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第三話・襲撃

 床にまき散らされたスープの残り香に混じった砂煙が鼻につく。

 クロさんの背後の破壊された壁から部下と思わしき四人の黒ずくめの人物達が入って来る。


「レイ・ラインツ。今日が年貢の納め時だ」


「レイ……ラインツ……?

 い、一体誰の事を言っているんですかクロさん!

 どうしてこんな事をッ!」


 俺は目の前の人物が昼間に出会った人と同じだとはとても思えなかった。

 高潔さと慈愛の心を感じさせた金色の瞳は今や猛獣が得物を捉えるかのように鋭く、言葉を発した瞬間にその眼で見られた俺は全身に悪寒が走った。


 そんな俺の頭を暖かな父さんの手が撫でた。


「いや~レイ・ラインツ? 一体何方の事をおっしゃっているのか。

 僕の名前はアル・ゼーゲンって言います。あ、この子は息子のネオ・ゼ――」


「――下らん芝居は止めろ、もう調べは付いている。

 大人しくついてくれば手荒な真似はしない。

 息子も同様だ」

 

 いつものと同じく目を細めた笑みの父さんが前に歩み出て対応するが、クロさんは息が詰まるほどの重圧を放って話を中断させた。


「……取り付く島も無いのね」


 両手を開いて降参の様なポーズを取っていた父さんが姿勢を低くする。


「止せ。戦闘は本意ではない」


「それは無理な相談……だッ!」


 ――一体何をするのだろうかと俺は父さんを見ていたはずなのに、いつの間にか父さんの両手にはナイフが握られていた。

 そして、父さんはそのナイフを思いっきりクロさんへ向かって放つが、クロさんはかなりの重量を感じさせる戦斧を巧みに扱いナイフを弾く。

 だが父さん狙いはその防御によって視界が塞がれる事だった。


「先手は貰ったってね!」


 一瞬にして父さんはクロさんへ接近すると、これまたいつの間にか手にしていた片手剣を思いっきり振るった。


「フン」


 けれどその動きはクロさんに読まれていたようであっさりと篭手で攻撃を受け止められ、カウンターとして放たれた蹴りが父さんに命中して天井を突き破って上空へ吹き飛んで行った。


「父さん!?」


「――アビリティスペースクリエイト:エクアプリズム」


 天井を突き破るほどの攻撃を受けた父さんの事を俺は心配したが。

 今度は外から天井を突き破って半透明な四角形が多数クロさんへ降り注いだ、けれどそれすらもクロさんは戦斧を振るい全て弾いてしまった。


「エクスパンション!」


 ……父さんの攻撃は失敗した。そう思った次の瞬間、弾かれ床に突き刺さってい半透明の四角形が一斉に炎を伴わない爆発を起こした。


「うわぁぁぁ!!」


 その衝撃で家が崩壊し、俺は背中から地面を転がり何とか残っていた家の壁の残骸にぶつかって止まった。


「ありゃりゃ~やっぱり効いてないか~」


 俺は体に乗っている瓦礫を払って体を起こして上空を見上げると、星空を背景にしっかりと両足で空中に立って地上を見下ろしている無傷の父さんの姿があった。


「こけ脅しに過ぎないッな!」


 そんな父さんへ向かって、こちらも無傷のクロさんが飛び上がりながら軽々と戦斧を振るう。

 しかしその刃は、父さんに当たる直前で半透明な壁に防がれた。


 けれど、攻撃が通じなかったと判断したクロさんの動きは早く、半透明な壁の縁を素早く認識すると、攻撃の勢いのままに掴んで壁を乗り越えるかの様に飛び越えて父さんに向かって踵落としを放った。


「ッぐ!」


 父さんはクロさんの行動に驚きながらも何とか腕で防御できたが、勢いよく地上まで落下して四つん這いの体勢になってしまい。

 そこへすぐさまクロさんの部下と思わしき四人が攻撃を仕掛ける。


「させない! アビリティエクスチャンジ:メイス!」


 クロさんと父さんの戦いには横やりを入れる事は出来なかったが、追撃を防ぐことは出来ると財布から金貨を四枚掴み取って、俺は四人の部下目がけて思いっ切り投げつけながら能力を発動させると。

