第一話・取り巻く陰謀
血の様に真っ赤な太陽がその輪郭をだんだんと朧げにさせながら町へと沈んで行き、強烈な西日が差し込む部屋の中が赤と黒のコントラストへと無理やり染め上げられる。
「……尾行の結果。住居を特定する事ができました」
凛としているが、しかしどこか言い淀む様に頭を下げたまま報告を行う女性。
その対面には逆光で真っ黒に染まった椅子に座る男性が居た。
「そうか……。
ついにフェアリーテイルの尻尾を掴んだか」
その男性は金色の瞳を静かに閉じて、椅子から立ち上がり窓際まで移動した。
「想定よりもあっけない。
主の計画を妨害して十数年逃げ続けた男がこんな結果で見つけるとはな」
「……本当になされるのですか?」
「――変更はない。今夜決行する」
男性の背中へ向け苦しげに吐かれた女性の言葉に、男性は何の感情も乗っていない声音ですぐさま答えた。
「このチャンスは逃すことはできん。
恨みつらみはこの作戦が終わった後にいくらでも聞く。今はただ従ってくれ」
優し気でしかし有無を言わせない雰囲気を纏いながら、そう言って男性は頭を下げたままの女性の側を通り過ぎて部屋を出て行く。
その後、太陽の動きに合わせ部屋が暗くなっていくのを見守っているかの様に跪いていた女性も、しずかに部屋を立ち去った……。
――昼下がりの暖かく柔らかな陽の光が木製の格子窓から差し込み、部屋の中を舞っている埃が照らし出される。
埃臭さと油臭さ、そして金物臭のする中を俺は、戸棚から取って来た修理部品の入った箱を持ち上げながら歩いていた。
「よっと!」
そして依頼された修理品の置かれている作業机へと、音を立てながら箱を置いた。
「あれ……これ規格が合ってない」
一息をついてから天井から吊るされているランプへ火を灯して意気揚々と修理を再開し、俺は持ってきた部品全てを修理箇所へ当て嵌めたが、しかしそのどれもが修理箇所の規格に合わなかった。
「えぇ? 今はこれしかないのに……はぁー仕方が無い……」
ため息を吐きながら持ってきた部品を脇へ退け、俺は机の上に積み上げられている場違いな銀貨の塔から一枚を取って握りしめた。
「――アビリティエクスチャンジ」
手の中の冷たさを感じる銀貨へ意識を集中させながらそう呟くと、次の瞬間に拳の隙間から光が瞬き。
拳を開くとそこには硬貨の姿は無く、代わりに部品が乗っていた。
「ふぅー」
【アビリティ】または【能力】と呼ばれる皆が生まれたながらに保有している力。
この力は基本的に自身の魔力を消費する事で行使するのだが、俺の場合は能力の都合上、追加で硬貨――つまりお金を消費しする為あまり使いたくは無かった。
俺はちょっとした疲労感を感じながら作り出した部品を修理品へ手際よく取り付け、動作確認をして無事に治った事を確認してた。
「――ちょっとごめんよぉ~」
――そして背伸びをして一息つこうとした時。
いきなり目の前の机の上に重苦しい音と共に別の修理品が置かれ、俺はびっくりして肩を跳ね上げて驚いた。
と、同時に。こんな事をする犯人を俺は知っている為、修理品を持ってきた人物の方を睨みつける様にすぐさま向いた。
「ちょっと父さん! もっと静かにおいてって!」
「にゃは! めんごごめんご~!
