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第十一話・暗雲立ち込める進展

 ゴブリンの国テル=カビオを統治するゴブリンキングの居城、ここには各大臣達が司る行政機関が立ち並んでおり。

 その一角には、テル=カビオが他国から侵略を受けていない理由ともなっている、さまざまな技術の開発と研究を行っているアバンサール技術廠がある。


 その栄光あるアバンサール技術廠の大臣室には当の部屋の主はおらず、代わりに二人の人物が机を挟んで立っていた。


 そのうちの一人であるゴブリン族の様にかなり背丈の小さい、しかし雪の様に真っ白な肌と髪に血の様に真っ赤な瞳を持つ女性が机から赤い物体を取り出し。

 それを机の反対側に居る黒い獣人族の男へ手渡した。


「前にも言ったが安全性は保障しないよ」


「くくく、くぁっはっは! これが例の!」


 角ばった形をして石のようにも見えるが微かに胎動している、そんな気味の悪い物を持ち上げて眺めながら凶悪な牙を剥き出しにして笑う男。

 それとは対照的に女は淡々としていた。


「きみ達が協力する限りは、それを供給し続ける事を保障しよう」


「そうかい。ならもうしばらくはお前の使いっ走りになってやるか」


 大臣室に設けられた華美で巨大な窓ガラスからの逆光で女が黒く塗りつぶされる中でも、はっきりと見える赤い瞳が笑う男を見つめる。


「どうして力に執着する?」


「――そんな分かり切った質問をしてどうする?」


 そう女から質問された男は、さっきまでの上機嫌さとは一転し不機嫌そうに女を睨みつける。


「力なんて有れば有るだけこの世界は生きやすく、逆に力が無ければこの世の食い物だ。

 こんな物を作ったお前もおれと同じ様な考えだろ?」


「――あは」


 女は瞳を歪め、大きく口角を上げて赤い口内を見せながら笑う。


「その通りだったよ――今まではね」


「なに?」


 上機嫌に。どこか恍惚としているかの様にそう言いながら女は窓の外に向き。

 その背中を獣人族の男はさらに鋭く睨みつける。


「オルスト君。

 きみも彼女に会うような事があれば分かるさ……必ずね」


 窓の外では真っ赤に燃えている太陽がだんだんと沈み行き、紅に染まる街に夜の帳が降ろされた。






 ――次の日の朝、俺は祈るようにベッドから起きた。

 昨日のリエルの話はどうか誤解、誤報でありますようにと。


 けれど、朝食を持ってきた監督官から聞かされた言葉はまさに昨日リエルが言っていた事だった。


 ――採掘労働の免除。


 こんな時でなければ、どれほど喜んだことだろうか。

 たった一日しか従事しなかったがそれでもかなり体を痛めた重労働を、今は狂おしいほどに求めている。


 ……最低限の目的を達成している為、牢を脱走して無理やりリライアンへ情報を伝えに行こうと、そう考えない事も無い。


 けれど、確実にあのエリアを隔てている巨大な扉を越える事が不可能で。

 もし奇跡的に突破したとしても、器械を見つけるまでに監督官に制圧されるのが落ちであろう。


(くそ! くそ! せっかく情報を手に入れられたのに!)


 脱出までの大きな一歩踏みしめたかと思ったら、いきなり目の前に思ってもいなかった巨大な壁が立ちはだかったように感じられ、俺は前途の難に眩暈が思想だった。


「ぐぅ~」


 しかし、こんな状況でも腹は空くようで。

 音を鳴らす自らの腹に促されて、俺は現状やれることが無いため淡々と渡された朝食を口に運び、けれど頭の中では考える事を止めずにいた。


 そんな俺を、一緒に居るリエルが心配そうに見ながら上品に食事を取っている。


(何か無いのか!

 何でもいい! 向こうとやり取りできる方法……!)


「ネオ。そう思い詰めにならないで……」


「ごめん。分かっているよ、分かってる」


 優しく諭してくれるリエルには申し訳ないと思っている。

 こんな俺と一緒の空間に居るなんて気が滅入るだろうに、だけど、俺は自分の気持ちが沈んで行くのを止められなかった。


 完全に手詰まりになってしまった。

 時間がただ流れて何か幸運が訪れる事を願いしかない。


 そんな状況が、俺には父の命のロウソクがただただ無駄に燃えて行っている様にしか思えてならず。

 じりじりと焦燥感に苛まれていた時。


 俺はこの牢に向かってきている足音に気づいた。


 朝食の配膳は終わっており、定期的な見回りもちょっと前に来ていたため。

 その少しずつ近づいてくる気配は一体誰なのだろうかと考え、もしかすると今のこの状況を変えてくれるような何かではないかと期待せずにはいられなかった。


 ……しかしやって来た監督官は。

 なんと初日に俺に暴行を加え。

 リエルに鼻の下を伸ばし。

 オルストに媚びへつらう。


 ――ゲビスだった。


(どうして!? 何で!? こんな時にこんなどうしようもない男がやってくるんだ!

 間違いなく状況が変わる事なんて起きないじゃないか!)


