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第十話・科学者アスタ

「どうして人数が増えている……報告では一人のはずだっただろう?」


 地下採掘場の管理運営を行っている所長、その人の部屋は。

 内装が木材に覆われた地上ではありふれた造りに、壁には赤い布のタペストリーや書類棚、それに金庫などの家具が置かれ。


 部屋の中で一番目を引く天井の大穴の中にで回転している巨大なプロペラのちょうど真下、そこにある書斎机を挟んで二人の人物が部屋の中に居る。


「ええ、その……お、おっしゃる通りなのですが……」


 一人は、言葉が途切れ切れに詰まりながら話す監督官の長である監督長官。

 その監督長官へ書斎机に座りながら鋭い視線を向けているのが、小柄で筋肉質なソリド所長。


「書類の紛失。報告漏れ。そもそもの確認ミス。

 何も咎めているのではない、どういった問題があったのか報告しろと言っているのだ」


「な、何もその様な。も、問題は見つかりませんでした!」


 そのソリドから放たれる質問と威圧感に監督長官は震えあがり、書類を持つ手を小刻みに震わせている。


「フン……ならばまたディフェレの捻じ込みか」


「そ、それで。

 その……ソリド様?

 ほ、本店からの連絡も無いですが。ど、どうしま――」


 そう尋ねた部下の言葉に被せる様に机を強く拳を叩きつけ、その音に監督長官は悲鳴が漏れた。

 恐る恐る監督長官がソリドの顔色を窺うと、ソリドは歯を剥き出しにして一瞬だけ怒りを露にしたが、一度だけ息吐くとすぐに落ち着きを取り戻した。


 そして、手を組んで机の上にあるカレンダ―に目を向けた。


「後日、当職が会長のコメル様へお伺いに向かう。

 それまでは当初の予定の人物と同じに扱え。

 分かったな?」


「は! そ、それはつまり。

 しばらく採掘業務からも外す……と、言う事でよろしいのでしょうか?」


「そうだ、当初とは予定が変わったからな。

 そもそも連絡をしなかった奴の自業自得だ、採掘量が減ったとしても文句は言わせん」


 話が終わり、指示を受け取った監督長官は一礼の後、急いで部屋を退出して行き。

 残されたソリドはゆっくりと立ち上がり、書類棚に似つかわしくなく置かれている筋トレ器具を取り出し運動を始めた。


「まったく、どうして連絡の一つまともにできん。

 当職の予定を乱す愚か者どもめ!」


 規則正しく、機械的に思えるほどに一定のスピードで筋トレを行いながらソリドは一旦収めた怒りを噴出させる。


 こう言った予定からズレる事はこの施設の所長になってから珍しくない。

 それこそこの地下採掘場を運営する事は、商会の会長であるコメル以外には常に雑に扱われ、スケジュールが変わらない方が稀だ。

 商会内では公的にリスクのある違法奴隷を扱っている場所であるこの採掘場を、自分達の仕事より低俗と見下している節があり他の部署とは険悪な関係だ。


「十八、十九、二十。

 ふぅー、やはり筋トレはいい。やった事がやっただけ成果として帰ってくる。

 あと九セットだ」


 今回の問題も、最近顧問になったディフェレというゴブリン族の女が女性の奴隷を預けてきたことが始まりだ。

 力仕事ばかりのこの場所にディフェレはよく場違いな奴隷を送ってきて。

 そして、その報告を行わない事が多々ある。

 だから今回もどうせその類だろうとソリドは予想していた。


 珍しく連絡された女奴隷の数が『一人』、ではなく『二人』だったなど過去の事を考えれば可愛いイレギュラーだ。


 だが、完璧主義者のソリドは問題が無かったとしても、その事が気に食わず自分の仕事が軽視されている事に怒りが収まらない。

 そういった怒りは、この地下に来てから趣味となった筋トレで解消するのがソリドにとっての日課となっていた。






 ゆっくりと牢の外に出た俺は、慎重に周囲を確認しながらちょうどそこら辺に落ちていた布を足に巻き付け足音が出ににくくし、元来た道を戻り分かれ道の所へとやって来た。


(左は宿舎しかなかったから、まだ行っていない右の道に行こう)


 ここまでの道のりを思い出して素早く判断し右の道を進むと。

 右の道は左右にひどく曲がりくねった道をしており。

 

