仲直りを!」


 俺達を悪し様に言う監督官にリエルが説教し、バロさんと監督官の手を掴んで強制的に握手をさせようとした。


「すまないが、私がこいつを許す事は無い」


 しかし、掴んで来たリエルの手をバロさんがすぐに振り払った。


「なにぃ!? 彼女の好意を無下にするのか!?

 ――ワシだって嫌なのに我慢してやろうとしたのに!」


 女性の手前だからか、気持ちを押し殺してぎこちない笑みを浮かべて握手をしようとしていた監督官はバロさんのその言葉と態度に激昂し。

 鉄の棒を握って振り上げた手をリエルが優しく静止した。


「……そうですか……いえ、あなたのおっしゃる通りですね。

 相手を許せないという事はとても悲しい事ですが、しかし無理やり相手を許させるというのも違うお話。

 申し訳ありません、わたくしの余計なお節介でしたわ」


 そう言って全く悪くないリエルが頭を下げる事に、バロさんは困惑してどう対応しようか困っていた。


(こんな場所に来る様な人で、ここまで心が清らかな人がいるなんて……)


 正直に言って俺は奴隷なんてどうしようもない人物なのだろうと思っていた。


 実際にこの国の奴隷は犯罪者か他国からの輸入しかおらず、その認識が間違っているとは思わない。

 しかし現実には自分の様な違法な奴隷が居て、目の前のリエルの様な善き人が奴隷になってしまう事があるのだと知った。


「居ました! ボスあそこです!」


 ――その時、採掘場内にがなり声が鳴り響いた。


 俺達はその声の方に視線を向けると、採掘場の入り口を見ると多数の獣人族の集団が見え。

 その集団の先頭にはさっき監獄部屋で因縁づけてきたハイデの姿があり、階段を下りて俺達の所へ向かってきたため今回もまた突っかかってくるのかと思っていたら。

 俺達の目の前に到着したハイデを含めた獣人族の集団はいきなりキッチリと左右に分かれて、その間から一人の人物が前に歩み出て来た。


「……よおバロ、久しぶりだな。

 伝言だけとはつれねぇじゃねぇか」


「お前の言った事だからなバロ? ボスが来てくださったぞ?」


「げぇ、オルスト! 最悪だ! なんでワシが居る時にやって来るんだよッ!」


 全身を覆う黒い短毛の毛並みを切り裂く様に多数の傷が刻まれており、そしてバロさんより大柄な獣人族の男がバロさんの目の前までやって来た。


「バロ、お前実はマゾなんだろ?」


「は?」


 バロさんとオルストと呼ばれた二人がにらみ合い、これから何かが起きるのだろうかと思っていたら、開口一番とんでもない言葉が飛び出てきた。


「ふ、ふざけるなッ!

 なにを意味の分からん事を言っている!」


「くっくっ! だがそうとしか考えられないだろう?

 おれ達に何度も逆らって、そのたびに痛い目を見ているのに何も学習しないんだからな?」


 一瞬即発。

 まだ挑発を行っているだけだが、この後に間違いなく争いが起きという気配が漂う中。


「――おやめください! 何があったのかわたくしには分かりませんが!

 ですが目の前で喧嘩を行おうとするのなら見過ごわけには致しません!」


 リエルが両者の間に飛び込み両手で二人を離れさせた。


「何だこの女! ボスがいま話してるのがわかんねぇのか!」


「ちょ、リエルちゃん!? まずいって!」


 イラついた様子の取り巻きの一人がリエルの手を掴むが、リエルは腕を一振りするだけでその手を払う。

 それに一瞬取り巻きは驚いたが、さらに怒りを顔ににじませながら拳を振り上げた。


「――やめろ!」


 その光景を見た俺は勝手に体が動いたように感じながら勢いよく飛び出し、リエルを抱き抱える様に持ち上げて取り巻きの攻撃を回避した。


「あ、ありがとうございます。ですが、こんなに密着されますと……その……」


「あッ! ご、ごめんッ!」


 そのまま取り巻きの次の行動を警戒していると、か細いリエルの声が聞こえ。

 そちらを向いてみると顔を赤くしたリエルが目に入り、俺は慌ててリエルを地面に降ろした。


「……なんだバロ、やっと仲間を作ったのか?」


 そんな光景をオルストは面白そうに見つめており、俺は気持ちを切り替えて再び獣人族の集団を警戒する。


「貴様には関係ない」


「――ああ。面白くなってきた……やっとか、やっと仲間を作ったのか。くっくっく!」


 最初からバロさんの返事なんて関係ないかの様に顔を手で覆い隠しながら不気味にオルストは笑う。

 ――その時、バロさんがオルストの胸倉を掴んだ。


「何を笑っている! もし手を出そうと考えて――」


「――また仲間を失う事になる。お前が」


 バロさんが言葉を言い切る前にオルストが勢いよく頭突きをし、両者は額をくっ付けにらみ合う。


「くっくっく! くぁっはっは!! 心残りだったんだよ! いくらお前を痛めつけれも解消されなかった!」


(!?)