ちょっとここの部品が足らなくってさぁ~」
目が見えるのかといつも疑問に思うほどの糸目で笑みを浮かべている父さんが、平謝りしながら指をさした修理品の箇所はぽっかりと部品が抜け落ちていた。
それを見て俺は父さんが何を望んでいるのか分かったため、ご要望通りに銀貨を握りしめアビリティを使い、部品を作り出し取り付けた。
「うん……うん! よーし! 相変わらずネオの能力は助かるにゃ~」
修理品の動作確認を終えた父さんが、いつもの様に大げさに俺の頭を撫でまわしながら褒めてくれた。
しかし俺はあまりこの褒め方が好きではない。
と言うのも、どう考えてもペットでも褒めるかの様な豪快さしかない撫で方をしているからだ。
「――あ、そうだ! 父ちゃんこれから出かけるから」
俺はこれも父さんの愛情表現なのだと我慢して撫でられていると、唐突に父さんがそう言って急いで修理品を戸棚に戻し出かける支度を始めた。
「え? 午後から? 出張修理ってわけでもないんでしょ?」
「まあ……ちょっちねぇ~」
俺の方へ振り返った父さんは相変わらず笑みを浮かべていたが、その表情はどことなくバツが悪そうだった。
「……最近出かける事多くない?」
「確かにそうなんだけど……ネオには負担をかけてごめんねぇ~」
「それはいいよ――でも昔みたいになるのはもう嫌だからね!」
「それは大丈夫! 愛してるよネオ!」
父さんははっきりとそう言って心配する俺の額にキスをし、いつも身に纏っている花の匂いを残して部屋を出て行った。
(最近どうしたんだろ父さん……)
俺は父さんの出て行った扉を少しの間見つめから、気を取り直して修理品を戸棚へと戻しに立ち上がり。
気にしない様にはしていても、最近の父さんの不可解な行動に関して俺は考えずにはいられなかった。
(昔はよく家を空けてひどく疲れながら帰ってくる事が多かったけど……最近はめっきり無くなっていたのに……)
修理品の収められた戸棚をしっかり施錠して、今日の夕飯の食材を買いへ向かう準備をしながら俺は答えの出ない疑問を考え続ける。
……しかし、答えが出ないと思いながらも、俺には一つだけ父さんの行動について思いあたる節がある。
(――多分。いや。間違いなく母さんの事が絡んでいる)
母さんについては俺が物心つく頃にはもういなかったためほとんど何も知らない。
しかし父さんが言うには俺の事を愛してくれていた様だ。
(ならどうして居ないんだ? とは思うけれど……)
いつも外出時に身に纏っているフード付きのローブを羽織り、目元までしっかりと深くフードを被ってから家を出て。
人目を気にするかの様に俯きながら商店街を目指して街中を歩いていると、ふとゴブリン族の親子の姿が目に入った。
(……俺と父さんはどうしてこんなにも似ていないんだろう?)
父さんの行動に母さんが絡んでいると思う理由として、最近考える様になった『そもそも自分は父さんの子供なのか?』という疑問がある。
俺と父さんが住んでいるここ【テル=カビオ】は、ゴブリン族が作り上げた【オルニアム大陸】で唯一の国、当たり前だがゴブリン族が多く住んでいる。
ゴブリン族の見た目として、身長が百二十センチとかなりの小柄、緑色の肌、髪色が茶か黒、というのが特徴であり、父は全てにしっかりと当てはまっているの典型的なゴブリン族と言う見た目に対し。
俺は身長百四十二センチと大柄で、肌の色も人族やエルフ族などと同じ様な肌色をして、かつゴブリン族に限らず、他の種族でもあまり見かけない銀色の髪をしているなど。
父との血のつながり……と言うより、そもそも自分がゴブリン族とはあまり思えない容姿をしている。
(俺って父さんに預けられただけの子供だったりするのかな……)
俺が成人間近まで育ったから父さんは俺を母さんに返そうかと思っているのかもしれない。
そんな風に俺は父さんを疑うような事まで考えてしまう。
「……はぁー。――ゲホッゲホッ!」
父さんの事を疑う自分への自己嫌悪で気分が落ち込み溜息を吐いた瞬間に、車道を走っている馬車と車の巻き起こした砂煙を吸い込んでしまって咽た。
これは自分への罰なのかもと思い、頭を振ってそれ以上は考える事止めて、当初の家を出た目的である商店街へと向かう事に集中し歩みを早めた。
――その時。俺は前方がやけに騒がしい事に気がついた。
「何かあったのか?」
事故でもあったのかと思い顔を上げると、周りに居る成人したゴブリン族の者達が子供かの様に見えるほどの大きな背丈の男性の姿が目に入った。
(珍しい……この国で人族とドワーフ族以外を見かけるなんて……。
それにあんなに大きな種族の人は生まれて初めて見た)
その男性の羽織ったマントの隙間から見えるは筋骨隆々の灰色の肌は、明らかに異種族という特徴をしており。
ゴブリン族ではない事はもちろん人族やドワーフ族の特徴とも異なっている……そもそも身長からしてその二種族ではない事は分かりきっているが。
「キャーー!!」
――そんな事を考えていると今度は俺の背後から悲鳴があがった。
俺は驚きと共に振り返ると、かなりの速度を出しながら暴走する車が、車道の馬車や車を避けて今度は歩道の人々を避けと。
必死に車道と歩道を行ったり来たり蛇行して、事故を起こさない様に回避しながらこっちに向かって走って来ていた。
(ブレーキでも壊れたのか!?)