 先が見通しにくく音だけを頼り監督官との遭遇を警戒するしかなく、俺はものすごく緊張しながら慎重に進んでいると。

 早速、女性奴隷用の牢へ続く道の様にまた右への分かれ道に到着し、さらにその道の先に扉が右手の壁にあるのを確認した。


(どっちだ、どっちが居る可能性が高い……いや、さっきと同じなら……)


 俺はどちらを先に調べるか迷ったが、来た道の時と同じなら扉のプレートがあると思い、それを確認しようと扉へ少し近づく。

 すると、さっきまでは曲がりくねっていて通路の先を見通せなかったが、少し進んだことで今度は左手の壁にある扉を見つける事ができた。


 新たな探索場所の出現だったが、俺はこの際だからといちいち考えずにすぐさま両方の扉のプレートを確認する事にし

 右壁の扉には食堂。左壁の扉には娯楽室と書かれ、俺はどちらも科学者の監禁場所とは思えなかった。


(確認できたのは名前だけで、実際の中がどうなっているのかは分からない。

 が、今この二つの場所を調べるより現状今一番可能性が高いのは……)


 俺は少しだけ落胆しながらも、消去法で本命になった分かれ道まで素早く戻る。


 いつまでもリエルがトイレを口実にして時間を稼ぐ事は出来ないだろうから、急がなければという焦る思いと。

 その急いだ結果監督官に見つかってしまい、リエル共々どうなってしまうのか分からないという恐怖に苛まれながら俺は注意深く分かれ道を曲がった。

 

 まだ探索を始めて少しの時間しか経っていないにも関わらず、いつの間にか緊張から握りしめていた手は汗で濡れ、喉に渇きを感じる。


 そんな状況の中、さっきみたくすぐさま扉を見つけるような事も無く、ただただ代わり映えのしない道を進み続けると。

 ――行き止まりに到着した。


(行き止まり!?)


 一瞬、この分かれ道には何も無いのかと思い焦った。

 

 ……が、焦って近づいた行き止まりの壁、その手前の右手側の壁が窪んでいることに気づき。

 俺は無駄足にならずによかったと安堵して、再び慎重にその場所に近づくと。


 そこには、さっきまでは必ず付けられていたネームプレートが無くなぜか覗き窓の設けられた、鉄で作られたであろう異質な扉を見つけた。


(……当たり、か?

 だけど、どうして警備が一人も居ないんだ?)


 ここが本当に監禁場所ならば明らかに不自然な無防備さに嫌な予感がしながらも。

 しかし、臆していても仕方が無いと俺はゆっくりと覗き窓から中を見た。


 ――中の様子は俺の思い描いていたのとは全く異なっていた。


 温かみのある木材で作られた部屋の中、一目見て分かる高額な研究器械の数々が置かれ。

 さらに、それらを操作して何やら研究を行っている赤髪で小柄なゴブリン族の女性の姿があった。


(これ……囚われているのか? どう見てもただの研究員にしか見えないが……)


 俺は鎖に繋がれて一歩も動けない様に拘束されている姿を想像していたため、目の前の光景がとても監禁されている様には見えなかった。


 しかし、こんな地下奴隷施設で研究を一人で行っているというのもまたおかしな話だと思った。


(どうするべきか?

 ……いや。そんなの決まっている)


 虎穴に飛び込まざるして地上への道は開かれない。

 俺は意を決して扉をノックした。


「え? ……え、ええ!? 誰なの!?」


 すると部屋の中の女性はノック音に気づき、辺りをきょろきょろと見渡すとのぞき窓から見ている俺の存在に気づき。

 くぐもった驚きの声が聞こえたと思ったら、その女性は勢いよく扉に近づいて来て。

 覗き窓越しに瞳を突き付け合う形になって俺は少し後ずさりをした。


「キミはどう見ても監督官じゃないよね!?

 どうやってここに来たの!? もしかしてあたいをここから助け出してくれたりするの!?」


「お、落ち着いてください」


 怒涛の質問攻めとハイテンション具合に俺は圧倒された。

 科学者と言う言葉から思い描いていた人物像と彼女は大きくかけ離れおり、俺は一体どう対応するのが正解なのか困ってしまった。


「お、俺はこの地下から脱出する手段を聞きたくて。あ、あなたの元を訪れました」


「地下? ここ地下なの!?」


「え? え、ええそうです。

 それで地上へ脱出するにはたった一機のエレベーターしかなく、しかしそこは監督官に封鎖されていまして」


 俺は手早く奴隷や監督官の事、そしてここが地下数百メートルなのだと説明をすると。

 さっきまでの様子とは裏腹に彼女は頷くだけで静かに話を聞いてくれた。


「そのため脱出するには、監督官と戦う事は必至なのですが。のう――」


「――能力が使えない。のね?」


「そ、そうです」


 言葉をかぶせながら思考から顔を上げた彼女の瞳は先ほどとは異なり、思慮深く知的な光を宿したまさに俺が思い描いた科学者の姿だった。

 しかし、やはり冷静沈着というイメージとは異なりどこかせっかちそうに話し出し。


「それはあたいの作った吸石を使った魔力操作器械のせいなの」


「あたいが作った魔力操作器械ですか。

 それがげんい――ん? あたいが作った?