 飛んで行った金貨はそのスピードを保ったままに鉄製の片手持ちメイスへ変化して、父さんへ飛びかかっていた四人へ命中した。


 勢いよく飛んできた金属の塊ともいえるメイスの勢いに普通の人物はまず耐えられるわけがなく、四人の部下は父さんやクロさんとは異なりちゃんと普通の様で吹き飛んで地面を転がった。


「ありが――」


 ――そしてその隙に立ち上がろうとした父さんへ向かって、上空から隕石のごとき速度でクロさんが落下しながら戦斧を振り下ろしてきた。

 それに如何にか反応する事の出来た父さんは、一度戦斧の攻撃を防いだ半透明な壁を再び作り出す。

 

 ……しかし、その壁はなぜか今度はあっさりと破壊されてしまい、欠片も勢いが衰えていない戦斧が父さんの頭へと直撃した。


「――と、父さんッ!!」


 父さんの体が両断されて血を流して地面に倒れ伏す、そんな血の気の引く想像をしながら俺は声を荒げた。

 

 けれど、驚くべき事に父さんへ直撃したはずの戦斧は、父さんの体の輪郭をなぞる様に体表を滑ってそのまま床を陥没させた。


「え、え? は?」


 俺は信じられないその光景に驚いていると、父さんは平然と俺の傍まで飛び退いて来た。


「あっぶなかったぁ~。

どれだけの威力なんだよ僕の壁を破壊するなんて馬鹿力すぎるでしょ~」


「ととと、父さん!? ど、ど、どうやって――」


 父さんが死んでいない事は心底安心したけれど、どうやってあんな攻撃を防いだのか疑問しかなかった俺が訪ねようとした――その時。


 父さんの眼前。その空間。

 そうとしか形容できない空中に多数の罅割れが生じていた。


「――な、なんだよそれ!? ど、どうなって!?」


「ん?」


 父さんが俺の驚きの声に疑問符と共に振り向くと、罅もまた追従して俺の正面へやってくる。

 するとその罅が一気に父さんの全身を覆うように拡大し、父さんの姿が曇りガラス越しの様に見えなくなってしまった。


 そしてさらに異変は続き。

 突如として父さんの頭部の方から空間が破片の様に剥がれ落ち始めた。


「父さん! 大丈夫なのかよ父さん!!」


 俺は朧げに見える父さん姿へ手を伸ばしたが目に見えない壁に阻まれ。

 キラキラと月光を反射するガラス片の様な欠片が剥がれ落ちて行くのを、俺はただただ眺める事しかできなかった。


「――あちゃ~」


 そして全てが剥がれ落ちて見える様になったその場所には。

 目鼻立ちがはっきりとした整った顔に、深い白金の様な銀色でシルクの様な滑らかな長髪とその髪の隙間からピンと伸びた尖った耳を持ち。

 見た事の無い新緑の様な緑の服を身に纏うエルフ族の男性が立っていた。


「だ、誰……なんだ……?

 父さん……なの……か?」


「隠蔽まで壊されたか……仕方が無い」


 エルフ族の男性は片目を瞑りながら頭部を掻き、しまったという顔をして立ち上がり俺の方を向く。


「初めまして……っていうのもおかしいだけど。

 アル・ゼーゲンもといレイ・ラインツ。

 姿は違えど――キミの父親さ」


 そして父親だとはっきり名乗りって目を細めて微笑んだ。


(に、偽物だろ……どう考えたって。

 姿形がまったく違うじゃないか)


 その言葉を俺はとてもじゃないが鵜吞みにする事は出来なかった。

 目の前の男性からは、緑色の肌をして俺よりも背が低い典型的なゴブリン族という父さんの面影は一切感じられず。

 とてもじゃないが父さんとは似ても似つかない姿をしている


「……ごめんね、ネオ」


 そんな混乱する俺に、目の前の男性は申し訳なさそうな表情を浮かべて優しく頭を撫でてきた。


(――この匂い)


