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文量、多めです!

 その日、セラータ王国騎士団団長のベルナルドは朝から首を捻っていた。

 いつもは頼りになる副団長のリオネルの様子がおかしいからだ。

 話し掛けてもとんちんかんな返答が返ってくるし、書類を間違えて持って来る。壁にぶつかっているのを見たときは驚愕した。

 挙げ句に訓練の際、下っ端の騎士から脳天に一撃を入れられたのを見て、「今日は副団長室で書類仕事をしろ」と命じざるを得なかった。訓練は模擬刀だったのが幸いだ。

(この調子では、書類仕事もまともに出来るか怪しいが……寮へ帰しても心配だしなぁ)

 理由はなんとなく察せられた。

 しかし、リオネルが何も言わない以上、こちらから口を出す訳にもいかない。

(あいつ、あっち方面はからきしだからな。少し、それとなく助言しておけば良かったか……)

 とはいえ、考えも感情もあまり表に出さないので、どこまで関わっていいものか判断しにくい。

 何より、リオネルもいい年の男である。職場の上司からあれこれ私生活について口は出されたくないだろう。

(上手くいくと思ったんだが……)

 ベルナルドは小さく溜め息をついた。


 寝不足だったけれど、その日、セレスティーナは朝から精力的に仕事をこなしていた。

「どうしたの、今日はずいぶん力が入ってるじゃない」

「昨日、休んですっきりしましたから!」

「そう?」

 いつもの倍は動き回るセレスティーナに、先輩たちが不思議がる。

(気合い、入れすぎかしら?)

 だけど気合いを入れないと、眠気に負けそうになるのだ。

 ――昨夜。

 兄と話してすっきりし、夕食を食べに行って帰宅すると、リオネルが花以外に何か紙袋に入れたものも置いて帰っていたことに気付いた。

 部屋でそれを見てみると……新しい絵本だった。

『シーファのぼうけん』という風の精霊の絵本だ。きっとリオネルが言っていた、昔読んで面白かった絵本だろう。

(レオさん……!)

 二人で本を読んだ記憶がよみがえる。一瞬、泣きそうな気分になった。

 それから朝方まで、セレスティーナはずっと絵本を読んでいた。

 だけどレオが……リオネルがいないと、ちっとも前へ進まない。

 そんな訳で、今日は寝不足なのである。そしてそのせいか……兄と話しているときは決まりかけていた心がちょっとグラついていた。

 今日は出来れば、リオネルに会いたくない。

 今、リオネルと顔を合わせたら、慌てて逃げ出してしまいそうな気がする。そんなことをしたら、きっとリオネルを傷付けてしまうだろう。

(はー……それにしても副団長さま、私なんかのどこが良かったんだろ?ケガして弱っているときにお世話したから、良く見えただけじゃない?)

 たくさんのシーツを運びながら、ふと、そんなことを思う。

 とはいえ、あのときは全然、気持ちに余裕がなくて聞けなかった。もっとも今だって、余裕があるとは言えない。

 ちらっと訓練場に目を向ける。

 ここからでは、誰が誰か分からない。

(あと何か、一押しあったらな……)

 目の前に見えている道を――進む勇気がまだ持てない。

 兄は、今朝、何も言わなかった。伝えるべきことを言ったから、そこから先はセレスティーナの意思を尊重するということだろう。ここからは自分で考えて、結論を出さなければならないのだ。

 小さく溜め息をついて、仕事に集中しなくちゃ!とセレスティーナは前を向いた。


 昼食のとき。

 先輩の一人から気になる話を聞いた。

 リオネルの体調が悪いらしい。

「セレスティーナは知らないんだっけ?副団長さま、この間、魔獣退治で大きなケガをして療養されてたのよ。なんか、そのときの後遺症で具合が悪いんじゃないかって話!大丈夫かしら……わたし、副団長さまなら付きっきりでお世話するんだけどぉ」

 後遺症?