 ……あたいが作ったッ!?」


 ――思ってもみなかった言葉が飛び出てきた。

 まさかの目の前の人物が能力を封じるという摩訶不思議な物を作り出し、現状の俺達の苦境を作り出したとは人物だとは。


 けれど、それならばこの状況を打破する方法も知っているのではないかと、俺は齧りつく様に扉へと密着しながら訪ねた。


「貴方が開発したのなら! その……停止方法とか弱点とか!

 えっと……そ、その器械をどうかする方法を教えてくれませんか!」


「――いいよ!」


「え、あ、はい。ありがとうございます」


 必ず情報を掴んでやると意気込み、熱意を込めてお願いした俺の言葉に彼女はあっけらかんと了承した。


(どうも彼女とは会話のテンポが噛み合わない……)


「――ただし条件があるの。

 ここ設備って古くて、あたいの研究が思うように進まないの!

 だから脱出する時はあたいもここから解放して。

 ……それにあいつの悪事も止めなきゃいけない」


「もちろんです! 協力していただけるのなら必ず貴方を助け出します!」


 そう俺が答えると、真剣な表情だった彼女はニコっと笑顔になった。


「やっっっぱり! キミはあたいにとって変数なの!」


「へ、変数?」


「あたいの名前はアスタ・ストリオ。アスタって呼んでね」


「お、俺の名前はネオ・ゼーゲンです……」


 よくわからない事を言っているがとりあえず協力を得られることに安堵し、なんだか少し疲れてきたが俺は一番重要な事を聞く事にした。


「それで、その魔力操作器械ってのはどうやって止めるのですか?」


「――それはね!

 あれには吸石って言う周りの魔力に干渉して一定空間内の魔力の行動を阻害するとぉーっても特殊な石を組み込んでいるの!

 みんなが能力を使う時には、気づいていないけれど体内の魔力を操作する事で発動しているの。

 そこであたいは――」


「――ちょ、ちょっと待って! 待って! ストップ!」


 アスタは俺の話を進めようとした質問に対していきなりキラキラと瞳を輝かせ、怒涛の勢い話し始めて質問の意図と会話の流れから脱線していくため、俺は慌てて静止する。


「ん? どうしたの~? これからが面白い所だよ~?」


 すると思ったよりも素直に会話を止めてくれたが、頬を膨らませたアスタは明らかに不満げそうだった。

 多分(科学者と言う言葉に対する偏見かも知れないが)自らの研究成果を発表できずにこんな地下に監禁されたから喋れることが嬉しかったのだろう。


「く、詳しく説明してくれるのは嬉しいんですけど、これ以上時間をかけると危ないですから……」


「あ、そうなの……ごめんなさい。また今度しっかり説明してあげるからね!」


「ま、まあ、ここを無事に出られたのなら、どれだけでも付き合いますよ……」


「ほんと! あたいの話を聞いてくれる人って貴重だからうれしいなぁ~!」


 将来の苦労が約束されたが、それもリライアンの作戦が成功しなければ意味が無くなってしまう。

 だから俺は、何とか聞き取れた話の途中に出たとある言葉に対して質問をする事にした。


「アスタさんが最初に言っていた、魔力を阻害する一定範囲ってのは実際どれほどなんですか?