 ――オルストのその瞳を見た俺はいつの間にか一歩後ろへ下がっていた。


 とても正気とは思えない目をしていた、深い悲しみの色の。


「――だから喧嘩はお止めなさい!」


 誰もが言葉を発さず、バロさんとオルストがいつ戦端を開くかと緊張の糸が張り詰めていた時。

 またしてもリエルが飛び出て両者を引き剥がした。


「お前ッ! 女ぁ! 何度も出しゃばりやがって!!!」


 ボスの手前一度は大人しく後ろに下がったさっきの取り巻きが、怒髪天を衝く勢いで激昂してリエルに掴み掛ろうとし。

 俺は(なぜ再び危険を犯したんだ!)と内心で若干怒りながら再びリエルを助けようと動いた。


「出来れば折檻をしたくは無かったのですが!」


 しかし俺の心配をよそに。

 リエルは自分の体を掴もうと伸ばしてくる取り巻きの腕を逆に掴み、そのまま成人男性――それも獣人族の男を採掘場の入り口へと投げ飛ばしてしまった。


「「「――な、何ッ!?」」」


 その華奢で可憐な見た目からは想像できな力に、俺と監督官、さらにはオルストの取り巻き達を含めて目が飛び出そうなほどに驚いた。


「……おもしれじゃねぇか。

 女だてらにいい力だ。お前新入りだろ? どうだうちに入らねえか?」


「お断りいたしますわ」


「そうか……おいゲビス」


「は? ワ、ワシ? ワシが呼ばれたのか!?」


 リエルの一挙手一投足に慌てふためいていた監督官は、オルストにゲビスと呼ばれ飛び上がりながら返事をした。


「お前は仕事を思い出してこの場所を去った。そうだな?」


「そ、それは、ワシにはここでの仕事が……それにリエルちゃんとの……」


「そうだな?」


「――全く持ってその通りです!」


 苛立ちを伴った低い声に、ゲビスは敬礼をしながらハキハキと返事をする。

 ……が一瞬リエルを一瞥する。


 けれどすぐさま脱兎のごとくこの場を去って行った。


「さてお嬢さん、最後通牒だ。

 これから痛い目を見たく無かったらあの男の様に尻尾を巻いてこの場を去るんだな」


 オルストのその言葉に取り巻きから笑い声が上がる。


「ご心配なく。

 どうやらあなた方には言葉よりもこちらの方がよろしいらしいですわね」


 そう言ってリエルは拳を構え、その姿は何処か様になっているように見える。


「気丈だな、ますます気に入った。

 ……しかしそれを蛮勇と言うのだぞ?」


 オルストが指を鳴らすと、取り巻き共が俺達を囲う様に一斉に動き出し、それに対して俺達も戦闘態勢を取って再び一瞬触発の空気が漂い始めた。


 お互いの息が聞こえるほどに研ぎ澄まされた緊張の糸。

 ほんのちょっとの動きによって戦いの火ぶたはすぐさま切られるだろうそんな状況の中。


「――ちょいっと待ちな。その喧嘩オレ達も混ぜてもらおうか?」


 突然何者かの声が響き。

 俺達やオルスト達の意識はそちらへ向いた。


「リライアン……何の用だ」


「新人勧誘。ってところかな」


 オルストにリライアンと呼ばれた金髪の人族の男は、どこで手に入れたのか被っている帽子が飛んでいかない様に抑えながら上の階から俺達の側に飛び。

 その隣にいる茶髪の人族の男も同じく飛びおりてくる。


「よおバロ、大変そうだな」


「どうしてお前が……?」


「別に善意じゃない。だが助けてほしいだろ?」


 バロさんとリライアンの二人は知り合いの様に軽口でやり取りをしており、俺はもしかして援軍が来たのかと期待したが、先ほどのオルストの言葉が引っ掛かった。


(さっき奴は、『やっと仲間を作ったのか』そう言っていたのよな?」


 その俺の考えを肯定するかのように、よく聞くとバロさんの言葉には何処かトゲがある様に感じた。


「……まあな」


「おいおいこんな時にもかよ……まあいい。今回は新人二人へのサービスだ」


 呆れた様な表情のリライアンは仕方なくと言った様子でもう一人に指示を出し。

 各々の武器。どこで手に入れたのかリライアンは剣を、男はナイフを構えた。


「こっちの話は済んだ、オレ達も参戦させてもらうぜオルスト。

 どうする? 続けるかい?」


「ここで決着をつけてもいいが……ふん、興が削がれた。

 覚えておけバロ。俺はいつまでだろうと忘れないからな」


 そう言ってオルストはバロさんを睨みつけながら鼻息をし、踵を返し取り巻きを連れて採掘場を出て行った。


「ふぅーやれやれ。助けには来たが戦いにならなくてよかったぜ」


 わざとらしく額の汗を拭う様な動作をしたリライアンが、武器をしまって俺達に向き直り胡散臭い笑みを浮かべた。


「第一印象は挨拶からだ。

 オレはリライアン・セル。こいつはエリク・アイディー。

 あんたたちの窮地を助けた者だ」


「助けてくれたありがとうございます。俺はネオ・ゼーゲンです」


「同じく感謝いたします。わたくしはリエルと申します」


 どこか露悪的に話すリライアンは、挨拶が終わるとリエルを指さした。


「さっきも言ったが善意で助けたわけじゃない。

 オレ達はそこのお嬢ちゃんに用があって来た」


「わたくしに……ですか……?

 申し訳ありません、出来ればご協力いたしたいのですが。

 わたくしは過去の記憶を無くしていまして、何かお役に立つような事はでき――」

 

「――目的はあんたの体だ」


「か、かかか体ッ!?」


 リエルは突然の言葉に顔を赤くして俺達の後ろまで後退するのとは逆に、俺とバロさんはリエル庇うように一歩前に出てリライアンと対峙した。


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