俺は驚きながらもなんとか横に飛んで車を回避し、その時にチラッと見えた運転席の人物の顔には恐怖の表情が張り付いており、必死にハンドルを握って運転していた事からなんらかのトラブルが起きたのだろうと予想できた。
そして幸いな事に今の所怪我人は出ていなかった。
――今のところは。
「――ま、まずいッ!?」
この国に住んでいる者なら誰でも車という物の危険性を知っているけれど、別の国から来た人達の一部が車を猪程度に考えて轢かれる事があると聞いた事がある。
今回はまさにそれだと俺は思った。
傍に居た人々は建物や脇道に避難するなかで、大柄なその人物は変わらずその場に立ち続けていたからだ。
「そこの人! 今あなたに向かっているそれは――!?」
だから俺を大声で何とか大柄な人物へ注意を促そうとしたら――その大柄な人物の後ろで腰を抜かしている男の子の姿が目に入った。
(子供を守ろうと――)
そう思った時には俺は走り出し、頭に被っていたフードが風で外れた。
が、そんな事なんて気にせずに急いで懐から財布を取り出し金貨を一枚取り出した。
(勿体ないけどッ!)
「アビリティエクスチャンジ:ロッド!」
そして地面へ投げた金貨を踏みつけながら、大きくひざを曲げて地面付近まで屈みこんだ瞬間に能力を使い。
足の裏を押し上げて伸びて行く棒にうまく乗って、前を蛇行する車を飛び越えて大柄な人物の前へ着地した。
「あれは車と言ってあなたが考えているより危険なものです! ここは俺が――」
「――それには及ばない」
車との衝突まで時間が無いため俺は語気を荒げながら大柄の人物へそう言いながら、すぐさま再びは財布から金貨を取り出そうとしたら、後ろに居る大柄な人物が俺の肩を掴んで優しく後ろへ引っ張って来た。
「――え?」
俺はまさかそんな事をされるとは思わなかったため、数歩後ろへ下がってしまって逆に大柄の人物に守られる様な立ち位置になってしまった。
(まずいッ!?)
一瞬呆気に取られたが急いで再び能力を発動しようと動くがもう遅く、恐怖に染まり叫び声を上げる運転手の車が大柄な人物に衝突した。
……衝突したのだが。
「む、無傷……?」
なんと勢いよく突っ込んで来た車は大きな音を立てて前方をひしゃげさせるが、同じくぶつかったはずの大柄な人物には傷などは一つなく、そしてその場から一歩も動いた形跡が無かった。
「怪我をせぬよう止めたつもりだが、大丈夫か?」
「は、はぇ? え?」
そして何事も無かったかのように大柄の人物は歪んだ運転席の扉を素手で外し運転手を救出した。
その瞬間に静寂に包まれていた周囲から歓声が巻き起こった。
「二人も怪我は無かったか?」
「だ、だいじょうです……」
「お、俺達なんかよりあなたの方こそ」
呆気に取られていた俺の横を通り過ぎて、腰を抜かしている子供を立ち上がらせていた大柄な人物が安否を尋ねてくるが。
逆に、当事者のはずの大柄の人物へ聞き返した俺の質問に淡々と大丈夫だと返答をされた。
「礼が遅れたな。勇気ある助力を感謝する少年」
「い、いえいえ! 俺は結局何もしていません!」
正直、目の前でスマートに事故を防いだ場面を見せられて、俺は助けに入った自分が恥ずかしく感じてしまっている。
感謝される方が居心地が悪く、俺は自然と視線を泳がせてこの場を立ち去る理由を探してしまった。
――だがその行為は別の形で俺から羞恥心を取り除くことに成功した。
「お、おまえ! 何やって――」
なんと大柄の人物に助けられたはずの子供が、その大柄な人物の懐から財布を盗み取っている所を目撃してしまった。
「――止せ」
俺は素早くその子供の腕を掴んだ、だが盗まれた本人である大柄な人物に逆に手を掴まれた。
「な、なにを!? あ、貴方の財布が盗まれたんですよ!?」
「分かっている。しかし私はこの少年の行動を咎める気は無い」
「ど、どうして!?」
大柄の人物の意味の分からない行動に俺は少しばかり苛立ち、語気を荒げて問い詰めると。
盗まれた財布が握られている子供の手を握り、その財布を開いて中身を見せてきた。