 ここに来てから一度もそれらしい器械を見かけた事は無いですから、途轍もなく広かったり?」


 器械の場所が分かっても、地上から地下へ影響を及ぼしていたりしたら、どうあがいても現状で破壊する方法が無い。

 それが現状の話から考えられる一番の懸念点だった。


「その能力を阻害している器械をアビリティフォビドゥンって呼ぶんだけど、それの範囲はぜんぜん広くないの」


 だが幸運な事に、俺の懸念は外れた様でアスタは首を振った。

 しかし、すぐさま真剣な表情をしながら人差し指を除き窓へと当てた


「――けど一つだけ注意して欲しい事があるの。

 アビリティフォビドゥンは壁とか関係なく『必ず一定範囲』に効果を及ぼす特徴があるの」


「壁が関係ない……。

 それなら壁の中に埋め込まれ可能性とかもあるのか……」


 最悪の可能性は無くなったが、新たな問題として壁を貫通するのなら地中に埋められていてにおかしくなく、途方もない範囲を捜索する可能性が浮上した。

 けれどこれまたそれの考えも外れていたようで、アスタ再び首を振るう。


「それもまた違うの。

 アビリティフォビドゥンはまだ開発途中で、セットした吸石は一週間しか持たなくてすぐに交換しなきゃいけない問題が残っていたの。

 だからかならず吸石の交換がしやすいよう、壁や床に埋めるなんてことはしないと思うの」


 開発者の自信ありげな言葉に、博打の様だったリライアンの作戦の成功率がぐっと高くなったように感じられ、俺は胸を撫で下ろして安堵の息を吐く。


「それなら何とか脱出の糸口がつかめそうです。アスタさんありがとうございます」


「役に立てたようでよかったの~。

 けど、今度からはアスタって呼び捨てにしてね、敬語って体がぞわぞわして嫌いなの

 ――覚えておいてね。

 あたしとキミは一心同体、だからかならず脱出してね♪」


 覗き窓越しに人ウィンクする姿とは裏腹に、真剣な声音で告げられた言葉に俺は小さく、しかし力強く返事をした。


「あ、最後にもう一つ」


 そして、得たい情報が得られたため、急いで牢に戻ろうとした俺はアスタに呼び止められた。


「教えて貰った此処の構造と効果範囲を考えれば、アビリティフォビドゥンは奴隷エリアの方にあると思うよ!」


「本当ですか! 必ず仲間達にも伝えて見つけ出してみせます」


 最後の最後まで重要な情報を教えてくれたアスタへ俺はもう一度お礼を言い、今度こそ両手を振って見送ってくれたアスタと別れその場を後にした。


 すぐさま分かれ道まで戻ってきた時に、食堂や娯楽室のあった道の方角からリエルの声が聞こえてきたため、俺は紙一重だった事に肝を冷やしながら足音に気をつけながら牢まで戻る。


 そして扉を閉めて大人しくしていると、すぐにリエルも監督官に連れられて戻って来た。


「まったく、どれほど時間をかけるんだ?」


「ほんとうに申し訳ございません! お手間を掛けしましたわ……」


 監督官へすごく申し訳なさそうにしながらリエルが牢の中に入ってくる。


「次もこんなならバケツでしてもらうからな?」


「勝手がわかりましたから次は大丈夫です!

 大丈夫にしてみせますわ!

 だからどうか使用禁止だけはお許しくださいましッ!!」


 泣き落としにも近いリエルの言葉に監督官はため息で答え、疲れた様な表情で牢の鍵をかけて離れて行った。

 ……どうやら鍵が壊れている事には気づいていない様で、監督官がしっかりと離れた事を確認したリエルは俺へ振り返った。


「……どうでした?」


「ばっちり」


 リエルの小声に俺はサムズアップと共に答え、リエルは笑顔になって同じようにサムズアップを返してくれて。

 俺はすぐさまアスタから聞いた情報をリエルと共有した。


「なるほど……。

 では、そのアビリティフォビドゥンと言う物を破壊すれば、再び能力が使えるようになるのですね」


「場所もある程度分かっている。

 これを次、採掘場へ行った時にリライアンさん達に伝えれば総当たりで見つけられるはずだ」


「採掘場でリライアン様に、ですか……」


 脱出に希望が見え気分よく俺が説明していると、唐突にリエルは困った表情をした。


「どうした? なんでそんな暗い顔を?」


「確かではありませんよ?

 間違っている可能性もありますし……」


 リエルは歯切れ悪く俯いて、眉間にしわを寄せながら言葉を言い淀んでいる。


「俺達は仲間だ。問題が起きたのなら一緒に悩み、一緒に乗り越える。

 そうだろ?」


「そう、ですわよね……」


 リエルは俺の言葉で意を決し。

 ゆっくりと口を開いた。


 それは俺達にとって、間違いなくタイミングが悪く。

 ――最悪の情報。


「わたくし達二人の採掘労働が免除されるそうなのです。

 ですから、リライアン様達と会う事どころかこのエリアから出る方法が無くなってしまいました」


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