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微妙な空気になってしまったので、お茶を飲んだあと、セレスティーナは外に出て周辺の掃除をすることにした。といっても、軽く落ち葉を集めるくらいである。
レオはまだ微熱があるため、今はベッドに戻っている。彼も気恥ずかしさがあるのだろう、そそくさと兄の寝室に入っていった。
(……夕食は何を作ろうかしら)
もう落ち葉もないのに同じところを何度も掃きながら、ぼんやりとセレスティーナは考える。
(お兄ちゃんがまだ帰ってこないのなら、レオさんの好きなものを聞いて、それを作る?)
変に意識せず、自然に聞いてみればいい。さっきのことなど、何も無かったかのように。きっとレオも普通に返してくれるだろう。そうすれば、また、一緒に本を読める。
「よし!」
小さく気合を入れて、家へ戻ろうとしたときだった。
「セレスティーナ!」
少し離れたところから、呼びかけられた。
「あ……ホセ」
「今日は仕事じゃないのか?」
近所に住む農夫のホセだ。引っ越したときから、頻繁に声を掛けてくる。悪い人物ではないが、ちょっとしつこくてセレスティーナは苦手だ。
「今日はお休みなの」
「昨日も休んでなかったか?」
「う、うん……」
「そっか!なあ、オレ、今日の仕事はもう終わったんだ。良かったら、一緒に街へ行かねぇか。セレスティーナの買い物にも付き合うよ。重いものはオレが持つし」
「えーと、今、特に買いに行かないといけないものはないから……」
「じゃ、気分転換に!なんか、うまいものを奢るからさ」
「ごめんなさい、家の用事がまだいろいろとあるの」
「ちょっとくらい、いいじゃねぇか。な?」
にこにこにこ。
いつの間にか、ホセは庭の入口まで来ていた。笑っているのに、なんだか怒っているような気配がする。セレスティーナは急いで家に入ろうと踵を返した。
「本当にごめんなさい!やることがいっぱいあって、忙しいから!」
「待てよ、セレスティーナ!」
扉に手を掛ける前に、ホセに腕を掴まれた。
「いたっ」
かなり強い力に、一瞬、悲鳴のような叫びを上げる。しかしホセは笑顔を消し、真剣な顔でセレスティーナに迫ってきた。
「兄が騎士団に入ってるからってお高くとまってんのか?農夫なんか、相手にできねぇって?」
「なにを……言ってるの?というか、腕、離して」
「なあ。お前、もうそろそろ20歳になるんだろ。さっさと結婚しねぇと行き遅れになるぞ」
「はあ?そんなこと、ホセには関係ないじゃない!」
「バカか、オレがもらってやるって言ってるんだよ!」
セレスティーナは言われた言葉の意味が分からなくて、一瞬、ポカンとした。
そして理解するなり、カッと頬に朱を上らせる。
「もらってもらわなくていいわ!行き遅れようとどうだろうと、私の自由でしょ!」
少なくとも、"もらってやる"なんて言う男は御免だ。
掴まれた腕を振るが、ホセの手は離れない。それどころかますます力を込められ、セレスティーナは痛みに顔を歪める。
「離して!」
「だから、ちょっとオレの話を聞けって……」
「彼女から手を離せ!」
怒気を孕んだ大きな声が辺りに響いた。ビクッとホセが身を強張らせる。セレスティーナもビックリして息を飲んだ。
玄関に現れたのは、レオだ。ホセは―――怒鳴った男が老齢で、片腕を吊っていると見るなり、せせら笑った。
「な、なんだ。ケガ人のじーさんが驚かすなよ。……セレスティーナのじぃさんか?お前、身内は兄しかいないって言ってなかったか?」
「レオさんは……兄の職場の人で……」
「ハハッ!」
ホセは乾いた笑いを漏らして、セレスティーナをぐいっと引き寄せた。
「なんだ!じゃ、関係のないじじぃは引っ込んでろよ。今、オレはセレスティーナと大事な話をしているんだ」
「関係なくは無い。エルナンがいない今、俺が彼女を守る役目を負っている」
「じじぃがカッコつけたこと言うな。何が守るだ。安心しな、よぼよぼのあんたじゃなく、オレがこれからセレスティーナを守ってやるからよ」
言いながら、ホセは顔をセレスティーナの首筋に近付ける。セレスティーナは全身に鳥肌が立った。
「やだっ、離してったら!!」
「離せと言っているだろう!」
先ほどよりももっと激しい怒気を放って、レオは一気にホセへ詰め寄った。ホセが身構える暇もなく……左手で襟元を捻り上げる。
「がっ……」
喉が締まったホセは、慌ててセレスティーナを放し喉元のレオの手を掴んだ。セレスティーナがあたふたとホセから離れる。それを確認し、レオは勢いよくホセを地面に捻じ伏せた。
どごっと鈍い音がし、ホセが呻く。
「ぁぐっ……」
その背中に荒々しく膝を乗せ、レオは低くホセに問うた。
「このまま大人しく帰れば、これ以上は何もしない。しかし、まだ抵抗するというならもう少し痛い思いをしてもらうことになるが」
「じ、じじぃのクセに……!なんで、セレスティーナとオレの邪魔をするんだよ!」
「邪魔?セレスティーナには、想い人がいる。お前の方こそ邪魔をするな」
「くそ……、くそぉ……!」
ホセはしばらくジタバタとしたが、やがてまったくビクともしないレオに力の差を実感したのだろう。おとなしくなった。そして……
「離してくれ。もう、セレスティーナに言い寄ったりしないからよ」
「……わかった。二度目はないと思え」
細い声の訴えに、レオはようやくホセの背から膝を外した。
悔しげに顔を歪めながら、ホセは黙って庭から出て行った―――。
来週も火木土で更新予定!
一気に書き上げたいんですが、ちょっと、時間掛かってます……。