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8 容赦なく抉ってくるタイプ


「は?」


 鈴はぽかんとした。

 誰が誰を大好き?

 

「だから、鈴が蘇芳を大好きなんでしょ」

「いや、そうじゃなくて、蘇芳が、だよ?」

「本気で疑問なくそう言えるあんたがすごいと思う」


 桂はいつにもましてクールに言う。

 確かに「私じゃなくてー、向こうが私のこと好きなんだしー」という大変恥ずかしい発言だが、そういうつもりはなく、純然たる事実として鈴は言ったのだ。

 むっとすると、呆れたまなざしを向けられた。


「そういうところがスゲーわ」

「だって」

「顔、好きでしょ。蘇芳の顔」

「……」

「あと、あの無気力なところ。庇護欲を刺激してくるところ。何もできない子ほど可愛いってやつ。あんた、人の世話やくの大好きだもん」

「そんなこと」


 ない、と言い切れなくて、鈴は黙り込む。


「じゃなければ、全部捨てて麗の世話しに行ったりしないわ。一年も」

「……な、泣いてたし」

「はいはい」


 はあーっと大きなため息を吐かれる。


「あんたは世話を焼くのが大好き、蘇芳は世話を焼かれるのが大好き。相性バッチリで、しかも昔からお互いをそうやって甘やかし放題で育ってきたんだから、蘇芳が鈴に依存してるのと同じように、鈴だって蘇芳に依存してるんだよ。たちが悪いのは鈴。無意識だから」

「桂」

「なによ」


 鈴は丸まって、胸元をぐっと押さえる。


「いたい、いたたたたた」

「圧迫止血しときな」

「してます。いたい。抉るような分析が痛い」

「みんな、蘇芳があんたに世話を焼いて欲しくてさらに無気力になってるって知ってるよ。幸せな共依存の代名詞だよ、あんた達は」

「……いてて」

「純然たる事実」

「蘇芳に自立して欲しくて、麗のところに行ったんだけどな……」

「違う違う」


 鈴の反論はあっさりと捨てられた。


「蘇芳が自立したら鈴が耐えられないから、先に離れたんでしょ」


 言われて、さらに体の中心が痛む。

 いわゆる、核心を突かれた瞬間だった。


「いってーーー」

「でしょうね」

「えー……本当に私、蘇芳を大好きなの?」

「うん。逆にどうしてそんなに認めようとしないの」

「芸能人に恋なんかできるか、馬鹿」


 待ち受けるのは炎上だ、と言うと、桂は「いや、その前から」と容赦なく話の続きを展開させた。


「あー。そっか、蘇芳がいなくなったら本当にダメになるのは鈴だからか。本能的にそれがわかってるから、のめり込まないようにセーブしてたんだねー」

「違うし」

「と言いつつ圧迫止血続けてるじゃん」


 だんごむしのように丸まって胸を押さえる鈴は「うう」と呻く。

 そんなことない、と言いたいが、頭に過ぎるのは「あ、本当だー」という脳天気な声だった。心なしか太郎の声のような気がする。

 それでも鈴は抵抗した。


「離れてよかったって思ったし」

「リアルタイムで自立を見てたらショック受けるくせに」

「いや、蘇芳の自立は嬉しかったけど?」

「そうね、自立させて()()()、からね」

「……でも、本当にもう私のことは全て気にしないでって思ってるんだよ」

「そりゃそうでしょうよ」


 最後の足掻きも許してくれないらしい。


「目の届かないところで無事に自立してくれたんだから、戻ってきて余計な恐怖を与えるなって意味なんでしょ」

「桂さま、もう無理です」

「認めな。卑怯者」


 痛い。

 いたすぎる。何より自分がいたかった。

 最後に渾身の一撃をくれた桂の隣で、鈴は息も絶え絶えに「いやだ。絶対に好きじゃない」と主張するが、桂は鼻で笑うばかりだ。



 桂の言うとおりだった。

 確かに上から目線での「自立して、よかったよかった」という感想だったことに、鈴は猛烈に恥ずかしくなる。


 余計な恐怖を与えるな。


 その言葉は、すとんと鈴の胸の中に落ちてきた。

 つまるところ、再び一緒にいることになると、鈴の本能は「いつ蘇芳が自分から離れていくか」に怯えてしまうのだ。


 恐ろしい。

 鈴がどんなに拒否をしても蘇芳は甘やかされにくる。

 きっと恐怖を感じとる前に、鈴の無意識は過度に甘やかそうとしてしまうに決まっている。そのことに気づいてしまった。

 そして蘇芳も気づいている。



「こわい……自分が怖いし、蘇芳も怖い。離れなきゃ」

「あ。配信終わった」

「……炎上はどうですか」

「いんや。ない。無事に終了。最後は蘇芳がみんなに頑張れって励まされてた」

「なんでそうなるの?!」


 鈴がそう言うと同時に、部屋のドアが無遠慮に開いた。


「それはね!! お兄ちゃんがうまくやったからだよ!!」

「おつかれ太郎ちゃん」

「おはよ、桂。よく眠れたかい?」


 ばちんとウインクを寄越してきた兄の頭の上にスリッパを振り下ろしたくてたまらない。

 苦し紛れに、近くのクッションを投げたが無駄だった。

 それは蘇芳の腕の中で抱き留められる。



「りん、どうしたの。ご機嫌斜め?」



 と、笑う顔はどう見ても獰猛さが隠し切れていない。

 

「炎上ってやつ、しなかったよ」

「今からだから。今から燃えるから」

「大丈夫。したら辞めるし」

「蘇芳!」

「求められる間はしっかり尽くすよ」


 蘇芳の言葉は意味深で、そして鈴を見る目はからかっているようでもある。

 まるで桂との話を聞いていたように見えて、鈴はわなわなと震えた。


「そうしてください! ぜひ! アイドル頑張って!!」

「はあい」


 応援よろしくね、と悪戯っぽくキスを投げて寄越して、蘇芳はさらっといなくなった。



「な、な、投げキッスした」

「んふっ」



 鈴の反応を笑ったのは、蘇芳の後ろにいたらしい睦だ。

 腕を組むようにして、小柄の体を丸めて笑う。


「……なげ、きっす……んふふふっ、きっす」

「むっちゃん笑い方独特だよね。ほら、スーと先に行ってて」


 太郎は睦を蘇芳の向かった方に押し出して「さて、鈴、お兄さまからお話があります」などと言い出したので、鈴はとりあえずスリッパを手にするのだった。


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