「――こんな事をしなければ生きて生けない世界がある事を少年は知っているか?」
中には二日三日ぐらいの食料が帰る程度のお金が入っている。
「え?」
「某は知っている。これっぱかしのために命をかけて生きてきたことがあるからだ」
衝撃だった。
立ち振る舞いから気品さを感じる目の前の人物が、この子供と同じような立場になった事がある事に。
――それ以上に。助けた相手に裏切られてこうも毅然な態度を取っていられる事に。
「贖罪と言えるほど崇高な事ではない、そもそも犯罪を見逃すのだから。
しかし某一人へ行った犯罪ならばどうかこの場は見なかった事として欲しい」
「……」
「間違っていようとも。それで救われる命が事は間違いないのだ」
強く真っすぐで、そして決意に満ちた金色の瞳が俺を見据える。
大柄な人物の強い信念の様な物を感じて俺は無言のままゆっくりと子供から手を離した。
すると子供は素早く野次馬をかき分けて逃げ出していった。
「感謝する。少年」
そう言った大柄な人物はいつの間にか俺から視線を外しており、その目線の先を追ってみると逃げた男の子と手を繋いで走る小さい女の子の姿が見えた。
そして、その女の子が走りながらこちらへ振り振り向いて小さく頭を下げた。
「生きて生けない世界……」
(正しさってのは何だろう?
食べていけない弱者が罪なのかな? ……そんなはずはない)
俺からしたら助けてくれた恩人から物を盗む屑。
でもあの女の子からしたら食べ物をくれる良きお兄ちゃん。
「少年。少年の考えが正しく某の行いが間違っている事をどうかそれは忘れないでくれ。
どのような結果であろうと某の行った事は間違っているのだ。
次に犯罪を目撃したのならばしっかりと己の心に従ってほしい」
大柄な人物はそう言ってマントに付いた砂を払い、この場を立ち去ろうとした。
「ま、待ってください! 最後に名前を教えてくれませんか!?」
その言葉に大柄な人物は足を止めて困った顔で振り返った。
「名前……か……すまない。
その……某の種族では名前は……無い――いや持たないのだ。
だから……そうだな……クロ。クロとでも呼んでくれ」
「クロさん! 今日は出会えてよかったです!
俺はネオ。ネオ・ゼーゲンって言います!」
「ネオ……ゼーゲン?
そうか……そうか……。
――ではな。ネオ」
そう言ってクロさんは再び歩みを始めて去って行った。
この出会いは、俺の中にあった何かが変わった事を感じた。
だがそれが何かまでは分からない。
けれどそれはきっといい事なのだと感じている。
「――ちょっといいかね君? この惨状についてなのだが……」
「あっ」
誰かが呼んだのだろう警察が駆け付けて、クロさんのいない分俺は多く聞き取りを受ける羽目になった。
「やッッと解放されたー!」
幸いな事に聞き取りは思ったほど時間はかからなかった、しかし商店街につく頃にはすっかり夕方になってしまった。
これから他の買い物客たちと押し合いへし合いを繰り広げる事になるのだと思うと、憂鬱になりながら気合を入れて商店街へと足を踏み入れよとする。
その時、微かにわき道の方から何やら揉めているらしき声が聞こえてきた。
(ん? あれって……)
俺は何となくその声が気になり数歩後ろに戻って脇道を覗いてみると、薄汚れた二人の男達とその足元ある大きな袋が見えた。
(あの時の……双子?)
そして建物の間を風が吹いて一瞬だけ袋の口が靡いて二人の子供の顔が見え。その姿はつい先ほどクロさんと出会った時に見逃した男の子と女の子だった。
(あいつら人攫いか!)
……正直。
ほんのちょっとだけ、本当に少しだけ、自業自得だと思わなくもなかった。
――そんな下劣な事を一瞬でも感じてしまった己に俺は怒りが湧いて来た。
どんな人だろうと――。
どんな状況だろうと――。
目の前で行われる犯罪行為を見過ごす事など絶対にしてはいけない。
その思いを胸に俺は力強く財布を取り出して脇道へ入って行く。
「――ふぅーん、助けるんだ? 不満にしていたわりに」
――突如、俺の目の前に黒い服に棚引かせながら女性が降って来た。