 セレスティーナは首を捻った。

 骨折は治してもらったはずである。まさか、訓練中に急に老人になってしまった……のだろうか。

 年老いた姿でも、ホセを圧倒するくらい強かった。だけど精鋭の騎士と訓練中だと、危ないかも知れない。

 心配になり、おかげで午後からの仕事は手につかなくなった。

 先輩たちにからかわれる。

「朝、張りきりすぎたんでしょ!その洗濯物、さっきから何度もたたみ直しているわよ?」

 そうは言われても、どうしても気になって落ち着いて仕事が出来ない。

 なので仕事をしつつ、何度か訓練場の近くに行ったり、騎士たちの休憩室のそばを通ったりしてみた。

 兄がいれば、詳細を聞けるかも知れないのに、こんなときに限って兄は見当たらない。もちろん、リオネルの姿も見えない。

(騎士の誰かに聞いてみようかな。変に思われるかな……)

 そして洗濯室の備品を受け取り、戻る途中のことだった。

 ちょうど、ベルナルドと行き合った。

「あ、団長さま!」

 大柄な騎士団長は、セレスティーナを見るなり目元を綻ばせる。

「おや、セレスティーナ。……ああ、そういえば!食い意地が張っていて恥ずかしいが、先日、君の作ったマフィンを少し分けてもらった。美味しかったよ」

「まあ、ありがとうございます。……あの、副団長さまが調子悪いって話を聞いたんですが……大丈夫ですか?」

 事情を知っている団長なら尋ねやすい。

 セレスティーナはベルナルドの礼をさらりと流して、聞きたかったことを口にした。

 ベルナルドは目を瞬かせ……難しい顔になる。

「うむ。そう……リオネルは少し調子が悪いようだ」

「この間の……あの、ケガの原因……ちゃんと治療ができなかったんでしょうか?」

 廊下で、リオネルが呪われていた件を言うのも憚られ、セレスティーナは言葉を濁しつつ尋ねる。

 ベルナルドは苦笑いした。

「いや、それはもう大丈夫だ。今日は別の病で……」

 言いながら、ベルナルドはふと、思案する表情になった。顎に手を当てる。

「……セレスティーナ。リオネルは厳格な家で育てられていてな。そのせいか、口下手な部分も相俟って、苦しいことや辛いことを表に出すことがない。おかげで長い付き合いの俺でも、なかなか考えていることが分らなくてなぁ……」

「そう……なんですか?副団長さま、意外と顔に出る気がするんですけど」

 確かに言葉は少ないが、セレスティーナから見れば困っているとか、嫌だとか、嬉しいとか……彼の感情は分かりやすかった。

 するとベルナルドは嬉しそうな笑顔になった。

「そうか、そうなのか。セレスティーナには心を許したのかも知れんな。……では、すまないが少し様子を見に行ってやってくれないか。あいつには、弱音を吐けるところも寛げるところもない。もし、君にそれを見せらるなら俺も安心が出来る」

「私に、ですか?」

「ああ。……迷惑かな?」

「いえ、そんなことは……」

 言い淀んで、セレスティーナは俯いた。

 ベルナルドは、リオネルがセレスティーナに結婚申し込みをしたことなど知らないだろう。そして、セレスティーナがそれを断ったことも。

 今はまだ、リオネルと顔を合わせるのは気不味いのだが……どこにも弱音を吐けないというベルナルドの言葉に、セレスティーナは胸が痛んだ。

 自分には兄がいて、昨日も話を聞いてくれた。

 だけど、リオネルは。

 昨日、申し出を断ったあと、ほろ苦い笑みを浮かべて「分かった」と青い顔で帰って行ったリオネルは。

 あれから、どんな気持ちでいるのだろう。

 今もまだ、苦しい思いを一人で抱えている……?