 その時に、いつも父さんが付けている花の匂いがふわっと微かに俺の鼻腔抜けた。


「今まで騙していてごめんね。

 出来ればもう少し大人になってから話そうと思っていたんだ……ってそう言っても信じられないよね、あはは……

 けど……どうか今だけは僕を信じてほしい。

 この場を切り抜けたらちゃんと全部話すから」


「……分かったよ……分かったよ。父さん」


 そう答えると、父さんは微笑んだ後に俺の頭から手が離し。

 俺は微かな花の残り香に名残惜しさを感じた。


「アビリティスペースクリエイト:ペネトレイションレンジ」


 父さんは能力を発動させるとその手にどこからともなく財布が出現し、それを俺に渡してきた。


「これね、父さんがコツコツ貯めたへそくりなんだ。

 こんな時もあろうかと思って貯めておいたんだ」


「父さん……」


「うっそ~♪ ただの僕の財布だよ~」


「父さん……」


「ははは! めんごごめんご! 緊張がとれたようでよかった。

 よし! やるよネオ! 僕があの馬鹿力を相手するからネオは周りの奴をお願いね!」


「わかったよ父さん!」


 そう言って様子を伺っていたクロさんへ父さんは能力を発動させて攻撃し、二人は激しい攻防を繰り広げ始め。

 そこへ四人の部下たちが横やりを入れようとする。


「アビリティエクスチャンジ!」


 そう言いながら俺は父さんから貰った財布も手を突っ込み、掴めるだけ金貨と銀貨を取り出して四人の部下へ向かって投げつけて再び行動を妨害しようとした。


 しかし、四人の部下は先ほどの俺の攻撃で能力の起点が硬貨だと学習したのか、素早く回避したため金貨と銀貨を地面へ散らばった。


 ――そう、地面へ散らばったのだ。


「引っかかったな! アビリティエクスチャンジ:ランス!」


 俺はクロさんの部下ならば一度で能力を理解するだろうと思い、二回目の能力発動にもかかわらずすぐにフェイクを行えば、予想通りに作戦が成功してほくそ笑んだ。

 そして、魔力を纏わせおいた地面に散らばっている金貨の内、数枚を馬上槍に狙った角度で変化させ、回避したばかりの四人の部下の服を槍の先端で貫き、持ち手側を床へめり込ませる事で動けなくした。


「もうわかっているだろうから言うが、俺のアビリティは貨幣を別の物に変化させる事。

 つまり、硬貨のばら撒かれたこのエリアは俺の手に平の上も同然という事だ」


 顔に笑みを浮かべて俺は余裕しゃくしゃくと言う感じで四人へそう言った。


 ……だけれども、状況は少しだけしか有利ではなかった。

 能力の使用には魔力を消費するため、俺は魔力の枯渇を恐れて地面に撒いた硬貨全てに魔力を込めてはいなかった。

 しかし、それを知りようのない相手には少なくとも行動を阻害する事は出来るだろうと思っていた。


「なッ!?」


 しかし、四人は俺の忠告何て聞こえていないかの様に無理やり服を破って拘束から抜け出そうとする。

 俺はまさか脅しをしてすぐに躊躇なく行動されるとは思わず、けれど驚きながら急いで能力を発動する。


「アビリティエクスチャンジ:スピア!」


 魔力を纏わせた銀貨を槍に変化させて今度は肉体を傷つける事で、先の俺の言葉が脅しではない事を示そうとした。


 ――が。


(こいつら狂人なのか!? 傷を意に介していない!?)


 傷を負ったはずなのにその動きには全く戸惑いがなく、四人は槍に切られながらも拘束を脱して真っすぐに俺へ向かい突撃を開始した。


 傷程度では止まらない。

 それは分かった……しかし、殺す事には抵抗がある。


「ッチ! アビリティエクスチャンジ:エストック」


 舌打ちをしながら場当たり的に武器を作り出した俺は逆に相手に近づく。

 とりあえずこのまま硬貨の散らばったエリアから出られると、人数差から俺の方が不利なのは明確だからだ。

 

 今更ながら消耗を気にしてすべての硬貨に魔力を纏わせなかった事を後悔する。


 だが、どうやら痛みを感じないわけでは無い様で、今までの動きより鈍くなっている事に気づいた俺は。

 四人の攻撃を仕掛けてくるタイミングがずれている今がチャンスだと思い、咄嗟の作戦を行動に移す事にした。


「アビリティエクスチャンジ:狼牙棒!」

 