 一抹の希望も無く、ゲビスの目的が何なのかはリエルを見るその顔を見れば一目瞭然だった。

 けれど面倒な事にこいつは俺の素顔を知っている為、俺は憤慨しながらも仕方なく牢の奥の方へ移動して正体がバレない様に動いた。


「リエルさん居心地はどうですかぁ~?

 何かご不満があればこのワシが対応いたしますよぉ~」


「お気遣いありがとうございます。

 けれど、今の所この場に不満はありませんわ」


 明らかに下心があると分かる相手へ、よくリエルは普通に対応できるなと俺は感心した。

 俺なら間違いなくさっさと手が出るか、無視あるいは出来るのならその場を去っているだろう。


「それはそれは良か――。

 ……ん? え? もう一人いる?」


 奥へ移動したと言っても牢の中に隠れられる様な場所は無いのだから、俺の存在にあっさりゲビスに気づかれて怪訝そうな声を上げられた。


「監督官の皆様の間で連絡に不備が在ったらしく、彼女の存在が知らされていらっしゃらなかったようなのです。

 ちゃんと彼女は初日からわたくしと一緒にここにやって来ていたのですよ?」


「ほぉーん……」


 俺は少し顔を俯かせて、梳かしたサラサラになった髪で顔を隠しながらゲビスの様子を伺う。


 今のリエルの言い訳はリライアン達と考え。

 すでに他の監督官にもこの説明をしてほとんどの人は納得してくれし、納得しなかった人も不満げな顔をするだけだった。


 しかしゲビスはどちらの反応とも違い、ニヤニヤとした表情のまま俺を舐める様に眺め続けた。


「あ、あのゲビス様? 彼女がどうかされましたか?」


「いえいえ。いえいえいえ、ただかわいらしい方だと思いまして。

 いやはやここは目の保養になりますねぇ~」


 そう言ってゲビスはやっと俺から視線を外した。


「オルストの輩やリライアンの小僧などの奴隷たちの相手をしていると。

 それはもうひどく疲れましてね。

 こうしてここにやって来て、あなた方を一目見る事だけが最近の楽しみなんですよぉ~」


(――ん?)


 なんて事の無いゲビスの発言。

 しかし、その言葉が俺にとあるアイディアを思いつかせてくれた。


 そもそもリライアンへ連絡を取るのに自分が直接会いに行かなくても、手紙や伝言などの間接的手段でいいのは分かっていた。

 しかし結局自分が行くのと同じく、エリアを隔てている壁を通過する方法が無かったため関係なかった。


(しかしよく考えてみれば、奴隷エリアと監督官エリアを自由に行き来でき、かつ手紙を持っていてもおかしくない人物がいるじゃないか)


 そう、俺は監督官を――メッセンジャーとして使えないかと思いついたのだ。


(普通は無理だ、他の監督官にならこんな事思いつかなかった)


 俺はチラッとゲビスを見る。


(だがこいつなら……奴隷相手に媚びへつらい。女相手に鼻の下を伸ばしているこいつなら……)


 可能なのではないか?


(とてもやりたくないが……とてもやりたくないがッ!)


 思いついてしまった方法に、もうすでにこんな格好をしているのだからと自分に言い聞かせて覚悟を決め。

 俺はいきなり立ち上がってリエルの傍まで行き鉄格子に近づいた。


「ネ、ネオ……!?」


「お、おやおや。ど、どうされましたかお嬢さん?」


 そんな突然の俺の行動にリエルとゲビスは驚き、会話を中断して困惑していたが。

 ゲビスがすぐさま気を取り直して(どうやら俺の正体には気づいていない様で)下心のある笑みを浮かべて話しかけてきた。

 

 その顔に俺は悪寒が全身に走るが、努めて無視して。

 鉄格子越しにゲビスの手を掴み。


 ……そして。


「お、おじ様ぁ~」


「プッ!」


 高い女声を必死に出しながら甘ったるくゲビスに話しかけた。


 そんな俺の口調にリエルは口元を抑えて顔を逸らし、微かに震えながら笑いが漏れており。

 ゲビスもいきなりの事に目が点になってしまっていた。


「ネ、ネオ子~

 おねがいがございますのぉ~

 ど、どうか聞いていただけませんかぁ~」


「え、ええ。き、聞きますよお嬢さん?

 い、一体どんなお願いなのかな?」


「プ、プフフ……!」


 リエルはついに体ごと横を向いてしまった。


「昨日~

 ネオ子~リライアンお兄様に助けていただきましたのぉ~

 ですが~お礼を伝える事ができず~。

 そのため~どうかネオ子に代わってぇ~リライアンお兄様へわたくしの言葉を伝えていただけませんかぁ~?」


「伝言ってことですか……?」


(さ、さすがに苦しいか?)


 勢いでやってしまった事を今更俺は後悔し始めた。

 よくよく考えれば、昨日居なかった思われている人物が運よくリライアンと出会っていたなんて事がありえるだろうか?