「分かりました。副団長さまの様子を見に行ってきます!どこにおられますか?」

 セレスティーナの答えに、ベルナルドはホッとした顔になった―――。


 副団長室の扉を叩く。

「何の用だ?」

 中から低い声がして、セレスティーナはそっと扉を開け、中へ滑り込んだ。

 リオネルは、大きな机で書類に埋もれていた。顔も上げず、手を振って言う。

「今、手が離せない。書類なら、そこの箱に……」

 言いかけて、ガタッと立ち上がる。

「セレスティーナ……っ」

 よほど驚いたのか、口をはくはくとさせている。

 セレスティーナは気不味さで目を泳がせながら恐る恐る尋ねた。

「あの……具合が悪いと聞いて……」

「具合?いや、少しぼうっとしていて、受け損なっただけだ。別に問題はない」

「受け損なう?」

 意味が分らなくて、首を傾げる。

 リオネルは片手で口元を隠しながら、恥ずかしそうに説明した。

「訓練で頭に一撃を受けた……」

「えっ、だ、大丈夫ですか?!」

「模造刀だから問題はない」

「問題なくないですよ!ちゃんと冷やしました?」

「ああ。もう、治療してもらった」

「そうですか……良かったぁ」

 ホッとして胸を撫で下ろすと、リオネルは切なそうに目を細めた。

「まだ、心配してもらえるんだな」

 その視線と言葉に……セレスティーナは胸を突かれた。

(この人は……)

 怪我人の心配なんて、するに決まっている。なのに、自分にはそんな価値は無いと言うような顔をして。

 ――いつも淡々としていて、強そうな人に見えていたのに。

 だけど、本当はすごく繊細で脆いところのある人だ。

 照れ屋で、口下手で。

 甘えることも下手で。

 その瞬間、セレスティーナの心は決まった。

 ぐいっと腰に手を当てる。

「そんなの!当たり前です!」

 ぴしっと言ったら、リオネルはびくっと身をすくめた。

「だが……もう俺の顔を見たくないだろうと……」

「それは……どちらかというと、私よりも副団長さま――レオさんの方じゃないですか?」

「っ!」

 愛称で呼び掛けたからだろう、リオネルが「え?」と驚いたようにセレスティーナを見る。

 セレスティーナは、にこっと笑った。

 そして、ゆっくりとリオネルに近付く。

「昨日は、あんまり急だったから私も混乱しちゃって……ちゃんと、考えることができなかったです」

 机を回って、リオネルの横に立つ。

 真っ直ぐにリオネルの精悍な顔を見つめ、ぐっと腹に力を入れた。

 これから言おうと思っていることを考えると、少し、握り締めた手が震えた。

「昨日、いただいた絵本を読みましたよ。でも私一人だと、全然、進みませんでした。……やっぱりレオさんが横にいて、教えてくれないとまだまだダメみたいです」

「俺と……」

「はい。だから……一緒に本を読んでくれますか?」

 リオネルが大きく目を見開いた。セレスティーナは彼が何か言う前に、思っていたことを一気に吐き出す。

「それでですね……いきなり結婚はちょっと急すぎるので、まずはお付き合いから始めましょう?結婚前提で、もう少し、お互いを知る時間が欲しいです」

「…………」

 呆然とリオネルが立ち尽くしている。

 昨日はセレスティーナが混乱していたが、今日はリオネルの番のようだ。

 セレスティーナは小首を傾げて、背の高いリオネルを見上げた。

「昨日、お断りしちゃったから……もう、その話は無しですか?」

 その言葉に、呆然としていたリオネルは我に返って勢いよく首を振った。

「そっ……そんなことはない!……いいのか、本当に?俺は……その、人の機微に疎いし、気難しいところはあるし……」

「知ってます。なんなら、年老いた姿も。……おじーちゃんのレオさん、渋みがあって好きですよ?」

「……っ!」

 一瞬でリオネルの顔が真っ赤になる。

(ふふ。やっぱり、かわいい)