 最初に一番遅れている二人の敵に絞って地面に散らばっている硬貨を全て消費してまで妨害を行い、切りかかって来た一人目をさっき作ったエストックで防ぐ。

 その間にもう一人が俺の背後を取ろうと動いたため、俺はそいつへ手に握って置いた金貨で今さっき作った先端に複数の突起が付いた棒で服を巻き捕って動きを封じる。


 次に攻撃を受け止めている剣を投げ捨てる様に目の前の相手へ押し込みバランスを崩させ。

 その隙に俺は両手で狼牙棒をしっかりと持ち、引っ掛けた人ごと振り回して目の前の相手へぶつけて転倒させる事に成功した。


「よし!」


 とりあえず作戦は上手くいった。

 しかし、一時的に二人を無力化できただけで、地面の硬貨を使った妨害を突破してきた二人に同時に攻撃されてしまった。


(くそ! 剣を捨てたのは悪手だったか!?)


 剣も狼牙棒も失くし無手になってしまった俺は、片方の相手の攻撃は何とか回避する事が出来たが、もう片方の攻撃は避けきれずに利き手ではない左の二の腕を浅く切られてしまう。

 そしてそのまま俺は前後を相手に挟まれる事になってしまった。


(……こいつら)


 この明らかに有利な状況にも関わらず、なぜか相手は様子を見ているのか動かない事に俺はさっきのクロさんの言葉を思い出した。


(最初にクロさんは『ついてくれば』と言っていた。

 それはつまり相手は俺達の身柄が欲くて、殺すような事はしないんじゃないのか?)


 と考えた俺は、このまま睨み合ってもせっかく狼牙棒が絡まって転倒している相手が復帰してきてしまうため一つの賭けをする事にし。

 目の前の相手へ突進し、反応して放たれた相手の攻撃を――わざと回避しなかった。


「ッ!?」


 どうやら俺の予想は当たっていたようで。

 目の前の相手は俺の自殺志願かのような行動に初めて表情を変えて明確に驚きながら、急いで攻撃の軌道をずらしたため態勢を崩してしまい。

 その隙に俺は地面に散らばっている魔力を纏わせなかった金貨を拾い上げ、思いっ切り地面を踏みしめてブレーキをかけながら敵の眼前で後ろに振り返った。


「アビリティエクスチャンジ:金砕棒!!」


 その振り返る勢いのままに自分の身長と同じほどもある木製の棍棒を再び作り出して、背後の相手を殴打してそのまま相手を引っ付けながら一回転して体勢を崩している相手へぶつける。


「くらえぇーー!!」


 そして力を振り絞って、勢いのままに二人ごと持ち上げてやっと狼牙棒から脱出した最初の敵二人目がけて振り下ろし。

 ぶつかり合った敵四人は仲良く折り重なって地面に倒れ伏して気絶した。


「ふぅー。これで全員だ」


 俺はすぐさま気絶した四人に能力で作った手枷を嵌めて無力化し一息をついた。


 クロさんからの突然の襲撃に父さんの異変。

 それに加え多対一で戦うという構図に俺は自分が思っていた以上に緊張していたらしく、額から滴るほど流れる汗を拭って父さんの戦闘へ視線を向けた。


 父さんたちは空中と地上を行ったり来たりし、その戦闘の激しさは周辺建物へも及ぶほど。


(……あれ?)


 その時になって、俺はこんな夜中に戦闘を繰り広げて誰一人として俺達以外の人影が無い事に疑問を感じた。

 だが今は巻き込まれる人達が居らずラッキーだと片づけて、急いで父さんの援護へ向かおうとする。


「――ま、待ちなさい」


 その矢先。


 昼間と見た光景と同じく、赤いポニーテールを棚引かせた女性が突然俺の目の前に降り立つ。


「お、おまえ!?」


「ア、アルベルト様の元へは行かせないわ!」


 月夜の光に照らされるルーナが、昼間には持っていなかった鎖でつながれた片刃の双剣の一方を俺に突き付けてきた。


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