「もちろんただではありません~

 お願いを聞いていただけるのならぁ~。同じようにネオ子も何でもお願いをききますわぁ~」


「何でも、ですか」


 少しだけ体をくねらせて、俺が煽情的だと思う動きをしながら色仕掛けをする。

 それにゲビスは眉をピクつかせてちょっと食いついて来た。

 

 しかしすぐには返事は帰って来ず、腕を組んで悩みだしてしまった。


(む、無理か?)


 俺は冷や汗を垂らす。

 思っていた以上に何百倍もゲビスは理知的だったようだ。


 ……正直馬鹿にしすぎていた。


「まあ……それくらいなら問題は無いでしょう。

 分かりました、お受けしますよお嬢さん」


「あ、ありがとうございますゲビスおじ様!!」


 その返答に俺は鉄格子に体を密着させながら、演技無しに鉄格子を鳴らすほどゲビスの手を振り回して感謝した。


「ッ!?」


 その時一瞬ゲビスが驚いた顔をした。


「……いえいえ~!

 それでどのように伝えればいいでしょうか?」


 しかし、すぐに元に戻ったため俺の行動に驚いたのだろうと思い。

 次の問題に俺は頭をフル回転させる。


(アスタから聞いた情報を直接言うことはもちろん出来ない。

 それに感謝を伝えるという建前があり、その両方を満たし、かつ怪しくない文章を今すぐに考えなければ……!)


 俺は如何にか頭の中で感謝を伝えるうえで不自然にならないようにしながら、情報を暗号として混ぜ込む。

 とても難しい作業だが、いつまでも黙っているのは不自然であるため、俺は何とか作れた文章をさっそくゲビスへ伝える。


『先日奴隷エリアで助けていただいたネオ子です。

 直接お会いになれない事、誠に申し訳ありません。

 この度はお礼を申し上げたくゲビス様に伝言を頼みました

 あの時は体を器械に拘束され危ない所を探し出して助けていただきありがとうございました。

 今後は剥き出しの器械には近づかなようにいたします。

 本当にありがとうございました』


 奴隷エリア。器械。拘束。剥き出し。探す。


 伝わるかは全く分からない。


 もっとうまい文章を考えられたのではないかと口にしながら後悔する。


「ありがとうございましたっと。

 ではこれをリライアンへ伝えておきますよぉ~」


「ありがとうございます! どうかよろしくお願いしますゲビス様!」


 ゲビスは手帳に俺の言葉を書き記した。

 

 俺は発言を記録された事に少なからず危険な気がしたが、もうどうにもならないため考える事を止め。

 ありったけの力を振り絞って可愛いと思う笑顔を浮かべながらゲビスにお礼を言った。


「では、そろそろ仕事に戻るとします。お嬢様方失礼いたしますよぉ~」


 そう言ってゲビスは牢の前から去って行き。

 足音が聞こえなくなったと判断した瞬間、俺は大きく深呼吸をして地面へと座り込んだ。


「ふぅーーー。

 き、緊張した、いろんな意味で」


「ネ、ネオ? ぷぷ。あ、あれは一体どうされたのですか?」


 いつの間にか地面に蹲っていたリエルが笑い混じりにそう問いかけて、俺は一気に頬が熱くなり急いでベッドまでダッシュし薄い布を被って姿を隠した。


「し、仕方だ無かったッ! 俺にはあれしかリライアンさんに情報を伝える方法が思いつかなかったんだッ!」


「そ、それいたしましても。あの声は……ふふ……。

 こ、これ以上はさすがに失礼ですわよね。申し訳ありません。

 ぷふ……」


「くそ! もうやらない、二度とやらない!

 こんな目にはもう遭いたくない!」


 リエルが悪意や馬鹿にするために笑っているじゃ無い事ぐらい分かっている。

 だけれども、これだけ笑われればさすがに怒りが湧いてくる。

 

(必死に考えて頑張ったのに、別にやりたくなかったよ俺だって!)


「も、申し訳ありませんネオ。

 わたくしが悪かったですから、どうか機嫌を直してくださいまし」


 そう言いながらも微かに笑い続けるリエルを無視して、俺は不貞寝を決め込んだ。


(今日はもう何もしない、ベッドから出ない!)


 とりあえず行動を起こすことが出来た、そう思えると俺は安心感を得られ。

 クロさんの戦い以降久しぶりに感じられた心の余裕に包まれて、俺はリエルのへの意趣返しを兼ねてひと眠りする事にした。


 布が温まって行くとともにだんだんと意識が遠のいていき。


 ……ついにリエルの声が聞こえなくなった。






「……ネ…………おき……」


「あばれ……おとな……ろ」


「……お……おい……きろ……さっさと起きろ!」


「いたッ!」


 俺は微かに声が聞こえる微睡の状態で突然、頬に痛みを感じて飛び起き。

 回らない頭で混乱しながらも擦れる視界で痛みの原因を探ると。


 いつの間にか俺の眠っていたベッドは複数の監督官が取り囲まれ。

 ――そして、リエルが監督官に両腕を後ろ手に拘束されて必死に俺の名前を呼んでいた。


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