7 同調圧力
「いつも人のために動いてて、小さい頃からずっと俺を励ましてくれるところ。優しいよ。太郎ともよく似てる。人のためにさらっと厳しいことを言ったり、一番触れて欲しくないところは触れないまま、話してるといつのまにか元気になるんだ。俺のことを叱ってくれる。そういうところが大好き」
とろけたような子供の笑みで、そう語る蘇芳に、鈴が思わず「やめてよ!!」と叫べば、隣の桂に「静かにしなー」と叱られてしまった。ハラハラして落ち着かない。
鈴はベッドに突っ伏して耳を塞いで、この公開告白が無事に終わることを願ったが、桂によって無慈悲に防御を剥がされる。
ついでに画面も見せてきた。
『りんりん発狂してる?』
『面白い人だな』
『スオウ、片思いなの?』
「ほら、聞こえてるから、静かにしな」
「はい」
蘇芳は「うん。前は泣き落として付き合ってもらってたんだけど、ちょっと遠くに行くからって別れるように言われたんだ。もう付き合ってくれないんだって。泣いていい?」などと言っている。
余計なことを言うな。
鈴は震える。
もうこれ以上言うな。
そんな鈴の思いは全く届かず、蘇芳はとうとう「……この仕事、好きだから続けたいけど、それでもファンの人たちが、りんを好きな俺は認められないって思うなら、そんな俺は存在しないから、辞める。いやな気持ちにさせたいわけじゃないから」と言ってのけた。途端に、コメントが荒れ狂う波のようにざあっと流れ始める。
『スオウ、辞めないで』
『別に付き合ってはないんだし』
『好きな人くらいいても、それが普通かも』
『りんりん面白いし』
『タローの妹だし』
『正直、あんまり話は聞きたくないけど』
『えー、わたし、りんりんの話をするスオウかわいいと思う』
『アイドルの恋愛相談に乗るって斬新』
『りんりんとタロちゃんのコントは見たい』
「コントなんてしてない……」
「あんたら兄妹のやりとりは変だよ」
「桂、待って、なにしてるの」
とすとすと文字を打っている桂の画面には『そもそも地元じゃ、この二人は有名』と書かれている。
「なにしてんの」
「え? 援護射撃」
「やめ」
やめて、は届かなかった。
桂の言葉が波に乗る。
『とうとう言った人が出た』
『ごめん、ここも同郷。知ってる』
『知ってた』
『よ、久しぶり』
「誰よ」
「御津原の親戚筋じゃないの。あとは、近所の人」
そこからは怒濤の「いかに蘇芳が鈴に依存してきたか」の暴露合戦が始まり、いつの間にか蘇芳は丸裸にされ、そしてついでに鈴のこれまでの蘇芳とのつき合いが赤裸々に電波に乗った。
泳ぐのが面倒という理由で海で沈みかけた蘇芳を救助したり、運動会のリレーではゴール付近で「蘇芳、走って」と毎回叫んだり、野良猫に好かれる蘇芳についてきた猫を保護しケアをした後に譲渡先を探したり、衣食住をおろそかにする蘇芳の世話を焼いてきたことも、鈴が一歩外に出ると必ずついて回ることも。
今回日本からいなくなっていたのは、妹が留学中に「ホームシックで死にそう」と言い出して、仕事も蘇芳も何もかも捨てて単身サポートに行っていたことも、その間に廃人になりかけていた蘇芳のことも、それはもう全てだ。
「親戚と同級生がいる」
「いるね」
『思った以上の依存度だった』
『彼女普通にいい子』
『それはりんりんいないと無理だわ』
『逆によくオーディション出れたね』
そのコメントに、蘇芳は力なく微笑んだ。
「……うん。太郎が、自分の好きなことを探す方法だって。今までは、りん以外の好きなものなんてなかったけど、楽しかった。応援してくれてる人たちがいて、その人達になにか返したくて、頑張れた。本当に真剣に頑張ってる人たちのなかにいたから……一緒に活動はできていないけど、リュウが今は舞台に挑戦してることも、アツがソロ活動してることも、実家の仕事を次ぐために修行してるハルタのことも、尊敬してる」
と、蘇芳は一緒に合宿をしていたメンバーの名前を出し、現在の活動を言い「この仕事とファンと仲間が大好き」であると暗に示した。
鈴は絶句する。
「……う、うそつきがいる」
「鈴のために出てたって言ってたよね。鈴が見てくれるからって」
鈴と桂の低いテンションとは違い、仲間思いの発言にコメントの波はハートが沢山浮かぶようになった。
「この感じじゃ、大丈夫じゃない?」
桂の言葉にほっとする。
確かに、言葉の殆どが肯定的だ。
ようやく力が抜けた鈴は、ぐったりと両手を投げ出した。ベッドに埋まりたい。
「まあ、言いたいことがあっても言えないからね。一人が肯定し始めたらそれに乗っかっちゃうし、蘇芳が嬉しそうにしてるから言えなくなっちゃんでしょ」
「……桂、思ってても言わないで」
鈴とてわかっている。
とりあえず、炎上は回避したかもしれない。
しかし、今はある種のお祭り感で盛り上がって「推しに好きな人がいてもいいじゃん」というテンションになっているが、彼女たちもこのあと熱がスッと冷める。
その時、どこかの匿名のネットの隅っこで叩かれるだろう。
蘇芳が叩かれるのは耐えられない。
「ま、鈴が我慢して付き合わない限りは大丈夫じゃないの」
「……我慢って、何言ってんの。私が、我慢するの? 蘇芳と付き合うことを?」
「いや、本気?」
桂はしらっとした顔で言う。
「だって、あんた、昔っから蘇芳のこと大好きじゃん」