 正直、騎士団副団長のリオネルと結婚前提のお付き合いは、不安になるけれど。

 こういう可愛いところのあるリオネルとなら、一緒に歩んでいけると思うのだ。

「レオさんの方こそ、年をとって私がおばーちゃんになったとき……残念に思わないでくださいね」

 なるべく笑顔の可愛いおばあちゃんにならなくちゃ!と思いながら、セレスティーナは満面の笑顔でリオネルに言う。リオネルも赤い顔のまま、真面目な顔でこくりと頷いた。

「きっと、そんなことは思わない。君と一緒に過ごした年月が、お互いの皺になって刻まれるのだから」

 言いながら、リオネルが一歩足を踏み出して。

 ふいにぎゅっとセレスティーナを抱き締めた。

「レ、レオさん……」

「愛している、セレスティーナ。こんな気持ちになったのは、君だけだ。一生、大事にする」

「……!!」

 今度は……セレスティーナが真っ赤になって、リオネルの胸に顔を埋めた――。




 ※ ※ ※ おまけ ※ ※ ※


 団長へその日の報告を終えたエルナンは、退室しかけて……恨めしげな目で団長を見た。

「団長ぉ……もしかして、謀りました?」

「なんの話だ?」

 書類に目を落としていたベルナルドは顔を上げ、エルナンの精悍な顔に視線を移す。

 エルナンは子供のように口を尖らせていた。

「この間の魔獣退治のあと、リオネル副団長をうちで預かった件。副団長がセレスティーナに惚れるって分かっててうちへ来させたんじゃないっすか?」

「そんな訳はなかろう。寮では、リオネルはろくに休まん。信用の出来るしっかりした者に世話を任せる必要があった。俺の知る中で、たまたま、セレスティーナ嬢以外に適任が思い付かなかっただけだ」

 真面目な顔で言い切ったら、エルナンは「はぁ……」と盛大な溜め息をついた。

「まあ、いいですよ。そういうことにしておきます。でも、俺はちょっと団長を恨みますからね!」

 納得していないエルナンに、ベルナルドはハハハ!と盛大に笑った。

 この生意気な青年は、リオネルよりも鋭く頭の切れる部分がある。その上で柔軟性もあるので、将来が楽しみな人材だった。

 リオネルは良い子を拾って育てたものだと思う。

 ベルナルドは口元をにやけさせたまま、エルナンに言い聞かせる。

「まったくお前ときたら……。リオネルでも駄目だと言ったら、もう妹はどこにも嫁に行けないぞ。ここは快く送り出してやれ」

「わかってますよ!俺は、ちゃんと送り出します。笑顔でね!……でも、団長を恨めしく思うのは別です」

 これはしばらくの間、ぐちぐちと言われることを受け止めねばなるまい。エルナンにとって、妹の存在が何より大切だったことは分かっていたことだ。

 ベルナルドは席を立ち、エルナンのそばへ行って肩に手を置いた。

「エルナン。そういうお前の方こそ、さっさと身を固めろ。お前が結婚しないから、妹もなかなか恋人を作れなかったんだろうからな」

「ほっといてください。……あーあ、今日はやけ酒して帰ろうかな」

「わかった、わかった。今日は俺が奢ってやる。で、お前にいい子を紹介してやるよ」

「いりません。俺は自分で見つけますから!団長の思い通りにはなりませんよ?」

 実は、エルナンはリオネルの次に騎士団で人気物件だ。

 平民出身とはいえ、容姿は整っているし、勤勉で人当たりも良い。この頃はめきめきと強くなって頭角を現しつつあるので、紹介してくれという相談が多かった。

「そうか、そうか」とベルナルドは笑いながら、エルナンの頭をぐしゃぐしゃと無でた――。

読了、ありがとうございました!

最初は1~2万字の短編を書くはずだったのに、いろいろ丁寧に場面を書いていたら驚く長さに(笑。

良かった~という場合は、評価をいただけると今後の励みになります。

悪役令嬢の絡まない恋愛作品は人気がないので、向いてないのかなと思いつつ……。


(すでに評価していただいた方、ありがとうございました。「いいね」も励みになりました!)

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